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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
5. ラプターズレスト
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120. ガーティルード家へ行こう

「そだそだ。少しでもリューゴくんの勉強のお手伝いしようと思って! はい、これ!」


 対面の席に座るミアが、満面の笑顔で一冊の本を差し出してきた。


「お、おう……?」


 気圧されながらも受け取ってみれば、表紙にはおどろおどろしい字体で書かれた『とても怖いゴーストロア 藍葉あいばの月版』の文字。藍葉の月……というのは五番目の月のことだ。つまりは五月号といったところか。

 黒一色で描かれた、幽霊みたいな怪物の表紙絵が何とも不気味である。


「……ゴーストロア……って何だ?」


 その問いに答えたのはクレアリアだ。


「怪談や不可思議な現象など、そういった類の噂話のことです。……そんなことも知らないんですか?」

「ああ、知らなかった。ありがとな、クレア」


 ようは都市伝説みたいなものか。

 素直に礼を言うと、クレアリアはぷいっと顔を背けてしまった。


 星遼の月、四日。

 学生たちが待ち望んでいた、約二週間の――今年は正確には十五日間となる長期休暇、『蒼雷鳥の休息(ラプターズレスト)』。その二日目。


 馬車に揺られ、流護とベルグレッテにクレアリア、そしてミアの四人は、姉妹の実家であるガーティルードの屋敷へと向かっている最中だった。

 本来であれば学院から屋敷まで片道七時間もかかる道のりだというが、テロの際にも利用した高速馬車を利用しているため、四時間ほどで到着する予定とのこと。


 ……ついにベルグレッテの両親との初対面となる。


(落ち着け……まだ時間もある)


 緊張を紛らわす意味も兼ねて、『とても怖いゴーストロア』のページを開いてみた。


 ――『冥王プルートー』の顕現。

 世界各地において、数千年もの長きにわたり、姿形の全く変わらない少女が目撃されているという。

『転生論』から解放された存在、全く同じ姿で世代交代していく謎の一族、不死の属性を持つ『ペンタ』など、諸説様々だ。我々取材班としては、冥府の王が現世うつしよの様子を見に来ているのではないかとの見解で一致している。噂が正しければ、冥王プルートーは見目麗しき少女ということになるのだが――さあ、あなたの隣にいる少女は本当に人間だろうか? それとも……。

 これをご覧のあなたが、彼女に魅入られることのなきよう……。


(……冥王プルートー、か。扱いとしては、地獄の閻魔みたいなもんだっけ)


 ここ数日、勉強のために読み漁っていた書物でもその名は見かけている。

 グリムクロウズにおいて信仰される、多種多様な神々。その中でも死を司る、冥府の王。負の概念が強いゆえ忌避したがる者も多く、この記事にある通り、唯一『目撃例』が報告されているという異質な存在でもある。無論、それが『本人』であるはずもないだろうが。


 ――『アウズィ』の噂。

 あなたは『アウズィ』をご存知だろうか。

『アウズィ』とは、闇に潜む殺人者の集団である。誰も逃げられない。狙われてしまったら終わり。リーダーは背の高い黒ずくめで、不気味な仮面を被っているのだという。数百年もの時を生きている怪人だとも伝えられている。

『アウズィ』は、あなたの後ろにいるのかもしれない……。


(……ミア、以前の『アウズィ』の話はここから仕入れてたんだな……)


 今にして思えば、その都市伝説めいた暗殺組織のリーダーが、レインディール精鋭騎士団『銀黎部隊シルヴァリオス』の一員だったのだ。

 事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものである。


 ――『エリュベリム』の恐怖。

 戦慄の殺人シスターとして知られるエリュベリム特集、衝撃の第三弾。

 緩やかなウェーブがかかった金色のロングヘア、この世の女たち全ての嫉妬を集めるとまでいわれる美しい顔立ち……そんな容姿でありながら、さらには『ペンタ』として生を受けたともいわれるエリュベリム。しかし生まれながらにして全てを得ていたかに思われた彼女は、ある日突然、力を失ってしまったという。

 その絶望が、彼女を悪鬼へと変貌させてしまったのか――。

 さて近年、その正体は「ガイセリウスの生まれ変わりではないか」との意見を提唱する学者が現れ、波紋を呼んでいる。

 当然ながらガイセリウス信仰の篤い者たちは反発し、先の見解を示した学者は、一部の貴族有志によって募られた資金により『ゲヘナ』を差し向けられたなどという噂も。

 しかしこういった噂も、常識を逸した存在に対するある種の憧憬が生み出しているのではないか――。『とてゴー』取材班としては、昨今の情勢を鑑みるにそんなことを思うのだ。

