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終天の異世界と拳撃の騎士  作者: ふるろうた
4. レインディール・スペキュレーション
108/672

108. 少年は往く

 アルディア王は左手首と指の数本を骨折していたため、今はケッシュによって治療を施されていた。

 そのケッシュも、顔の左半分を包帯でぐるぐる巻きにしている。包帯には血が滲んでおり、あまりにも痛々しい。明らかに王のケガより深刻だった。やはりディーマルドと同じく狂人化で暴れ出したフェル・ダイ相手に交戦し、傷を負ってしまったのだという。

 アルディア王の目論見通り、そんなフェル・ダイを相手にしても勝利はしたようだが……。


「ケッシュさん……そのケガ、大丈夫なんすか? もう見てる方が痛ぇ」

「はい、自分は平気です。回復は、得意とするところですので」


 銀黎の騎士はにこりと微笑み、露出している右目を細めた。

 ケッシュの属性は水。ベルグレッテを遥かに凌駕する回復術の使い手だそうで、流護はアルディア王の薬指の腫れがみるみる引いていく様を見て、ビデオの巻き戻しみたいだと感心するしかなかった。

 フェル・ダイが暴れ出した際にも兵の一人が致命傷となる攻撃を受けてしまったそうだが、ケッシュの回復術により持ち直しているという。


「か~、相変わらず上手ぇもんだなケッシュよ。けどまぁ、どうせ回復の術かけてもらうんだったら、やっぱ男よりゃ女の方がいいわな。男に手ぇ握られてもよぉ……それにちょっとぐれぇたどたどしくて下手な方が、逆にソソるってモンだ。そうは思わねえか、リューゴよ?」

「え? は、はあ……」

「まァ今は、クレアの奴に治療してもらいてぇ気分だな。『陛下のこと嫌いですプイッ』なんつってもよ、俺が王として命じれば、規律を重んじるクレアちゃんは嫌々ながらも従う訳だ。かーっ、たまらんなオイ!」


 ハラスメントです、王様。


 流護は何となく美術館へ視線を向けた。

 荘厳な雰囲気の建物は沈黙を保っている。ナスタディオ学院長が館内へ入ってから、どれほどの時間が過ぎただろうか。十分も経っていないはずだが、馬車が入っていったのが随分と前のことのように思える。


 そこで、美術館の扉が勢いよく開け放たれた。

 当たり前のような軽い足取りと共に、その出入り口から出てきたのは――


『はーいみなさんこんにちはー! ミディール学院が誇る美人学院長、ナスタディオ! ナスタディオ・シグリスでございまーす!』


 声を神詠術オラクルで増幅させて、選挙の挨拶みたいなセリフと共に颯爽と現れたのは、金髪メガネに白衣姿のスタイル抜群な美女。ナスタディオ学院長その人だった。


『はーいみなさん! 五年前みたいに、アタシが美術館に巣食ってたテロ野郎どもを制圧しちゃいました! ハゲ坊主に仕掛けられた神詠術爆弾オラクルボムも解除済み! 完璧すぎてゴメンナサイ! もう大丈夫なので、お集まりのみなさん、各自お気をつけてご帰宅なさってくださいませー!』


 両手を振りながら笑顔を見せるナスタディオ学院長。民衆たちが困惑したようにざわめき始める。


「…………」


 あまりの軽さに、流護もつい唖然としてしまった。


 それはそうだ。交渉に交渉を重ね、犠牲者を出さないよう何時間もかけて慎重に立ち回ってきて、武装馬車が美術館へ入っていって、さあ次はどうなる――というこの局面で、いきなり出てきた学院長に「テロは鎮圧しました」などと言われても――

 しかしすぐに人々からまばらに拍手が上がり始め、やがて大きな歓声へと変わっていく。


 流護たちに気付いた学院長が、軽くウインクを見せて手を振りながらやってくる。が、彼女は瞬く間に歓喜する民衆たちによって囲まれてしまう。

 流護の近くに立っている農民らしき男性二人の会話が聞こえてきた。


「さっすがだなやナスタディオ学院長様は。五年前もそうだったし、頼りになるお人だべや。……でんも、いつ美術館さ入っていったんだべや?」

「しっかしとんでもない別嬪さんだのう。一回でいいから夜の授業をお願ぇしてえもんだのう。オラの爆弾も解除してくんねえべか。グヘヘヘ」

「おめさんのはシケた薪じゃろがや」


(……そうか)


