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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
4. レインディール・スペキュレーション
115/667

115. レッド・アウト

「十六番街で、ブランダルと思わしき人物が目撃された……?」

「こちらにも報告ありました! ブランダルらしき不審人物を捕縛。しかし本人ではなく、金を握らされたゴロツキでした。この男の話によれば、ブランダル本人は国外への逃亡を企てているそうで……」

「こっちにも同じ報告が! 野郎、そういうことか! ふざけた真似しやがって!」


 行方が知れなかったノルスタシオン残党、ブランダル。それらしき人物が相次いで現われるという事態に、王都の片隅にあるその兵舎は混乱していた。このような詰め所は王都内だけでも多数存在するが、そちらにも同様の報告が上がっているようだ。

 ブラウン色のローブに身を包んだ不審者がこれ見よがしに姿を現し、「ノルスタシオン万歳!」だの「私がブランダルだ、捕まえてみせろ」だのとのたまって逃げ回ったりしているらしい。露骨に偽者と分かっても放置する訳にいかず、今も兵士らが対応に追われている。


「ダ、ダルコールさん! ど、どうしましょう……!?」


 巡回の途中でたまたまこの兵舎へ立ち寄っていた見習い騎士のプリシラは、部屋の奥でどっしりと腰掛ける騎士に判断を仰ぐ。

 とてつもない大男だった。アルディア王と同じか、それ以上の体躯。姿勢よく大股で椅子に座り、堂々と腕を組んでいる。しかし大柄ながら、威圧感よりもどこか人懐こい雰囲気を漂わせているその巨魁。

 ちなみにどう見ても大きな子供が二、三人いそうな貫禄ある風貌だが、実年齢はなんと二十歳。


 名を、ダルコール・エッダスという。

 れっきとした『銀黎部隊シルヴァリオス』のメンバー、その一員である。……が。


「どうしたっ」

「え、いえ……ですから、各所でブランダルの出現が報告されてまして……」

「どういうことだ? ブランダルなる男は……兄弟がいっぱいいたということなのか?」

「ち、違います」

「むっ。では、親類がたくさんいるのか?」

「いえ、そうではなく」


 脱力してしまいそうになりながら、プリシラは丁寧に説明する。


「ゴロツキを雇って、自分の偽者を仕立てているとのことです。捕らえた兵から、報告がありました」

「なにっ。そういうことか! それはすごいな、頭が回る! 敵ながら天晴れといったところか!」


 ばっはっはっは、と豪快な笑いが轟く。


「だがしかしその場合、金がたくさん必要ではないか? 俺ならば、そのような金は払えそうにない。ブランドリルなる男は、金持ちなのか?」

「は? いえ……どう、でしょう」


 圧倒的な戦闘能力から弱冠二十歳で『銀黎部隊シルヴァリオス』として任命されているというダルコールだったが、皆がこぞって下す評価があった。

 すなわち――頭が悪い、と。

 性格的には熱く実直。裏表がなく、部下や同僚にも優しく接する好人物である。

 しかしとにかく――頭が悪い、と。

 それが理由か、臨機応変な対応を求められただろう昼間のテロ対応には駆り出されていない。一応、他の仕事をしていたということになっているが……。


「待て。やはり、兄弟がたくさんいるのではないか? なぜなら、俺ならばそのような金は払えそうにないからだ。一体、何杯のミルクが飲めることか? もったいないであろう」

「えっ、いえ……捕らえた者から、報告もありましたので……」

「なにっ。それはつまり……どういうことだ? やはり、金持ちなのか……?」


 まずい。会話が終わらない。

 何気にダルコールとは初めて接したプリシラだったが、これは予想以上だ。悪ふざけをしているのではない。巨魁の表情は、真剣そのものだ。しっかりと考えながら喋っていることが窺える。

