106. 金色のスワロウテイル
アルディアを仕留めることこそ叶わなかったが、ディーマルドを奴と闘わせるという目的は達した。
ナスタディオの急襲により、同志たちを伴うことは断念。となれば術を解放し、混乱に乗じて自分だけがこの場から退避する。上手くいけば、超人化によって力を得たディーマルドがアルディアを討ち取ることもありえる。そうなれば、奴も本望だろう。
すでに充分すぎるほどの時を稼いだ。アルディアや兵士たちの目も、完全にこのテロへと向いている。あとは速やかにこの場から離脱し、あの案件に取りかかっている同志の補佐に回る。用が済み次第、速やかに身を隠す。
仲間を多く失う結果になってしまったが、計画の本筋そのものには何の問題もない。
平常日の真昼に堂々と発生したテロ。その首謀者を取り逃がしたとなれば、アルディアの信頼も大きく揺らぐ――
はずだった。
「――――――な、に」
ジンディムは目を剥いて硬直していた。
超人化にて、至高の戦士となった二十名もの同志たち。今の彼らは、近接戦闘においてまさに絶対の強さを発揮する。かのガイセリウスとて、単騎で彼らを打ち倒すことなどできはしないだろう。
そんな同志たち、ノルスタシオンの勇士たちが――
一人残らず、床へ倒れ伏していた。
死んではいない。全員が芋虫のように身体をよじり、這いつくばり、立ち上がろうともがいている。
今の彼らは痛みを感じない。そのような感覚に屈する者たちではない。そんなものでは止められない。
しかし、立ち上がることができないのだ。
なぜなら、全員が――足首から下を、切断されているから。
周囲に転がった、四十もの『足』。大量のブーツが脱ぎ散らかされているようにも見える光景。
しかし『中身』が入っていることの証明として、それぞれ靴の履き口からは赤黒い液体がぶちまけられていた。
床の上で蠢く男たちを見下ろして立つのは、一人の女。
「――ンフフ」
ナスタディオ・シグリス。
その顔には、身体には、傷ひとつついてはいない。その顔にも、白衣にも、返り血すら浴びてはいない。その手には、何も持ってはいない。
となれば、神詠術以外にはありえない。が。
「貴様……、何……を、何をした!?」
分かってなお、陳腐な言葉がジンディムの口をついて出た。
目を離したのは一瞬だった。窓際から外を眺める、ほんの数秒。その間に――
ナスタディオへ向かって一斉に殺到したはずの、二十名の同志たち。その全員が、申し合わせたかのごとく床へと崩れ落ちた。
つまり。何らかの術によって、二十名全員の足首が切断された。おそらくは、たったの一撃で。わずか、数秒の間に。
――ありえない。これは幻覚か。
否、それこそありえない。幻覚によって麻痺する脳が回復するまでには、最低でも五分ほどを要する。
ならば。ならば、これは――
「悪い夢なんか見て、ハッと目ぇ覚ましてさー。『何だ夢か、よかった』って思ったことない?」
女は、どこまでも軽い口調で問いかける。
「ねぇ? コレが夢なら……幻覚なら、よかったのにね」
――これは、現実なのだと。目の前の怪物は、そう微笑む。
「…………、」
ジンディムは油断なく、一撃の準備に入る。
――むしろ当然だ、と考えろ。
幻覚という神詠術によって幾多の功績を残しているナスタディオだが、当然ながら幻惑するだけでは敵を倒せない。
五年前、魔闘術士らをたった一人で壊滅させているのだ。幻を見せた後、素早く敵を無力化する術を持っていて当然。
ナスタディオが何をしたのかは分からない。しかし自分とて、自らが操る傀儡に劣るつもりはない。
相手が超越者であったとて、当たれば倒せると自負する神詠術も心得ている。世の中には、『ペンタ』を上回る攻撃術を会得している者も存在する。ジンディムは己がその一人であると自認していた。
一度幻を見せられている以上、少なくとも数分間、ジンディムに幻覚は通用しない。
となればこれから始まるのは、純粋なまでの神詠術の撃ち合いだ。その点において、劣るつもりなどない。
