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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
6. 雪桜のスペクトラム
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165. 実践と疑問

「おお……」


 流護の口から、思わず感嘆の吐息が漏れていた。


 広く敷き詰められた板張りの床。澄んだ空気に満ちる静謐な空間。

 四人は、城の一角にある修練場へとやってきていた。よく知っている一般的な道場と似た雰囲気に、流護はどことなく懐かしさを感じてしまう。


 そんな広々とした板間の中央にて。

 身につけていたパワーリストを外し、流護と桜枝里は向かい合った。


「よーっし。それじゃー、お手柔らかに! あっ、でも本気でよろしくねっ!」

「どっちなんだ」


 上衣の袖をめくった桜枝里が、長い黒髪を結わえながらニッと微笑む。

 そんな様子を見ながら、ポニーテールもいいなと思う流護少年であった。黒髪美人にはよく似合う。


 ――という訳で。話を続けるより、体験してみたほうが早い。

 流護の能力が異常なのか。桜枝里に身体強化が有効なのか。そのあたりのことを実践して確かめてみるべく、四人は修練場へ足を運んだのだった。


 この世界――少なくともレインディールやレフェには、薙刀が存在しないとのこと。今、桜枝里がその手に携えているのは、言ってしまえばただの棒だ。尺は二メートル弱ほど。本当に何の変哲もない、木であしらわれた練習用の棍。安全性を考慮して、先端部には白く柔らかい布が巻きつけてある。

 そんな得物をダイゴスから受け取ってくるりと回した桜枝里は、先を流護へ向けて静かに身構えた。着ている巫女装束と相俟ってか、驚くほど様になっている中段の構え。それだけでも、かなりの腕前であることが窺える。