 プリシラが焦る間にも、兵舎には慌しくブランダルの報告が寄せられていく。


「ブランダルが国外逃亡を企てているとの報告多数です。やはり目眩ましとして、偽者を多く仕立てているようですね!」

「無駄な足掻きを……足がなければ遠くへは行けん。周辺地域の馬車業者にも警戒を促すぞ」

「よし、行くぞ! 包囲網を張れ!」


 ダルコールについて『分かっている』のか、兵士たちは自分の判断で飛び出していく。


「フ……逃げられはせぬ」


 しかし自信に満ちたダルコールの含み笑いに、プリシラはおおっと頼もしさを感じた。やはり何だかんだで、『銀黎部隊シルヴァリオス』なのだ。


「兄弟がそんなにたくさんいて逃げ切れるものか! 兄でも弟でもよい、まず捕らえる! そして涙ながらにそやつを説得させよう! 完璧だ!」


 プリシラはガクリとうなだれた。

 そんな見習い騎士の思いも知らず、巨魁はどこか悟った口調で独りごちる。


「どちらにせよ、その……、……ブ……? が真に強き者であれば、生き延びることであろう。そうでなければ……ただ、消えるのみ。それだけのことだ」






「げ、へえぇっ、がっ、は……!」


 薄汚い格好をした無法者の男は、熱気を吸い込んだことで肺を焼かれたようだ。喚き散らしながら転げ回る。

 赤い髪に紅い瞳。獄炎が人の形を成したような青年は、つまらなそうに倒れた男を見下ろした。


「…………はー」


 心の底からうんざりとした溜息をつく。とどめを刺す気にもならず、ディノ・ゲイルローエンは転がる男を無視して歩き出した。


 もう一週間になる。

 あの『勇者様』なる小柄な少年に負けて、捕まって、働かされて。

 本日……つい先ほど、ようやく釈放されたところだった。まだ少々身体がだるい気もするが、問題はない。

 オディロンの「また来いよ!」という笑顔が鬱陶しいほどに眩しかった。

「もう来ねェよ」と悪態をつき、一週間ぶりの街を歩き始め、開始十五分で馬鹿に絡まれ、撃退して今に至る。


 敗北したディノに対する、無法者たちの襲撃。


 オディロンが懸念し、ディノもまた考えていたことではあった。

 しかしこうも予想を外れないとなると、もはや清々しい。

 正直、理解できない。『勇者様』に負けたからとて、ディノが弱くなっていた訳でも何でもない。今まで小さくなって縮こまっていた虫が、なぜ調子に乗るのか。

 この様子では、やはり仕事の依頼もパタリと来なくなるだろう。

 が、それもどうでもよかった。元々、金になど全く困ってはいない。アリッシアのために貯め込んでいた金が腐るほど余っている。


 薄暗い路地を抜け、裏通りへと出た。平常日だというのに、人の数は多い。

 ディノもオディロンに聞いてはいた。

 何でも昼間にテロがあったとかで、さらにはミディール学院の三位であるオプトの死体まで出てきたとのことで、えらく大騒ぎになっていたようだ。確かに昼間、城内の兵士がやけに多かった。

 皆、この非日常の空気に酔いしれているのだろう。


 ディノはガラの悪い人間がたむろする裏通りを抜け、さらに狭い路地へと入る。

 道を塞いでいる邪魔臭いゴミ箱を蹴り飛ばす。身体強化を施しているせいか、ゴミ箱は近くの廃屋の二階まで飛んでいった。

 裏通りのさらに裏手にある、金さえ出せば無法者だろうが何だろうが泊まれるボロ宿。ディノが連泊している安宿。


 ――その今にも崩れそうな建物の前に、男がいた。


「ディノ・ゲイルローエン殿とお見受けする」


 ディノは不快感を隠しもせず、チッと舌を打った。もう二人目が来た。

 が、この男の格好。ならず者といった出で立ちではない。

 ブラウン色の大きなマントを纏い、その下には――まるでどこかの騎士団のような、黒一色の服。なぜかその服は所々ボロボロになっているが、彫りの深い顔は余裕の笑みをたたえている。


「オレに何か用か」

「私は、ブランダルと申します。お目にかかれて光栄です、強大なる炎の『ペンタ』よ」

「何か用か、って訊いてんだろ」

「フ、これは失礼した。実はこの度、あなたにとある耳寄りな話を持ってきたのです。必ずや、興味を抱いていただけるかと思い、こうして参りました」

「ふーん。耳寄りな話ねェ……。で、どこで話す?」


 その言葉に、ブランダルと名乗った男はニッと笑みを返した。


「あまり、人に聞かれたい類の話でもありませんゆえ……そちらの路地で、宜しいですかな」






 宿から少し離れた、暗闇の小道。

 放棄され無人となった建物の数々。入り組んだ石の壁。その上を跨ぐ大きな橋が、周囲に色濃く影を落としている――いわば、都市の死角。細い路地を照らしているのは、遠くに設置された街灯のかすかな光のみ。

