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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
6. 雪桜のスペクトラム
171/667

171. 界雷

 そうして、場所は桜枝里の部屋。家具もなく閑散とした空間、その中央にて。

 押し寄せた兵士たち。真っ青になった桜枝里。乱入者を睨み据える流護とベルグレッテ。

 そんな中、レフェ最強と名高い二人が――ドゥエンとエンロカクが、静かに向かい合う。

 沈黙を破ったのは、後者だった。


「ところでドゥエンよ」


 くい、と背後を太い親指で指し示し、


「この小坊主は何だ? 天衣解いてたらよ、久々にまともな攻撃なんざ喰らっちまったぜ。活きの良いガキじゃねえか。どっかの家の若手か?」


 その指の示す先――流護をチラリと見て、ドゥエンはかぶりを振る。


「いいや。客人だそうだ。私も詳しくは知らんがね」

「ふうん。――よう、小坊主」


 エンロカクは振り返り、流護へ興味深げな視線を投げかける。


「お前、天轟闘宴には出るのか?」

「あ? 出ねぇよ」


 即答に、エンロカクは盛大な溜息を吐きつつ頭を掻いた。


「ったく……ドゥエンといいこの小坊主といい、楽しめそうな奴に限って出ねえのかよ。久々の参加だってぇのに、期待できそうにねえな」


 エンロカクはそうぼやき、「ま、いいか」と部屋の出口へ向かって歩き始める。


「巫女は想像以上に俺好みだった。今回の祭りは、金と女だけ貰って大人しく帰るとするさ」

「さて……そう上手くいくかな?」

「お前が出ねえならな」


 両雄、すれ違いざまに言葉を交わし――エンロカクが足を止める。


 巨人の行く手を塞ぐように立つ男がいた。

 ――ダイゴス・アケローン。


「どけよ、チビ。何か用か」


 巨漢のダイゴスに影を落とすほどの高み。そこから見下ろす視線には、色がない。ドゥエンや流護に向けていたものとは対極の、冷めきった双眸。眼中にない。興味がない。雄弁なまでに語る、その濁った瞳。


「そういえばお前は知らなかったか、エンロカク。それはダイゴス・アケローン。私の弟だ」

「ほう」


 ドゥエンの言葉を受けて、ようやく興味を示したような素振りを見せる。


「お前は出るのか? 天轟闘宴」

「……ああ」


 ダイゴスが低く答えると同時、


「そうかい。ま、俺と当たらねえように祈りながら頑張んな」


 心底どうでもよさそうに。エンロカクはダイゴスを肩で押しのけ、部屋を出ていった。






「お騒がせ致しました、サエリ様。それに、ご客人も」


 爬虫類みたいだな、というのが流護の感想だった。

 顔立ちがというより、温かみの感じられないその笑顔を見て、ただ率直にそう思った。


 これが――レフェ最強の戦士、ドゥエン・アケローン。

 何を考えているか分からない、という点ではダイゴスと共通するようにも思えるが、その印象は真逆だ。寡黙ながらも温もりのあるダイゴスとは違い、どこか底の知れない冷たさを漂わせている。

 そして――


(……、)


 こんな状況だが、流護はドゥエンを前にして気にかかることがあった。

 この男が纏う、涼しげな袖なしの上衣。剥き出しとなった右の二の腕――そこに丸く穿たれた、古い傷痕。抉られたような痛々しいその痕跡はまるで、


(……銃創……? って、んなわけねえよな……)


