12. 思いの夜
もうすっかり夜になっていたが、流護はこの世界において発揮されるその脚力を駆使し、何とか追手を振り切ることに成功したのだった。
そういえば一人、おっさんみたいな顔をした人が余裕で追いついてきて焦ったので、つい足を引っかけて転がしてしまったのだが……大丈夫だったろうか。
エドヴィンが「お、おやっさーん! アリウミてめぇ、血も涙もねーのかよォ!」と激昂していたが……もう訳が分からない。
そんなことを考えながら、さすがに疲れた身体を引きずって学生棟へと向かう。
ベルグレッテのアクアストームを喰らったおかげで、全身ずぶ濡れなのだ。何とかし――
「あ」
「あ」
そうして、学生棟の前にいたベルグレッテと遭遇した。
先ほどのベルグレッテの泣き顔を思い出し、流護はつい言葉に詰まる。
「あ、え、ええーと、大丈夫か?」
「べ、べつに」
いや、今の質問に対して「べつに」はおかしくないか。
……ん? つい最近、似たようなやりとりをした覚えが――
「あぁー、でもっ!」
ベルグレッテが、晴れ晴れとした顔で夜空を仰ぐ。
「なんだかすっきりした!」
そう言う彼女は、花のような笑顔だった。
「つきあってくれて、ありがと。あとみんなに追いまわされちゃって……ごめんね。みんなには説明しておいたから。……まだミアが見つかってないけど」
「い、いや……どういたしまして?」
「なんだろうなあ。エドヴィンも、こんな気持ちだったのかな。負けたときはくやしかった。でも思いっきりその、泣いちゃって……すっきりした。もうあまりに届かなすぎて、逆にすっきりしちゃった。……でも」
ベルグレッテは真摯な瞳で、流護を見据えた。
「リューゴだって……そこまで強くなるのに、きっと努力を重ねてきたんだよね。おとぎ話の、都合よく強い勇者さまなんかじゃない。あなたは、今ここに実在してる人間なんだもの」
少し照れくさそうな笑顔になりながら、少女騎士は続ける。
「私も、もっと強くならなきゃ。……次は、負けないんだからね」
「……ええと、次があるのか?」
「えと、そのうち。もっと、私が強くなったら……またお願いしようかな、なんて」
「そ、そうか。負けず嫌いなんだな……。んでもあのアクアストームだっけ? あれは凄いと思ったぞ。腕折れるかと思ったぜ。びしょ濡れになったし……」
「や、アクアストームとかミアが勝手につけた名前なんだけどね……、あれは詠唱に時間かかるし、まだまだだなあ……」
ベルグレッテは泣き笑いのような表情になった。その顔がやたら可愛くて、直視するのが恥ずかしくなってしまった流護は、それとなく話題を変える。
「そ、そういやさ。結局『詠唱』ってのは何なんだ? 俺はてっきり、『精霊よ、我になんとかかんとか』みたいなこと呟いて、終わったら神詠術をどーんと出すようなもんかと思ってたんだけど。んで当然、詠唱中は無防備になるもんだとばかり」
だからこそ、剣舞からのアクアストームには度肝を抜かれたのだ。
「ん、基本的にはそのとおりよ。ようは『神詠術を発動するために集中して魂心力を練ること』を詠唱っていうの。集中力のいる作業だから、慣れないうちはどうしても無防備になるわね」
そう言ってベルグレッテは胸の前で手を合わせた。
「私の場合、心の中で水の神ウィーテリヴィアに祈りを捧げる。教会のシスターさんなんかだと、実際に祈りを声に出す人も多いわね。言葉に出したほうが調子が出るって人も少なくないし。修業を重ねれば、詠唱を短くしたり、他のことをしながら詠唱したりできるようになるわけ。ちなみに、ごく簡単な神詠術なら詠唱はいらないの。こんなふうに――ねっ!」
言うと同時に、ベルグレッテは人差し指を流護の顔へと向ける。
怪訝に思う間もなく、流護の顔に水が吹きかかった。
「だばっ、な、何すんだよおい!」