 先を歩いていたブランダルが足を止めて振り返る。互いの顔が辛うじて見える程度の薄闇。


「この辺りで宜しいでしょう」

「で、話ってのは?」

「あなたもレドラックの件で知っておられますな。他人の魂心力プラルナを移植できるという技術についてです。単刀直入に申しましょう。あの技術によって得られるのは、魂心力プラルナだけではありません。その者の神詠術オラクルをも奪うことができるのです」

「……へぇ?」


 さすがのディノもピクリと眉を上げた。


「かの技術によって、『ペンタ』が『ペンタ』の力を得られるとしたなら……どうしますか?」

「……ソレはつまり」

「そう。あなたのような強者が、他の『ペンタ』の力を得たならば――もはや、あなたは神にも等しい存在となる」


 その言葉を聞き、これまで露骨に興味のなさそうだったディノが、わずかに目を見開いた。


「あなたは選ばれたのです。どうでしょう? この話……乗って、みませんか」


 ディノと接触するにあたって当然、ブランダルは調べを済ませていた。

 標的である『ペンタ』の中でも、危険度の高いのがこの男だ。最強であることに固執し、傲慢で好戦的。それでいて、無気力で怠惰な一面も持ち合わせている。その性格は掴みづらく、金や女で懐柔はできない。

 だが、ごく最近になって敗北を喫しているという点。これが要点となる。

『最強』に拘るこの男ならば、間違いなくこの話に興味を示すはずだ。


「なるほどねェ。昼間、オプトの死体が上がったなんつって大騒ぎになってたみてーだが……オメーらの仕業ってコトか」

「いかにも。現在、オプトの魂心力プラルナの宿った部位は、我々が厳重に保管しています。移植は……いつでも、行えます」


 ディノは首筋を掻きながら、試すような視線を投げかける。


「クク……オメーらがどこの国の人間か知らねェが、バレたら戦争になりかねねェぞ?」


 その言葉に、ブランダルはフッと笑う。


「戦争、結構。問題ありますまい。――真の最強と化した、あなたが居れば。戦争が起きれば、あなたも思わぬ強者と巡り会えるかもしれませんぞ」

「つまり、仲間になれってか」

「簡単な取引ですな。私共は、あなたに力を提供する。あなたは、私共に力を貸す」


 超越者の笑みが、残虐な深度を増した。


「――いいぜ。乗ってやるよ。ちょうど今日から仕事もなくて、どうしようかと思ってたんだ」


 男も、笑みを深めながら答えた。


「フフ……話の分かるお方で助かった。では、我等の住処へご案内致しましょう。まず、来た道を引き返しますので」


 その言葉を聞いて、ディノはくるりと踵を返す。ブランダルに――背を向ける。


 ブランダルは心中で溜息をついた。

 予定と実際が、ここまで異なるとは思いもしなかった。まさかオプトに続き、ディノまでもがこう容易に落ちるとは。当初、一番楽だと思っていたリーフィアに最も手こずる結果となったようだ。


