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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
5. ラプターズレスト
134/667

134. 竜腕

 王都の十八番街は、通称『職人街区』とも呼ばれる。


 工房の煙突から揺らめく黒煙、路地に反響する金鎚の音。

 十三番街のような、貴族らの贔屓とする高級喫茶が並ぶ華やかな地区とは真逆の、煙と鉄の匂い立ち込める煤けた街並み。


 流護たちを乗せた馬車は、ある建物の前で停車した。

 古びた石造りの、四角く細長い建造物。

 三階建てのようで、周囲の家屋と比べても縦長にそびえている。一階部分に窓や入り口は見当たらない。建物の脇に備え付けられた階段が二階部分へと伸びており、その先にある扉が出入り口となっているようだ。

 その扉の脇に堂々と掲げられた木製の看板が、異様な存在感を放っていた。そこに刻まれているのは、削って記したかのような傷痕めいた文字。


「……『竜爪りゅうそうやぐら』……」


 流護は馬車の窓から見えるその文字を読み上げた。


「騎士団ご用達の武具店よ。私たちの扱う剣やドレスも、ここで造られてるの」

「ほう……」


 何だかすごそうだ。ここでなら、品物にも期待できるかもしれない。


「それじゃ、行きまし……」


 馬車を降りようとしたベルグレッテだったが、


「ミア。ミーアーってば。着いたわよー。起きなさーい」


 ミアはシートに腰掛けたまま、気持ちよさそうに口元をむにゅむにゅさせていた。ベルグレッテが頬をぺちぺち叩くも、うーん……と言いつつ目を開く気配はない。


「全く……昼食を存分に食べておいて昼寝だなんて」


 クレアリアもやれやれと肩を竦める。

 実際のところ、ミアはディノに連れ去られたときのトラウマが抜けていない。未だ、眠れぬ夜を過ごすことも少なくないと聞いている。となればやはり、昼間こうなってしまうのは無理からぬことか。

 それを分かってか、クレアリアも強くは言わなかった。


「うっ……うう、ベルちゃんが……優しく……ちゅっ、てしてくれないと、目が……覚めないかもー……」

「じゃあ、そのまま寝てて」

「じゃあ寝ててください」


 姉妹の息はピッタリだった。


「むう……」


 流護は腕を組んで唸る。

 クレアリアではないが、昼飯を食べてすぐに寝るのは太る要因にもなるだろう。ベルグレッテたちの実家に行ったときも、ミアはただひたすらゴロゴロしていた。

 休みとあって気が緩んでいるのも確かだろうし……ここはやはり、ミアの主として――父親代わりとして、一言ビシッと言うべきなのではなかろうか。けどそれで反抗期に突入されても困るし……。それにやっぱり、トラウマのこともあるだろうし、となると起こすのはかわいそうだし……。


 真剣に悩む流護が顔を上げると、クレアリアと目が合った。生真面目で男嫌いな少女は、キッと柳眉を吊り上げてくる。


「何ですか。何を見てるんです」


 ……ミアがこんな風になったらショックで寝込むぞ。


「さて。とにかくミアをこのまま一人にするのも何ですし、アリウミ殿も姉様がいなければ防具のことは分からないでしょう。私が残りますので、お二人で行ってきてください」


 しかしそこで意外な提案をしたのは、手厳しいはずの妹さんだ。


「あはは……しょうがないか。それじゃ少し待ってて。行ってきましょ、リューゴ」

「え? お、おう」


 ベルグレッテが先に馬車を降りていく。


「その……いいのか? クレア」


 姉と二人きりになることを許すなど、彼女らしくもない。


「大人数でゾロゾロ行くようなものでもなし。それに私は正直、ここの店主が苦手なんです。やたらと暑苦しい方でしてね。まあ、間違っても姉様と二人で良い雰囲気のお買い物……などということにはなりませんので、今回は特別に許します」