「……リューゴの顔見てたら、またくやしくなってきたんだもん」
この少女らしからぬ、子供じみた行動と口調だった。
しかし拗ねたように少し頬を膨らませるその表情に、流護は思わず胸が高鳴るのを感じてしまう。だめだ。くそかわいい。
「っ、っ……んだよ、すっきりしたんじゃなかったのか?」
「ふん。次は絶対負けないから。えいっ」
「うおっと」
今度は避けた。
「むっ」
「おっと」
「ていっ」
「よっと」
「このっ……と見せかけてとうっ」
「んがばが」
鼻の穴に入った。
「イチャコラ撲滅委員会だうおらあああぁぁぁあ!」
よく分からないことを叫びながらミアが突っ込んできた。なんて顔をしているのか。
暴れるミアを捕獲し、流護はベルグレッテに替えの服を用意してもらい(やはり世話になりっぱなしである)、ようやく落ち着いて三人で食堂へと向かうのだった。
昼は基本的にパンだが、夜は食堂で食べる。そんな流れが出来上がっていた。
ちなみにこの世界に来てから、朝は食べていない。空手家の端くれとしては、あまりよくない傾向である。明日から休日なので、この機会に改善していこうと流護は考えていた。
「フム。美味であった……」
仕事をして、日当をもらって、その金で食事をする。
少年はそんなサイクルに達成感を覚え始めていた。
ちなみに、『ザルバウムの焼肉定食』というメニューが流護のお気に入りとなっている。牛肉のような味わいで量も多い『ザルバウムの焼肉』をガッツリと食べられて、麦飯と野菜もついてくるのだ。満足度の高い一品だった。
「ところで気になってたんだが……ザルバウムって何?」
「…………」
「…………」
ベルグレッテとミアは、なぜか目を逸らしてうつむいた。
「え、ちょっ」
「にしても、リューゴくんってすっごい食べるよね。ダイゴスより食べるんじゃない?」
ミアが食後の紅茶を飲みながら、呆れたように言う。
筋肉量が多ければ消費カロリーも多くなる。となれば当然、食べる量も多くなる。
食堂内を見渡すだけでも分かるが、この世界は男性でもかなり細身の者が多い。皆、流護より背は高いのだが、筋肉がないのだ。となればやはり、食事の量も少ないのだろう。確かに、流護ほど食べている者は見当たらなかった。
「リューゴ、すごい身体してるものね。たくさん食べないと、もたないんだろうなあ」
上品な仕草で紅茶を口にしながら、ベルグレッテが言――
「なあぁっ!」
ガターン! とミアが立ち上がった。
「……ベルちゃん、リューゴくんがすごい身体してる、って……なんでそんなこと知ってんの!?」
「えっ? い、いやミアなんか勘違いしてない? 私、リューゴがここに来たときの神詠術検査に立ち会ってるから……」
「あ、ああ、あ。そっか。そうだよね。びっくりしたー」
少女は安心した様子で、丁寧に座り直す。
と同時に、首を傾げた。
「……あれ? リューゴくんって、神詠術の検査受けたの?」
「ん? まあ、一応な」
「そだったんだ。てっきり、生徒じゃないから受けてないんだと思ってた。なら、記憶喪失とはいっても属性ぐらいは分かったんだよね?」
む……と流護の動きが止まった。
「ね、ね。リューゴくんの属性はなんだったの?」
思わぬ追及を受け、言葉に詰まってしまう。
「むっ。昼間はあたしに『ミアはどんな神詠術使うんだ? ほら……ちょっと服脱いで見せてみろよ』とか言ってきたくせに……自分のことは言いたくないのね! あたしは遊びだったのね! なによ、『ミアの神詠術……もうこんなになってるぞ……』とか言ってたくせに!」
言ってません。
「いや、言いたくないとかじゃなくてだな……」
ちら、とベルグレッテに視線を送る流護。彼女も、困ったように視線を返してきた。
