156. イリオンの酒場にて
エウロヴェンティの街中へ入る頃には、すっかり夜の帳が下りていた。
商店の立ち並ぶ大通りで馬車を降りると同時、一陣の風が挨拶代わりのように流護たちの間を吹き抜けていく。
「っと……、風が強いから、荷物飛ばされたりしないようにね」
「おう……」
風になびく長い髪を押さえたベルグレッテの言葉に、流護は袋をしっかりと肩へかけ直した。
レインディールの最東端、風の都とも称されるエウロヴェンティは、その街並みも独特なものだった。
ほぼ一年中を風に吹かれているため、家屋建造の難しさや落下物防止の観点から、基本的に二階建て以上の建物が存在しない。ベルグレッテの知る限りでは、これから向かう予定の宿屋と、商家の豪邸などの数軒だけが二階建てとのこと。
少し見渡しただけでも、縦に伸ばせない分を横に展開したといわんばかりに平屋が乱立しており、街の総面積は相当な広さになりそうだった。それぞれの建物は必ず石壁に囲まれており、やや狭苦しい印象を受けるが、これは風で飛んできた物から家屋を守るための防壁なのだとか。
どうしてこんな環境に街を作ったのかと思う流護だったが、なぜかこの一帯には怨魔が寄りつかないそうなのだ。東西南北へなだらかな地形が広がっていることもあって、自然に旅の拠点となって発展していったらしい。
そんな薀蓄はともかく、道行く人々の姿が流護の目に留まる。
「……、これは……」
季節は夏。薄着の季節。しかし、スカートを穿いている女性の姿は皆無。もちろん、風が強いためだろう。皆、色気のないモサッとした下衣を穿いている。上着も下衣にインしており、全体的に野暮ったい。
風の街には、チラリズムのチの字も存在してはいなかった。
ビュウッと吹いた風が、流護の顔を叩いていく。ごり、と歯に伝わる硬い感触。口の中に砂が入ってしまった。
「……ぺっ、ぺっ。夢も希望もない。さっさと宿に行きましょう、ベル子さん」
「う、うん……?」
覇気のない声で言う流護に、不思議そうな顔を見せるベルグレッテ。
そんな二人は向かい風に吹かれながら、並んで宿へ向かうのだった。
「すまないねぇお客さん、部屋は満室なんだよ」
受付の中年男性は、済まなそうとも商売繁盛で嬉しそうとも取れる半端な笑顔でそう言った。
「え、満室……ですか……?」
想定外だったらしく、ベルグレッテが珍しく唖然とする。
「ああ、知らないのかい? 実は今、北のシラルグ平原にターゼルウォムが大量発生しててね。その討伐のために来た傭兵やら詠術士やらが、ちょうどこの街に集まってるんだよ」
流護はカウンターの脇から奥の部屋を覗く。
一階は大きな酒場になっているようだが、確かに物々しい装備に身を包んだ者たちが数多くテーブルを囲んでいた。その数は明らかに平民より多い。
「まぁ酒場の席なら空きがあるし、食事だけでもしてってよ。何だったら、この街の地図もあげるからさ。食事しながら、地図眺めて宿探ししてみたらどうだい?」
ちゃっかりしているというか、商売人というか。
仕方ないので二人は地図を受け取り、ひとまずこの店で食事をとることにした。
これといった特徴のない、木造の店内にて。
隅の席に二人向かい合って座り、おすすめディナーセットとやらを注文し、早速とばかりに地図を広げる。
「ちょ、地図でかすぎだろおい」
テーブルクロスみたいになってしまった。単に地図が大きいだけではない。実際、街がこれだけ広いのだ。
「あっ、私の知らない宿が結構増えてる……」
ベルグレッテは、二年前に家族でこの街を訪れたことがあるのだとか。それで今回、当時利用したこの宿を取ろうとしたのだ。その二年の間に、新しい宿も増えているようだが――
「ここと……ここにもあるな。何だかんだ、十軒ぐらいあるのか? でも……」
遠い。客の取り合いを防ぐためなのか、それぞれの宿は広い街中に満遍なくばらけて点在していた。
怨魔退治のために多くの傭兵が街を訪れているという今の状況。運よく次の宿に空きがあればいいが、下手をすれば宿を回っていくだけで朝になってしまいそうだ。悠長に食事をとっている場合ではないかもしれない。
「うーん……どうすっかな、こりゃ――、ん!?」
そうして少年は今更のように気付く。
対面に座った麗しき少女騎士。カップの水を飲む仕草にすら気品が漂うお嬢様。そんな彼女を見て、ようやく気付くのだ。
(そーいや……、ベル子と二人旅……なんだよな、これ……)
怨魔が喋ったり突然旅に出ることになったり日本人とのお目見えを控えてソワソワしていたりでゆっくり考える余裕もなかったが――今回の任務。ベルグレッテとの二人旅なのだ。
(こ……こここ、この宿探しは……重要だぞおい……!)