 ほら、エリュベリムはあなたの後ろにいるかもしれない――。


(……「あなたの後ろにいるかもしれない」でシメりゃいいと思ってるだろこれ……)


 その他にも、楽して稼げる方法だの、愛しのあのコを落とす方法だの、うさんくさい記事がてんこ盛りだった。面白いことには面白い。

 そんないかがわしいアレやコレも、「こんな神詠術オラクルを極秘にお教えします!」だの「今なら封術道具がセット! 術の苦手な方でも安心!」だのと書かれているあたり、やっぱりファンタジー世界なんだなあ、と現代日本で育った少年はしみじみ思う。


「あたしとしてはね。リューゴくんなんか、そのうち載るんじゃないかなって。エリュベリムじゃなくて、リューゴくんがガイセリウスの生まれ変わりだしさ」

「載ってたまるか」


 何ちょっと姉御みたいないい声で片肘つきながら言ってんだミア。


「あ、そういえばリューゴ」


 ベルグレッテが思い出したように声をかけてきた。


「ん?」

「リューゴ、馬には乗れる?」

「え、馬? いや、乗れないけど……」


 いきなり何の話だ。

 そう思う流護だったが、聞けば、騎士は皆『乗馬』が必須技能なのだという。本来であれば遊撃兵も然り。

 何しろ『騎士』なのだ。よく考えれば当たり前なのかもしれない。

 しかし当然、流護は馬に乗ったことなどない。奈良で鹿と戯れたことしかない。未経験者がいきなり乗れるものでもないだろうし、練習が必要だろう。

 ベルグレッテやクレアリアが乗れるのは当たり前として、


「ミアは馬乗れたりするのか?」

「乗れるよー。お手伝いで、馬に乗って羊の誘導とかもやってたから」


 どこまでも続く広大な平原。颯爽と馬に跨がったミアが、羊たちの群れを誘導する――

 図が浮かばねえ。羊につっつかれて「ウワー!」とか言ってすっ転んでるミアの図しか浮かばねえ。


「いま失礼なこと考えなかった?」

「いえ、そんなことは」


 そこでクレアリアが窓の外を眺めながらつまらなそうに呟いた。


「記憶がないと神詠術オラクルの使い方は忘れるようですが、闘い方は覚えてる訳ですし、馬も実際に乗ってみれば乗れるんじゃないですか?」

「あ、あー。かもな」


 本当のことを知らないクレアリアからしてみたら、そう言いたくもなるだろう。


「うちの屋敷にも馬はいるから、ちょっと練習してみる?」


 そんなベルグレッテの提案にも頷いておいた。


 ……それにしても、覚えなければいけないこと、できるようにならなければいけないことが山積みだ。本当に遊撃兵などになってもよかったのかとすら思ってしまいそうになる。

 もっともアルディア王としては流護の強さが欲しかったとのことだし、教養が皆無でも問題はないのかもしれないが……。

 高速で流れていく窓の外を眺めながら、そんなことを思う流護だった。






「………………何だこりゃぁ…………」


 流護は間抜けにも、口を開けたまま呆然と立ち尽くしてしまった。

 格子状の網目を刻む、黒塗りの巨大な正門。その門を挟んだ向こう側には、ガーティルード家の敷地とその邸宅。


 ――でかい。何もかもでかい。


 ミアも以前言っていたが、敷地面積は下手な村より広いのだという。

 その敷地の外周を囲むは、どこまでも続くかと思われる白い壁。優に五メートル以上の高さはあり、上部には先の尖った円柱がずらりと屹立している。

 流護たちは現在、正門の前にいるのだが、その向こう――前方に見える屋敷まで五百メートルはありそうだ。

 その屋敷は、もはや小規模の城といっていい。とても一つの家族が暮らしている『家』という規模ではなかった。ちょっとした丘の上に鎮座しており、蛇行した道がうねりながらそこまで続いている。