「っ! な、いま目配せしたでしょ二人とも! 通じ合ってやがるッ! 二人はあれか、夜のアクアストーム経験済みか! やっぱりべ、ベベベッドを共にした関係ッ……」
「してねえ!」
「してない!」
夜のアクアストームって何だ。
ともかくこうなっては、本当のことを言うしかなさそうだった。
流護は周りの生徒が聞いていないことを確認し、慎重に説明した。
自分がこの世界の人間ではないこと。
この世界へ来てベルグレッテと出会い、元いた世界に戻るための手がかりを探してこの学院へ来たこと。それを現状、ベルグレッテだけが知っていること。
黙って話を聞いていたミアは手にしたカップを置き、ちょっとアンニュイな表情を見せる。
「ふー……。まじめに話す気、なしと。ちょっとそんな気はしてたけど、リューゴくんってあたしのこと嫌いなんだろうね……」
「ち、違うっつの」
「じゃあ好き? あたしのこと」
まっすぐ見つめてくるミアの瞳に思わずドキッとしてしまった流護だが、今はそのペースに乗せられてはいけない。
「い、いやそういう話じゃなくてだな。ロック博士の検査で、何だっけ……魂心力? ってのが俺にはないってことも判明してる。だから神詠術は使えない。俺はこの世界の人間じゃないから、当然なんだ」
「……ベルちゃんは、リューゴくんの話に納得してるの?」
「んー……話だけ聞いてれば、やっぱり信じられないわよね。正直、今でも半信半疑かなあ。でもリューゴに魂心力がないのは本当だし、ただの素手であれだけの強さなのもありえない。ミアも見たでしょ? リューゴの実力」
「うん。見たよ。ベルちゃんのかわいい泣き顔も」
「っ、それは忘れて!」
「もう一週間ぐらい経つんだよな……この世界に来て」
流護は椅子の背もたれに身を預け、天井を見上げる。
「……じゃさ。元いた場所はどういうところなの? どうやってここに来たの?」
ミアは紅茶のカップにおかわりを注ぎながら、真面目な顔で尋ねた。
「んー……。俺のいた世界は地球って名前で、住んでた国は日本って名前で。神詠術なんてモンはねえし、けど代わりに科学が発展しててさ。他には……何だろ、いざ説明するとなると難しいな」
広々とした天井を見つめながら、どこか懐かしむように続ける。
「んで、ちょうどこんな休みの前日の夜に、親父からお使い頼まれて出かけて。気付いたらこの世界にいたんだよな。そこだけ分からない。ほんとに気付いたら、この世界にいた」
何となくそのまま三人とも黙り込んでしまって、無言の間が生まれた。
「……それじゃ、元いた場所からいきなり迷い込んだ、って感じなのかな。……リューゴくんのお父さん、心配してるだろうね」
ミアが神妙な面持ちで呟いた。
「んー、どうかな。豪快なオッサンだからなーあの親父も。大して気にしてないかもしれん。他に心配してくれるような人間もいね――」
――彩花の顔が浮かんだ。
「……いねえし、最初はこの世界に来て戸惑ったけど、今は結構落ち着いてるよ」
「そうなのかあー。うーん。疑うわけじゃないんだけど、その元いた世界? の証拠みたいのとかないの? あったら見てみたいってぐらいの話ね。疑うわけじゃないんだけど」
「いや思くそ疑ってるだろミア……。んー、証拠なあ……」
「今は着替えてるけど、いつも着てる黒い服はたしかにこのあたりで見たことないわよね」
ベルグレッテがやんわりと言う。全く信じないのも悪い、とフォローしてくれているのが分かって、流護は少しじーんとする。
「ああ。あれは俺がいた学校の制服なんだ。他に証拠となると……あ」
流護の脳裏に、思い浮かんだ。
「ある。この世界に来たとき、持ってたものがある」
明日は休みだし証拠を見てみたいしリューゴくんの部屋に行ってみたい、というミアさんのご要望により、三人は流護の部屋へとやって来ていた。
「むうう……思った以上になんにもない」