 ブランダルは腰に提げた剣を音もなく抜き放ち、無造作にディノへと歩み寄る。

 ダラダラと歩き始めたその背中へ、躊躇なく剣を突き刺した。

 ずっ、と確かな手応えがブランダルの腕を伝う。


「……?」


 感触が、妙だ。ブランダルは思わず飛び退く。


 ――確かに剣を突き刺し、その手応えも――

 自分の手にした剣を見て、ブランダルは目を見張った。



 鋭利だった剣先が、まるで飴のように融解している。



 それを認識した瞬間、剣を握った右手に焼けるような激痛が奔った。


「ぐっ、あが!」


 思わず剣を投げ捨てる。

 手には、ひりつくような痛み。

 熱だ。剣を溶かした熱が伝導し、ブランダルの手を焼いたのだ。熱や冷気に強い、白玲鉄びゃくれいてつ製の剣だというにもかかわらず。


「……チッ!」


 ブランダルは忌々しいとばかりに、未だ背を向けたままのディノを睨みつける。

 赤髪の青年は背中を見せたまま、肩を震わせた。――嗤っている。


「ク、ハハハ……引っ掛かってんじゃねェよ」


 ようやく振り返る。紅玉のような双眸をぎらつかせ、炎の『ペンタ』は嗤う。


「フフ……最初から、私を疑っていたという訳か。それなりに危険を察する能力はあるようじゃないか」

「危険? ハッ、笑わせんな」


 ディノは小馬鹿にするように笑いながら、


「ハエが目の前でチョロついてたとして、そんなモンをオメーは危ねェって思うのか? 虫が勝手に火の中に飛んで入ったってだけのこった」

「小僧が……」


 目に見えぬ、熱の薄幕のようなものを纏っていたのだと推察する。

 そう簡単にはいかなかったか。ならば、地力でねじ伏せるまで。希少な吸収属性を得た身。たかだか炎を操るだけの者に、負ける道理はない。

 ブランダルはひりつく手に治癒の術を施しながら、油断なく構える。


「『ペンタ』が『ペンタ』の力を得たら最強だぁ? アホか、オレは最初から最強だ。参るぜ、たまたま勇者クンにちっとばかし躓いただけで、襲ってくるバカが湧いてきたのはまだしも、ついには『もっと強くなってみませんか』ってな勧誘ときた。しかもそれもウソで、オレの部位狙い。ナメんのも大概にしろ」


 ディノはまさしく虫を払うような動作で右腕を一閃する。それに応え、暴悪な紅蓮が路地を舐めた。

 ブランダルは咄嗟に生み出した氷の壁で防ぎながら、大きく後ろへ下がる。

 ボンッと凄まじい音が路地に反響し、大量の蒸気が吹き上がった。同時、融けた氷が雨となってブランダルに降り注ぎ――


「ぐ、あ、ああぁ!?」


 思わずブランダルは絶叫した。降り注いだ飛沫。その雫が、灼熱と化していたのだ。

 痛みに呻く間にも、前方の闇に灯る一際大きな赤。右手に纏わせた獄炎を、今にも放たんとする『ペンタ』の姿。


「フ、フ……」


 ――愚か。強大な力を持つがゆえ、愚かなのだ。

 相手が自分に抗する手段を持っているかもしれない、などと考えもしない。安易に強力な一撃を放つ。その力を、そのまま返されるとも知らずに。


 その右腕に宿る炎を見て、『返せる』と判断した。

 もはや災害の域に達していた、リーフィア・ウィンドフォールの術とは比べるべくもない。あれも、多大な詠唱時間を費やして発動した現象なのだ。一対一の戦闘であれば、そもそもあのような大技は使ういとまもない。


 ブランダルは右手を突き出して構える。

『吸収』。上手くやる必要がある。迂闊に撃ち返し、ディノを焼き尽くしてしまったのでは意味がない。魂心力プラルナの宿った部位を残すため、上手く下半身だけ吹き飛ばすのが最良だろう。手加減というのも、楽ではない――


 ディノの右腕から、灼熱の波が放たれた。

 凄まじい速度で飛んできたそれを、ブランダルは構えた右手で受け止める。


「……、ぬ……!」


 さすがに強い。何気なく放たれた一撃であるにもかかわらず、凄まじいまでの威力を秘めている。が、受けきる。吸収する。

 強ければ強いほど、その力は術者に返るのだから。


「ふ、はは、は――」


 ――失せろ。己を特別な存在などと勘違いした、偶然の産物どもが。その力だけ奪って、ゴミのように放り捨ててくれる――!



 ぼひゅ、と音を立てて。

 ブランダルの右腕が、消し飛んだ。



「――――――あっ?」


 間を置かず、身体を突き抜ける衝撃。


「……、…………?」


 違和感に、首を下へと向ければ。



 右半分。腹部から胸部、そして右腕。

 それらの消失した、自分の胴体があった。

 身体に風穴が開いたその様はまるで、大口でかじり取られたパンのよう。



「……が、……あ、え、――」


 黒。

 ひたすらの、黒色。

 大きく、丸く穿たれた穴を中心に、身体が墨のような色へと変化してしまっている。

 かすかな炎の残滓が、チロチロと服にまとわりついていた。


 ――馬鹿、な。この……この、私が。こうも、容易く。


 治癒だ。治療、しなければ。

 いや、治るのか。治癒の術、程度で、これ、なお、


 ディノの声が響き渡る。


「オメー、クッソ弱ぇな。ガッカリだぜ」


 失望の溜息と共に、ディノの右腕に生み出される――膨大な、炎の剣。否、剣などと形容すべきではない巨大さ。まるで――炎の、柱。

 何の感慨も躊躇も容赦もなく。虫を払うような気軽さで、ぼん、と炎柱が横薙ぎに振るわれた。


 ブランダルという詠術士メイジが最後に見た光景は、視界に広がる一面の紅だった。

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