表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
4. レインディール・スペキュレーション
114/667

114. ノイズ

「ところで……お嬢さん。面白い話があるのですが……聞いてみますかな?」

「何かしら。とりあえず聞くだけなら」


 オプトは不敵な笑みを浮かべたまま、スリットから覗く長い脚を組み直した。

 キンゾルはゆっくりと告げる。


「脳、心臓、脊髄。これらの部位に魂心力プラルナが宿っており、それを他の人間に移植することができる。ワシはそう申しましたが――実は、それだけではないのですよ」

「へえ?」

「というより、レドラックが無能ゆえに発現しなかっただけでしてな。実はこの『融合』の真髄というのは――」


 怪老は、嬉々とした笑みで。



「――その者が保有する、神詠術オラクルそのものをも奪う。これなのです」



「――――、」


 オプトは絶句した。

 魂心力プラルナだけでなく、神詠術オラクルをも奪う?

 何だそれは。


 そんな彼女の反応が面白かったのか、キンゾルはその顔に刻まれた皺を一層深め、小柄な体躯を揺らして嗤う。


「信じられないのも無理はない。しかし、まさにそれを成しているのが私なのですよ」


 割って入ったのはブランダルだった。

 その言葉を証明するかのごとく――右手人差し指の先に、小さく揺らめく火を。左の指先に、パチパチと弾ける微弱な電撃を纏わせる。


「そ、れは……」


 絶対にありえないとされる、複数の属性。

 ブランダルという男は、いとも容易くそれを現実のものとしていた。


「ひっひっ……例えば……例えばの話なのですがね。この技術を用いて……『ペンタ』が『ペンタ』の力を取り込んだならば……どうなるのでしょうな?」

「――――」


 老人の言葉に、オプトは思わず沈黙する。


「率直に申しますと、今……二度とない好機が訪れとります。ミディール学院の四位たるディノ・ゲイルローエンは敗北によってその名声も堕ち、傷も癒えておらぬ状態。現在は城にて強制労働を課せられているそうですが、じきに釈放されます。そして五位、リーフィア・ウィンドフォール。これが……四日後、検査のために学院へ赴くことになっとるそうでしてな」


 間髪入れず、ブランダルがキンゾルに追従する。


「比較的容易に、二人もの超越者を捕らえられる機会といえるでしょうな」

「へえ……なるほどね……」


 オプトは思わず唾を飲み込んだ。

『ペンタ』が『ペンタ』の力を得たならば、どうなるのか。


 ――その疑問は、まるで禁断の果実。


 学院の『ペンタ』には特権というものが存在し、犯罪行為ですら黙認されるケースがある。

 だが、超越者同士の干渉――こと戦闘、暴力行為となると、少々厄介なのだ。場合によっては国に捕縛され、厳罰に処されることもあるという。さすがに過去、この禁を犯した者はいない。


(…………『ペンタ』の力を、『ペンタ』が得る……)


 しかし。目の前にぶら下がっている禁断の果実。

 甘美な味わいを齎すだろうそれは、耐えがたいまでに蟲惑の香を放つ。


 五位と四位の力を取り込むことができれば。

 いけるはずだ。規格外と評される一位や二位を飛び越え、国属の『ペンタ』たちをも超越し、あの……あの、ナスタディオ学院長に――

 追いつけなかった、あの背中。彼女と、対等の存在に――――


「……そうね。どうなるのかしらね……」


 オプトの唇が、裂けた傷のような笑みを刻んだ。


「ひっひっ……では――」


 にたりと笑うキンゾルに、オプトは――ひらりと手を振り、答える。


「……とまあ、興味はあるんだけど……やめとくわ」


 ――話を知った瞬間は正直、興奮した。

 力の序列が変わりかねない話だと。

 しかし、あまりにも現実的ではない。学院に所属している『ペンタ』が一気に二人も失われるようなことがあれば、確実に大騒ぎとなる。ましてそんな大事に外国の人間がかかわっていた場合、戦争にも発展しかねない。

