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おっさんの冒険録  作者: おっさん
記録者:桜葉一郎 「一日目」
5/58

見習い魔導士の届け物。



 ……今現在の時刻は、早朝午前六時くらいと言ったところでしょうか。


 いま私は、私が所属している港町フィックスの魔導士ギルドからリュック村への

届け物の配達依頼を引き受けているところでして、その旅路の途中にあるカラビナ村の

中に数件ある内の一件、美味しい食事を出す事で評判の、酒場兼宿屋のとある一室に

滞在しているところなのです。


 あっ、申し遅れました。私の名前は「エミリア・フィールズ」と申します。

 先程、少しお話しました様に、私は港町フィックスの魔導士ギルドに所属している

見習い女魔導士でして、私と親しいお付き合いをして頂いている方々からは「エミリー」

の愛称で呼ばれるコトもありますよっ。え、えーと。ほ、他には……何かありますか?


 えっ!? わ、私の年齢……ですか……。い、いまは……にじゅうさ……こほんっ。

 もうすぐ二十四歳になりますっ! こ、コレ以上は……ご、ごめんなさいっ!


 そ、それにしても。昨夜の夕食で頂いたビーフシチューは、フィックスで今回の依頼を

引き受ける際、魔導士ギルドの職員の方から聞いた評判通り、凄く美味しかったですねぇ。

 長時間、手間隙を掛けてジックリと煮込まれている事が、たった一口のスプーンから

だけでも容易に分かる位に……とってもお肉が柔らかく……って!? 


 ……い、いけないっ。早くリュック村へ向かう段取りをしなければっ。


 と、まぁ……このような些事は、コレくらいにしておきましてっ。


 今現在、私が何をやっているのかと申しますと、コレは他の宿屋さんへに宿泊した

場合にも言える事なのですが、大抵の客室は簡易な木材製の板壁で仕切られている為に、

場合に拠ってはその板の継ぎ目から自室の明かりが隣室へ洩れる事もあるんです。

 なので、トイレを利用する為や洗面等を済ませる為に、今より少し前に起床した私は、

それ等の用事を済ませてから部屋へ戻り、その後は……まだ朝も早い時間ですから、

隣室で就寝中の、他の宿泊客の方に御迷惑を掛けてはいけないと思いましたので、

生活魔法の一つ、灯りをもたらす「光球術ライトボール」の光量を小さく調整し、その灯りを頼りに

寝間着から普段着へ着替え終えたところなのです。


 あ、そうでした。言い忘れていましたが、客室内には室内用の明かりを確保する為、

そして、トイレ等へ向かう為に必要な光源を兼ねている、携行用の一本差しロウソクは

ちゃんとあるんですよ。ですが私は魔導士ですので、何かしらの灯りを確保したい時は、

使い勝手の良い「光球術」を使うようにしているんです。火を用いるロウソクの灯りとは

異なる「光球術」の魔法であれば、ふと何かの拍子に粗相をしてしまったりしても、

ソレで何処かを焦がしちゃったりとかは無いですし……ねっ。


[ゴソゴソ……] [カチャ……]


「……ふう、これでよしっ……と。……ふむ、外も白み始めて来ましたね……」


 着替え終えた後は、その寝間着を愛用している革鞄に詰め込み、その後は髪型等の

身だしなみも整えると、寝台の脇に立て掛けておいた護身用のサーベルを手に取り、

ソレを利き手とは逆の左腰に身に着けました。その際に、近くにある出窓を覆っている

カーテンをそっとめくり外の様子をチラリと伺ってみたのですが、薄暗くはあるモノの、

もう暫くすれば陽も昇り、辺り一面が明るくなる事かと思います。


[スッ……]


