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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
5. ラプターズレスト
133/667

133. 防具理論

 燦々と降り注ぐ陽射しは、すっかり夏のそれとなっている。今日は殊更、これまでより気温が高い。

 それでも日本の――故郷のうだるような暑さに比べれば幾分かマシなのは、アスファルトやコンクリートがないからか。気候そのものの違いもあるのだろう。

 流護はそんなことを考えながら、首にかけたタオル代わりの織物で汗を拭う。


「それじゃ、行きましょうか」


 ベルグレッテの笑顔におうと答え、足場を踏みしめて馬車へと乗り込んだ。

 そうして流護とガーティルード姉妹、ミアの四人を乗せた馬車は、王都へと向かって出発した。






 馬車内には専用の小型冷術器が二つ設置されており、思いのほか快適なのが救いだった。揺れる、遠い、暑い――とあっては、さすがに馬車に乗る気にもならない。

 ミアがたどたどしい手つきで、冷術器の一つをベルグレッテのほうへと向ける。


「っと……はい、ベルちゃん。風いってるー?」

「んっ、きてるわ。ありがとミア」

「ぐへへ。本当にありがたいと思ってるのであれば、なにかお礼してほしいのう! ぐへへへへ」


 刹那。

 恐ろしいほど真顔のクレアリアが、疾風のごとき速さで冷術器を元の向きへと戻した。そうしてまた、ゆっくりと丁寧にベルグレッテのほうへ向け直す。


「どうぞ、姉様。私はいつでも見返りなど求めず、姉様のために尽力致しますので」

「わーひどいよクレアちゃん!」

「もう……なにやってるんだか」


 熱烈に慕われるベルグレッテは苦笑するしかないのだった。


 ところで一見して完全無欠に見えるベルグレッテさんだが、夏は暑がりで汗かき、冬は寒がりで冷え性という体質の持ち主なのだそうだ。

 ミアやクレアリアが気を遣ってベルグレッテへ冷術器を向けるのも、そこに配慮してのことだった。


「はは、モテモテだなベル子。こっちの冷術器も向けた方がいいか?」

「あ、ううん。さすがに冷えすぎちゃうから……大丈夫。ありがと」


 むむっ、と対抗心も露わに眉を吊り上げるミア。石膏像のような無表情で目だけをこちらへ向けてくるクレアリア。

 違う、別に君たちに張り合おうとしたんじゃない。やめてください。


「……つか話変わるけどさ。変えるけどさ。遊撃兵になっても、武器防具の支給とかってないんだな」

「遊撃兵は、元より熟練した戦士が任ぜられるものですから。本来、自前の装備を持ってるのが当たり前なんです」


 やれやれ、とばかりにクレアリアが溜息をつく。だが、以前と比べるとトゲがなくなったような――語気がやわらかくなったような気がする。


「城の兵士とかと同じ装備じゃなくていいんだな」

「そうね。遊撃兵は装備も自由だから。ただ、紋章だけは肌身離さず持ってなくちゃダメよ。ちゃんと持ってる?」

「おう。財布と一緒にしてるぞ」


 ベルグレッテに訊かれ、流護は得意げに頷いた。

 遊撃兵として任命された際に受け取った、レインディールの紋章。盾の中に獅子の顔が描かれたデザインの暗銀色をしたバッジは、兵であることを示す証でもあった。

 流護の場合、安い衣類を着回しているため、ベルグレッテたちのように服へ貼りつけることはせず、財布の中に入れている。

 流護としてはいずれ、これをスッと掲げて「遊撃兵です。お話を聞かせていただけませんか?」というのをやってみたかったりする。


「それにしてもリューゴくんの防具かぁ。なんだか本格的に兵士って感じがするね!」


 ミアが自分のことのように声を弾ませた。

 そう。そんな訳で本日、ようやく流護の防具を買いに行くこととなったのだ。なかなか先方の都合がつかず、休みに入ってしばらく経ってしまっていたが。

 資金は幸いにして、テロの件で得た百万エスクがある。その点に関して心配はない。

 自らの命を預ける防具だ。可能な限り質の高いものが欲し――


「……あれ、そういえばさ」


 命を預ける防具。この段になって、ようやく気付いた疑問を流護は口にする。


「ベル子たちが鎧とか着てるの見たことないな」


 いつもドレスか制服姿だ。

 これまでの戦闘でも、彼女たちが防具をつけているのを見たことは一度もない。


「私たちの着ているドレスは、下手な鎧より強力な防具となっていますので」


 胸に手を当て、誇らしげに答えたのはクレアリアだ。

 何でも、彼女たちがいつも着ているドレスは、防護の術を丁寧に練り込んだ糸を使用して作られた逸品で、攻撃術の威力を軽減する役割があるのだという。無論、攻撃の術が直撃しても何ともない、といった無茶なものではないようだ。


