表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
6. 雪桜のスペクトラム
175/667

175. 燻り

「オイオイ、そりゃコッチのセリフだぜ。学院の勇者クンとロイヤルガードのオジョーチャンがこんなトコにいる方が驚きじゃねぇーの。ココはレインディールじゃねェんだが」


 そんな言葉とは裏腹に、さして驚いた様子もなくディノは笑う。そもそもこの男にとっては、どうでもいいことなのだろう。


「……、私たちは任務。あなたがいることのほうが異質よ、ディノ・ゲイルローエン。あなたはレインディールの……ミディール学院の『ペンタ』でしょう。どうしてレフェにいるの? 誰の許可を得てやってきたの?」


 ベルグレッテが敵意も露わに、厳しい目つきで問う。


「コエーコエー。そう睨むなよ」

「はぐらかさないで。答えなさい……!」


 赤い男は、やれやれといった様子で肩を竦める。


「勇者クンにヤラレたオレはな、ちょっくら自分を見つめ直す旅に出たんだよ。フラフラしてたらココまで来ちまってな、じゃあついでなんで天轟闘宴とやらにも出てみるか、って思ったワケだ」

「!」


 この男も天轟闘宴に出る。

 驚きを隠せない流護だったが、


「ふざけないで……!」


 ベルグレッテは声を荒げていた。


「あなたはミディール学院所属の『ペンタ』でしょう! ミアの件もそう、どうしてそう身勝手な真似を……!」


 少女騎士の鋭い視線を受けたディノは、つまらなげな溜息を吐く。


「オジョーチャンは、学院の『ペンタ』であるオレが好き勝手すんのが気に食わねェワケだ」

「そうよ。あなたには、立場というものがある。ミディール学院の『ペンタ』という立場が。それを……」


 立場がある、と。奇しくも、先ほど病院でゴンダーが流護に放った言葉と同じ。


「――いいぜ。じゃあ、こーしようじゃねェの」


 ディノが目を細め、右腕を横に薙いだ。


「ッ!」

「てめ……!」


 咄嗟に身構えるベルグレッテを庇い、流護も前へ出る。

 が、現れたのはあの地獄のような炎ではなく、波紋を思わせる静かな揺らめき。見慣れた感のあるそれは――通信の神詠術オラクル

 今この場面で通信? ディノが? なぜ? 誰に? 困惑する流護たちをよそに、波紋の向こう側から声が――よく知っているその声が、響き渡った。


『あーい、どちらさまー』

「ハッ、相も変わらずやる気のねェ声だな。んなコトでいいのか? 学院長ともあろうお方がよ」


 ――そう。ディノが通信を飛ばしている相手は、ナスタディオ学院長だった。


『あら、ディノじゃないの。ひっさしぶりに連絡なんて寄越したかと思えば。にしても、やる気って点に関してだけはアンタに言われたくないわー』


 ディノが相手でも、学院長の態度は変わらない。


『で、どしたの?』


 そんな学院の責任者へ対し、所属している『ペンタ』は事もなげに言い放つ。


「ああ。学院、辞めさせてもらおうと思ってな」


 絶句した。

 流護たちはともかく、学院長に至っては飲み物を口に含みながら聞いていたようで、


『げ、ごほげほがほっ……、あづっ! ちょ、がふっ、ああぁお気に入りのクッションがああぁ! いきなり辞めるってアンタ……』

「用件はソレだけだ。じゃあな」

『待ちなさい! クッション弁償し』


 波紋が消える。

 そうして、ディノは赤い両眼をベルグレッテへと向けた。


「コレで問題ねェな?」


 何でもない約束を、土壇場でキャンセルしたみたいな口調で。


「問題……って、ふざけないで!」

「ふざける? 何がだ? 学院の『ペンタ』ってのは、つまるところ将来国に所属するかどうかを決めかねてる連中だ。オレは所属するつもりなんざねェんでな。いずれ言うべきコトを、今言ったってだけの話だ」

「そ、れは……、」


 思わず言葉に詰まりながらも、ベルグレッテは毅然とディノの瞳を見据えて訴える。


「ミディール学院の生徒であるということは、一流の詠術士メイジを目指す学生たちにとっての誇り……心の拠りどころなのよ。それを、そんな軽々しく……」

「オメーらの価値観を押し付けんなよ。オレにしてみりゃ、そーじゃなかったってだけの話だろ」


 悔しげに睨む少女騎士だったが、当のディノは話は終わったとばかりに流護へ視線を向けた。


「……何だ、えらくシケたツラしてんなァ勇者クン。久々って程でもねェと思うが……なんつーか、縮んだ? 小さくなったんじゃねェの?」

「……は? なるかよ、失礼な野郎だな……」


 カチンときた流護は思わず睨み返す。

 修練に明け暮れる日々。筋肉だって肥大しているのだ。この世界へやってきてから身長は測っていないが、伸び盛りの成長期。そろそろ百七十センチの大台に乗っていたっておかしくはない。

