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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
5. ラプターズレスト
139/667

139. 探索と遭遇

 腹が減ったから肉を貪る。

 頭が痛むから休息を取る。

 暗いから火を点す。

 憎いからあいつを殺す。


 ――コロシテヤル。


 欲求が生じたなら、行動に直結する。本能の赴くまま蠢くその姿は、ある意味で生物として純粋だといえるのかもしれなかった。






 どこまでも続く見通しのいい平原。遥か遠く、ぽつぽつと点在する木々や水源も確認できる。吹き抜けていく心地よい風に、流護は目を細めた。

 身を潜められるような地形が極端に少ないためか、獰猛な肉食獣や怨魔もまず現れないとされる一帯だった。事実、安全なのだろう。のんびりと街道を行く農民の姿も見受けられる。


 被害に遭った農場は壁の外側にあり、申し訳程度の柵に囲われていた。防犯よりも、家畜が逃げ出さないようにするためのものだった。

 経営していくうちに農場の規模が大きくなり、ツギハギするように農地を拡大していった結果、このように壁の外側へとはみ出していくことも多いという。


 牛を担いだ怨魔が去っていったという北の方角には、群生する緑が遠く見えている。いかにも何かが潜んでいそうな雰囲気ではあるが……。


「あの林は、まだ探索してないのよね?」

「はい……獣の仕業を疑った時も、あそこまでは行っておりません」

「賢明ね」


 労働者に尋ねたケリスデルは満足そうに頷いた。

 牛を一撃で仕留めるほどの相手。雇った傭兵たちも帰らない。労働者たちが向かっていればどうなっていたか、想像することは容易い。

 あれこれ話を聞いていたところで、ひげ面の中年兵士が駆け寄ってくる。


「ケリスデル殿、近場の倉庫に投石砲が保管してありました。確認してみましたが、運用できるかもしれません。どうしますか?」

「フハッ。投石砲とはまた、随分とクラシカルねえー。うーん……引っ張っていくのも面倒だし、なくていいわ。何より――」


 女はギョロリとした大きな目を隣の流護へと向け、薄く微笑む。


「投石砲よりも頼れそうな拳を持つ子がいるしねえ」


 ポンと肩に手を置かれ、流護は「はあ……」と適当な相槌を返した。失礼かもしれないが、蛇に睨まれているようで少々落ち着かない。


「えーと……何ですか? 投石砲って」


 そう問えば、ひげ面の兵士がハッハッと朗らかに笑う。


「おいおい、知らないのか? ようは石を撃ち出す大砲だよ。旧世代の兵器なんだけどな。威力はそこそこ高いが、詰まったり重かったりで、取り回しに難があってな。石を強引にブン投げてるだけみたいなもんだから弾速も遅いし、今じゃほとんど使われないな。まっ、さすがにお前さんの拳よりは強いと思うぜぇ?」

「はあ……」

「そんでもま、頼りにしてるぜ? 『拳撃ラッケルス』の遊撃兵さんよ!」

「はあ、どうも」


 そんなやり取りを尻目に、ケリスデルが兵士たちへ指示を飛ばす。


「それじゃ各員、目的地は北の林。昼間だから大丈夫だとは思うけど、ドラウトローとの遭遇を念頭に置いて行動するように」

「了解!」


 兵士たちが一斉に声を張る。ちなみに流護は乗り遅れてキョロキョロしてしまった。

 ともあれ、一同は北に広がる林へと向けて出発した。






「えーと……カルボロ、さん」

「だはは、何だよリューゴ。『さん』とかナシだぜ。普通に、気楽にしてくれよな。歳も近いんだしさー」


 隣を歩く少年兵は、そう言って屈託のない笑顔を見せる。


「じゃあ、カルボロ。雇った傭兵が戻ってこないって話だったけど……いくら相手がドラウトローだったとしても、全滅しちまうもんなのか?」

「ん~、傭兵っても色々だしな。ゴロツキと大差ないのもいれば、史上最強の怪物なんて謳われるラプソルみたいなのもいるし。ただ、今回雇われた四人はそれなりの連中だったみたいだぜ。料金も後払い予定だったって話だから、金だけ貰って逃げたセンはないだろうしな」


