118. 里帰り
星遼の月、二日。天空に輝く太陽こと昼の神インベレヌスが、ゆるりと帰り支度を始めた夕刻。
場所はいつもの学生棟脇、中庭の片隅にて。
「うるおっしゃああぁぁ!」
女子からぬ雄叫びと共に、赤茶色の短い髪を揺らしてミアが走り寄ってきた。
「終わったー! 終わったよー!」
満面の笑顔で喜びを訴える小さな少女だったが、流護が芝生に胡座をかきながらしかめっ面で本と睨めっこしていることに気付き、とてとてと近づいてくる。
「なに読んでるの?」
「ん? ああ……ミアか。終わったのか、お疲れさん」
流護は本を立てて表紙を見せてやった。
『騎士の心得』。絵も何もない表紙に書かれた題名を見ただけで、ミアは「りゅへぁ」と呟いて苦々しそうに顔を背けてしまう。正直、流護もそうしたい気分でいっぱいだ。……しかし。
「そかー。今度からリューゴくん、遊撃兵だもんね。兵士とか、騎士みたいなものだしね」
そう。有海流護は王都テロの翌日に再び謁見の間を訪れ、正式な手続きを踏み、昨日――星遼の月、一日付けでレインディールの遊撃兵となった。
任命式そのものは、派手な催事ではなかった。
『銀黎部隊』の大半が壁外演習で出払っていたこともあり、立ち会ったのはアルディア王にリリアーヌ姫にガーティルード姉妹のみ。流護としては、ある意味なじみの顔ぶれである。緊張せず助かったぐらいだった。
そうしてあっさり遊撃兵となった流護だが、すっかり見落としていたことがあったのだ。
有海流護はこの世界の知識や常識をほとんど知らない。当然、兵士として最低限知っておかなければならない教養も心得てなどいるはずがない。
そんな訳で、しばらくは必要な知識を身につけるため、勉強に追われることとなったのだ。
アルディア王にしてみれば、流護に求めているのは武力のみ。遊撃兵という立場すら建前で、流護を国の所属にしてしまいたいだけ。兵士や騎士としての作法などは期待していない、とも言っていた。
しかし、他の兵士たちと同じ給金をもらう以上、言葉を鵜呑みにしてしまうことは気が引けた。
何より、いい機会だ。グリムクロウズへやってきて二ヶ月以上も経つのだし、さすがに色々な知識を身につけておくべきだろう。
そんな訳で今日は一日中、トレーニングの傍らでひたすら本を読み漁っていたのだ。
書籍はどれも、イリスタニア語――流護にしてみれば『ほぼ日本語』で書かれている。読めることは読める。
とはいえ、どの書物もなぜか横書きで、見たことのないような字も多々あり、前後の文と照らし合わせながら何とかおおよその意味を掴む……といった作業の繰り返しだった。
元々活字に触れる習慣などなかったうえ、勉強が苦手なこともあって、遅々として進まない。歴史書や兵の指南書ばかりなので文面も硬く、飲み込みづらさを助長している。本日の学習の成果は推して知るべし、といったところか。
ミアが芝生の上に平積みされている本の一冊を手に取った。『兵士の戦術・問題集』と書かれたそれを開いて、訥々と読み上げる。
「問一。水質資源に恵まれた森における任務の最中、仲間とはぐれ一人になってしまった。そのような状況でカテゴリーBの怨魔ドラウトローと遭遇した際の、適切な対処法を述べたまい。なお、相手は一体とする」
「んー? いや、対処法も何もなあ……タイマンだよな?」
流護ならば、有無をいわさず一撃で殴り倒すところである。
しかし、何度か聞いた覚えがあった。カテゴリーBの怨魔は、一般兵三人がかりで対応するのが常。一対一では勝ち目がない。が、そんなことを言っている状況でもないはずだ。
「やるしかねえだろ。覚悟を決めて、不意をついてぶっ倒す。目を突け、目を」
「違いまーす。守りに徹し、川や池などを探すことー」
「なにぃ……。つか、川や池を探すってのは何でだ?」
「ドラウトローは水を嫌うので、川や池へ逃げ込むことも視野に入れておくべきだろう……だって。一人になっちゃったら、川沿いを歩くのが安全みたいだね」
「知らんかったわ……。あー、もう疲れた……」
流護は本を投げ出して芝生に倒れ伏した。
「ははは。一般的な兵士の人とリューゴくんじゃ、いろいろ当てはまらないもんね~」
「まぁそんな枠には収まらん男よ、この俺は」
