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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
5. ラプターズレスト
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147. 戻れない日々

 自分の荷物である麻袋を肩へ掛けたディノと、頭に包帯を巻いたイェスタは、並んで街道を歩いていた。そのまま二人で、宿の主から受け取った握り飯を頬張る。


「お父さん、だいじょうぶかな……」

「ま、回復の使えんオメーが引っ付いてたトコで意味はねェ。今はこっちに集中しとけ」

「う、うん」


 そう言われて、素直に割り切れるものでもないだろう。しかし少年は、決意を固めたように頷いた。

 ふと、ディノは気になっていたことをイェスタに尋ねてみる。


「そーいやオメーら、母親の姿が見えなかったみてぇだが」

「あ……うん、お母さんは、僕たちが小さい頃に死んじゃったから……」

「そうか」


 しばし、二人は歩きながら無言で握り飯を咀嚼する。


「で、でも……僕たち、本当にだいじょうぶなのかな。悪魔が……」

「おう、部外者に助けを求めただけで呪い殺されるんだったか。不安なら帰るか? 悪魔の怒りとやらを買って死ぬのは怖ェもんなァ」

「……っ、だめだよ。怖いけど……それでも僕は、シレーナを……助けたい」

「クク、よく言った。ま、悪魔とやらの相手は任せとけ。ちったぁ楽しめるといいんだが」


 大して期待できそうにねェがな、という本心は飲み込んでおいた。

 自信に溢れたディノの返答を受けて、イェスタは期待の眼差しを向ける。


「兄ちゃんは……強いの?」

「ああ、強いぜ。オレは最強――の、炎使いだ」


 近頃、初めて負けたことに違いはない。少々癪に障るが、偽らず依頼主に実力を申告した。

 

「す、すごいなぁ」

「五百エスクなんつー小銭でオレを雇えたオメーはツイてんぞ。ま、すぐに見せてやるよ」


 握り飯の最後の一口を頬張り、ディノは強烈に口角を吊り上げた。






 なだらかな丘を越えると、深緑の森が眼下に大きく広がっていた。


「おっ、一気に見えたな。アレが西の森か」

「はあ、はぁ……う、うん」


 イェスタは額に汗を滲ませて、肩で息をしながら頷く。

 夏の昼間、村を出てから三時間歩き通しだ。まだ幼い少年が疲れるのも無理はない。しかし妹を助けるという思いゆえか、イェスタは弱音を吐かずに歩き続けていた。

 それどころか、


「も、もうすぐだよ。急ごう!」


 焦ったように足を急がせる。

 緩やかな下り坂を抜けて、森は目前に迫っていた。


 ――と。

 大きな岩山を迂回して曲がっている道。その角を曲がったところで、その一団に遭遇した。


「イェスタ!? な、何故ここにおる!?」


 村長と取り巻きの男たちだった。

 ものの見事な鉢合わせ。シレーナの入った樽を置いてきた帰りに違いない。


「そ、村長さん……」


 イェスタは気まずそうに後ずさる。

 老人はイェスタとディノへ交互に視線を送り、呻くように声を発した。


「……イェスタ。お前、自分が何をしようとしとるのか……分かっておるのか」

「……っ」


 少年は言葉に詰まった。

 保身に脳を焼かれた者たちと違い、この十歳の少年には理解できている。生贄を捧げなければ、結局は妹だけでなく自分も……村も、消えてしまうのだと。


「で、でも……この兄ちゃんが、悪魔をやっつけてくれるって……」


 だからこそ、一縷の望みを胸にここまでやって来たのだ。救世主かもしれない人物と一緒に。

 そんな思いなど知るよしもない村長が、ジロリとした視線をディノへと投げかける。


「……昨日から滞在しとる余所者か。イェスタに、何か余計な事を吹き込んだのか」

「余計? ってのは例えば何だ? 他の女どもからは貢ぎモン貰ってっから、後回しにしてるって話か? だから今回は、まだ十歳でしかねェコイツの妹を生贄に選んだって話か?」


 瞬間、場が凍った。

 動いたのは、ニヤリと吊り上がるディノの口角のみ。


「え? ど、ういう……?」


 イェスタは、傍らのディノと固まったままの村長を交互に見る。


「そのままの意味だ。残りの女どもは、このジジイにイロイロ払って見逃してもらってんだよ。ジジイはジジイで、溜め込んだ金でどっか遠くにでも逃げるつもりなんだろーぜ。もう生贄の在庫もなくなっちまうしな。出る前にもチラッと言ったが……遠からず村が潰れるのは、確定してるようなモンだ」


 つまらなげに淡々と答えるディノに、イェスタは大きく頭を振った。何か忌まわしいものを振り払うかのように。


「そん、な……うそだ……うそでしょ、村長さん!?」


 こんな状況に陥ったイェスタですら、まだ漠然と思っていたに違いない。

 最終的には、村長が何とかしてくれるはずだと。シレーナを生贄にすると決めたのも、苦渋の決断。悩んだ末の、やむを得ない犠牲なのだと。


 兵も自警団もいない小さな村。頼れるものは、村の統治者しかいない。

 だが。


「…………」


 その村の長は、ただ無言で右手を掲げた。

 応えて、脇に控えていた屈強な男たちが武器を抜き放つ。


 ――それが、答えだった。


「村長、さん……」

「何の証拠もナシ、でもどーせそんなトコだろうと思って適当コイただけだったんだがな。大当りってか。ヒネリも何もあったモンじゃねェな。ま、ホレ。いかにも『ワタシが悪役です』ってツラしてるじゃねェか、このジーチャンもよ? ハハハハハ」