 外の様子を確認し終えた私は、次いで寝台脇に備え付けられている木製テーブルの方へ

向き直ると、その上へ置いておいた革鞄を左手に、そして右手にはこの部屋のカギを持ち、

部屋を出る事にしました。大きな荷物はありません、荷物はコレだけなのです。


「……あ、そうだっ。……よしっ、忘れ物は……ないですね」


 部屋の出入口の前へ立った際、ソコで何か忘れ物をしていないかを気になった私は、

ソレを確認する為、再度室内へ向き直り室内を見渡した後、何も忘れ物をしていない

コトを改めて確認し終えると、その行為に確認完了の意味を込めた呟きを口にしました。


 その後は、大きな物音を立てない様に注意しながらカギを持っている右手でドアノブを

回して扉を開けて、光球術の球体を先に廊下へ出してから、ソレに続いて静かに廊下へと

出ました。その後は扉を閉め、最後に宿泊施設利用者のマナーとして、自室の部屋番号が

記された木片と部屋のカギが五センチ位の長さの小さな鎖で繋がっているカギを使い、

扉に施錠もしました。


 ……此処で少し余談ですが、宿屋等の宿泊施設を利用した後って、部屋を出る際に

何度も忘れ物の確認はしたハズなのに、何故か、もしかしたら何か忘れ物をしてるかも、

って、気になったりしませんか。……うーん、コレは私だけなのかなぁ……。

 まぁ宿から離れて暫くすれば、そのコトはいつの間にかすっかり忘れてしまってて、

気にならなくなっちゃうんですけどねっ。一時的な心配性って奴ですっ。ふふふっ。


 さてっ、気を取り直しましてっ。今から目指すのは、この二階と一階を繋いでいる階段、

そしてその階段を下った先にある、宿の御主人が居られるハズの一階酒場カウンター

となります。……あっ、そうだ。皆さんは、宿泊施設を利用された事はありますか?


 この宿屋さんは、一般的に広く普及しているタイプの宿屋さんなので、丁度良い機会

ですから宿屋の御利用をされた事の無い方の為に、少し説明をさせて頂こうと思います。


 この宿屋の造りは、一階が酒場兼食堂となっておりまして、二階が宿泊客の客室と

なっている造りの、木造建築の二階建て宿屋なのです。この様な建築方式の宿屋以外にも、

レンガ造りや石積み造りといった、様々な建築方式の宿屋もありますよ。ですが、

経済的な面での御利用を最優先に考えておられる、私みたいな庶民の旅人ならば……

こうした木造建築の宿屋は、先程述べました宿屋と比べて懐に優しい料金設定となって

おりますので、此方を利用されるのが良いでしょう。……少々、壁は薄いのが弱みですが。


 それでは、お次はチェックイン時の説明をっ。


 私が今現在、利用している宿屋さんの場合で説明しますが、チェックインの時にですね、

夕食か翌日の朝食かの一食を選択出来ますので、ソレを選択した後に前金で料金を

店員さんへ支払います。この宿屋さんの場合ですと、一食付きで一泊の宿泊代金は

四十五リーフでしたね。部屋のカギは、この代金を支払った後に頂けます。

 