 クレアリアは長い髪をかき上げて、ふふんと笑うのだった。






「アラッシイィィエェッッ! アラッッシャアッセェェー!」


 入店した瞬間、クレアリアの言っていた意味を理解した。


 店の最奥、カウンターの向こう側にいるにもかかわらず、その声は店内全体にビリビリと響く。

 まるで朝市みたいな威勢のよさで二人を迎えたのは、頭にハチマキらしきものを巻いた壮年の男。職人気質を絵に描いたような風貌の荒々しい巨漢は、豪快な笑顔を二人へと向けた。


「こんにちはー、ウバルさん」

「オゥお嬢さん、お待ちしてましたぜェ。ラッシェェラッシイェ、アラッシャアァセエェッ!」

「あのかたが、店主のウバルさんよ」

「なるほ――」

「アラッシェ、ラッシィェ、シャアラッセエェー」


 うん。ベル子と雰囲気よくショッピングにはならないなこれは。今にもお残し厳禁のラーメンが出てきそうだ。

 店内を見渡す。さほど広くないが、剣と槍、鎧に兜……といった武具が所狭しと並べられていた。


「うおお……」


 物騒にすぎる刃や鉄の数々が、古着屋の服のように当然のごとく陳列されている。気軽に並べられているが、その全てが命のやり取りに用いられる紛うことなき武器防具。

 流護はまた一つ、世界の違いというものを改めて実感した。


「ん……?」


 武具を眺めながら歩いていた流護は、足元に平積みされているそれに気付く。

 銀色の球。そうとしか表現できないものが、箱に敷き詰められて積まれていた。貼りつけられている札を見れば、『鋼鉄の砲弾』。


「なんだこれ。大砲の弾か何かか?」

「そうね。この仕様は……壁上固定砲の弾よ」


 流護は何気なく、そのうちの一つを摘み上げ――


「重っ!?」

「お、おおー。さすがリューゴ」


 鋼鉄で造られているという、その砲弾。直径としては十センチあるかないか。

 だというのに、異常に重い。


「メチャクチャ重くね? これ」

「鋼鉄製だもの、重いわよ。リューゴが持ってると、軽そうに見えるけど」

「いや……」


 そうではない。見た目以上に重いのだ。鋼鉄製とは思えないほど――


(……ん? そういや、前に……)


 流護はふと思い出す。以前、クレアリアが話していた内容を。


『鋼鉄でできた剣なんてありません。そんなもの、扱えるはずないでしょう。貴方なら振れるかもしれませんが』


 色は銀。指先で弾けば、硬く冷たい感触を返してくる。――が。

 この世界で鋼鉄だという『これ』は、流護の知る鋼鉄とは別の金属なのではないか。名前が同じだけで、全くの別物なのではないか。

 ありえそうな話だった。名称こそ同じでも、地球のそれとグリムクロウズのそれが同じであるとは限らない。

 うん、また一つ勉強になったかもしれない。

 そんなことを思いながら、店内を大きく見渡す。


 客は、流護たちの他に一人だけ。店主のカウンターのところで何やら書類らしきものにペンを走らせている、若い男だけだ。


「それじゃあ、これでお願いします」

「オウ。ちっと見せてみろ」


 紙を店主のウバルへ渡し、手持ち無沙汰になったらしいその客の男は、流護たちのほうを振り向いて――


「――――ッ」


 誰の目にも明らかなほど、その端正な顔に驚愕の表情を浮かべた。


 旅人だろうか。焦げ茶色のチュニックの上に装着した、革製と思われる胸当て。背中へ垂らした茶色いマント。丈夫そうな黒のズボンに、同じく黒いブーツ。腰に提げた長剣。この時期にはいささか暑そうだが、まさに旅の剣士とでも表現するのが相応しい出で立ちだった。