「それにほら。ベルちゃんたちみたいな使い手になれば、すごい防御の術とかも使えるし」

「あ、そっか」


 流護はミアの言葉に頷く。自分が神詠術オラクルなど使えないため、そこを全く考えていなかった。

 ベルグレッテは戦闘時に盾代わりとなる水流を渦巻かせているし、クレアリアに至っては己の意思と無関係に自動で防御するような術を持っているのだ。


 神詠術オラクルで武器を生み出し、神詠術オラクルで防具を形作る。それがこの世界の戦士。


「あ、じゃあさ。街の巡回してる兵士とか、分厚い全身鎧着てる人も多いけど……逆にいえば、そういう人は強力な防御の術が使えないってことだったりするのか?」


 防御の術に不得手であるため防具で補う。分類するなら、流護はこれに近いかもしれない。


「うーん……そういう人もいるけど、当てはまらない人も多いわね」


 街を巡回する兵士の仕事は、暴れる酔っ払いやケンカの処理、街の近くまでやってきた低ランクの怨魔の排除が主となる。これらに対処する場合、本格的な術を行使するまでもなく、物理的に硬い鎧を着ているだけで充分だという理由もあるらしい。

 防御術に自信があり、軽装で任務に臨む者。攻撃の術に集中したいがため、防御はガチガチに固めた防具任せとする者。等々、そのスタイルも個人によって様々のようだ。

 ちなみに、比率としては軽装派のほうが多いとのこと。


 一定以上の魂心力プラルナを有し、神詠術オラクルを自在に使いこなす者。そのような者を総じて詠術士メイジと呼ぶ。

 つまり、厳密には兵士も詠術士メイジなのだ。

 その戦闘は人間同士であれば、術の撃ち合いが主となる。視界の悪くなる兜や動きの鈍る重鎧は、あまり好まれないのかもしれない。

 この世界では、重武装した戦士というものは少ないのだろう。


「なるほどな。じゃあベル子たちは鎧とか持ってないのか?」

「ううん、いちおう持ってはいるんだけどね……」


 しかも聞くところによれば、ゴテゴテの重装鎧だそうだ。

 が、普段は城の自室に保管しており、ほとんど式典や祭典の際に着るだけになっているのだとか。


「鎧があった方がいいかどうかは、その時々によるかもしれません」


 クレアリアは複雑そうに言う。


 例えばクレアリアがデトレフと闘ったとき、鎧を着ていたなら、あれほどのケガは負わずに済んだかもしれない。

 ミア奪還戦において、ベルグレッテは頭に神詠術オラクルを受けて追い込まれかけたそうだが、これも兜があれば防げたかもしれない。

 しかし逆に、ファーヴナールとの闘いにおいて重鎧などを着ていたとしたら、逃げ足が鈍るだけだっただろう。どんな硬い鎧に身を包んでいたところで、あの怪物の前に意味を成すとは思えない。

 一概にどちらがいい、とは判断できそうになかった。


「ちなみにね。この学院の制服も、ちょっとだけ術の耐性があるんだよー」


 えっへんといわんばかりに、制服姿のミアが胸を反らす。全く『その部分』が強調されないのが少し悲しいが、休みにもかかわらず制服を着ているのは、そういう訳なのだろうか。

 ……と、そこで流護の脳裏をよぎる思いがあった。


「あー、制服……制服っていえばさ……」


 言うべきかどうするべきか。

 流護としては、前々から少し気になっていたことがあったのだ。


「なぁに?」

「あー、やっぱいいや……」

「そう言われたら気になるじゃんっ。なになに? リューゴくんが制服姿のベルちゃんのこといっつもジロジロ見てるのとなにか関係が? 他の女子のふとももとかも、よく見てるよね。あ、あたしの脚とかも、たまに……見てるもんね……」


 尻すぼみになっていくミアの言葉。


「ッ……!?」


 さりげない視線に気付かれていた!? こいつエスパーか!? ていうかバラさないでよこんなとこで!