ガッカリしたようにミアが肩を落とす。宛がわれた部屋には、私物と呼べるようなものは何もない。
「……、こんな時間に男の人の部屋っていうのはちょっとなぁ……」
時刻は夜の九時半。ベルグレッテはそわそわしていた。
「あー。たしかにクレアちゃんに知られたらまずそうだねー。大丈夫、黙っておくから」
はしっ、とベルグレッテに抱きつくミア。
「へっへっへ。けど黙っててほしかったら、分かってるだろうなお嬢ちゃんよぉ。ぐへへへ」
「分かりません」
ぐいっとミアの顔を押しのけるベルグレッテ。
「……、」
流護は、備え付けの引き出しに入れておいたそれを取り出す。
確かにこの世界へ来たとき持っていたものではある。だが、証拠になるかどうかは微妙な気もしてきた。
「ほれ、これだよ」
ベルグレッテに向かって、それを軽く放り投げる。
「わっと……、これ、……なに?」
「んっ? わわ、なんだこりゃ」
二人とも、それをまじまじと凝視していた。
「携帯電話。前にベル子が見せてくれた、通信の神詠術ってのがあったろ? あれと似たようなことができるんだよ、それがあれば」
「へえぇー。どうやってやんの? ……あれ、だったらこれで元の世界の人と連絡取れないの?」
「無理なんだよ。連絡の取れる範囲が決まってて、この世界からじゃ届かない。あと電池ってのがあって、それが切れてるから使えない」
「んんー。たしかに見たことないものだけど……これだけじゃなー」
と、ミアがベルグレッテから携帯電話を受け取った――瞬間。
ばぢん! と、火花が散った。
「うっわ!」
驚いたミアの手から携帯電話が滑り落ち、ごろんと音を立ててシーツの上に転がった。
「っおいおい、ミア大丈夫か? ……大丈夫そうだな。ってか何だ今の火花――」
そこで流護の目が驚愕に見開かれた。
携帯電話のディスプレイが――光っている。
「って、な、なんで電源入った?」
慌てて携帯電話を拾い上げた。電池が二つ分、回復している。電源を切っておくと少しだけ回復したりすることもあるが、それだけでここまで持ち直すことはないはずだ。これは――
「あ! ミア、お前って雷の神詠術使うんだっけ?」
「はは、はい。そ、そそそうです」
『証拠品』を壊してしまったと思ったのか、電撃娘はびくびくしながら答える。
「はは。じゃあ、そのおかげかもな。電池ってのは電気で充電するんだよ。いや俺もびっくりだけど……すげえな神詠術って。……でもこれで、もっと珍しいもん見せてやれるぞ。少しは証拠としてマシに――」
――流護は、画面を見て固まった。
電波は圏外だというのに、点滅するメールのアイコン。
『新着メール 一件』
開く。日付は、流護がこの世界へと迷い込んだ日。
この世界へやって来る直前に、彩花へ送ろうとしたメール。
『そういや明日祭りだっけか。一緒に行くか?』
その、返信。
『いいよー。それじゃいつもと同じように待ってる。時間も同じでいいよね? 遅れないように! 待ってるからなー^^』
送信履歴を見る。
送信されなかったと思っていたメールは、履歴の一番上に表示されていた。
返信されたメールの時刻を見れば、一分と経っていなかった。
「――――」
アホか。さすがに今年は彼氏と行けよ。つうかなんで速攻で返信してんだ。
あれはいつだったか。予定の時間よりも、かなり遅れてしまったことがあった。
それでも、浴衣姿のアイツは待っていた。
合流すると、「遅すぎ!」と言いながらも笑顔を見せていた。
毎年一緒に行っていた、夏祭り。
「ちょ、リューゴくん……っ?」
「リューゴ……、大丈夫?」
二人が、驚いたように流護を見ていた。
「……ん? なんだよ。どうかした……か、あ、れ?」
流護はそこで、ようやく気がついた。
自分の頬を、涙が伝っていることに。
「ちょっ、なっ、なんで涙出てんだ……っ」