 髪は茶髪。肩近くまで伸ばしており、その整った顔によく似合っている。

 年齢は二十そこそこか。そこまで彫りの深い顔立ちではないが、ひどく美しい造形をしていた。細い二重まぶたの内に輝く青い瞳が印象的だ。

 どこか淡い、儚げな雰囲気を纏った青年。剣士というよりは、悲運の吟遊詩人――とでもいったイメージが似合う。

 小学生時代に『イケメンが入ったら爆発する箱』を作りたいと夢見た流護としては、最優先で箱に入れなければならない対象といっていい。

 全体的に隙のなさを感じさせるが、特徴的なのはその背丈だった。せいぜい百七十五センチ程度。流護よりは高いが、この世界の男性としてはかなり低いほうだろう。


 ――それにしても。

 旅の剣士は、明らかに流護とベルグレッテを見ながら固まっている。不自然なほどに。


「……なんすか?」


 さすがに警戒した声音で流護が尋ねると、


「あ……いや。こんなところで、有名人にお会いできるとは思わなかったので。リューゴさんに、ベルグレッテさんですよね」

「おぉいローディス、『こんなところ』たぁどういう了見だテメェ!」

「す、すみません!」


 ローディスと呼ばれた旅の剣士らしき青年は、慌ててウバルに謝り倒した。そんなやり取りを見る限り、悪い人物には見えないが……。


「僕は……ローディス。冒険者です。不快にさせてしまったなら、申し訳ない」


 ローディスは流護たちに頭を下げて詫びる。ベルグレッテも律儀に「いいえ」と目礼を返した。店主は明後日の方向を睨みながら、「俺は不快になったがな」と毒づいているが。


「お二人は名の知れた方なので、つい。こん……このような素晴らしい店に来るのも、当然といえば当然かな! はは」


 また「こんなところ」と言おうとして慌てて言い繕ったのだろう、言動が少しおかしなことになっている。

 それにしたって驚きすぎのような気もするが、流護は気にしないことにした。


「おいローディス、ここ間違ってんぞ。書き直しだ」

「えぇ!?」


 そんなやり取りを尻目に、ベルグレッテが用件を切り出す。


「ところでウバルさん。実は……」


 顎に手を当てて話を聞き終えた店主は、にたりと楽しげな笑みを浮かべた。


「ふむ……最高の手甲が欲しい、ねぇ。そういうことだったかい」


 店主の都合がつくまで待った理由はこれだった。最高品質の防具を求めて、王都一の鍛治職人であるこの男に相談するため。

 カウンターの下をゴソゴソと探ったウバルは、一対の赤い手甲を取り出す。


「コレなんかどうでぇ。白玲鉄をベースに、赤羽銀あかばねぎんで覆った逸品よ。ゴロツキ程度の術なら弾くし、ノッケールの牙だって通さねぇぜ」

「触ってみてもいいすか?」

「オウよ」


 店主の様子からして、自慢の品なのだろう。

 手首から肘にかけてを覆う仕様の、赤黒い鉄塊。手に取ってみると、見た目より遥かに軽い。筋力に乏しいグリムクロウズの人間向けがゆえか。

 その硬さは――


「……これがこの店で一番硬い手甲ですか?」

「む。不満かい?」

「んー……」


 どうしても、これまでの闘いを思い出してしまう。

 これで、ファーヴナールの一撃に耐えられるのか。ディノの炎を捌けるのか。

 以前クレアリアと防具の話をした際には、「そんなものを受けたなら人間として死んでおくべきです」といった趣旨のことを言われてしまったが、今の流護は遊撃兵なのだ。

 負けた結果、自分が死ぬだけならまだいい。

 しかし――兵士として戦う以上、負けてしまえば、守ろうとしたものまでが失われることになる。

 今後、ファーヴナールやディノと同格……もしくはそれ以上の相手と闘うようなことだってあるかもしれない。多くの人を、その背に庇った状況で。

 やはり、ここで妥協はできない。


「これより上の品はありませんか?」


 率直な流護の言葉を受けて、店主はフンと笑った。


「今この場にはねぇ……が、俺ぁ職人だ。造ることは出来る」

「じゃあ――」

「だが、だ」


 店主は力強く流護の声を遮る。


「それ以上を望むってんなら、力を見せてもらいてぇ。勿論、『竜滅』の勇者……『拳撃ラッケルス』の二つ名を授かったアンタの噂は聞いてる。が、そのうえで、俺が手間をかけてブツを仕上げるに足る男なのかどうか。そこを、この目で見極めさせてもらいてぇ」