 壁の内側には、小規模の森や池が見えていた。煉瓦造りの建物も複数点在しており、これは使用人の住居なのだそうだ。ちなみに使用人の数は四十三名。

 うち三十名がメイドの女性で、残る十三名が男性の警護兵と料理人。一家で使用人として仕えている者たちもいるという。

 約四十名という人数は、小規模の村と変わらないそうだ。

 事実、何の予備知識もなければ、一見して小さな集落の中央に城が鎮座しているように見えなくもなかった。


 待つことしばし。巨大な正門を挟んだ向こう側の道を駆けて、小さな馬車がやってくるのが見えた。

 馬車――というよりは小型の馬が引いているカートといったほうがしっくりくる。

 御者台には、メイド服姿の女性が一人。二十歳ぐらいだろうか。素朴な印象の、大人しそうな人物だった。

 本物のメイドさんである。城へ行った際に何度か見かけることはあったが、間近ではっきりと目にしたことはなかったうえ、しかもよくよく見るとおばさんだったのだ。

 その点、このメイドさんは若い。一見して地味だが、充分に美人だろう。

 濃紺のワンピース。ふわりと広がった丈長のスカート。白いフリルのあしらわれたエプロン。頭に飾られたカチューシャのようなヒラヒラ。ホワイトブリムだったか。


「イイネ!」

「わっ!? な、なに?」


 いきなり親指を立てた流護に、隣のミアがびくりとした。

 道の脇にカートを停め、御者台から降りたメイドは慌ただしく壁の裏側へと消えていく。と同時、正門が重苦しい音を立てて開かれた。

 ほどなくして壁の裏から出てきた彼女が、小走りで寄ってきて慌てたように頭を下げた。


「お、おかえりなさいませお嬢様がた! お迎えが遅れてしまい、誠に申し訳ございません……!」

「ただいま、ルビィ。待たされてなんてないから、気にしないで」

「遅いですよ、ルビィ。のんびりお菓子でも食べてたんじゃないですか?」


 全く正反対な姉妹の言葉を受けて、ルビィと呼ばれた侍女は何度もペコペコと頭を下げた。

 と思いきや、三人で笑い合う。お嬢様と使用人という関係であっても、友人のように仲がいいのだろう。

 ルビィは小走りでミアと流護の前へやってきて頭を下げた。


「ミア様、お久しぶりです。お迎えにあがりました」

「ルビィさん、お久しぶりです! お世話になりまーす!」


 ミアも顔なじみのようだ。

 そしてルビィは、緊張した面持ちで流護へと向き直る。


「は、初めまして! リューゴ・アリウミ様でいらっしゃいますね。ようこそお越しくださいました……! 私、使用人のルビィと申します。お気軽にルビィとお呼びください。お屋敷までご案内させていただきますので、よろしくお願い致します……!」

「あ、は、へえ、どうもです」


 ルビィは随分と緊張しているようだったが、流護も大概である。

 大きな屋敷に本物のメイドさん……。分かっていたことではあるが、ベルグレッテたちは本物のお嬢様なのだ。何とも華やかな出来事の連続に圧倒されるばかりだった。






 これはポニーだろうか。ええ、ポニーでしょう。

 やたら小さく可愛らしい馬に引かれながら、一同を乗せたカートは石畳を進んでいく。

 この道も、ほぼアスファルトに近い質感だと流護には感じられた。きれいに舗装されており、ガタガタな街道や街の舗道とは違い、ほとんど振動が伝わってこない。


「ところでルビィ、何をそんなに緊張してるんです?」

「えっ!? い、いえ、そのようなことは……」


 前を向いて馬を走らせながらではあるが、クレアリアの言に侍女は大げさなほどビクリとした。


「ふうん。噂に聞く『竜滅』の勇者殿……を前に上がっているのですか。だそうですよ、アリウミ殿」

「え!?」


 いきなり矛先を向けられ、流護も慌ててしまう。


「いえその、違うんです……! そういうわけじゃ……!」

「あらあら初々しい。どうですかアリウミ殿、ルビィは」


 煽るクレアリアと、無言で意味ありげな目を向けてくるベルグレッテ。


「ほ、本当に違うんです……! その、あの邪竜ファーヴナールに噛みつき、頭部を食い千切ったお方だと……口から、大砲の弾のように岩を吐き出すお方だと。そのようにお聞きしていましたので、どんな恐ろしいお方かと……!」


 人間じゃない。


 次第に近づく屋敷を見上げて、遠くから見た印象よりも遥かに大きいと流護は気圧される。

 そうして、カートに揺られること数分。整備された林や池を眺めているだけでも飽きることなく、門前へと到着した。


 厳かで巨大な邸宅は見た目にも美しく、神聖な雰囲気すら漂わせているように思える。高さ的には四階建てだろうか。学校ほどの規模はあるはずだ。きっと流護には理解できそうもない、難しい名前の建築様式に則って建てられたりしているのだろう。


「では、旦那様と奥様がお待ちです」


 ルビィの言葉に、流護はゴクリと唾を飲み込む。いよいよだ。正直、初めてアルディア王と謁見したときよりも遥かに緊張している。

 ギギ……と鳴る重厚な音と共に、入り口の扉が開け放たれた。

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