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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
4. レインディール・スペキュレーション
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117. 亡滅のセクエンス

 齢三十も半ば。

 希少な超越者だと判明し、国に協力を求められた男は、


「私などがお役に立てるのであれば」


 と、快く従った。


 しかし、その原石の真価はようとして知れず。

 時が経つにつれて、国は――王族は次第に焦りを滲ませていった。


 シュメーラッツ・イーア。総人口わずか五万名。周辺の国々と比しても、吹けば飛んでしまいそうなほどの小国。歴史も浅い。緑豊かで肥沃なこの土地に、よそからやってきた人間が自然と集まって暮らすようになったのが起こりだともいわれている。


 そんな国で初めて発見された『ペンタ』、ゾスタン・ラデーアの詳細が解明できないこと。

 それはきっと、彼の能力が異質であったという証でもある。しかし同時に、国の研究能力が低いことをも意味してしまっていた。

 その事実を認められない王族は、躍起になってゾスタンの能力解析に財力を費やした。そうして緩やかではあるが確実に、国は傾いでいった。

 ゾスタンに非があるはずもないのだが、この真面目な男は研究が進まないことに引け目を感じ、「すみません」と謝り続けていた。


 時は無情に過ぎ、金は湯水のように消えていく。

 妄執とでもいうのだろうか。

 いつしかシュメーラッツ・イーアという国は、すでに挽回不可能な域にまで落ちぶれてしまっていた。仮にゾスタンの能力が判明し、その力によって富が得られたとしても、到底巻き返すことなどできないほどに。

 この研究さえ上手くいけば。ゾスタンの能力さえ解明できれば。

 そんな夢とも野望ともいえぬ何かを追い続け、全てが失われていく。


 齢七十を過ぎ、すでに自力で起き上がることもできなくなっていた老人は、


「すまない……」


 と、謝り続けていた。


 ――すまないで許されるか、穀潰しめ。神を疑う訳ではないが……本当に『ペンタ』だったのか?

 ――人の金でのうのうと歳を取りやがって、楽な人生だったろうな。


 至るところから、そんな声が聞こえていた。

 この小国で唯一の『ペンタ』はそれでもただ、「すまない」と謝り続けていた。


 頬撫でる風が心地よい、穏やかな春の日。


 ジンディムがベッドに近づくと、弱々しく横たわった老人は「すまないねえ」と呟いた。

 もう、相手が誰なのかも分かっていなかったのだろう。

 神の報せか、戦士として幾度も死に触れてきたゆえか。

 ここまでだな、と直感した。


 病気ひとつしなかった、壮健な男。三十半ばを過ぎて、それまでの生活を放棄し、ただ国のために尽力した男。率先して研究に協力し続け、文字通り身体を張って実験にも臨んでいた。

『ペンタ』であるという特異性や忙しさから、最期まで家庭を持つこともなかった。

「国のためになれば」「皆のためになるならば」それが口癖だった男は、老いてなお国を愛し、民を愛し、貢献できない己を恥じていた。


「何か食べたいものは、ありませんか」

「お、おお……私の、ことは、構わずに……。それよりも……研究を……」

「研究はしばし休みましょう。まずは体調を整えねば」

「……、すまない……」


 誰よりも。きっとジンディムよりも国を愛していたその男は、国の全てに恨まれたまま消え逝こうとしていた。


「謝る必要などありません。貴方の所為せいではない。あるはずがない」

「……私が……もっ……と、……、……」


 異例中の異例。

『ペンタ』でありながら終ぞ二つ名を授かることすらなかったその男は、そうして成果を示すことなく息を引き取った。

 道化だと。世間では『すまないおじさん』などと呼ばれ、嘲弄の対象にすらなってしまったその男。他国へ噂が広がるのも、時間の問題だろう。


 誰が道化なものか。

 貴方ほどの愛国者が、どこにいたというのだ。


「…………叔父上」


 優しい人だった。

 幼少の頃に神詠術爆弾オラクルボムで両親を失ったジンディムにも、我が子のような愛情を注いでくれていた。


 近い未来、この国は潰えるだろう。所詮は有象無象が集って形を成した国。王族とは名ばかりの屑どもに、人を率いる力も育てる力もありはしなかったのだ。

 それでも。それでも私は、緑溢れるこの大地が――叔父上の愛したこの国が、愛おしい。仲間たちと共に、力を合わせて歩んできたその足跡だけは、間違っていない。

 このまま終わらせはしない。必ず私が、甦らせてみせる。

 まずは力をつける。そしていずれ、融資を断った国々を見返してみせる。ライズマリー公国、バルクフォルト帝国、レインディール王国。連中なぞ我が国に劣る後進国でしかないことを、私が証明してみせよう。