 まさに頑固親父といった趣で頷くウバル。


「な、なにをすればいいんですか……?」


 自分のことのようにおずおずと尋ねたのはベルグレッテだ。

 ニッと笑った店主は、カウンターの後ろに立てかけてあった鉄板のようなものを取り出す。


「それは……」


 ベルグレッテが目を見張った。

 すぐ隣で羊皮紙にペンを走らせていたローディスも、手を止めてわずかに瞠目する。


「コイツに傷ひとつでも付けられたら、アンタの為だけに最高の手甲を仕上げてやるぜ」


 四角い鉄板だった。横は三十センチ、縦は五十センチほどの長方形。厚さは二ミリ程度。色は、青錆びた黒。室内の明かりを照り返し、ぬらりとした鈍い輝きを放っている。


「レギエル鋼……」

「知っているのかベル子」

「『銀黎部隊シルヴァリオス』が身につけている鎧……その胸部を強化するために使われている金属よ。上位騎士の何人かは、このレギエル鋼のみで仕上げられた剣も持っているわ。その板に取っ手をつけるだけでも、即席の盾や武器として使えるほどよ」


 なるほどと頷き、鉄板を受け取った。

 コンコン、と板を叩いてみる。確かに硬い。


「この板はどうなっても問題ないすか?」

「ああ、少しばかり質の悪い品でな。ブツに使うつもりはねぇんだ。とはいえ、腐ってもレギエル鋼だぜ? そう簡単に傷が付くモンじゃあねえ。武器や神詠術オラクルを使っても構わんぞ」

「じゃあ失礼して」


 流護は鉄板の両端を掴み、コオ……と深く息を吐く。そして大きく息を吸うと同時、


「ぬ……あぁりゃあ!」


 メキョ、と鉄板を折り曲げた。


「……!?」


 ベルグレッテ、店主、ローディスの三人がそれぞれの表情で驚く。


「ふんっ……! う、らぁ!」


 さらに力を込めて鉄板を二つ折りに畳み、店主へ差し出した。


「こん……ッ、折り紙じゃねぇんだぞオイ……!」


 目を剥いて手中の鉄板を凝視していた店主だったが、ふと豪快に笑い出した。


「がっはっはっは! あの王様に抜擢された男を俺が試そうなんざ、おこがましい話だったか! よし、アンタの為だけにブツを作ろう!」

「ふう……どうもっす」


 力技のパフォーマンスは気に入ってもらえたようだ。安堵の溜息を吐き出す。さすがに手も真っ赤になっていた。

 店主は、流護が折り曲げた鉄板を大事そうにカウンターの上へ置いた。


「これ、このまま店ン中に飾らせてもらうわ。『拳撃ラッケルス』の遊撃兵が素手で曲げたモンだっつってよ。いやいや、すげぇモン見せてもらったぜぇ」

「はは……どうも」


 期せずしてサインを書いたみたいな扱いになってしまった。


「さて、じゃあ早速だが商売の話に入るか。レギエル鋼を曲げちまうようなアンタだ……当然、レギエル鋼以上の硬度を持ったモンで、ブツを仕上げたい」


 んだが、と店主は表情を曇らせる。


「レギエル製より上のブツを使ってるヤツなんて、そうはいねぇ。基本的に店にゃ置いてねえんだ。となると、素材から取り寄せなきゃいけねぇんだが、時間が掛かる。加工にも時間が掛かる」

「どれぐらい掛かるんすか?」

「渡せるまで、ざっと三ヶ月」

「さっ……」


 流護は思わず言葉に詰まってしまった。さすがに長い。

 そこは店主も分かっているようで、


「兵士が自分の命を預ける防具を欲しがってんのに、三ヶ月も掛かったんじゃ意味ねぇやな」


 そう言うと、困ったように肩を竦めた。

 案としては、ひとまず現時点で買える最高のものを購入し、三ヶ月後にオーダーメイドした品を購入するという手もある。

 が、その場合に問題となるのは金銭面だ。わずか三ヶ月で高価な防具を二度も購入することになってしまう。

 軽く試算してもらったところ、百五十万エスクを上回る金額となってしまった。とても払える金額ではない。

 ――となると、少年の隣にいる優しい少女騎士はこう提案するのだ。


「リューゴ。大事なことだし、私がお金貸すけど……」

「いや、だめだって」


 ただでさえ流護は、ベルグレッテに対して三十万エスク以上の借金がある。

 そもそも彼女は「貸す」と言っているが、実際は融資に近い。

 ベルグレッテは流護の懐事情をよく知っている。流護が簡単に返せないことを知っている。そのうえで厚意を受けやすくするためだろう、気軽に「貸す」と言ってくれる。その信頼は素直に嬉しいと流護は思う。