思考を総動員する。
あれだ。できる限り、狭い部屋がいい。宿という宿が混んでいるというなら好都合だ。やむを得ず小さく狭い部屋に二人で泊まるしかない状況になれば、否が応にも寄り添って眠るしかなくなった二人は、そのまま大人への階段を三段飛ばしぐらいで駆け抜けてめくるめく絶頂の世界へ――
流護が夢想しつつ鼻の穴を膨らませていたところで、
「あのー」
横から間延びした声がかけられた。
いかがわしい想像の海に浸かってみっともない顔をしていた少年は、慌てて表情を引き締める。
目を向けると、一人の若い女性の姿があった。料理を持ってきた店員――ではなさそうだ。
歳は流護たちより少し上程度か。肩まで伸ばした、さらさらの金髪。やや垂れ目がちのまぶたから覗く瞳は、美しい翠緑色。小さな鼻と薄い唇が特徴的な、美しさと可憐さの中間を取ったような印象の女性だった。
背丈は流護と同程度。その身体は、大きな襟のついた茶色のマントですっぽりと覆われている。一見して、体格までは分からない。
「あのー、相席してもいいです? 他、空いてる席があるよーな、ないよーな感じでして」
少し鼻にかかったような声が特徴的だった。
見れば、流護たちが来るまでそれなりに空いていた席は、もはや全て埋まってしまっていた。他に相席できそうな席もあるにはあるが、荒々しい傭兵のような男たちばかり。若い女性ひとりでは、気が引けるだろう。
「どうぞ」
ベルグレッテが立ち上がり、笑顔で席を譲った。
流護の隣にベルグレッテが移動し、マントの女性が「いあーすみませんすみません」と対面へ腰掛ける。
地図を片付けようとする流護だったが、女性が「あ、おかまいなくおかまいなく」と押し止めた。
「オマァータセ、イータシマシーィ」
そしてやってきた店員が、微塵も躊躇せず広げた地図の上に料理を並べていった。
「ちょっ……」
まさしくテーブルクロスになってしまった。
仕方なしにそのまま食事を始めると、マントの女性が料理を注文しつつ流護たちに話しかけてきた。
「えーと……お二人は、やっぱりシラルグ平原のターゼルウォム討伐に?」
「あっ、いえ。私たちは、レフェに行く途中で……」
「え、ほんとに!?」
ベルグレッテの受け答えに、女性はパンッと手を合わせて目を輝かせた。マントから覗いたその両手は、エルボーグローブというのだろうか。手のひらも細腕も、これまた茶色い手袋で覆われている。露出の『ろ』の字もない、完全装備だ。
「レフェに行くんなら、あたしと一緒だ!」
「そ、そうなんですか?」
「あっ、大きい声出しちゃってごめんなさーいっ」
少しびくっとしたベルグレッテに、マントの女性は合わせた手をそのまま突き出して謝る。その仕草が愛らしい。
「じゃあ、二人ももしかして天轟闘宴が目当て?」
「いえ、私たちは仕事で――、……天轟闘宴?」
ベルグレッテが眉をひそめて流護の顔を見た。
「……ん? どした? 何だ? てんごうとうえん? って」
「あ、うん。んー……、ううん」
ベルグレッテは考え込むような仕草を見せて、手元のカップに視線を落とす。
対照的に、マントの女性はどこか得意げな顔を流護へと向けた。
「あや、お兄さん。天轟闘宴を知らないとなー?」
「えーと……まあ。何すか? それ」
「ふふーん。では教えてしんぜよう!」
――天轟闘宴。
レフェ巫術神国にて数年に一度催される、戦士たちの武祭。
元は古の時代、『神域の巫女』に仕える戦士を選出するために執り行っていた儀式。
出場者は『無極の庭』と呼ばれる森に一斉散開し、他の参加者らを探して歩く。そうして出会った相手と闘い、これを倒す。各々がこれを繰り返していき、最後に残った一人が勝者として認定される――。
ちなみに今回開催される第八十七回・天轟闘宴は、約一週間後の二十二日。流護たちとしては、『蒼雷鳥の休息』の最終日にも当たる。
そんな概要を聞いた流護は、わずかに頬を引きつらせた。
「はー……、それはまた、荒々しいっていうか何ていうか」