 このブランダルという男。どこかの騎士団のような服装をしているが、明らかにレインディールの人間ではない。

 その横で不気味に笑うキンゾルという老人もそうだ。縁があって知り合った関係だが、そもそも得体が知れない。

 まさか本気で、レインディール相手に戦争でも仕掛けるつもりなのか。


 それに――


 ナスタディオ学院長のことが、脳裏をよぎった。

 あの人は、絶対に嫌うだろう。こんなこと。

 届かない。

 こんなことをしたところで、きっとあの人物には到底及ばない。無駄だ。友人でなくていい。生徒のままで。


 祭りの興奮が冷めたような気持ちで、オプトはテーブルから降りた。


「……ま、そういうワケで……私は帰るわ。期待に添えなくて悪いわね」


 くるりと背を向けて、歩き出す。


「いえいえ。謝ることなどありませんよ」


 オプトの背中にかかる、ブランダルの声。

 声と、


 どっ――、と熱い衝撃。


「…………、か、は……?」

「むしろ謝るのはこちらの方ですとも。あなたの全てを、貰い受けるのですからな」

「……う、」


 見下ろせば。

 腹から、尖った剣の先端が突き出していた。


「『ペンタ』とはいえ、所詮は精神的に熟していない小娘。容易に隙を見せるし、剣一本あれば殺せるという訳だ」

「…………、――」


 ――せん、せ――






 剣を引き抜くと、支えを失ったオプトの身体がどしゃりと床に崩れ落ちた。じわじわと、黒い血溜まりが広がっていく。


「フ、拍子抜けもいいところだ。……さて。では頼めますかな、キンゾル殿」


 剣の血糊を払い、上着を脱ぎながら、ブランダルは奥まった部屋へと移動する。

 控えていた研究者たち二人が息絶えたオプトの身体を抱え、ブランダルの後へと続く。部屋の中央に位置する寝台へ死体を横たえた。

 まだ柔らかく温かいオプトの肌に、キンゾルがしわがれた指を這わせる。


「ひっひっ……ふーむ……」


 探るように顔、頭、胸、首筋のあたりをなぞり――


「ふむ。脳……じゃな」


 魂心力プラルナが宿っているだろう部位に、あたりをつけた。

 キンゾルのしわがれた指が白く輝く。オプトの頭部に添えられたその指先が、刃物よりも滑らかに、血の一滴すら流さずに、頭の中へと沈み込んでいく。


「これかの」


 そう言ってキンゾルは、オプトの頭部に潜り込ませていた手を引き抜いた。

 指を突き入れたときとは対照的に、鮮血がぬちゃりと糸を引く。大きく穿たれた頭部の穴から、鮮血と共に脳漿が零れ出した。

 キンゾルの手には、血に濡れた、千切り取った脳の一部が握られている。


「では頼みますぞ」


 上半身裸となったブランダルが不敵な笑みを浮かべる。キンゾルはひっひっと笑うと、手にした脳の一部を握ったまま、ブランダルの腹部へと拳を突き入れた。水に手を浸すかのごとく、手首が何の抵抗もなく潜り込んでゆく。


「ぐ……、ふっ」


 ブランダルが歯を食いしばる。

 キンゾルがゆっくりと腕を引き抜くと、ブランダルの腹部から鮮血が溢れ出した。控えていた研究員たちが、すぐさま縫合作業に入る。浄化の術と回復の術を使い、傷を縫い止めていく。


「フ、フ……呆気ないものでしたな」

「ひっひっ……ブランダル君。これで君も、ある意味で『ペンタ』じゃな。いや……それ以上か。この調子で、残る二人の回収……頑張りたまえよ」






「…………む」


 ブランダルは冷たい暗がりの中で目を覚ました。下水独特の異臭が鼻をつく。


 夢を見ていたようだ。

 数日前、オプトを殺し、その力を奪ったときの夢。不思議なことに、死ぬ直前のオプトの思考が流れてきていたような感覚すらあった。こんなことは初めてだ。これも後ほど、キンゾルに報告しておくべきだろう。


 ブランダルは、いわば『適合者』だった。

 魂心力プラルナの宿った部位を奪うことのできるキンゾルの技術だが、誰もが力を手にできる訳ではない。

 レドラックのように神詠術オラクルの才覚がない者はその恩恵も薄くなる。かといって才能に恵まれた者であっても、『融合』によって拒否反応が起こり、死亡することもあった。


 ブランダルは詠術士メイジとしては凡庸だったが、この技術との相性が良好だった。

 そうして六人分の魂心力プラルナが宿った部位を『融合』し、さらにオプトの力をも手に入れた。

 しかし、強大な力は順応に時間がかかるのか。

 オプトには周囲の生物の魂心力プラルナを吸収するという暴悪な術があるのだが、ブランダルには未だ使いこなせていなかった。無理に使おうとすれば、全身に得体の知れない悪寒が走り、頭痛や吐き気に苛まれることになる。自分の身体が自分のものでなくなっていくようなあのおぞましい感覚は、二度と味わいたくない。


「……ち」


 右手の指を動かす。時間がかかったうえに未だ不快感が残るが、砕かれた指はひとまず動かせるまでに回復していた。


 ――あの小僧、舐めた真似を……。

 神詠術オラクルを放つかと思いきや飛来したのはただの小石で、しかもそんなものに指を砕かれたことが腹立たしい。まさか、吸収されることを予見していた訳ではないだろう。となれば、真っ当な攻撃術に自信がないため、身体強化を施してつぶてなどを放ったのだ。雑魚め。必ず殺してやる。


 ジンディムたちは全滅した。

 本来であれば同志らが騎士団の注意を引きつけ、その隙にブランダルが『ペンタ』を強奪する手筈だった。

 少々動きづらくなってしまったが……しかし、問題はない。『ペンタ』の力を内包しているのは自分だ。

 この力に惹かれ、賛同する者は山ほどいるだろう。弱者が容易に強者へと変貌できる、夢のような可能性を秘めているのだから。

 このブランダルさえいれば、ノルスタシオンを存続させることは可能だ。やがては、シュメーラッツ・イーアを甦らせてみせる。


 まずは、残る二人の『ペンタ』の回収――なのだが。

 リーフィア・ウィンドフォールに至っては今回失敗してしまったことで、回収が難しくなる。今後、警護も厳しくなるはずだ。最悪、諦めることも考慮しなければならない。


 となれば、次は――ディノ・ゲイルローエン。

 捕縛されて城で強制労働中だが、まさに今夜解放される予定だと調べもついている。

 今回の件で、しばらくは王都の警備も厳重になるはず。速やかに奴だけでも回収し、一時撤退するべきだ。


 ブランダルは懐を漁り、金の入った袋を取り出した。

 今の自分は追われる身。ゴロツキを雇い、己の偽者に仕立て上げて時間を稼ぐ。国外逃亡すると偽の情報を仕込み、兵の注意をそちらへ向ける。

 ほんの一時間程度の時間が稼げればよい。それで充分だ。


 ブランダルは潜んでいた暗い穴倉を抜け出し、闇に包まれた地下の下水道を歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=931020532&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