 ナスタディオ学院長は、五年前にもテロを鎮圧している。人々が信じるだけの実績がある。

 それだけではない。アルディア王にしろ学院長にしろ、流護の知らない過去の功績があるのだろう。きっとこんな風に、今までも幾度となく脅威を打ち払ってきているのだ。

 学院長が美術館から出てきたという事実が、こちらの完全勝利を意味している。そう、皆が認識するほどに。


 流護たちの下へ来ようとしている学院長だが、中年女性に涙ながらに泣きつかれて礼を言われていた。


「ありがとうございます! 将来、是非とも娘を学院に入れたいと思いますので……!」


 期せずして、学院の宣伝にもなっているようだった。

 人波に揉まれながらも、ようやく流護たちのところへたどり着いた学院長は、いつの間にかその腕に赤子を抱いていた。


「やー、人気者はつらいわー。お待た……」

「キャッキャッ! だー!」

「って、ちょっとこの子どこの子!? お母さーん!?」


 揉みくちゃになっている間に、どさくさに紛れてどこかの赤ちゃんがすっぽり収まってしまったようだ。ってそんな馬鹿な。

 慌てて赤子を迎えにきた若い母親が、「この子も、将来学院へ入れられたらと思います!」と頭を下げる。

 学院長は「やー、この子が来る頃にはアタシもウン歳かー……まだ学院長やってるかなぁ」と苦笑いを見せていた。

 そんな彼女へ向かって、ケッシュが背筋をピンと伸ばしながら敬礼の姿勢を取る。


「に、任務は無事完了したのですね。お疲れ様です、ナスタディオ学院長」

「うむうむ。ケッ……、いやボッシュくんも痛々しいケガしちゃって。大丈夫なのそれ? ご苦労であーる」

「あの、ケッシュで合ってます……」


 小声でうなだれるケッシュをよそに、学院長は流護へと向き直った。


「それはいいとして……リューゴくん。キミ、通信の神詠術オラクルとかも使えないのよね?」

「え? あ、まあ。つか何も使えませんけど」

「おけ。んじゃこれで……っと」


 学院長はおもむろに右手を胸の高さに掲げ、手のひらを上に向ける。

 次の瞬間――その手から、淡い光を放つ球体が浮かび上がった。大きさはバレーボール程度。白く輝きながら、ふわふわとその場に滞空している。学院長は暖を取るみたいに、浮遊する球体へ向かって手をかざした。


「……きれいすね」

「えっ……や、やだボーヤったら。何いきなり口説いてんのよ~。お姉さんの活躍を見て、キュンとしちゃうのは分かるけどっ……この、オマセさんっ」

「きれいですね、この光の球は。何ですか、これは」


 微塵も間違えることのないよう、ハッキリと言い直してやった。


「……チッ……。これは、アタシ独自の術。名付けて、『追跡球』ってトコかしら」

「追跡球……? 何でいきなりこんなものを」


 流護の疑問に学院長は真面目な顔で頷き、アルディア王にも視線を向ける。


「今現在、おそらくベルグレッテたちが敵の残党と交戦中よ」

「!」


 流護が息をのみ、アルディア王がわずかに眉をひそめる。


「な、なっ、何ですって!?」


 ケッシュに至っては動揺もありありと声を裏返していた。


「あの子たち、この場にいないわよ。通信も切断してる。キャンプに飛ばしてみたら、どうもあの子たち、リーフィアを帰そうとして出かけちゃったみたいね。んで、そこを襲撃されました、と」

「な……、」


 少年は驚きのあまり呻いてしまう。てっきりこの場にいるものだと思っていたのだ。


「迂闊な真似をする子たちじゃないし……外にいた物見役の敵に誘導された可能性も高いわ」


 学院長はフワフワと浮かぶ白い球体に手をかざしながら続ける。何らかの念を込めているようにも見える光景だった。


「あの子たちの反応が、リーフィアの屋敷とは全く別の場所で停止してる。多分そこで、敵と交戦してるのね」

「ちょ、早く行かねえと……!」


 さすがに流護も動揺を露わにする。


「まー落ち着きなさい。この追跡球は、アタシでも発動までに時間がかかるのよ。怨魔の索敵とかは比較的誰でも使えるんだけどね、この術はちょっと勝手が違うの。今も、喋りながらリーフィアの位置情報を記録させてるトコよ」


 光の球に手をかざしながら言う学院長の額には、わずかながら汗の珠が浮かんでいた。

 これも『詠唱』と呼んでいいのか、それにしても『ペンタ』である学院長が汗を流して集中している様子を見るに、かなり高位の神詠術オラクルなのかもしれない。


「で、リューゴくん。術が完成したら、この光の球が動き出すわ。リーフィアのいるところに向かってね」

「つまりこの球についてって、ベルグレッテたちを助けに行けと」

「そゆこと。テロが片付いてこれから道の混雑もひどくなるでしょうし、馬車は頼りにできないわ。自力で走ってもらうことになるけど、身体能力に秀でたキミなら、誰よりも早くあの子たちのところへ辿り着ける。できるわよね?」