 言い聞かせるようにそう思う少年だったが、


「そういう意味じゃねェよ。オレと闘った時のギラつきがまるで感じられねェっつーか――」


 紅い瞳を細め、炎獣は嗤う。この上なく挑発的に。


「――今のオメー、三秒で殺せそうだぜ?」


 ぞわり、と。

 発せられた殺気に呼応するように、流護も嗤う。


「……あぁ? 試してみるかよ、この野郎」


 刹那に舞い降りる沈黙。向かい合う二匹の雄。


「ちょっ――」


 ベルグレッテが制止する暇もなく、爆発した。

 瞬く間に間合いを詰めた――のは、ディノ・ゲイルローエン。炎こそ纏ってはいないものの、恐るべき迅さで接近し、右手を閃かせる。


「!」


 まるで流護のお株を奪うかのような、超速の走り込み。そこからの一撃。

 挑発だ。

 あえて流護の戦術を模倣し、嘲笑っている。


(野っ、郎……!)


 以前と変わらぬ、獣のごとき『ペンタ』の速度。が、近接戦闘において遅れを取るつもりなどない。

 ディノによって横へ薙がれる右の凶手。半身を傾けて躱した流護が右拳を握る――間に、返す刀の左が飛んできた。


「……っ!」


 迅い。

 右を躱されることを織り込んだ、ディノの連係。相も変わらず、とても『技』と呼べるような洗練された動きではない。が、そんな次元を超越した猛獣の速度。しかし流護は咄嗟の反応でその左腕をいなし、捕り、ねじり上げる。


 ――刹那の攻防。その決着だった。


 制されたディノが口を開く。


「……オイオイ。何のマネだ、こりゃ」


 それは、失望の声色。


「……!」


 流護自身ハッとして、ひやりとしたものが胸中を伝う。

 左腕を極められたディノ。極めた流護。このまま折ることも容易な状態。一見して、流護がディノを制圧したようにも思える光景。

 ――しかし、


「しばらく見ねェうちに腑抜けちまったモンだな。同じ顔した別の人間かと疑っちまうぞ」


 流護は咄嗟にディノの腕を捕った。捕ってしまった。ベルグレッテやクレアリアとの訓練の際、その決着となる形ではある。それが無意識に出てしまった。

 ――が。

 相手は、まともな術の使えないチンピラではない。姉妹との訓練でもない。ディノ・ゲイルローエンという『ペンタ』に直で触れ、押さえつけるという行為。いつ炸裂するか分からない爆弾を抱え込むに等しい愚行。このままディノが炎を発現したなら、どうなってしまうのか。それはまさに火を見るより明らかだった。

 刹那の攻防、その決着。負けたのは――

 腕を捕られたはずの超越者は、まるで意に介さず、そのままの姿勢から素早く流護の足を蹴り払う。


「!」


 速く鋭い一撃。

 わずか宙に浮いた流護は、辛うじて片膝をつき持ちこたえる。

 ディノは解放された右肩を回しながら、目の前で跪く相手をつまらなげに見下ろした。


「オメーには借りを返すつもりでいたんだが……ガッカリだな」


 吐き捨てて、ディノは流護の脇を通りすぎていく。


「……、ガッカリ……だ? てめ、そりゃどういう……!」


 振り返る流護の頬のすぐ横を、見えない何かがかすめ飛んでいった。バヂュンと音を立てたそれは、背後の石畳に着弾してわずかな白煙を吹き上げる。

 人差し指から同じ煙をくゆらせながら、炎の『ペンタ』は熱の消えた瞳で言い捨てた。


「そのままの意味だっつの。何を燻ってんのか知らねェが……その腑抜けたツラを何とかしな。闘る価値ねェんだよ、今のオメーは」


 ベルグレッテがディノを睨み据え、流護を守るように立ちはだかる。周囲には、何事かと人垣ができつつあった。それらを一瞥したディノは、完全に興味が失せたとばかりに去っていく。


(燻って……)


 赤い男の後ろ姿を見据える流護の脳裏に、その言葉が反響していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=931020532&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