現代日本的な知識で表現するならば、それは――
(……バトルロイヤルじゃねえか)
ルールは何でもあり。
共闘、不意打ち、戦略的撤退――『無極の庭』内で行われるならば、基本的には全てが認められる。必ずしも神詠術を使う必要はない。そも、参加者は詠術士でなくとも構わない。
とにかく己が持てる力の全てを尽くし、最後まで残ればそれでいい。
開催時期は不定期で、数年に一度、祭の二週間ほど前に突然告知がなされる。
あまりに急なため、天轟闘宴に向けて常に備えておくといったことは困難だ。参加希望者は告知から二週間の間に、レフェまでたどり着かなければならない。
戦士たるもの、いつ開催されても参加できるよう、常に己を磨いておくべし。主催者側のそんな精神が根底にあるようだ。
「んー……でもそれだと、地元民に有利すよね」
流護は気になった点を口にする。
とかく移動に時間のかかる世界。遠方に住んでいる者は二週間を使ってレフェまで行かなくてはならないが、そのレフェに住んでいる参加者であれば、二週間を丸々調整の時間にすることが可能だ。
「まぁね。でも本気で優勝狙う人は、開催するまでの間だけでも何年かレフェに住んじゃうっていうし」
「うへえ……」
「それでも確かに、過去の優勝者はほとんどレフェの人なのよね。地元に有利だー、ってのは昔からずっと言われてることだったし。ただ、それでも――、あっ、どもー」
女性は運ばれてきた食前酒を受け取り、ごくごくと喉を鳴らして一気に呷る。
「ぷはー! うまーい! ……で、それでもここ十数年の優勝者に関しては、もう誰も地元有利のおかげだ、なんて言わなくなっちゃったけどね」
「へえー。強いんですか? その優勝者って」
何の気なしに訊いてみる流護だったが、
「ドゥエン・アケローン。『十三武家』、矛の家系の長兄にして現当主。強いなんてもんじゃないって。出場した回は全て優勝してる、本物の怪物よー。昔はドゥエンともう一人、最強っていわれる戦士がいたみたいだけど……国を出たとか何とかで。現時点では間違いなく、ドゥエンがレフェ最強の戦士でしょうね」
「……アケローン……って」
その苗字。『十三武家』のアケローン。間違いない。ベルグレッテやミアのクラスメイトにして、流護もよく知っている寡黙な巨漢――ダイゴス・アケローン。まさにこの任務で会うことになるだろう、あの青年の家系だ。
「ダイゴスのお兄様ね」
やはり知っているのか、ベルグレッテも頷く。三兄弟だとは聞いていたが、そのうちの一人らしい。
「今大会は、そのドゥエンが出場『しない』って事前に発表されてるの。だから今回は、参加者も多くなるわよー」
レフェの国としては、参加費や観戦費、果てはケガをした選手の治療費まで含めて大きな収入源となる天轟闘宴。
しかしあまりにドゥエンが強すぎたため、彼が出場する回は参加者も減ってしまい、収益が見込めなくなってしまったらしい。
そのため現在では適度に、この男が参加しない回を設けているとのことだった。
「なるほど……でもそんな大会に出る人って、強い奴と闘いたい! みたいな人が多いんじゃないすか? 一番強い人が出ない回に参加したって、あんまり意味も価値もないんじゃ」
少なくとも流護はそうだ。どうせ出るのであれば、腕試しをしたいと考えるだろう。
そんな言葉を受けて、マントの女性はちっちっと人差し指を振った。動きがオーバーになってきているのは、酒が回り始めているためか。
「甘いぞー僕ちゃん。強さに憧れるのは分かるけど、世の中そう上手くいくもんじゃないのだよ~。ガイセリウスみたいに強くなって、富も名声も手に入れてー……ってのがそりゃ一番に決まってるけど、皆が皆、そうなれる訳じゃないんだから」
ついさっきは『お兄さん』だったのに、今度は『僕ちゃん』呼ばわりになっていた。強さに憧れている世間知らずの子供だ……とでも思われてしまったのかもしれない。
「天轟闘宴の優勝賞金は、聞いて驚け一千万エスク。ドゥエンが出てないときに参加者が殺到するのは当たり前よー?」