しかしいかに強力な術者であったとしても、絶対に埋まることのない『ペンタ』との差というものが存在する。
それは、詠唱時間。
どんなに強力な術を扱えようと、詠唱中に消し飛ばされてしまったのでは無意味。
逆をいえば、その差さえ埋めることができれば――
詠唱に必要な時間は約一分。何としても――稼ぐ。
「ねぇ。アタシが幻覚を見せるのは――嘘をつくのは、どうしてだと思う?」
『ペンタ』の女は余裕の態度を見せる。それは、強者の余裕。絶対的優位に立ったがゆえの、傲慢。
時間を稼ぎたいジンディムとしては僥倖だった。
「そのほうが幸せだからよ。アタシという人間の真実を知るよりも。幻覚を見ていたほうがね」
――あと四十秒。
「貴方はこの騒ぎを起こすに当たって、アタシのことをどのくらい調べたのかしら。アタシという女のコトを、どの程度知っているのかしら?」
妖艶に微笑む金髪の女。
残り数十秒の詠唱を完遂するため、ジンディムは戯言に付き合う。付き合いながら、油断なく集中を深めていく。
「……ナスタディオ・シグリス。年齢は三十三。希少な光属性持ち。二つ名は『幻儚』。ミディール学院の長を務める、レインディールが誇りし十三名の『ペンタ』が一角。その奥の手たる幻覚は凶悪無比。私はこの任務において、アルディア以上に貴様を警戒していたよ」
残り、二十秒。
「んーむ。そうねぇ……十点ってトコかしら」
「何?」
「評価できるのは、アルディア王以上にアタシを警戒してた、って部分だけかな~」
「……?」
――五、四、三、
「まず……アタシの奥の手が幻覚。これは間違い。別に奥の手じゃない。レインディールが誇る『ペンタ』の一角。これも間違い。むしろアタシが主役。いやまぁ、バラレ婆なんかは死ぬほど苦手だけど。属性は……まあ光ね。年齢が三十三。ふざけんな、心は十七よ。そして――」
詠唱を完了したジンディムは、
「――アタシの名前がナスタディオ・シグリス。これも、間違い」
危うく、術の集中を欠きそうになった。
「……? 何を、言っている……?」
準備は終えた。あとは一撃を放つだけ。
自分は『ペンタ』でなくとも、一流の詠術士だ。当てさえすれば、誰であろうと倒せる自信はある。
だというのに――噴き出す。警鐘のように。全身から、冷たい汗が。
「さっき言った通りなのよ。アタシは相手に絶望を与えないために、幻覚を見せる。嘘を吐く。悪夢でも見てたほうが、きっと幸せだから」
女は笑いながら、その身を包む白衣に手をかけた。わずかな衣擦れの音と共に、白い上着がストンと床に落ちる。
「……、…………ッ」
ジンディムは瞠目する。
白衣を脱ぎ捨てたその下。袖なしの茶色い上着に包まれたその上半身。浮き上がる身体のラインは、明らかに異常だった。
両腕には、おびただしい数の古い傷跡。その腕は女という性別相応に細いが、名工が鍛え上げた武器のような、洗練された印象の筋肉を宿している。
割れた腹筋は服の上からでも分かるほどに浮き出ており、一切の無駄が感じられない。
優美な曲線を描く胸の膨らみがなければ、女の身体とは思えないほどだった。明らかな実戦の末に作られたであろう、その肉体。
ジンディムは先ほど、剣を持っているナスタディオを見て、「それなりに剣も使えるのか」と思った。
しかし、違う。
白衣を脱いだその姿。鍛え抜かれたその肉体には、剣ほど似合うものはないだろう。
「――アタシという『現実』を前にした者の前には、絶望しか残らないの」
嗤う女の瞳が、濁る。
どくり、と。何かおぞましい不純物を混ぜ込んだかのように、ナスタディオの瞳が――鳶色をした何の変哲もない両眼が、その色を変えていく。
たっぷり十秒ほどをかけて。
ナスタディオの両の瞳は、侵されたように金色へと変化した。
美しい、とは程遠い。ひどく濁った――闇のような黄金色。
「なん、だ。お前は……何だ……?」
ジンディムは、ただ呆然と呟いてしまっていた。