 そもそも言い出しておきながら恥ずかしがってどうするのか。投げた爆弾に自分も巻き込まれている。

 クレアリアのじとりとした視線、ほのかに顔を赤くしたベルグレッテの潤んだ視線。かわいい。


「い、いいいやそんなこたぁ……」


 流護の弁解にも力が入らない。

 自分から話題を振ったくせに赤くなったミアも、何やら一気にまくし立てた。


「でで、でも残念でしたー! スカートの下、運動用のパンツはいてるもん! みんなはいてるもん!」


 知っている。学院の女子生徒たちは皆、その短いスカートゆえ、下にスパッツのようなものを着用している。


 ――だが問題ない。

 俺は、パンチラ派じゃあない。見えそうで見えないのが好きなんだ。あと太ももとか結構好きなんだ。


 ミアの裏をかいた心理にほくそ笑んでいると、それを感じ取ったのか、クレアリアが氷のような声で言い放った。


「この方、かすかにニヤついてて本気で気持ち悪いのですが。馬車から落としませんか?」

「やめてください」


 死んでしまいます。


 この空気を変えるべく、流護は先ほど思いとどまった内容を言うことにした。

 女子の制服の話題を出すのが少し恥ずかしかったので言い淀んだのだが、結果として余計に恥ずかしい思いをすることになってしまった。


「いやさ、前から……学院の制服だけ、やけに浮いてるなと思ってたんだよ」

「浮いてる?」


 おうむ返しに問うミアへ、観念したように頷いてみせる。


「えーと……他の服よりよくできてるっていうか、俺の世界に近いデザインっていうか……」


 クレアリアにも本当のことを話した今なら、地球の知識を交えた会話も一応は気兼ねなくできる。


「リボンとかデザインとか……可愛いし、スカートも短い感じじゃん?」


『可愛い』やら『スカートが短い』という言葉に反応したのか、クレアリアがわずかにジト目となる。ええいだから嫌だったんだよ、と怯みながらも流護は続けた。


「とにかく、こう……俺らの世界の制服に似てるんだよ。かなり」


 貧しい民衆や奴隷身分の者は、ボロ切れといっていいような服を纏っている者も少なくない。一般市民の身なりを見ても、流護の視点からすれば、何百年も昔の外国の服装という印象だ。

 大所帯の傭兵団や、それこそ先のノルスタシオンなど、独自の制服を作り着用している者たちもいるが、やはりそれもファンタジー的な装いだ。

 しかし、ミディール学院の制服は違う。現代日本でも通用しそうなほど、デザインが洗練されているのだ。


「学院長がデザインしたんだっけ?」

「そうね。色々と多才な人だから……」

「他の学校とかも、同じような制服だったりするのか?」

「知る範囲ではないわね。うちは学院長が独断で制服を導入したから……制服のない学び舎のほうが多いし、制服っていうよりはケープやローブで統一してるところもあるし」

「でもたしかに、制服かわいいよね。あたし、これを着たかったのも学院に入った理由のひとつだし」


 ミアが自分の制服を見下ろしながら言う。


「学院長も、若い頃から世界各地を転々としている方ですしね。もしかしたら、それこそアリウミ殿の故郷へ立ち寄ったことがあって、制服を作るうえで参考にしたのかもしれませんよ」

「クレアちゃん、いま『若い頃から』って。まずいよ、いまも若いわコラーって言われて幻覚の刑にされちゃうよ」

「うっ……」


 怯むクレアリアというのも珍しい。彼女ですら、ナスタディオ学院長のことは苦手としているのだろうか。


 談笑に興じる三人を何となしに眺めながら、流護は思案する。

 このグリムクロウズという世界。

 その端々には、文明レベルを逸脱したものが散見される。

 例えば、神詠術オラクルを利用した上下水道、水洗トイレ。この世界へ来た当初、目にして随分と驚いたものだ。

 扇風機に近しい、冷術器という冷房器具。詳しく聞いてはいないが、冬は冬で何らかの暖房器具があるようだ。

 文明に見合わないほど発達した医学や解剖学。

 現代にも通用しそうな、ミディール学院の制服。屋敷で遊んだ、将棋やチェスに似たトラディエーラというボードゲームもそう。


 これらはどういった経緯で生まれたのだろうと考えたとき、自然と一つの仮定が思いつく。

 先日、ロック博士との会話でも考えたこと。


(……俺とロック博士以外にも……)


 そう考えるほうが自然なはずだ。

 有海流護と岩波輝しかこの世界へ来ていないとは限らない。流護たちがどうしてこの世界へ来てしまったのかは分からないが、他にも迷い込んだ人間がいると考えるほうが自然ではなかろうか。それも、過去からかなりの長きに渡って。

 そして過去にこの世界へやって来た同郷の者たちの手によって、ここではオーバーテクノロジーと呼んでもいいそれらが生み出されたのではないかと。


 しかしそう仮定した場合、疑問に思う部分も出てくる。

 かつて「自分と流護以外の地球人には会ったことがない」と語った博士。

 魂心力プラルナを宿さない流護に対して、そんな人間がいるはずはないとひどく取り乱したベルグレッテ。

 やはり、他に来た者はいないということなのか。いや……人数が少なければ、来ていたとしても発覚しないかもしれな――


「……くん。リューゴくんってば!」

「ん? あ、おう、何だ?」


 気付けば、ミアに呼ばれていた。


「お昼ごはんどうしよう? という議題でみんなの意見をきいてるとこですじゃ!」

「ん、そうか。……そうだな……、じゃあ最近食ってないし、ガッツリとザルバウムの焼肉定食を……」


 なぜか三人の少女たちはサッと顔を背けてうつむいた。


「だから何だってんだよその反応は」


 もやもやした思考を頭の片隅へ追いやり、少女たちの会話に加わる。

 流護ひとりであれこれ考えたとて、分かるようなことでもない。

 何より、考えても仕方がない。それが分かったとて、帰るためのヒントになるようなものでもないだろう。


(帰る、か……)


 そこで脳裏をよぎるは、その逆説だ。

 先日、研究棟で博士と会話していたときにも、ふと浮かんだ考え。


 もし。もし帰る方法が見つかったなら、どうするのか。


 当初は求めていたはずのそれを思うだけで、ざわりとした何かが胸中に影を落とすような気がした。

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