 ジンディムは、ゾスタンに……叔父に、二つ名を捧げた。

 遥か北の地。雪風舞うその地でかつて使われていたと伝わる、知る者も少ないだろう旧き言葉。

 公には何の価値もない、ジンディムだけが敬意の念を込めて贈る、『護国の聖者(ノルスタシオン)』という二つ名を。






 巨大な月が不在となった闇夜。

 しかしその一帯は、粉雪のごとく舞う薄明かりによって、眩く幻想的に照らし出されていた。

 清らかに煌く澄んだ泉。その脇にそびえる旧き巨木。草花揺れる平原。月がない夜であっても、その全てが見渡せる。


「…………」


 泉の近くへ置かれたチェアに身を預けていた少女は、目覚めるようにゆっくりと目を開いた。長い黒髪をわずらわしげに振り払い、緩慢な動作で起き上がる。


 主目的の成果が上がらなかった彼女は、気分転換からふとその男の記憶を垣間見ていた。そしてよりにもよって、鮮明に視えてしまった。


 物語には主人公がいて、脇役がいて、悪役がいて。

 けれど当人にしてみれば、自分こそが主人公なはずで。

 それぞれ皆に、物語があるはずで。


 それは、ジンディム・トルストイという男が主役であった物語。

 シュメーラッツ・イーアは、もっと早い段階で他国に協力を打診するべきだった。

 初めて見つかった『ペンタ』。意地を張って自国だけで研究しようとした結果、何も残せず終わってしまった。ゾスタンを道化にしてしまった。

 初めから共同研究にしておけばいいものを、独力だけで推し進めていき、結局は「無理だったから金を貸してほしい」。

 ジンディムは他国が融資を断ったと恨んでいたが、それは虫のいい話というものだ。

 もっとも国の方針であった以上、一介の軍人たる彼に抗う術などなかったのだろう。


 だが、それは俯瞰から結果だけを傍観した者だからこそ言えることなのかもしれない。都度迫られる選択に誰もが最良の道を選び取れるなら、苦労などしないのだから。

 自分だってそう。最良の選択を逃さないために、こんなことを繰り返している……。


 しかしそれにしても、『ペンタ』のために国が滅ぶなど、何という悲劇だろうか。こういった物語を挙げれば正直なところ、きりがない。

『ペンタ』なんて、所詮ただの――


「……に、すぎないのに」


 少女は溜息をつき、夜空を見上げる。


 星遼せいりょうの月、一日となった。

 詠み通りに事が進んでいれば、ノルスタシオンは壊滅し、有海流護が兵としての任命を控えているはずだ。四人目である、リーフィア・ウィンドフォールも眠っている力を目覚めさせただろう。