『ペンタ』であることを買われ、苦労もせず学院長という職に宛がわれただけの、幻覚しか能のない馬鹿な女。
それが、ナスタディオ・シグリスだと認識していた。油断さえしなければ、勝てる相手だと思っていた。
では、何なのだ。
屈強なノルスタシオンの同志たちを一撃の下に叩き伏せ、まるで歴戦の戦士がごとき肉体を有し、両眼を金色へと変化させた『これ』は、一体何者なのだ。
――幻惑を……いわば嘘を得意とする『ペンタ』、ナスタディオ・シグリス。
その存在すらも、嘘だというのか。
「あれ、もしかして」
黄金の女は、そこでようやく気付いたとばかりに自らの顔を撫でる。
「アタシ……色、変わっちゃってた? ンフフフフフ」
赤い舌をチラリと覗かせ、吐息混じりの声でナスタディオは妖艶に笑う。まともな状況であれば、蠱惑的に感じられる仕草であったかもしれない。
しかし。
ただひたすらに、ジンディムの熱は下がっていく。脳髄が、身体が冷え切っていく。
何か選択を間違えて、触れてはいけない何かに触れてしまったかのような。開けてはならない匣を開けてしまったかのような。
禁忌とでもいうべき領域から覗くは――暴悪な怨魔のごとき、その瞳。
「いけないわねー……。アタシってば嘘つきなはずなのに、身体は正直なの」
細い指で顔を覆いながら、ソレは告げる。
「――お気に入りの相手を前にしちゃうと。目の色が、変わっちゃうの」
熱い吐息を吐き出しながら、金色のソレは決壊したように言葉を溢れさせる。
「貴方には、資格があるわ。アルディア王との化かし合い。アタシがいなければ、王は美術館に総員突撃を仕掛けてたかもしれない。けどそんなコトをしてれば、狂人化した兵たちによってかなりの損害を被った可能性もある。腹黒オッサン同士の駆け引きは、最終的には貴方の方が上だったとアタシは評価するわ。そのうえアタシの幻覚を破り、『光』を使わせるところまで追い込んだ。目の色が変わるところまで、追い詰めた。久しぶりの……、はぁっ」
ほとんど本能だった。
これ以上、踏み込んではいけない。対峙していてはいけない。
余裕を見せる相手に対して、己に油断はなく。
ジンディムは、己が術を解き放つ。
「――吐かせ、化物」
ジンディム・トルストイの属性は、雷。
任務の性質上、超人化の他にも遠目や精度の高い通信、多彩な罠など補助的な神詠術を主とする。
しかし、雷を駆使した攻撃術の精度もまた群を抜いていた。
かつてシュメーラッツ・イーアにて最強の術士と称されたその腕は、今も鈍るどころか進化を続けている。
ノルスタシオンにおいても、近接戦のディーマルド、遠距離戦のジンディム。そう二分されている。
神速の剛雷を放つべく――ジンディムの手が、抜き撃ちの速度でナスタディオに照準を合わせる。
己が迅雷の速度は、刹那をも優に超えると自負していた。
なれば――――それを表現する言葉は、何だったのだろう。
突然。支えを失ったように、べしゃり、と。
ジンディムの身体は受け身を取ることすらできず、うつ伏せになって美術館の床へと倒れ込んだ。
受け身を取ることができなかった理由は至極簡単。
腕が、ないからだ。
いつの間に、何が起きたのか。
その切り口は袈裟懸けのように、右肩から斜め下へと。すっぱりと両断され、二つに分かたれたジンディムの身体が、思い出したように赤黒い奔流を噴き出し始めた。見えぬ斬撃が、血液の噴出速度を上回っていた証であるかのように。
「ねぇ? 悪夢でも見てたほうがマシだったでしょ?」
金色の瞳を光らせ、屈託のない笑みすら見せるその存在を、男は顎を浮かせ辛うじて見上げる。
女は手の甲を見せてバッとその右手を開いた。ただの女が、爪装飾を自慢するのと同じ仕草。その五指に、ゆらりと白い光が灯る。
「これで見える? 幻覚なんてのはアタシにとって、副次的なモノにすぎない。このアタシ――ラプソル・エインディアの真の力は、『切断する光』。アタシの光は、全ての存在を両断する」
ラプソル・エインディア……?