「い……一千……万……!?」
さすがに度肝を抜かれた。流護自身、これまで破格の褒賞を何度か受けているものの、到底及ばない金額だ。
「そしてなにより!」
それだけではないと、女性は得意げに胸を反らす。
「何でも願いごとを叶えてもらえるの!」
「え? 何でも……? どういう意味すか?」
「そのまんまの意味よ。優勝者はレフェが可能な範囲内で、望むものを何でも要求することができるの」
「まじで……何……でも?」
漠然としすぎていて、いまいち掴めなかった。
つまるところ、更なる金の要求や、土地、家といった物理的なものから、立場や地位といった形のないものまで、優勝者が所望するものを手にすることができるのだという。
「いやいや、え? 世界の半分が欲しいって言ったらくれんの?」
「おー、スケールでかいねぇお兄さん! 嫌いじゃないよー、そーゆーの!」
「リューゴ、前にも似たようなこと言ってたわよね……。なにかの受け売りなの?」
さすがベル子鋭い。
ともあれ実際のところ、過去の優勝者の大半はさらなる金を望んだという。
それこそ世界とはいわずとも、レフェの土地を得ることもできるそうだが、そもそも出場者の大半は他の地域から来る者たち。帰る場所があるのなら、レフェに土地や家を所有しても意味がない。
それでもある放浪者は、レフェの上等兵として就任したという。定住する場所が欲しい人間にはいいのかもしれない。
ともかくとして、一千万の金に加えて望むものを与えるという褒賞は、あまりにも規格外だ。
少なくとも、『一生遊んで暮らしたい』程度ならば叶えてもらえるようだし――と、そこで流護はその疑問にぶつかる。
「……あれ? でも何でも叶えてもらえるなら、一千万とかいらねんじゃね?」
流護だけが抱く疑問ではなかったのか、女性も苦笑いを見せた。
「あはは、そう思うよね~。でもね、レフェって国はやたらと『千』っていう数字にこだわる国なのだよ。国を動かしてる団体の名前も『千年議会』だしね。縁起とかそういう点で、そこは譲れないみたい」
レフェなりの縁起がいい数字、というものだろうか。この世界でも、そういった考え方はあるらしい。
「で、この他にも、敢闘賞とか特別賞とか撃墜王とか色々あるんだよ。闘いぶりとか色々考慮されて、大会後に評価される方式なの。優勝はともかくとして、こういった他の賞狙いの人も多いらしいわよー。って、あたしもそうだけど。こういう他の賞にしたって、序盤で運悪くドゥエンに出会っていきなりやられちゃったら、受賞できなくなっちゃうしね。無駄なケガはしたくないし、参加費だって安くない。だから皆、ドゥエンがいないときを狙うってわけー」
運ばれてきた肉料理をつつきながら、それが天轟闘宴における基本事項であるかのように女性は語る。
「なるほど……」
古の時代、『神域の巫女』に侍る最強の戦士を選ぶための儀式だったという天轟闘宴。
しかし今では、強者に当たらぬよう祈りながら一獲千金を狙うための場となってしまっている。
無論、金は大事だ。収入を考えて遊撃兵になった面もある流護としては、当然ながらそこは否定できない。
しかし『神域の巫女』といい天轟闘宴といい、金が絡んだりしていて夢がないというか、ファンタジー世界なのに生々しくて少し残念だなあ、と思う流護なのだった。
コロコロと入れ替わり、地方アイドルのような存在になっている『神域の巫女』。今や集客イベントとなり下がった感のある天轟闘宴。
どちらも現在、古の伝承とはかけ離れたものになり果ててしまっているようだ。
「てなわけで、あたしも今回、本気で賞の獲得狙っちゃうよ~と思ってですね」
「はあ……、ん? 狙っちゃうって、参加するんすか?」
「そうよ?」
マントの女性はしれっと答えた。
ドゥエンが出ないとはいえ、賞金を狙う猛者たちが集う危険な武祭であることに違いはないはず。いくら何でも、若い女性が参加するようなものではないだろう。