 双方の距離はおよそ六メートル弱。

 本来であれば、素手で長柄持ちに対抗できるべくもない。

 桜枝里に流護と同じような身体能力が備わっているのならば、おそらく間合いに入ることすら容易ではないはず。


「よーっしベル子ちゃん、合図お願い!」


 そんな愛称で呼ばれるようになったベルグレッテが、頷いて手を上げる。


「では――始めっ!」


 号令に合わせて腕が振り下ろされると同時、流護は一足飛びで踏み込んだ。


「……!」


 瞠目しつつも反応した桜枝里が、得物を横に薙ぐ。

 流護は身体を丸めながらの踏み込みで一閃を躱しざま、右の拳を唸らせた。短く弧を描いた右のショートフックが、桜枝里の顔脇で寸止めされる。


 ――勝負あり、だった。


「……、ちょっ…………!」


 当たってはいなかったが、桜枝里がフラフラとよろける。


「お……だ、大丈夫か?」

「だだ、だいじょうぶじゃないがじゃ! な、なんなの! 今の踏み込み!?」

「何って言われても……」

「きさま、いにしえの剣豪か何かかー!」


 桜枝里によれば、流護の姿が突然膨張したように見えたのだという。とても対応できるものではない、と断言された。

 辛うじて反応した彼女だったが、流護のように爆発的な瞬発力は見られなかった。


「――――、」


 流護は自分の身体を見下ろす。

 地球人がこの世界へやって来た場合、突出した身体能力を発揮できる――のだと思っていた。

 だが、違う。

 流護『だけ』が、異常。


「で、でもほら、サンプルが私と流護くんだけじゃ分かんないよ。私のほうが、おかしいのかもしれないし」


 複雑な思いが顔に出てしまっていたのか、桜枝里があわあわしながらフォローを入れてくれた。


「……はは、ありがとな。……あ、そうだ。それじゃ、身体強化試してみてくれないか?」


 頷いた巫女少女が、ダイゴスに強化を施してもらおうと手招きする。


「じゃあお願ーい、大吾さん」

「手を出せ」

「え!? な、なんで!? てっ、手握らないとだめなの!?」

「別にどこでも構わんが……身体に触れなければ施せんぞ」

「うっ、うー……じゃ、じゃあ手で」


 桜枝里はハンカチを取り出して手を拭い、恥ずかしそうに右手を差し出す。その細く白い手をダイゴスが握り――離す。

 反応は、すぐだった。


「え……え!?」


 桜枝里が信じられないように自分の手のひらを見つめる。


「なに、この……感じ」

「ど、どうした?」

「自分でもよく分かんないけど……なんか凄そうな予感!」


 要領を得ないながらも、桜枝里はどこか自信に満ちた顔つきとなる。


「試してみい」


 ダイゴスに棍を手渡された少女は、一、二と素振りして手応えを確かめ、


「これって……、よーし……流護くん、いい?」

「お、おう」


 床を蹴る音が修練場に響く。

 一足で間合いを詰める様は、まるで先ほどの焼き直しだった。

 ただ違うのは――それを成したのが、流護ではなく桜枝里であること。


「はぁっ!」


 鋭い呼気と共に、突きが繰り出される。

 本来であれば、彼女が扱うのは薙刀だ。流護はその得物をそう見立て、刃の部分に相当する先端部――布が巻きつけてある部分を、あえて受けずに躱した。


「!」


 そして、吹き荒れる。


「――ふっ!」


 桜枝里の手捌きに応え、何の変哲もない木拵えの得物が、まるで意思を持ったように流護を襲った。

 突きから素早く戻しての横薙ぎ。引いて躱せば、勢いのままに振り抜いた桜枝里がそのまま身体を一回転させ、さらに速度の乗った一閃を放つ。


「っと!?」


 白い残像が鼻先をかすめていく。大振りの一撃を躱した流護は、間合いを詰めようと脚に力を込めて――


「ぶ!?」


 踏み込むより速く、次の一撃が袈裟掛けに振り下ろされた。辛うじて身を反らせば、得物は大気だけを裂いていく。

 それだけで終わらない。


「せえぇ――っ!」


 勢いに乗った桜枝里は、まさに乱舞と表現すべき苛烈さと流麗さをもって、一気呵成に吹き荒れた。


「……う、お!」


 近づけない。

 当初流護が思い描いた光景が、ここに実現する。

 圧倒的なリーチが生み出す、驚異的な攻撃半径。縦横無尽に荒ぶ乱撃を前に、流護は回避一辺倒となった。


 ……攻め込めないことはない。しかし、その流れるような動きに――美しさに、思わず目を奪われてしまった。


 ――ともあれ、間違いない。今の桜枝里は、流護に近しい身体能力を獲得している。

 神詠術オラクルを使えない日本人同士、そこにあるのは単純な男女の筋量差。さらには、元の地力も流護が上か。それを埋め合わせてあまりあるのは、得物の有無。

 不利なのは流護だ。無論、桜枝里に時間制限がなければの話ではあるが。基本的に身体強化の効果時間は、せいぜい数分といった程度のはず。


「せめて……一太刀!」


 足元払う一撃を、流護は縄跳びのように跳躍して躱し、


「大チャンス!」


 素早く得物を引き戻した桜枝里の突きが、未だ滞空しているところへ飛んでくる。


「おっと!」