 銃など存在するはずもない。何らかの術による傷だろうか。

 そんな流護の視線に気付いているのか否か、ドゥエンはお構いなしに言葉を紡ぐ。


「ところでお二方。サエリ様に火急の用が入りました故、申し訳ありませんが、今日のところはお引き取り願えますでしょうか」

「え? あ、はあ……」


 そう言われてしまっては、強引に居座ることもできない。


 桜枝里のほうを見れば、まだかすかに顔色が悪かった。

 当然だろう。いきなり何者だかも分からない大男が部屋に押しかけ、流護と衝突し、兵士たちがなだれ込み――

 いかに薙刀の腕が立とうと、巫女として祭り上げられていようと、桜枝里はただの日本の女子高生なのだ。一連の物々しい雰囲気に当てられ、怯えてしまうのは当たり前だった。


「……、」


 流護は困ったようにベルグレッテへ顔を向ける。

 このまま帰ってしまっていいのか。そんな少年の思いを察したのか、少女騎士はこくりと頷き、


「サエリ。今日のところは、これで失礼するわね。けど、また明日来るから――」

「だめだってば!」


 遮ったのは、他ならぬ桜枝里だった。


「二人は、仕事でこの国に来たんでしょ? で、その仕事はもう終わってる。だったら、早く帰らなきゃ。心配してくれるのは、嬉しいけど……私は、大丈夫だから」


 そう言って、桜枝里は無理矢理な笑顔を浮かべる。見ているほうが辛くなるような空元気。

 知り合って間もないのに、余計な心配はかけたくない。

 そんな思いが伝わってくるようだった。


 流護は矛先をドゥエンへと変えた。


「あの。何が起きてるんですか?」

「ご客人には関係なき内輪事です。要らぬ詮索は、お控え頂けますよう」


 あらかじめ用意されていたような受け答え。感情のこもらない言い方にカチンときた流護は、噛みつく勢いで反論した。


「関係ないって……俺、あの黒デカいのに問答無用で殴られたんですけど。少しぐらい説明あってもいいんじゃないすか?」

「これは失礼致しました」


 ドゥエンは滑らかな所作で頭を垂れた。この反論も想定していたかのような自然さで。


「彼奴の名はエンロカク。恥ずかしながら、我が国の闇とでも云うべき存在です。しかしながらこの度、あの者を罰する手筈が整いました故、速やかに実行へと移す算段で御座います」


 ニコリと冷たく唇を歪めて、


「サエリ様に働いた無礼。そして、貴方様への理不尽な立ち振る舞い。それらも含め、必ずや相応の報いを受けさせる事をお約束致します」


 淀みなく、そう言い結んだ。


「……、」


 それでは納得がいかないと、駄々をこねることも可能かもしれない。というより、実際に納得がいかない。

 だが、詰め寄ったところでこの男が折れるとも思えない。まるで接客マニュアルのようなドゥエンの返しでも語られていたが、今起きていることはレフェ国内での内輪事。流護が首を突っ込める問題ではないのだろう。

 殴られた被害者として説明を求めても無駄なはず。ここは日本ではないのだ。レインディールとは主義思想こそ異なるものの、レフェも武勇を讃える気風があるという。むしろ、遊撃兵のくせに殴り飛ばされるほうが悪い、となりかねない。


「では、急かすようで申し訳ありませんが……ご退室願います」


 あれこれ考える間もなく、ドゥエンが氷の笑顔を崩さず言う。

 釈然としないながらも、流護は壁にもたれているダイゴスへ顔を向けた。


「ダイゴス。じゃあ俺ら、帰るけど……、……ダイゴス?」

「む? あ、ああ」


 わずかに目を伏せていたダイゴスは珍しく、ハッとした様子で顔を上げた。


「いや、俺ら帰るけど……桜枝里のこと、頼むな。俺が言うようなことじゃないかもだけど」

「……ああ」

「――ところで」


 そこで割り込んできたのは、退出を促しているドゥエン当人だった。


「失礼ながらご客人は、どういったお方で? レインディールより使いでいらしている……と小耳に挟んではおりますが」


 今更かよ、さっさと帰れって言ってたじゃねーかよ、と毒づきたくなるのを抑えて、流護は己の身分を告げる。


「……俺はリューゴ・アリウミ。レインディールの遊撃兵です」

「ほう、遊撃兵……。長らく不在だったと聞き及んでおりましたが――成程」


 どこか値踏みするようなドゥエンの視線を、真っ向から受けて返す。

 ニコリと微笑んだ矛の長は、次にその細い両眼をベルグレッテへと向けた。


「ご挨拶が遅れました。レインディール王国が準ロイヤルガード、ベルグレッテ・フィズ・ガーティルードと申します。その誉れ高きご武勇、我らが地にも轟いております。ドゥエン・アケローン殿」

「これはこれは……貴女がベルグレッテ殿でしたか。という事は――」


 ドゥエンがわずかに背後の弟を意識する素振りを見せ、察したベルグレッテが頷く。


「はい。ダイゴス殿とはミディール学院の級友で……お世話になっております」

「いいえ。此方こそ、不肖の弟がご迷惑をお掛けしている事かと」


 ほんのわずかに。そう言うドゥエンの表情は、爬虫類じみた作りものの笑顔ではなく――確かな感情が宿っているように見えた。


「時に、リューゴ殿――で宜しいかな」

「あ、はい。何ですか」

「天轟闘宴に出場されてみては?」


 元の無機的な笑顔に戻ったドゥエンが、おもむろにそう提案した。

 何やらもう、誰かに出会うたびにそんなことを言われている気がする。それだけ、今の時期的にも目玉となる大イベントなのだろうが……。


「いえ、俺は……」

「此度の天轟闘宴なのですがね。実は、先程のエンロカクも出場します。見たところ、かなりのお手前なご様子。奴が腹の虫に据え兼ねるようでしたら、直接そのご武勇にて――」