聞いたことがある。それは、二十年近くも昔に戦場を駆け抜けた傭兵の名だ。金色のラプソル。
遥か南の地にて、最年少にして最強とも謳われた一人の詠術士。当時、未知の怨魔も多数徘徊しているといわれた『南の大熱砂』を開拓するにあたり、絶大な貢献を果たしたという。
「あっ。ちなみに、アタシがラプソルだってのはアルディア王しか知らないからね。内緒よ?」
そうか、アルディアめ。こんな隠し玉を飼っていたのか。一部では生ける伝説とも呼ばれる傭兵を。
そんな怪物を相手に、
「ふ、は……、は、は――っはははは!」
出し抜くことができるとは。
その身を両断されたジンディムは、血飛沫と共に哄笑を撒き散らす。
「……うーん?」
ナスタディオ――否、ラプソルが訝しげに眉をひそめる。
「ふ……先程、貴様自身が……言った、だろう。この件の裏で……進め、ている……案件が、あるのでは……ないか、と」
死ぬ。自分は、もうすぐ死ぬ。
ならばせめて、この女の悔しげな顔を眺め――かのラプソルより優位に立ったという事実を胸に、堕ちてゆくのも悪くはない。
「我等は――貴様、の、学院……の『ペンタ』、オプトを……すでに、手中へと収めているぞ」
血反吐を垂れ流しながら、ジンディムは無理矢理に笑みを形作ってみせる。
しかし。
「あそ」
ラプソルの返事は、ただそれだけだった。わずかに鼻白んだジンディムは、怒気すら込めてなおも言い募る。
「はっきりと……言わ、ねば、分からんか、売女め。オプトを……我等が、殺したと言っているのだぞ……!」
「分かってるわよ、二回言わなくていいってば。もう脳に血が回ってないのかしら。……にしても、通信が繋がらないなー、とは思ってたけど」
気だるそうな溜息をつき、
「背後にいるのは、話題のキンゾルとかいうおじーちゃんでしょ。時期的に。例の『融合』って技術のために、貴方たちは『ペンタ』の臓器を手に入れようとしてる。それがテロの裏で進めてた案件ね。むしろこのテロは、そのための隠れ蓑」
金色の瞳をした女は、金色の髪をかき上げ、読み上げるように続ける。
「一位と二位は能力の解明が進んでいない。且つ一位は警備も厳重な屋敷住み、しかも王都からは遠い。二位は住所不定。共に実力も未知数、狙うのは後回し。四位は城で強制労働中、今夜釈放予定。これも後回し。となると――次の標的はまともに戦闘もこなせず、かつ今この近くにいる五位。貴方たちが今日という日にコトを起こしたのもこれが理由よね。屋敷に帰る途中のリーフィアを襲撃し、夜には釈放されるディノを襲うつもりだった。『ペンタ』が襲われるという大事件を目立たなくさせるために、そちらに兵力を引きつけるために、テロというより大きな事件を起こした……ってとこかな?」
ジンディムは目を見開く。
ただ「オプトを殺した」と告げただけ。動揺した顔を見るために。だというのに、
「そ、こ、まで……」
「それで学生を狙うってあたりが、何だか小悪党よねぇ。ま、手に入れやすい力から狙おうって魂胆なんだろうけど。どうせなら、最初からアタシのトコに来れば喜んで相手してあげたのに」
ジンディムはニヤリと笑う。右頬の傷痕を撫でようとしたが、腕がないためできなかった。
「心配、す……るな。我等、は……影に潜み、徐々に、力をつける。やがて……貴様、に……も」
「無理よ。もう、このアタシが知っちゃったんだから」
赤い唇を舌で舐め上げ、金色の女は告げる。
「悪いコトってのはね。見つからないようにやらなきゃダメなのよ」
わずかに、ラプソルの指が動いた――ように見えた。
――すまぬ、同志よ。後は任せたぞ。
さあ。運良く生まれついただけの傲慢な『ペンタ』など、道具として使い潰してくれよう。部位として神詠術を提供するだけの価値しかないということを証明してやろう。
喰らえ。傲慢な、力に溺れし『ペンタ』たちを喰らい尽くせ。
その力を奪い、支配し、ノルスタシオンの名を轟かせるのだ。
……のような憂国の士が、道化として消えていった世界。
生まれついた力を振るうだけの者が、尊重される世界。本当に国を、民を憂えていた者が、救われなかった世界。
叩き壊せ。その序列を、価値を崩壊させてしまえ。
私は一足先に、……のところへ、逝くと――しよう――――