 避けようのない精妙な一撃を、流護は手甲で打ち払った。


「はいっ!」


 桜枝里は払われた勢いのまま棒を手放し、着地際に合わせて右の掌底を繰り出す。左手のひらで受け止めた流護は、そのまま折り畳むように彼女の腕を絡め取って関節を極めた。


「あだっ、だだだ! ギ、ギブギブ!」

「あ、わ、悪い」


 つい反射的に対応してしまった。桜枝里の柔らかい感触と甘い香りにドギマギしつつ身を離す。


「あ―……、おみそれしましたぁ。これなら一発くらいは当てられるかと思ったんだけどな~。カスリもしないや」


 手首をプラプラさせながら桜枝里が苦笑う。


「二人ともお疲れさま。でも……すごいわサエリ。リューゴ相手に、あそこまで渡り合えるなんて」

「えへへ……ありがとベル子ちゃん。でもあれだよ、自分の身体が、自分のものじゃないみたいに――っ……?」


 そこで彼女は、見えない何かにのしかかられたように膝をついた。


「自分の……身体じゃ、ない、みたいに……重く、なってきた……?」


 別人のように華麗な動きをみせていたはずの桜枝里は、これまた別人のように疲れきった顔でへたり込んでしまった。


「時間切れじゃの。強化には反動が伴う。しばらくは、倦怠感が残るじゃろう」


 ダイゴスが当然のように言ってのける。


「えっ、えー……!? 先に言ってよう、大吾さん……」


 桜枝里は重力に負けたみたいに、バタリと仰向けで倒れ込んでしまった。

 そんな様子を横目に、流護は思案する。

 桜枝里には……身体強化が、有効だった。

 この世界に、魂心力プラルナの影響を受けていないものは存在しない。ロック博士の説によれば、流護たちも日頃から大気と一緒に吸い込んでいるという。となれば、身体の内側へと取り込まれた魂心力プラルナに働きかける身体強化の術は、やはり有効で然るべきなのだ。

 もはや疑いようもない。異常なのは、流護のほう――


「アリウミ」


 低い声。


「試してみるか」


 顔を上げれば、右手を差し出すダイゴスの姿があった。

 身体強化が有効か否か。結果はほとんど見えている。が。


「……頼む」


 ダメで元々のつもりで、流護は巨漢の手を取った。

 そして。


 結果は、やはりダメだった。


「……何も……変わらないな」

「こう……なにか沸き上がってくる感じとか、しない?」

「ああ、全然……」


 寝転がったまま訊いてくる桜枝里にも頷く。


「……んー……思ったんだけど……」


 まさしく思いついたとばかりに、彼女が言った。



「流護くんって、すでに……この世界に来た瞬間から、ずっと身体強化がかかってる状態なんじゃない?」



 しばし、場が沈黙した。


「ねえ大吾さん。身体強化を重ねがけすると、どうなるの?」

「二重施術に効果はない。いわば、体内の魂心力プラルナを活性化させる術じゃからな。既に活性化しとるもんを更に活性化させようとしたところで、効果は――、ふむ」


 ダイゴスは言葉を切り、考え込むように頷いた。それが答えだとでもいった風情で。


「は……? い、いやちょっと待て。でも、それだとおかしいだろ。何で、俺だけがそんな――」


 常時身体強化。ともすればあのディノを思い出すが、あれとはまた違う。意識的に強化を維持し続けているあの男とは、ある意味で対極だ。身に覚えがないのに、身体強化に『かかり続けている』など。

 仮にその説が当たりだとして、なぜ自分だけがそんな異常な状態にあるのか。

 言いかけた流護だったが、


「いや……お主だけではない」


 それは否定をもって遮られた。


「あ……!」


 ダイゴスの言葉に、ベルグレッテがハッとする。


「な、何だよおい。俺以外に誰かいるか? こんな……」

「いる」


 ベルグレッテが流護の顔を見ながら、はっきりと頷いた。

 その名を告げる。


「――英雄、ガイセリウス」


 それはこの世界へやってきて以来、散々耳にした名前だ。流護としては事あるごとに、「まるで彼のようだ」と言われ続けてきた名前。基本的に脚色がなされているという『竜滅書記』のガイセリウスだが、神詠術オラクルを使わずして桁違いの能力を有する武人であったことも事実。

 ダイゴスがベルグレッテへ顔を向ける。


「ベル。ラーナミーヤ著の、『竜帝の詩』を読んだことはあるか」

「いえ。独自の解釈が興味深いって評判は耳にしてるんだけど……実際に読んだことは」

「かの書に一説として記されとる。ガイセリウスは、相棒であるフューレイの補助術に頼ることが何故か一度もなかったと。これは、頼らなかったのではなく――」


 頼れなかった。補助術が、ガイセリウスに効かなかったのではないか。

 流護とベルグレッテが、同時に息をのんだ。


「眉唾ものと思っとったが……成程の」


 何がなるほどなのか、ダイゴスは流護を見て意味深な笑みを深める。


「いや待った、やっぱおかしいって! まずさ、俺には魂心力プラルナがない訳だよ。地球人だから。だから身体強化が効かないはずで、……あれ? でも、桜枝里には効いて……俺はデフォルトで身体強化かもしれなくて……? ガイセリウスが……何だ……?」