ちょうどそこで、こちらへやってくる影が二つ。麗しきロイヤルガード姉妹だった。ベルグレッテは普段着の青いドレス。クレアリアは制服姿である。
「……やれやれ。真面目に勉強しているのかと思えば」
離れた位置からジト目を送ってくるクレアリアに、流護はガバリと起きて反論を試みる。
「いや違うぞ。散々勉強して、疲れて倒れ込んだとこに二人が来たんだって」
ふーん、と冷たい目を向けてくるクレアリアとは対照的に、ベルグレッテは笑顔で「お疲れさま」と労いの言葉をかけてくれた。
やっぱりベル子は優しいなあ、天使だなあ、などと流護が心中で涙していると、クレアリアが事務的な口調で報告する。
「先ほど連絡がありましたので、アリウミ殿にも伝えておきます。例のテログループの一員、ブランダルの死亡が確認されました」
「! まじか」
ブランダル。美術館占拠の裏にあった『ペンタ』回収という密命を帯び、暗躍していた男。
「リーフィアに吹き飛ばされたものの、やはり奴は生きていました。あの夜半には、ブランダルの偽者が現われるという事案も発生していたようです。ですが、翌朝……つまり昨日、巡回していた兵士によって死体が発見されたとのこと。焼け焦げていたので確認に手間取ったようですが、本人であるとの確証が取れたそうです」
「焼け……?」
『ペンタ』を狙っていたブランダル。焼け焦げていた死体……。
「まさか……」
流護の呟きに、クレアリアが頷く。
「ええ。あの夜、ディノが釈放されていたそうで。ノコノコと出向いたブランダルは、あえなく返り討ちに遭ったんでしょう。せめてまともな状態の遺体が回収できれば、例の技術に関する情報も得られたかもしれなかったものを……ほぼ消し炭と化してしまったと。ディノ相手でも、五体満足で死ぬぐらいの気概は見せてほしかったものです。最後の最後まで、害しか及ぼさない屑でしたね。あのブランダルという男は」
クレアリアの言葉には容赦がない。神詠術を軽んじたブランダルという男に対し、一片の慈悲も持ち合わせていないようだった。
――それにしても。
「ディノの野郎、出てきたのか……」
「あたしアイツ大っ嫌いだけど、やっぱりすごいんだね……」
ミアが複雑そうに呟いた。かつて自分を誘拐した相手なのだ、無理もない。
あの死闘が脳裏に甦る。
周囲を蹂躙しながら荒れ狂う、一撃絶命たる紅蓮の神詠術。流護の身体能力に匹敵するほど強化されていた肉体。傲慢でありながら、油断というものが微塵も存在しない戦闘思考。
もう一度闘ったなら、勝てる保証などどこにもない。
「もう、あたしをさらいにきたりしないかな……?」
「大丈夫だって」
それでも、少年は言い放ってみせる。
「またミアに何かするようなことがあったなら、ブッ飛ばしてやる。何回でも。もう絶対、手は出させねえからさ」
「……う、うんっ」
ミアは恥ずかしそうにうつむいてしまった。
流護もちょっとカッコつけたセリフだったかな、と考えつつ思い馳せる。
実際のところ、ディノがミアに近づくことはもうないだろう。依頼したレドラックも行方不明のままになっている。
地獄の炎が人の形を成したような、正真正銘の強者。
流護はブランダルがどれほどの使い手だったのかよく分からないが、あのディノを相手に数分と持ちこたえる図が想像できなかった。
「まあとにかく、あのAV男優じゃディノには勝てねぇだろな。俺が投げた石を得意げなツラで受け止めようとした画は忘れられん。てっきり防御術か何かで防ぐかと思ったらガチ素手とか」
「えーぶいだんゆう、ってなにー?」
「え!? えー、いや……まあ」
純真な眼差しで尋ねてくるミアに答える訳にもいかず、流護は慌ててクレアリアへ話を振る。
「と、とりあえずテロの件は、これで一件落着ってとこか?」
「そう……ですね」
なぜかどことなく言い淀むクレアリア。これまで黙って聞いていたベルグレッテが、その懸念していることを告げた。
「テロの件こそ、なんとか終わったけど……恐れていたことが起きてしまった形になったわ。『融合』の技術を使った刺客。そのために、オプトが殺されてしまったという事実。裏で暗躍していた、キンゾルという老人……」
「キンゾル……って」