レインディール王立美術館二階、大ホール。
広大な空間に響くは、ガサガサというわずかな音、かすかな呻き声のみ。足を切断され、床を這う者たちが蠢き奏でる、薄気味悪い不協和音。
シャンデリアの薄明かりに照らされる彼らの姿は、奇しくも伝承に登場する『生ける死者』のよう。とてもジンディムが誇らしげに語ったような、選ばれた戦士たちなどには見えなかった。
術者が死んだ今、じきに狂人化の術は解け、痛みに耐えかねた男たちの絶叫が響き渡るだろう。
冗談ではない。そんなうっとおしいものを聞く気はない。さっさと美術館を出よう。
白衣も羽織った。瞳の色が戻っていることも鏡で確認した。今ここにいるのは、ナスタディオ・シグリスだ。
踵を返そうとして、打ち棄てられたように転がっているジンディムの死体が視界に入った。
袈裟懸けに両断され、最後には頭を潰されて中身をぶちまけた、まるで馬車に轢かれた動物のような肉塊。
自分でやっておきながら、思う。四十年も五十年も生きてきて、このような最期を遂げるなど惨めにすぎる。しかし――鼻から上が消失した男の口元は、なぜか笑みを形作っていた。
その死に、悔いがなかったとでもいうのか。
「……チッ。気に食わないわねぇ」
かつての仲間たちを思い出す。笑って死んでいった者もいた。理解できない。死んでしまっては、そこで終わりだというのに。
さて。美術館内で死者は出したくはなかったのだが……仕方がないと割り切ろう。
もっとも、民衆たちには「死者など出ていない」と『嘘』をついてもいい。
が、レインディールの国民たちはお祭り気質の者も多い。むしろ『人が死んだ美術館』となれば、恐怖マニアには人気が出るかもしれない。
そんな馬鹿げたことを考えながら、階段へと向かい――
「痛……」
鈍い頭痛。
そうだ。昨夜は飲みすぎて、二日酔いだったのだ。どおりで調子が悪い。
鈍痛と共に、ある顔が脳裏をよぎる。
気のないようなことを言いながら、自分の誘いを断ることなどなかった少女の顔。何だかんだで、もう十年もの付き合いだった。
――友達。そう、対等の立場にいられる、仲間。
『よしよし。そんじゃアタシら、今から友達な! 化物同士、仲良くやろうぜー!』
出合ったのは薄汚い路地裏だった。あの生意気な小娘を懲らしめて、もう十年にもなるのか。
あれから何だかんだ、上手くやっていたように思う。
その、はずだったのに。
『ラプソル! お前は、何ということをしたんだ……!』
何って。遊んでただけだよ。
珍しいとされる光属性。
知り合ったばかりの子が見てみたいと言うので、両手から大きな光を放ってみせた。
喜んでくれたかと思って振り向いてみれば、その子は両目を押さえてうずくまっていた。
『いいか、お前は普通とは違うんだ! お前は、化物なんだぞ! もっと、他の人のことを気遣って――』
先日の、不愉快な夢。不愉快な過去が、脳裏を染めていく。
「……うるさい」
化物だから何だ。仲間を作ったらいけないのか。一人でいなければならないのか。
仲間がほしい。この力をぶつけても壊れたりしない、対等な仲間が。ずっと、そう思い続けていた。
強者のみが残り、弱者は消え去る摂理。
傭兵時代に散々身をもって知ったその真実は、しかしいざ直面した女の胸に寂寥感を覚えさせる。こんなのは、久しぶりだった。
オプトもまた、対等な存在にはなり得なかったということなのか。
――仲間? 笑わせる。自分の本名すら、真の姿すら、彼女に知らせていなかったくせに。
内なる声に耳を塞ぎ、考える。
こんなとき、教師とはどうするべきなのだろう?
「オプト……アンタの言う通りだわ。アタシ、教師なんて……向いてない」
学院長など、名ばかりの地位だ。
学院のことは、副学院長のシーダに任せっきりとなっている。その彼女にしても老齢で、若者たちの相手をするのはさぞ大変だろう。『ペンタ』など、手に余る存在以外の何ものでもないはずだ。
……思考が逸れた。
教師なら。教師なら――
そうだ。リーフィアが狙われている。あの子も、友達が作れずに悩んでいる子だった。
「……っ」
不快な頭痛を押し殺し、ラプソルは――否、ナスタディオは、神詠術の詠唱を開始した。