 もう訳が分からなくなってきた。何か、根本から考えな直さなくてはいけない気がする。


「うーん、ガイセリウスかぁ……。こないだ私も『竜滅書記』一冊読んだけど……つまり流護くんとガイセリウスは、同じ体質の持ち主なのかもしれない、と。うん、流護くんだけがおかしいわけじゃないよ。むしろ選ばれた者って感じじゃん! よっ! この主人公!」

「はは……」


 もてはやす桜枝里に苦笑いを浮かべる流護。

 ……そこでふと、以前から考えていたことを口にする。


「……あのさ、そういや前から薄々思ってたんだけど……ガイセリウスって、もしかして地球出身だったりしないか?」


 神詠術オラクルを扱わないながらも圧倒的な武力を保有していた――というその在りようは、あまりに流護と酷似している。しかし、


「いいえ。ガイセリウスは、出自もはっきりしてるから……間違いなく、グリムクロウズの生まれよ」

「ああ。レインディールの南西にある小国、デーメーンの出身じゃ。生家も当時のものが保存されとるし、直系ではないが縁者もおる。異邦人ではないな」

「そ、そうなのか……」


 異世界の二人に、きっぱりと否定されてしまった。


「そうだね。私が読んだ『竜滅書記』にも、そこははっきりと書かれてたなぁ」


 桜枝里のダメ押し。

 ここでガイセリウスが『そう』であれば、前例ということで少し安心できたかもしれないのだが……。

 そういえば何度もその名を耳にしていながら、流護は『竜滅書記』を読んだことがない。今度、目を通してみたほうがよさそうだ。


 ――さて。

 ガイセリウスと同じかもしれない体質。それならそれでいいのだが、となると今度は、別の疑問が浮上する。


(……ロック博士……)


 本名、岩波輝。このグリムクロウズへやってきて、十四年もの時を過ごしている人物。今や、神詠術オラクル研究分野の最先端で活躍している第一人者。

 神詠術オラクルについて詳しいことは言わずもがな、『竜滅書記』だってよく知っているだろう。

 そんな知識人が、気付かないものだろうか。流護は常に、身体強化を施されたような状態にあると。ガイセリウスと同じような体質の持ち主であると。

 気付いていたとするなら、なぜそれを流護に伝えなかったのだろう。


(……てことは、やっぱ気付いてなかったのか? いや、)


 自分たちの推測が間違っているのか。それとも、


(言えない理由でも、あったのか……?)


 同じ日本人同士だ。信心深いこの世界の人々に対してならともかく、流護に話せないような内容などあるのだろうか。

 博士が何かを隠している――とは、あまり考えたくなかった。


「うーん……」


 少年は頭を掻きむしる。考えたところで、頭がこんがらがるばかりだ。

 ともかく帰ったなら、桜枝里のことも含め、博士とじっくり話してみるべきだろう。


「ねえねえ!」


 そこで空気を変えるように、桜枝里が声を弾ませた。


「あのさ、大吾さんと流護くんが試合したらどうなるの?」


 さも名案を思いついたと言いたげな彼女と、


「何を言っとるんじゃ、お主は」


 いつも通りのダイゴスが対照的だ。


「えー、だって見てみたい! こう、玄人好みの一戦になりそう!」


 随分と野次馬根性丸出しな巫女を尻目に、流護はダイゴスへ苦笑を向ける。


「はあ……まあ……俺も旅続きでトレーニングできてないし、ダイゴスがよければ構わんけど……」

「フ……勝てん相手とは闘るな、と兄者が口煩いんじゃがな。ま、修練なら仕方あるまい」


 この巨漢にしては珍しく、自分に言い訳するような口ぶりだった。


 そうして、男二人は修練場の中央へと歩み出る。

 桜枝里のときと同じように、今度はダイゴスと向かい合った。双方の距離も同じく、大股で数歩分。流護なら一足で詰めきってしまう距離。

 思えばいつも同じミディール学院で過ごしていながら、こうして向かい合ったことはなかった。


「えーと……じゃ、よろしく頼む」

「うむ」


 高みから見下ろしてくる、おなじみの不敵な笑み。相変わらず妙な迫力があり、その心の裡も推し量れない。


「よーし。じゃあ、合図出すよん」


 桜枝里が二人の間に立ち、


「よーい……始めっ!」


 号令と同時、大きく後ろに下がった。

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