聞き覚えのある名前に、流護は眉をひそめる。ベルグレッテはこくりと頷いた。
「捕らえた賊たちが証言したの。彼らに……ブランダルに力を与えたのは、キンゾル・グランシュアと名乗る老人だったって」
そこでミアがはっとする。
「そう! キンゾルって名前だよ! あたしがさらわれたときに出てきた、白衣のおじーちゃん!」
その言葉にベルグレッテが頷いた。
「ええ。融合という特異な属性を持ち、魂心力や神詠術を奪うという神への冒涜にも等しい行為を可能とする張本人。キンゾル・グランシュア。この老人は……『ペンタ』だそうよ」
流護とミアが同時に息をのんだ。
「まじか」
しかし言われてみれば、むしろ当然だとも思える。
レドラックのときには、ただ魂心力を奪うだけの技術だと思われていた。が、実際は違う。神詠術そのものをも奪うことができるという能力。その異質さは、通常の神詠術の範疇を外れていると流護ですら感じる。
ノルスタシオンも、背後に『ペンタ』という強大な存在がついていたからこそ、テロを起こす気になったのかもしれない。
「賊たちも、それ以上のことは知らないみたい。このキンゾルは当然、レインディールの『ペンタ』じゃないし……所属している国が判明し次第、複雑な国際問題に発展するのは間違いないわね」
「ですね……。しかし、基本的に地位を得ているはずの『ペンタ』が、このような真似をするとは考えがたいところです」
「そうなのよね。近隣の国々にも、キンゾルと思わしき『ペンタ』は存在しない。とすると、『神の選定』を生き延びた一匹狼なのか……どこからやってきて、なにを目的としているのか。実際にキンゾルを捕らえてみないと、分からないことだらけね……」
「ええ……」
クレアリアが浮かない顔で姉に同意した。
キンゾルは現在、捕獲対象の賞金首に指定されている。大勢の冒険者や賞金稼ぎ、傭兵たちに狙われる身だ。ちなみに殺してしまった場合、問題はないが支払われる金額は大いに落ちるそうだ。
遊撃兵となった流護や騎士であるベルグレッテたちにとっても捕らえるべき対象ではあるが、兵たちにとって賞金首の優先度というのは最も低くなるのだという。
任務を優先し、賞金首は賞金稼ぎに任せろということなのだろう。
「キンゾルが『ペンタ』だと判明したことで、刷ったばかりの手配書も刷新しなければならなくなりましたしね。大概にしてほしいものです」
クレアリアがやれやれと溜息交じりで吐き出す。
それだけではない。相手が強大な超越者となれば、尻込みする者も多いだろう。
実際、流護としては『ペンタ』相手に賞金稼ぎたちで何とかなるものなのかと思ってしまう。世の中には、『ペンタ』を討ち取るような猛者もいることにはいるらしいのだが……。
もっとも、あの超越者たちとて人間。
『常に身柄を狙われる』という状況は、想像を絶するほどに精神を追い詰めるという。アメリカだかどこかで逃亡していた凶悪犯が、生死不問の賞金首に認定された途端、素直に警察へ出頭した――という逸話を思い出す流護だった。
どことなく空気が沈んでしまったところで、ミアが明るく声を張り上げる。
「とりあえずあれだよ! せっかく明日からお休みなんだし、明るくいこうよ!」
「……そう、ですね」
クレアリアが苦笑し、けれど同意した。キンゾルの件に関しては、今できることもない。切り替えも大事だろう。
さて。ミアの言う通り、学院は明日から、約二週間の長期休暇『蒼雷鳥の休息』に入る。
ベルグレッテとクレアリアはロイヤルガード見習いであると同時に学院の生徒でもあるため、基本的には任務から解放されて休みになるとのこと。
先日のテロのような非常事態が起きれば召集されることになってしまうが、とりあえずは羽を伸ばせるそうだ。
という訳で、ベルグレッテは一足先に仕事を終え、すでに学院へやってきていたのだった。
ちなみに流護も扱いとしては大差ない。学院勤務であるため、学院が休みなら流護も休みだ。遊撃兵となった途端に休みというのも、いいのか悪いのか何ともいえないところである。
「でもほんと、久々のお屋敷だね! 楽しみ~」
ミアはいたって上機嫌だった。
そうなのだ。実は明後日、流護たちはベルグレッテたちの実家――ガーティルード家の屋敷へ行くことになっている。