 あれから何度か潜り込んでみたが、思ったような情報は得られずにいた。

 まだ時間はある。

 焦らず、地道に進めていくべきだろう。

 ……正直なところ、事象や歴史についてならまだしも、あまりプライベートなどは覗きたくないのだ。気も引けるし。


「まだ起きてたのか」


 今にも外れそうな扉を軋ませて、背後にある古びた小屋から兄が顔を覗かせた。

 肩まで伸ばした茶色い髪。二重まぶたの内側に輝く青い瞳。見た目では二十歳前後だろう。凍りつくような美形だが、どこか頼りなさげな雰囲気を常に纏わせている。

 地味としかいいようがない自分とは大違いの恵まれた容姿だ、と少女は悲観する。もっとも、人種が違うのだから当たり前ではあるのだけれど。


「そろそろ休んだらどうだい?」


 そういう兄も、これまで眠っていたようには見えない。


「兄さんこそ。寝てないんでしょ? 何してたの?」

「いや、ずっと剣の手入れをしてたんだけど……どうも、僕じゃダメみたいだ。これは、ちゃんとした専門家に見てもらわないとだね」

「ふふ。鍛冶も覚えたら?」


 時間は、それこそ山のようにあるのだし。

 それに剣の修理のために兄が街へ出かけてしまえば、その間はやはり寂しい。


「ははっ。でも、鍛冶も職人の道だから……僕の独学じゃ厳しいね。師事しなきゃいけないと思うけど、数年じゃきかないと思うよ。その間、一人で待てるかい?」

「ええっ……、」


 数年など今さら、大した年月ではない。それでも、兄のこととなれば別だ。待てるはずがない。

 つまり兄は、自分を寂しがらせないために鍛冶を覚えようとしないのだと理解し、ぐっと愛しさが込み上げてきた。


「……光、強くなってきたね」


 儚げな声で、兄が謡うように零す。

 周囲を舞う、粉雪のような光。主に月のない晩、『彼ら』はその代わりのように身体を瞬かせる。自らの存在を訴えるかのごとく。


「この場所も、そろそろ変えないとかな」

「……うん」


 兄の言葉に、少女は小さく相槌を打った。

 どこか幻想的な泉と、その脇に立つ大きな木。どこまでも続く、なだらかな草原。お気に入りの場所だったけれど、こればかりは仕方がない。

 そんな風景を眺めていた兄だったが、思い出したように懐中時計を確認して尋ねる。


「もう月が変わったか……。流護くんたちは?」

「……ん、……ごめんさない。見てない……」


 少女は沈みがちに答えた。それを咎めるでもなく、そっか、と兄は笑う。


「ま、僕らが心配する必要なんてないんだろうね。詠まれている以上は。何より流護くんは、希少な『重病人』。でも……油断は禁物か。ようやく見つけた二人目なんだ。大切に育てていかないとね」


 兄の笑みが、自嘲気味に歪んだ。



「彼を……あの怪物に捧げる、その日まで」



 懇願するように、少女は否定する。


「……やめようよ。捧げる、だなんて……」

「事実さ。僕らのやっていることは、邪教の人間が生贄を捧げていることと何ら変わらない」


 それでも、と兄の瞳に決意の光が灯る。


「そうしなければ――全てが、台無しになってしまう」


 大きく息を吐き、兄はいつもの柔和な雰囲気へ戻る。


「さて。じゃあ僕は、近いうち剣の手入れを頼みに行かなきゃいけないけど……留守番はできるかな? イシュ・マーニさん」

「……留守番ぐらいできますっ。ていうか、その名前で呼ぶのやめてってば」


 この世界で広く伝わる夜の女神。その名で呼ばれた少女は、不満げに頬を膨らませる。


「はは、ごめんごめん。さ、備えておかないとね。色々と」


 兄は逃げるように小屋の中へと戻っていった。

 残された少女は、宵闇の空を見上げる。


 思い出す。

 あれはきっと、これから記される叙事詩か何かの一ページなのだろう。

 かすかに視えた文字列。詠んだ断片。

 確実にこれから起こる、未来の事象。



『――こうして。グランシュアと名乗る者の手によって、レインディール王国は――』



 グランシュア。


「…………キンゾル・グランシュア……ッ」


 反吐が出る。

 今だに、あの男の『起源』を垣間見た――否、『視て』しまった瞬間を、忘れられない。

 この手で殺してやりたい。あんな屑。私の力なら、一瞬で肉塊に変えてやれるのに。

 

 歯を食いしばり、少女は怒りを飲み込んだ。

 邪悪なのは、きっと自分たちも同じことだと。


 少女は踵を返す。

 そろそろ、休もう。


「――ごめんなさい」


 それは、会ったこともない彼らのために。

 これから死に逝く者たちへと贈る、懺悔の言葉。

以上、第四部完となります。


次回、第五部はこれまでのように大きな何かが起こるといった話ではなく、短めに区切りのつく短編や中編をいくつか投稿する形となります。内容としては、


・流護、ベルグレッテの両親と対面

・流護、防具を買いに行ったと思ったらラーメン屋だった

・流護、初任務

・ディノ、田舎でのんびり大暴れ


といった風味な話となります。そんな中で、新たな謎をばら撒いていく感じとなりましょうか。

三週間から一ヶ月以内には再開する予定ですが、いつも通り唐突に更新すると思います。よろしければお付き合いください。

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― 新着の感想 ―
第一話の岩波博士でニヤリとしていただいたようなので再び。 あの人の正体はあの人ってのは何となくわかってたけど、 ここで「専門家に剣を見てもらう」って言ってるんですね。 で、専門家ってのがウバル。あの出…
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