 カテゴリーBの怨魔、ドラウトロー。

 Bランクとは正規兵が最低でも三人がかりで対応することを前提とした指標だ。

 戦闘というものは、その時々の状況やコンディション、そして運にも左右される。

 手練の傭兵が四人とはいえ、一歩間違えれば瞬く間に全滅してしまってもおかしくはないか。流護はそう判断する。


 そこで、流護たちの斜め前を歩いていた兵士が振り返った。


「へ、こっちには『竜滅』の勇者サマがいるんだ。ドラウトローなんぞ何体出てこようと、あんたなら楽勝なんだろ? なんつっても、二十体を一人で片付けたってんだからな」


 兜を目深に被っているため顔つきはよく分からないが、声は若い。流護やカルボロと歳の変わらない少年兵だろう。

 流護は学院での闘いを思い出しながら、客観的に判断して答える。


「いや……一度に相手できるのは、五、六体が限界すよ。それも、すぐに数を減らさないと多分飲み込まれる。正直、三体同時でもきつい。できることなら、一対一で確実に数を減らしたいすね」


 流護の返答に、若い兵士は「へ、へっ」とだけ残して前を向いてしまった。

 何だってんだ、と思う流護だったが、カルボロが楽しげに囁く。


「だははっ、皮肉を素で返されて拗ねちまったんだよ。ドラウトロー相手に『一対一で数を減らしたい』なんて言えるのは、お前さんぐらいだって。ひひひ」

「あ、ああ。そういうことか」


 話しかけてきた兵士は暗に、「ドラウトローが出てきたらお前が何とかしろ」と言っていたのかもしれない。

 しかし流護としては、それでもいいと考えていた。

 目の前で、誰かがミネットやミアのようになってしまうよりは。


「さぁーて、近づいてきたわね」


 先頭を歩いていたケリスデルの声に顔を上げれば、生い茂る木々の群れが間近に迫っていた。

 足を止めたケリスデルが指示を飛ばす。


「それじゃ、四つに班分けしましょうか。均等に兵力で分けて……アタシと誰か一人。アリウミ遊撃兵と誰か一人。あとは五人を二組」


 敵が農場に現れた一体だけとは限らない。対複数を想定した振り分けだった。


「アリウミ遊撃兵。戦力的にはアナタ一人でも充分かと思うけど……万が一ってこともあるわ。アナタは神詠術オラクルが使えないから連絡も取れないし、地理にも疎いでしょう。誰かに同行してもらうけど、構わないわよね」

「あ……はい」


 むしろ、一人ではいくら何でも心細い。こちらからお願いしたいぐらいだった。


「よっしリューゴ、俺と組もうぜ!」

「あ、おう」


 正直、カルボロの申し出はありがたかった。

 同行している兵士たちの中にも、流護を疎ましく思っている者は多い。ただでさえ命の危機に晒される可能性のある任務で、ソリの合わない人間と二人きりになってギクシャクするのは御免だ。