少し前、クレアリアが入院していたときにもそのような話題が出ていたが、明後日ならばベルグレッテたちもその両親も都合がつくということで、急遽お邪魔することになったのだ。なんとご両親から、是非とも流護を招きたいとの強い要望である。
そんな少年としては、ついにベルグレッテのご両親と初顔合わせ。考え始めてしまうと、もはや緊張しかない。
(な、何とか気に入られるように……いやせめて、いい印象を残せるようにだな……)
なんてことを思っていると、
「あっ。レノーレだ」
そんなミアの声に釣られて顔を向ければ、しずしずとこちらへやってくるクール系美少女の姿。
さらさらの金髪にメガネ、相変わらずの無表情。違うのは、肩から大きめの鞄を提げていることと、制服ではなく黒のワンピース姿であることか。まさしく彼女の属性である氷に似合う、涼しげな装い。
明日から長期連休。これから故郷へ帰るのだろう。
スーッと流護たちの前までやってきたレノーレは、丁寧な仕草でぺこりと頭を下げる。
「……では、実家に帰らせていただきます……」
旦那とケンカした奥さんか。
「ん、気をつけて帰ってねレノーレ。ウィーテリヴィアの加護があらんことを」
「道中、お気をつけて。神のお導きがあらんことを」
「気をつけてね! おみやげよろしくね!」
女子三人がそれぞれの言葉で握手を交わしていく。
レノーレは最後に、じっと流護を見つめてきた。
「…………」
「…………」
妙な間が生まれてしまった。
「……遊撃兵の仕事、がんばって」
「あ、ああ、ども。えーと、気をつけて帰ってな」
さして気のきいた言葉も返せない流護だった。
来たときと同じような気配のなさで、レノーレはしずしずと去っていく。
「特別親しくも何ともないアリウミ殿に挨拶する気はなかったものの、この場にいたので仕方なく声をかけた感じがよく出ていましたね」
「やめてよクレアさん……俺も同じこと思ったんだからさ……」
友達の友達は別に友達じゃないみたいな。
流護は何となく、去りゆくレノーレの後ろ姿を眺める。
「どうかした? リューゴくん」
「あ、いや。そういやさ、レノーレの実家ってどこなんだ?」
それに限らず。レノーレと知り合って随分と経つが、流護は彼女のことをほとんど何も知らない。あの寡黙な性格もあって、そもそもあまり会話をしたことすらないのだが。
ベルグレッテがそんな流護の疑問に答える。
「レノーレの故郷は、バダルノイス神帝国。ここからは遥か北西ね。馬車で一週間以上はかかるはず」
「うっへ、遠……ってあれ、『蒼雷鳥の休息』の期間が二週間だろ? 行きで一週間もかかってたら、単純に往復するだけで休みが終わっちまうじゃねえか」
それでは羽を伸ばす暇すらない。
「うん。だから今は、バダルノイスより手前のハルシュヴァルト領で家を借りてるんだって。ご家族もそこに住んでるんだとか。そこまでなら、馬車で二日程度だそうよ」
「へえ……」
何やら大変そうだ。実質、長期休暇を利用しても、本当の故郷までは遠すぎて戻れないということになる。
……なぜそうまでしてこの学院に通っているのか、という疑問が流護の脳裏に浮かんだが、人には事情というものがある。詮索すべきことでもないのだろう。
そんなことを考えていたところで、
「おー、やっぱりここにいたかよ」
すっかり見慣れたパンチパーマの少年と、山のような大男がやってきた。
「おっ、エドヴィンにダイゴス」
二人ともいつもの制服姿ではあるが、肩に大きな麻袋をかけている。
エドヴィンは実家が王都だと聞いているが、ダイゴスは隣国のレフェ巫術神国。まともに帰れば丸三日の道のりだそうだ。休暇のうち、六日を移動に費やすことになってしまう。
もっともダイゴスの場合、故郷のロイヤルガードであるため、用事如何によってはそれ以上の日数を休むことになるかもしれないとのこと。
「一応帰るからよ、挨拶しとこうと思ってよ……」
そう言ってエドヴィンはベルグレッテのほうをチラリと見る。気付いた少女騎士が屈託のない笑みを返した。
「んっ。お疲れさまエドヴィン。気をつけて帰ってね」
「お、おう……」
……なるほど。エドヴィンはベルグレッテに惚れている。流護たちに――というより、彼女にしばらく会えなくなるので挨拶をしにきたのだろう。