 しかしやはり、ただでさえ迷惑ばかりかけているというのに、これ以上頼る訳にもいかない。


「でも、命がかかってるんだし……」

「いや……だからこそっていうか……俺もダメな人間だから、クセがついて『困ったらベル子に頼ればいいや』みたいになりそうだしさ」

「わ、私はそれでも……頼られれば、その……嬉しい、けど」

「え、あ、ああ……そう、か?」

「うっ、うん」


 そんなやり取りをしていると、


「ンー、ゴホン」


 ウバルの咳払いが聞こえた。

 ハッとしてみれば、ローディスも「えーっと……」などと言いながら書類を書くふりをしている。

 流護とベルグレッテは慌ててお互いから顔を逸らした。


「え、えーと、じゃあどうすっかな……」


 何も買わないで帰るのは論外。

 これまで防具なしで何とかなってたから、これからも大丈夫だろう――などという甘い考えは捨てるべきだ。


「んー……俺も職人だ。元となる素材さえありゃ、何だってブツに仕立てる自信はあるんだが……この近辺で手に入る鉱石じゃぁ、どう組み合わせても限度があるしな……」


 それぞれ皆、困ったように黙り込む。


 ――と。

 そこで声を上げたのは、部外者の青年だった。


「あの」

「何だぁローディス。書き終わったのか」

「あ、いえ。割り込んですみません。防具に使えそうな素材、ということで思ったんですが――」






 かくして、商談は成立した。


 店主は前例のない素材を使った防具の鍛造に職人魂を刺激されたようで、数人の弟子を引き連れて意気揚々とレインディール城へ出かけていった。

 何分なにぶん初めての試みであるため、料金も後払いでいいという。店主としては、まず造ってみたいという欲求が強いのかもしれない。


 ――そんな訳で、武具店『竜爪の櫓』前にて。


「えーと、ローディスさんでしたっけ。ありがとうございました」


 押忍、と流護は丁寧に頭を下げた。


「いやいや。ローディスでいいよ。堅苦しいのは苦手だから、楽にしてくれると助かる。君達とそう年齢も変わらないし」


 青年剣士は屈託のない笑顔を見せた。


「じゃあどもっした、ローディス」

「ははは。その方がいいな」


 そんなやり取りを眺めつつ、ベルグレッテが感心したように頷きながら声を弾ませる。


「それにしても……ファーヴナールの素材を使った手甲かぁ。どうなるんだろ」


 そう。ローディスが提案したのは、ファーヴナールの外皮を利用した手甲を造ることだった。

 流護の拳や蹴りにビクともしなかった、圧倒的な硬度。エドヴィンたちの神詠術オラクルをものともしなかった、異常なまでの術耐性。

 考えてみれば、これ以上の素材はない。

 ファーヴナールの死骸は現在、研究のために城の冷凍倉庫で保存されている。

 ベルグレッテが担当部門に連絡を取った結果、素材を提供してもらえることになった。最初は断られるかと思ったが、むしろファーヴナールの素材が優秀な武具の礎として使えることが発覚するのであればそれはそれで、と快く了承してもらえた。

 何やら怨魔研究部門に流護のファンがいるらしく、「邪竜を倒した勇者様が邪竜素材の装備を使うなんて王道! ステキ! 抱いて!」と言ったとか言わないとか。まいったなデヘヘ。


「ちなみにその人、男の人だから」


 聞かなきゃよかった。


「にしても、よく思いついたっすね」


 怨魔の素材を用いた武具というものは、あまり一般的ではないらしい。この世界の住人にとっては、その重量がネックとなるからだ。

 よくよく考えてみれば、倒した巨大モンスターの素材を使って装備を作成――というのは、まさにゲーム的というか、流護もかつてプレイしていたゲーム、『アンチェインド』のようでもある。