「では各自、周辺の探索を始めて。何かあればアタシかナイルズに連絡。一時間後に、またここへ集合よ。さ、任務開始」

「了解!」


 一斉に声を上げる兵士たちと、またもキョロキョロする流護。

 対照的に兵たちは素早く行動を開始した。






 林の中は鬱蒼とした木々が影を落とし、外から見る以上に薄暗い闇が周囲を包み込んでいた。足場も平坦ではなく、岩や土くれで所々地面が盛り上がっている。

 すぐ近くに怨魔が潜んでいて、いつ襲いかかってきてもおかしくない雰囲気――


「なー、リューゴさぁ」


 緊張感を高める流護とは裏腹に、カルボロがひどく気の抜けた調子で話しかけてきた。


「学院に可愛い子いない? 紹介してくれよ~」

「え? いや、何言ってんだよこんな時に……」


 こんな無駄話をしている間に、背後から襲われるかもしれないのだ。思わず呆れそうになる流護だったが、


「そんな気ィ張らなくても大丈夫だって。近くに怨魔いねーから」

「……どうして分かるんだ?」


 軽い口調ながらも「いない」と断言するカルボロに、流護は疑念を抱かずにはいられない。が、答えは簡単なものだった。


「今、索敵の術使いながら歩いてっから。ま、俺の技量だと精度悪くて範囲も狭いけど、さすがに怨魔が近くにいりゃ分かるよ」

「あ、ああ……なるほど」


 自分が使えないこともあって、流護は神詠術オラクルの存在を失念してしまいがちだった。


「それにさ、ドラウトローがいたとして、あいつら夜行性だし」

「いや……でもあいつら、」

「ああ、知ってるよ。恐慌状態になると昼間でも活動すんだろ? リューゴは直に体験したんだよな。でも、あいつらがビビるような何かが今この辺にいる訳ねぇんだし」


 流護からしてみれば、昼間に動いているドラウトローしか見たことがないのだ。夜行性だといわれても、納得できそうにないぐらいだった。しかし一般的な知識で語るなら、カルボロの言う通りなのだろう。