もう少し何か話したい素振りを見せるエドヴィンだったが、ベルグレッテの隣に立ってじーっと冷たい視線を放ち続ける妹さんに耐えられなくなったのか、それ以上の会話を断念した。気持ちは分かるぞエドヴィン、と流護は同情しそうになってしまう。
「ア、アリウミも達者でな。遊撃兵になっちまったんだよなァ。すげー出世街道じゃねーか。休み明け、任務で大ケガこいてエライことになってました、とかナシだぜ?」
「ああ。エドヴィンこそな」
ぐっと拳を出してくるエドヴィンに応えて、流護も拳を突き合わせる。
ダイゴスのほうへ視線を向けると、巨漢はやはり無言で「ニィ……」と不敵な笑みを見せてきた。
「え、えーと……ダイゴスさんも、その、お元気で」
「ああ。達者での」
簡潔である。
皆との挨拶もそこそこに、二人が去っていく。
「次に会うのは二週間後か」
「だねー。エドヴィンはどうでもいいけど、ダイゴスに会えないのはちょっと寂しいな~」
相変わらずエドヴィンに厳しいミアさんの感想だった。
そこから談笑に興じることしばし、
「あ、ここに……いたんですね」
ともすれば聞き逃してしまいそうな弱々しい声が届く。
「おっ、アルヴェだ。これから帰るの?」
顔を向ければ、線の細い女顔の少年ことアルヴェリスタが、ミアの声に頷きながらこちらに歩いてくるところだった。
これといって特筆すべきところのない(もちろん男の)私服姿に、大きな袋を抱えている。顔だけ見れば相も変わらず女子にしか見えない。ともかく、彼もまたこれから実家へ帰るのだろう。
「ふひひ。アルヴェも、二週間もこのミアちゃんに会えなくてさみしかろうー」
からかうようなミアの言葉に、
「……え、いや、あ、んっと」
アルヴェリスタは目を逸らして曖昧な反応を見せた。
「おっ? 照れるな照れるな。ふひひひひ」
言われれば言われるほど赤くなるアルヴェリスタ。……彼がミアに好意を抱いているのは一目瞭然だ。
何だか楽しそうに喋っている二人。
なぜだかムッときた流護は、気付けば二人の間にずずいと割って入っていた。
「アルヴェリスタ君はこれから帰るのかね? 実家はどこなのかね? 年収は? 学歴は? ん? ん?」
完全に娘が連れてきた彼氏に詰問するお父さんだった。
「わっ、え、え? あ、えっと、僕の家は王都です。近いですけど、休みになったら帰ってこいって、パパとママが……」
パ、パパとママだぁ!? ええい軟弱者め、貴様なんぞにウチのミアをだな……!
「はっ!?」
そこで流護は気付いてしまった。
自分の『奴隷』となって以来、ミアに対して娘のような思いを抱いてしまう流護。『にわか父親』な流護ですら、ミアへ近づくアルヴェリスタにムッとしてしまうのだ。
ベルグレッテの両親が、娘に近づく流護をどのように思うのか――。
「……!」
流護はガクリと膝をつく。
そんなの……いい感情を持たれるはずがない……! むしろ最初っからマイナスだよ! 今回呼ばれたのだって、いい気になって娘に近づくな――と釘を刺すためなのかもしれない。
「……! く、くそっ……そういうことか!?」
流護はうなだれたまま、悪夢を振り払うようにぶんぶんと頭を振る。
「リ、リューゴくん……?」
娘……じゃなくてミアの怪訝そうな声。どこか気持ち悪がっているようにも聞こえる。これはあれか。反抗期か。洗濯物別にしてって言われるのか。
「え、えっと……じゃあ、そろそろ僕はこれで……」
「あっ、うん。おみやげよろしく~」
「ん、気をつけてね。ウィーテリヴィアの加護があらんことを」
手を振るミアと簡素な祈りを捧げるベルグレッテ、無言で一瞥するだけのクレアリアに見送られ、アルヴェリスタは名残惜しそうに去っていった。
「ちくしょう……どうする……!」
流護は額の汗を拭いながら立ち上がる。
「一人で何をやってるのやら。ところで……アリウミ殿」
そこで終始黙っていたクレアリアに話しかけられ、悩める少年は何事かと彼女の顔を見た。
「兵士としての勉強も当然ながら……この休みを利用して、ひとまず通信の神詠術ぐらいは使えるようになっていただけませんか?」
「えっ」
思わぬセリフ。流護は返答に詰まり、そのまま硬直した。