そんな流護の心情を読んだのか、彼女は腕組みをしてふふんと鼻息を漏らす。
「あたし、こう見えてもそれなりの詠術士なのよー?」
「は、はあ」
腕っ節の強い人間については雰囲気や佇まい、あるいは単純な見た目(傷の有無、鼻が潰れているか、耳がよじれているか)などで察することもできる流護だが、詠術士は正直よく分からない。
それでもベルグレッテのように体術に秀でていれば、それとなく掴める。逆にミアなどは詠術士としては優秀だが、体術どころか運動がからっきしなため、強さを察知できない。この女性も肉体派ではなく、ミアと同系統ということか。
そこでベルグレッテが、おずおずと声をかける。
「お召しのマント、後期ステルオーザ織りの二重型ですよね。しかも、かなり繊細な防護術が組み込まれてる。お店のものじゃない……自己流ですよね。その手腕、お察しします」
日本語で喋ってくれと言いたくなるようなベルグレッテの弁に、しかし女性は目を輝かせた。
「おーっ、分かる!? そうなの、対水と防風の編み込みに苦労して……。いやいや、それを見抜くとはお嬢さんもなかなか」
詠術士同士の会話に花が咲きかけたところで、食べ終わった皿を重ねた女性が「あれ?」と首を傾げる。
「そういえば二人は、レフェに行く途中なのよね? なのにどうして、この街の地図なんて広げてるの?」
今や完全にテーブルクロスとして機能している地図を見下ろしながら、不思議そうに言う。
「いえ、実はまだ今晩の宿が決まってなくて……。ここも満室だそうなので、これから宿探しに行かないと」
そんなベルグレッテの言葉を聞いたマントの女性は、デザートのイチゴにフォークを刺しながら頷いた。
「それなら……あたしの部屋に泊まらない? あたし、ここに部屋取ってるから。今も、ご飯食べに下りてきたとこだし」
思わぬ申し出に、ベルグレッテがあわあわと両手を振る。
「えっ、でもそんな、お邪魔になりますし……」
「いやいや、あたしもこうして相席させてもらったし、行き先も同じレフェだし、一人旅で退屈してたとこだし。……いやま、会ったばかりの他人と同じ部屋に泊まるのは抵抗あるかぁ……」
「いえ、そういうつもりでは……!」
「いやいや……」
「いえいえ……」
譲り合う日本人かおのれら、と流護がツッコミを入れたくなったところで、女性が切り口を変える。
「まぁ、お若い二人のようですし? 二人っきりで泊まりたいって気持ちは分かるんですけどー?」
「んなっ……! ち、違います! リューゴとは、そんなんじゃ……!」
「あっ、きみはリューゴくん? っていうんだ。そういえばお互い、自己紹介もまだだったね。あたしはミョール・フェルストレム。よろしくね二人とも!」
「あ、は、はい。私は、ベルグレッテ・フィズ・ガーティルードと申します」
「リューゴ・アリウミでござ」
今更の自己紹介を交えつつ食事を終えたところで、ミョールはガタリと椅子を引いて立ち上がった。
「まぁ、あたしの部屋は二階廊下まっすぐ行って、突き当たりのとこだから。名前書いたプレート掛かってるからさ、気が向いたら来てほしいな」
一方的にそう告げて、ミョールは「じゃあね」と引き上げていった。
「うーん……ベル子、どうする?」
「んん……」
お茶を飲みながら流護が意見を仰ぐと、ベルグレッテも考え込むように小さく唸った。
現代日本からやってきた少年としても、さすがにもう理解している。
人の命が軽い、危険なこの世界。いくら相手が気さくな若い女性とはいえ、出会ったばかりの他人と同じ部屋で夜を明かすなど迂闊な行為だ。しかしこのままでは今晩、宿なしになってしまいかねないことも事実。他の宿を探しにいくのも非常に手間だった。ここで泊まれるのなら、それに越したことはない。
……ベルグレッテと二人きりで泊まって大人への階段を上りたい少年ではあったが、そんな上手くいくはずもないだろうし。心中でハハと乾いた笑いを漏らす。
という訳で、二人が下した決断は――