「わ、わわわ。あれ、あたしがさっきバチッてやっちゃったせい?」
「ち、違う。全然関係ない。いやなんで涙出てんだか全然分かんねえし……!」
それでも二人は流護を茶化すことなく、落ち着くまで待ってくれていた。
「え、えーとだな。花粉症って知ってるか?」
「カフンショー?」
「リューゴの世界の言葉?」
二人が首を傾げる。
「木から出る花粉で、涙が出たりするんだよ。さっきの俺のはそれ。泣いてたんじゃない」
「そっ……そなんだー。大変なんだねリューゴくんも、うん」
「う、うん。分かった」
もう流護は恥ずかしくて死にそうだった。
二人とも追及してこないのが逆にもどかしい。思いっきり気を使われている。
「くっそ……それよりもだな。面白いモンを見せてやる。信じる気になるはずだぞ」
流護は携帯電話をいじる。
きっと驚くだろう。こんなモヤモヤした空気など一撃で消し飛ばしてくれる。
「よし。二人とも、もっとくっついて座ってみ」
「っっっ!」
「へっ? リューゴ、なにを……、ちょ、ミア、やめっ」
「いやそういう意味じゃないぞミア。抱きつかなくていい、普通にベル子の隣に座ってくれ」
口を尖らせて、ミアは言われた通りベルグレッテの隣に座り直す。
「よーし。そのまま動くなよ――、っと」
「わ!」
「えっ!?」
突然の閃光と、カシャッという聞き慣れないだろう音に、二人は驚きの声を上げた。
「わ、わ。びっくりした! なに? いまのなに?」
「な、リューゴ……今のは?」
「フフフ。これを見るがよいぞ、二人とも」
流護は偉そうに、二人へ画面を掲げて見せる。
「うええぇぇぇええぇ!? な、なにこれ! あ、あたしとベルちゃんが!?」
「う、うそ……どうなってるの? これ」
「写真っていってな。こんな風に、その瞬間を収めることができる超技術だ。どうだびっくりしたろ。これは神詠術でも無理なんじゃねえか?」
まるで自分が考案した技術であるかのように、少年は胸を反らす。
「す、すげええぇ! これほんとすっごい!」
「これは……、うん、びっくりした」
「どうだ。少しは信じる気になったか? 俺のいた世界を」
「……ええーと。それとこれとは、別、かなぁー?」
「ん、うーん」
「何でじゃい……」
「すごいし不思議だけど、どうだろうなあ~」
「たしかに、神詠術では難しい技術かもしれないけどね」
なかなか信じてはもらえないようだった。
フォルダの中に変わった写真でもあればよかったかもしれないが、実は携帯電話のカメラなんてまともに使ったのはこれが初めてだったりする。
父親から譲り受けた古い携帯を使っているので、動画機能すらない。
「あ!」
そこでミアが思い出したように大きな声を上げた。
「その、しゃしん? せっかくだから、三人でやってみようよ!」
「え? いや、でも三人だと……かなりその、くっつかんと枠に入らねえっていうか――」
「んじゃくっつけばいいじゃない!」
ぴたっ、とミアが流護の右肩にくっついた。ふわり、と。いい匂いがする。
「っ、だっ、ミアちけえっ」
「リューゴくんまんなかで、ほれベルちゃん左側に!」
「え……、う、うん」
控えめではあるが、今までにないほどベルグレッテが流護に近づいた。完全に肩と肩が触れる。やはりいい匂いがした。さらりとした彼女の髪が頬に触れ、心臓がバクバクし始める。
「んだよ、んんじゃ撮るぞ! さっさと撮るぞ!」
いい匂いと柔らかい感触にどうにかなりそうだった流護は、とにかくすぐ写真を撮ってしまうことにした。
一枚の写真。
流護の肩に遠慮なく顔を乗せて、満面の笑みを見せるミアと。
少し遠慮がちに流護の隣に立ちながらも、笑顔のベルグレッテと。
二人に挟まれたおかげで、顔を赤くして不自然な笑顔になった流護。
そんな一枚の写真が、携帯電話のフォルダに保存された。