 そのときだった。

 ドゥエンの左肩へ叩きつけるように大きな手が置かれ、言葉を寸断させる。


「……やめろ」


 流護がこれまで見たこともない、険しい表情。

 厳めしく眉間に皺を寄せたダイゴスが、後ろから兄の肩を掴んでいた。


「やめろ、兄者」

「……ふむ」


 その言葉に何を感じ取ったのか。ドゥエンは軽く肩を竦めて、


「天轟闘宴は我が国の中心的行事です故、気が向きましたらご参戦なりご観戦なりをご検討して頂ければ、とても嬉しく思います」


 事務的な口調で、そう言い結んだ。


「では、我々はこれより場を移しますので……お二方も、ご退出願います」


 渋々ながらドゥエンに頷いて桜枝里のほうを見れば、彼女は不安そうな顔でダイゴスを見上げていた。

 今ほどこの巨漢が見せた、鬼気迫る表情。あんな顔を見るのは流護も初めてだった。やはり桜枝里も、ただならぬ何かを感じたのかもしれない。


「えっと……桜枝里。じゃあ、俺ら行くな」

「あ、うん。また会おうね、二人とも!」


 不安や寂しさを隠しきれていないその顔に、後ろ髪を引かれるような思いを抱きながら、流護とベルグレッテは部屋を後にした。






「リューゴ、こっち向いて」

「ん?」


 城の出入り口へと向かう道すがら、ベルグレッテがおもむろに切り出した。

 言われるままに顔を向けると、生真面目なはずの少女騎士はその白く細い指を流護の頬へと伸ばしていく。


「ベ、ベル子さん!? 何をする気で!?」

「え? あ……ち、ちがっ……! う、動かないでっ。さっきのケガ、治療するから!」


 流護が動揺したことで意識してしまったのか、ベルグレッテも赤くなりながら回復の神詠術オラクルを施し始める。


「だ、だいじょうぶ?」

「あっ、ああ、派手に吹っ飛ばされたけど、見た目ほど効いてねえし」


 喰らった直後はダメージも残っていたが、今は一連のゴタゴタでもう忘れかけていたほどだった。さして効いてもいないフラッシュダウンだ、と流護は鼻息を荒くする。


「あのエンロカクとかいう黒デカ野郎……風属性か?」

「うん。おそらく」


 流護の推測に、ベルグレッテが頷く。

 微弱ではあるが、あの男の拳に風を感じた。が、それもごく微弱なものだ。行使しようとしたどころか、抑えていたものが期せず漏れてしまった程度のような。

 あの交錯でエンロカクが行使したのは、純粋なまでの暴力。


 身体能力的に地球人より大きく劣るグリムクロウズの人間。その一人であるはずのエンロカクは、しかし間違いなく流護に匹敵する膂力を有していた。

 ディノのように身体強化を使っている可能性も否定できないが――


「なあベル子。あいつ、身体強化使ってたかどうかとか分かるか?」

「ん……、あの短い応酬じゃ、なんとも……。でも……おそらく、使っていない」

「へえ……」

「リューゴ、もしかして……あの男と闘いたい、なんて思ってる?」

「いや、闘いたいっつーか……もう二、三発ぶん殴りてぇぐらいムカついてる。俺のアッパー喰らって、平然としてたのも気に入らねぇ……」


『倒す』つもりの一撃だった。直前に軌道を変化させた蹴りにしても同じ。あれで倒れないのであれば、『本気』で打ち込んでも――

 わずか夢想した間に、ベルグレッテがジト目となっていた。


「つまり闘いたいんでしょ。顔も笑ってるわよ。すっごい悪そうな顔」

「む、むっ」


 流護も最近になって気付いたが、強敵を前にすると妙な顔になってしまう癖があるらしい。


「……はい、治療終わり。行きましょ」

「おう」


 痛みはすっかり引いた。応急処置を終えて、また二人は歩調を合わせて歩き出す。


「つーかさ、あの黒デクは何なんだ。ムカつくけど、ありゃ強ぇぞ。単純なパワーなら過去最強かもしれん。いや、続けてたら俺が勝つけどさ」

「リューゴと互角に渡り合うなんて……。ドゥエン殿とも因縁がありそうだったわね……」

「天轟闘宴にも出るみたいだしな。ミョールにゴンダーさんに黒デクに……そういやさっき、ダイゴスも出るって言ってたよな。はー、みんな出るんだなあ……」

「出たいの?」

「い、いや別に」


 日本では考えられないようなイベントだ。少しずつそそられている。格闘技者として、血は騒ぐ。それは間違いない。だが、天轟闘宴は五日後の二十二日。レインディールの兵として勝手に出るのはまずいという事情もさることながら、そもそも日程的に無理だ。

 本来はただのお使いに等しい任務。行って帰ってくるだけの仕事。滞在を引き延ばせたとして、せいぜい数日が限度だろう。帰還の期限は二十一日となっている。


「それよりもさ、桜枝里どうする……?」

「ん……」


 追い出される形で出てきてしまったが、やはり彼女のことが気にかかった。このままレインディールへ帰ってしまうには、何とも後味が悪い。

 ベルグレッテも同じ気持ちなのだろう、思案するように指を顎下へと当てた。


「このままじゃ、すっきりしないわよね……。明日、帰る前にもう一回だけ会いに行ってみる?」

「はは……だな。びっくりするだろうな」


 なぜまた来たのかと、彼女は怒るかもしれない。

 でもそう言う桜枝里はきっと笑顔なんだろうな、と思う。

 右も左も分からない異国の地。神格化され、特別扱いを受けている日本人。その居心地の悪さや寂しさは、流護にも痛いほどよく理解できていたから。

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