 流護が頷きかけたところで、ケッシュが慌てたように口を挟んだ。


「そ、そっ、それならば、自分も一緒に……!」

「何言ってんだケッシュ、そのケガでよぉ」

「しっ、し、しかし……」


 無論、流護も落ち着いてはいられないのだが、先ほどからケッシュの狼狽ぶりがただごとではない。もっと冷静な人物かと思っていたのだが――


(……あ)


 そこで流護は、クレアリアが馬車の中で言っていたことを思い出した。


『学院の中だけでも、姉様に想いを寄せている方は両手の指では数え切れないほどいますし。城の騎士にだって、心当たりが何人もいます』


 ……むむ。そうか。そういうことなのか。


「あ、ああ……ベルグレッテ殿……心配だぁくっそ……」


 くっそ……? 聞き間違えだろうか。しかしともかくとして、『その予想』は的中しているようだ。

 早速身近に現れたライバルに、少年はつい対抗心を燃やしてしまう。


「大丈夫ですケッシュさん、俺が……俺が! この俺が! 何とかします! ので!」

「っ……、お、お願いします……」


 ケッシュはガクリとうなだれた。

 この反応でも分かる。ケッシュは、いい人なのだ。物腰も柔らかくて良識人そうだし、怒ったりする場面が想像できない。あのフェル・ダイを相手に、どう立ち回ったのか気になるところだ。騎士らしく正々堂々と闘ったことは想像に難くない。

 流護は内心でケッシュにすいませんと謝りながら、でもベル子は渡せねえしゴニョゴニョ……とも思いながら、その場で手首足首を回しつつ準備運動を始めた。


「リューゴくん、どのくらいの速さで走れる? 速いんでしょ? 球に移動速度を記録するから、参考までに教えて」

「え? えーと……全速力なら、馬と同じぐらいみたいすけど」

「う、馬!?」

「馬ですか!?」

「馬並みだと!? そいつぁデケェな!」


 明らかに違う意味合いで発言している人物が混ざっているが、そこはあえて聞かなかったことにする。


「がははは! まぁ馬並みだってんなら、どっちにしろついて行けんわな、ケッシュよぉ」

「は、はい……」


 アルディア王は笑いながらケッシュの心の傷口に塩をすり込んだ。


「よし……もうすぐよ。リューゴくん、準備はいい?」


 流護は足首のストレッチをしながら、顔を上げて頷く。


「――いつでも大丈夫です。すぐに敵ブチのめして、みんなを連れて戻ります」


 その言葉に、アルディア王と学院長は「ヒュゥ」と口笛を吹く。


 少年は大きく深呼吸し、気持ちを落ち着ける。

 敵の実力は未知数。しかし単騎でリーフィアを襲撃するぐらいだ。フェル・ダイやディーマルドに匹敵する実力を持っているだろう。

 しかしベルグレッテたちも、見習いとはいえ手練だ。簡単に負けるようなことはない。たどり着くまで持ち堪えてくれるはず。

 とにかく、今は信じるしかない。


「よし、発動十秒前。……『この子』は道なりに最短距離を飛んでリーフィアのところまで行くから、見失わないように。ヨロシクね」

「分かりました」


 宙に浮かんだ光の球が、かすかに震え出す。


「……リューゴくん」


 呟くような学院長の声に、流護は視線を向ける。


「アタシの、教え……、あーいや、あの子たちのこと、お願いね」


 なぜ、『そこ』を言い直したのだろう。

 そんな、泣き笑いのような顔で。

 この人物がこんな顔をすると思っていなかった流護は、少し驚きながらも――はっきりと頷いた。


「了解っす。学院長先生の教え子たちは、俺が無事に連れ帰りますんで」

「…………っ」


 学院長はメガネの奥の瞳を見開く。美しい鳶色のまなこには、珍しく驚きの感情が浮かんでいる。

 そんな彼女が小さく「ありがと」と答えると同時、追跡球が意思を持ったようにスッと動き出した。


「!」


 速い。が、急いでいる以上、適切な速度でもある。先ほど伝えた流護の全速力から、長距離を走ることを想定して計算された速度なのだろう。さすがはミディール学院の長にして『ペンタ』というべきか。

 人波をすり抜けて飛んでいく光の球に、人々から驚きの声が上がる。


「っし、行ってきます!」


 学院長やアルディア王たちに見送られ、流護は追跡球を追って駆け出した。

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