 ある意味、現代日本人の流護なら思いついてもよさそうな発想だったが、うっかりそんな考えは抜け落ちていたため、ローディスの案を手放しで称賛した。


「その発想はありそうでなかったっていうか」

「ああ、実は僕も……似たようなものを持ってるからね」

「似たようなもの……ですか?」


 ベルグレッテの呟きに、ローディスは腰へ提げていた長剣を外し、彼女へ手渡してみせる。


「お、重っ……」


 ベルグレッテは許可を得て、剣を鞘から抜き放った。片手では安定して持てないようで、両手でしっかりと握り込む。


「こ……れは」


 ベルグレッテが息をのんだ。

 曲刀というのだろうか。わずかな弧を描く、象牙色の細い長剣。

 騎士たちが扱う、幅広のロングソードではない。形状や印象としては、日本刀に近い。

 しかし見たままの感想を言うのであれば、


「何かの牙か……?」


 そう表現するのが最も当てはまると思われた。


「そう。これは……セーベクトの牙を加工して造った剣なんだ」

「セーベクト!?」

「何それ?」


 案の定分からない流護に、ベルグレッテが説明する。


「カテゴリーSの……全長十マイレにも達する竜よ。翼は持たないけど……そうね、恐ろしく巨大なワニっていえば近いかしら。口から飛び出した巨大な牙と固い鱗、連接棍フレイルみたいな尻尾が特徴的な怨魔ね」


 レインディール国内では山間の一部地域で出没するそうで、はっきりと実在して実害が出る分、神話めいた存在であるファーヴナールより恐れている者も多いらしい。

 兵士二十名、移動砲台十機、『銀黎部隊』のメンバーが三人。これが討伐に必要とされる最低条件だそうだ。

 遥か昔、セーベクトと一対一で闘った『ペンタ』があっさり食われてしまったという噂もあるとか何とか。


「なにより……セーベクトは、『竜滅書記』にも登場するわ。ガイセリウスに賢者フューレイ、さらに『不老のメーティス兄妹』の協力があって、ようやく討伐できたのよね」

「伝説の人物でも数人がかりか……」


 となると、当然ながらある疑問が沸き起こる。

 ベルグレッテのほうが、流護より早くそこにたどり着いたようだった。


「ローディスさん……こんな剣を持ってるだなんて、あなたは一体……」


 青年は苦笑いを浮かべて答えた。


「友達に、すっごく強い奴がいてね。そいつがものの見事にへし折った牙がこれなんだ。それで剣に加工したものを、僕が譲り受けたのさ。残念ながら、僕が倒した訳じゃないよ」

「そう、なんですか……」


 ベルグレッテは剣を鞘へと納め、ローディスに返した。


「よし……じゃあ、僕はもう行くとするかな。最高の防具ができることを祈ってるよ」

「おかげさまで。助かったっす」


 踵を返して細い路地を歩いていくローディスの背中を見送りながら、ベルグレッテがぽつりと呟く。


「……何者なんだろう」

「只者じゃない感じはするな」


 例えセーベクトを倒したのがローディス自身でなかったとしても、それほどまでに強力な怨魔の牙から造った貴重な剣を譲り受けるほどの人物であることには違いない。


「店主と顔見知りみたいだったし、また会ったりするかもな」

「そうね」


 そんな会話をかわしながら、二人は店の裏に停めた馬車で待機しているミアたちの元へ向かう。

 思ったより時間がかかってしまったので、待ちくたびれているかもしれないと思いながら馬車の扉を開けば――

 ふふ、とベルグレッテが優しく笑う。

 ミアとクレアリアは寄り添うようになって、すやすやと寝息を立てているのだった。


 二人を起こさないよう、小さな声で会話をかわす。


「さーて……どれぐらいで完成すんのかな?」

「ウバルさんは仕事も早いけど……さすがに今回は、初めての試みだからね。ちょっと想像がつかないかも」

「そうか……」

「うん」

「…………」

「…………」

「……あれ? 馬車動かなくね?」


 御者のおっさんもぐーすか寝息を立てていたのだった。

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