「だからさー、学院の子紹介してくれよ~」

「なにっ、まだその話続いてたのか……てかさ、何で学院? 兵士にだって、女子いるだろ」

「あぁいや、そりゃそうなんだけどさ……ん?」


 言いづらそうに顔を背けたカルボロだったが、そこで何かに気付いたのか、大きく目を見開いた。


「どうした? 怨魔か?」

「いや。あそこ……洞窟がある」


 カルボロの視線を追えば、木々に囲まれてそびえ立つ崖の根本で、漆黒の穴がぽっかりと口を開けていた。

 指をパキリと鳴らしながら、流護は尋ねる。


「洞窟か……どうする? 入ってみるか?」

「待った。ケリスデルさんに確認してみよう」


 そう言って、カルボロは通信の神詠術オラクルを紡ぎ始めた。






「洞窟……奇遇ね。こっちでも発見したわ。もしかしたら、そっちと繋がってるかもしれないわね。探索を許可するわ。くれぐれも気をつけるように」


 カルボロからの通信を終えて、ケリスデルは大きく口を開けた闇と向かい合う。


「暗い……ですね。ここからだと、何も見えない」


 同行していた女兵士が洞窟を覗き込み、声音と同じように身体を震わせた。メガネをかけた気の弱そうな顔立ちの女性新兵だが、実際に気が弱い。


「アタシが前を歩くから安心なさいな。さ、篝火よろしく」

「は、はい」


 ケリスデルに答えて、女兵士は手にした杖の先に小さな火球を出現させた。

 揺らめく火が入り口周辺の岩肌を照らし出すが、奥までは到底届かず、逆に暗澹あんたんたる洞窟の不気味さを演出してしまっている。


「うわぁ……薄気味悪いですね……」

「そう? 何が出てくるやらワクワクして、こういう雰囲気は嫌いじゃないけど。さて、行きましょうか」


 怯える新兵とは真逆、楽しげに目を細めるケリスデル。

 洞窟へ踏み入ろうとした矢先――杖に点された火球が、大きく揺らめいた。


「っ……、術の制御が……! ケリスデルさん、この洞窟……霊場になってるみたいです……!」

「――へえ」


 チロリと覗くケリスデルの舌が、唇の端から端へぬらりと奔る。


「ど、どうしましょう……。索敵や通信も使えないかもしれません。危険ですね……」

「こんな所に霊場、ね。ステキだわ。アタシから離れずについてきなさい」


 目を輝かせたケリスデルは、靴音を反響させながら穴蔵の中へと踏み入っていった。






「あれは……洞窟か?」


 五名の兵士たちの中で最年長であるナイルズは、一際大きく隆起した岩山の麓に大穴を発見した。


「どうしますか? ナイルズさん」


 後ろに付き従った若い兵士が尋ねる。

 ナイルズは今年で二十八歳。身体が大きいうえに実力も高く、残した実績も多いベテランだった。他の兵士からも全幅の信頼を寄せられている。

 細かい判断については、ケリスデルからも一任されていた。


「見てみよう」


 ここへ来るまで、怨魔とは遭遇していない。気配も感じられなかった。この洞窟をねぐらとして潜んでいる可能性は充分にあるだろう。

 慎重に洞窟の入り口へと近づいたナイルズに、


「待ってください! 中から何か――」


 索敵担当の女性兵士が言い終わるより早く、飛び出した影が躍りかかった。


「ッ!?」


 ナイルズは咄嗟に壁のようなタワーシールドを構えるが、


「ぐっ……お!」


 ゴッと重苦しい音が反響すると同時、凄まじい衝撃が伝わった。

 盾に直撃した何かによって、ナイルズの巨体が軽々と吹き飛ぶ。

 辛うじて転倒せずに持ち直し、顔を上げれば――


「……やはり!」


 体長一マイレほどの身体を覆う黒い体毛。

 短く太い脚に、細く長い腕。生理的な嫌悪感を誘う、醜い貌――


「ドラウトロー……!」


 ナイルズは憎々しげに怪物の名を呟いた。

 それが合図だったかのように、残る四名の兵たちが怨魔を取り囲む。

 キョロキョロと周囲を見渡した怪物は、おもむろに自分を取り巻く兵士の一人に飛びかかった。勢いのまま、その黒い拳を叩きつける。


「ぐっあ!」


 辛うじて盾で防いだ兵士は、威力を殺しきれずにそのまま薙ぎ倒された。

 この剛腕こそが、ドラウトローの真骨頂。速すぎて躱すことができず、受ければ防御ごと殴り倒される。集団で狩りをする場合は獲物を嬲る傾向がみられるが、今は逆にドラウトローが多勢に囲まれた身。それを理解しているのか、手加減無用といわんばかりの重い一撃だった。

 これがランクB、ドラウトロー。

 そしてこれが、


「野郎!」

「このっ!」


 最低三人でかかれ、と厳命される所以ゆえん

 左右から挟むように接近した兵士二人が、それぞれドラウトローの背中と腹へ長剣を叩き込む。と同時、神詠術オラクルを発動させる。


「火の神、クル・アトよ!」

「我らに力を!」


 応えるように、爆発が巻き起こった。

 わずかにぐらついたドラウトローへ向かって、


「消えろ、害獣ッ――!」


 鋭く踏み込んだナイルズが、氷のハンマーを横薙ぎに唸らせた。

 先ほど吹き飛ばされた恨みを晴らすかのごとく振るわれた一撃によって、今度はドラウトローが地べたに叩きつけられた。

 派手に倒れた黒い怨魔へ、素早く兵士たちが殺到する。

 次々に得物を突き立てられ、さしものドラウトローもそれきり動かなくなった。


「ふー……」


 ナイルズを始め、兵士たちが安堵の息をつく。


「おー、いつつ……」


 盾ごと殴り倒された兵士は、痛そうに手首をさすっていた。


 一人が攻撃を受けた隙に、残る全員で一気呵成に攻め立てる。

 これが、ランクBの怨魔に対抗する兵士たちの戦法。これを成功させるために必要な人数が最低三人だという指標であって、三人いれば必ず成功する訳ではないし、それどころか敵に流れを持っていかれれば、五人がかりで全滅することもありえるだろう。

 今回はケガ人すら出さず、理想的な流れで怨魔を討伐できたといえる。


 こんな怪物を相手に一対一で勝利できる『銀黎部隊シルヴァリオス』や『ペンタ』の面々、そして新しく遊撃兵に任命された少年の異質さを思い、ナイルズは自嘲するような溜息をついた。


(兵として、もっと活躍したいという思いはあっても……凡人には、ここが限界だな。……それより)


 ナイルズは怨魔の飛び出してきた洞窟の出入り口――その闇を見つめる。


(……考えたくはなかったが……)


 深刻に目を細めるベテランの背後では、若い兵たちが怨魔の討伐成功を喜び合っていた。


「よしよし、やれるじゃねぇか、俺らもよ!」

「大したことねえな!」

「でもやはり、ドラウトローでしたね。それも俺達がこうして仕留めましたし、これで一安心――」


 そこで、索敵担当の女性兵士が割って入った。


「ま、待ってください。おかしいですよ、これ……」

「は? 何がだ?」


 女性兵士の顔色は、明らかに青ざめていた。

 若い兵たちは、勝利の余韻ゆえに失念しているようだ。

 ナイルズは――女性兵士の言わんとすることを理解している。だからこそ、深刻な瞳で洞窟の闇を睨んでいる。


「だって……今、昼間なんですよ。どうして、夜行性のドラウトローが活動してるんですか……?」

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