 ゲラゲラと笑うディノへ、


「消えな」


 男の一人が棍棒メイスを振りかぶって走り寄った。






 瞬間、烈風が発生した。


「……っ!?」


 突如として吹きつけた熱波に、イェスタは身を屈める。


「……、……え!?」


 少年が恐る恐る目を開けたときには、すでに終わっていた。


 いや、始まってすらいなかったというべきか。

 変わらずそこに立っているのは、ディノとイェスタのみ。

 村長を含めた総勢六人の男たちは、吹き散らされたように大地へと転がっていた。全員が呻き声を漏らし、ゲホゲホと咳き込み、まさに虫の息といった有様で伏している。

 ディノは両手を下衣のポケットに突っ込んだまま、つまらなげに立っていた。


 その身から発せられた、一陣の突風。それだけで、全ての敵を薙ぎ払ってしまった。


「う、そ……」


 対峙することすら――目線を合わせて立つことすら許さない、圧倒的な力。

 累々と倒れ伏した男たちの中、ただ一人立つ姿のなんと似合うことか。今までもこうして脅威を打ち払ってきたのだろう。そんな図が、イェスタにも容易に想像できた。


「……す、すごい……」


 少年の眼は、おぼろげな朱色を纏うその青年に釘づけとなる。


「あー……自分でやっといて何だが、暑ィな。ダメだ夏は」


 熱気を消したディノは倒れた男の一人へと歩み寄り、その髪を掴んで無理矢理に引き起こした。


「ぐ、あぁ……!」


 ぶちぶちと厭な音がしたが、ディノは意にも介さない。その細腕で、大男の頭を軽々と掴み起こす。


「で、コイツらどうする? 依頼人さんよ」

「え?」


 イェスタは、ディノの言葉の意味が分からずにキョトンとした。


「殺すんだろ? オメーがやってみるか? 意趣返ししてやれよ」


 具体的に問われて、理解したイェスタはぶんぶんと首を横へ振った。


「そ、そんな! そこまですることは……!」

「甘ぇぞ」


 ディノは短く断じる。


「村を出る前に言ったな。オメーが妹を連れ戻そうとした結果、何が齎されるのか。何がどうなるのか。その答えが、コレだ」


 ディノが手を離すと、男はうつ伏せになって倒れ込んだ。その頭をつま先でコンコンと小突きながら続ける。


「妹を連れ戻そうとするなら、ソレを邪魔する連中との衝突は避けられねェ。当然、排除も必須になるワケだが……ソコで可能な限り――殺す必要が出てくる」

「ど、どうして殺すの……? そこまですること、ないんじゃ……」

「じゃあ逆に訊くが、殺さなけりゃどうなると思う?」

「えっ……」


 イェスタは面食らった。

 人を殺すのは、いけないこと。恐ろしいこと。

 ただ当たり前すぎて、深く考えたこともない。殺す殺さないの結果、何がどうなるかなんて考えたこともない。


「この連中が、『負けて改心しました。これからは仲良くしましょう』つって終わるとでも思うか? ガキのケンカでも、おとぎ話でもねェんだ。村長のジジイは、知られたくねェ秘密をオメーに知られちまった。オメーを消さねェ限り、もう安心して暮らせんワケだ」

「そ、そんな! 僕、言わないよ!」

「オメーの意思なんぞ関係ねェんだよ。ジジイにとって確実なのは、喋りたくても喋れない状態にしちまうコト。ちなみにオトナの世界じゃ、よーく使われる手段だ。覚えとけ」

「そんな……」


 気落ちするイェスタに、ディノはほぼ真実といっていい推測を突きつける。


「オメーの親父も、土壇場で村長の思惑に気付いたフシがあったな。だから必死になって抵抗したし、取り巻き共も必要以上に痛めつけた。このまま無事に妹を連れて村に帰っても、オメーら家族は狙われるコトになるだろうよ。むしろ今日中に殺されるかもな」

「ど、どうして……そんな……、前みたいに、暮らしたいだけなのに」


 ディノは溜息をつき、他の可能性を――イェスタの望む未来を語る。


「そんじゃ仮に無事妹を連れ帰って、この連中とも和解したとするか。悪魔はいなくなり、村も平和を取り戻しました、と。一見、幸せな結末に思えるかもしれんが……そうなったとしても、必ずわだかまりってヤツが残る」


 村長がシレーナを生贄にしようとしたこと。父親を痛めつけたこと。イェスタを殺そうとしたこと。

 悪魔は消えたとしてもその事実は消えず、双方を苛み続ける。とうに自分の娘が生贄となってしまった者にしても同じ。この事態が解決したからといって、娘は帰ってこない。村長を許すことができるのか。

 淡々とそう羅列していき、ディノは結論を述べた。


「つまり、だ。何がどうなろうと、もう以前の暮らしには戻れねェんだよ」


 すでに、決定的な亀裂が入ってしまっているのだと。


「…………」


 イェスタは沈黙した。

 ディノが悪魔を倒し、妹が無事に戻れば、それで解決だと思っていた。

 しかし。


「――とまあ、ムダ話はコレぐらいにすっか。肝心の妹が手遅れになっちまうぜ」


 歩きかけたディノは、おおそうだとイェスタに振り向く。


「ソイツら、殺さなくていいんだな?」


 今も呻きながら転がっている男たちを顎で指し示し、確認を取る。

 イェスタはこくりと頷き、眼前に広がる森だけを見据えた。


「……今は、シレーナを助けないと」

「了解だ、依頼人」

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