 此処とは別の宿屋さんでも、大抵はこうした流れとなりますよっ。

 で、この宿屋さんのですねぇ、設備的な事を紹介するとなると……そうですね。


 井戸やトイレは、この宿の正面入口から入ってそのまま真っ直ぐに一階酒場中央を

突っ切った先に中庭へと通じる扉がありますから、その扉を出れば直ぐに分かりますよっ。

 先程、私も目が醒めてから直ぐに利用しましたっ。宿泊客だけでなく、酒場利用者の

コトも考えた、掃除の行き届いている綺麗なトイレと、洗面しやすいようにと置かれている

石造りの洗面台もありました。お風呂は、残念ながら用意されていないタイプの宿屋さん

でしたので、昨夜は御主人に頼んで木桶にお湯を用意して頂いて、ソレを客室まで

運んで頂き、ソレを代金と引き換えにして受け取った後は、客室内でソレ使って身体を

清めました。


 と、まぁ……いま話した事は、宿泊客に対してチェックインの際に御主人から説明を

受ける事になるので、別段、私が説明しなくても良い事なのかも知れませんがっ。


 一旦、話すと決めたからには、此処は私が責任を持って最後まで話す事にしますっ。


 お湯の代金は、標準的なサイズの木桶にですね、お湯が七割程入ったモノが一つ、

そして、大きめなタオルと小さめなタオルがそれぞれ一枚ずつセットで付いてきて、

先程の宿泊代金とは別料金の五リーフがお湯代となります。なので、外の井戸水で身体を

清める場合の方ならば、一泊辺りの代金は四十五リーフ。私のように、お湯サービスを

利用される方の場合は、一泊辺りの料金は五十リーフとなります。


 お湯サービス道具一式の使用後は、部屋の中にそのままにしておいて良いんです。


 宿泊客が全員チェックアウトした際に、宿の方が後片付けをして下さいますから、

部屋の隅っこの邪魔にならない場所にでも置いておくと良いでしょうね。あ、ですが、

連泊される予定の方や朝の弱い方、もしくは、朝はゆっくりと寝たい方は……先程の

道具の扱いについては、チェックインの際に宿の方と事前に相談をされた方が良いですよ。


 それでは、宿屋利用について粗方の説明も済んだところですし、私は目的の場所へ

向かいたいと思いますっ。皆さんが宿屋を御利用される際の、参考になれば嬉しいです。


[スタスタ……]


 部屋を後にした私は、移動に差し支えない位に「光球術」の光量を少しだけ強めると、

なるべく物音を立てない様にと注意しながら階段への通路を歩み、その先の突き当たりに

ある昇降口から階段を降りる事にしました。すると……その階段の中程辺りまで下った際、

この宿の御主人がカウンターの中でロウソクの明かりを頼りにして、幾つかのウイスキー

グラスを磨いている姿が確認出来ました。


 御主人の特徴ですか。えぇと、年の頃は五十代後半、白髪をオールバックにした髪型で、

口元には綺麗に整えられた白い口髭をたくわえておられまして、身長は、百七十台後半

くらいでしょうか。服装は、白いヘンリーネックシャツの上に黒色のベストを合わせてて、

ベストと同じ黒色のズボンを赤色のサスペンダーを使って身に着けておられます。


 その御主人も私の姿に気付いたらしく、グラスを磨く手を止めてグラスをカウンターの

上に置くと……階段を降り切って、カウンター近くへ歩み寄った私の方へ静かに向き直り、

朝の挨拶をして下さいました。なので私も、少し遅れて御主人へ朝の挨拶を致しました。


「……あぁ。やぁ、おはよう。エミリアさん……と、言ったかね。昨夜、君が食事を

 済ませて部屋に戻った後にね、暫く経ってから夜食を摂りに戻って来た息子に聞いて

 みたんだが、残念ながら今日はリュック村へ向かう予定の馬車は無いそうだよ。

 馬車があれば、こんなに朝早くから君も出発しなくて済んだのにねぇ……」


「……あっ。おはよう御座いますっ、御主人。……う~ん、そうですか。それは致し方

 ありませんね……でも私、歩くのは嫌いじゃないから平気ですよっ。リュック村への

 距離は此処から三十キロ程とのコトですし、今から出発すればゆっくり休憩しながらの

 徒歩であっても、日暮れ前にはリュック村へ着ける事でしょう。なので馬車の事は、

 お気になさらないで下さいっ」


 昨日のチェックインの際に、御主人と少し話し込んだのですが、なんでも御主人の

息子さんは、村門の衛兵を勤めておられるそうでして、その兼ね合いからご主人の

御厚意により、今日、リュック村へ向かう予定の馬車はないかという事柄について、

ソレを勤務の休憩時間の際、夜食を摂りに戻った息子さんに聞いて頂く手筈となって

いたのですが、残念ながら今日はリュック村へ向かう予定の馬車は無かったみたいですね。


 もし馬車があれば、その時は時間的に余裕が出来るので、朝食を露天で摂ったりだとか、

向かった先にある、リュック村の観光も兼ねた行動予定を考えていたのですが……はぁ。

 とは言っても、此処でそんな残念そうな表情を浮かべてしまっては御主人に悪いので、

私は笑顔で御主人に返事をしました。


「……そうかい? 何も力になれなくて、すまなかったね……。

 あぁ、その代わりと言っちゃなんだが……良い物を君にあげよう」


[ぽすんっ……]


「はい、お弁当。朝食用と昼食用だよ。この時間じゃ、まだ朝市は開かれていないし、

 もぐりの露天商も屋台も出ていないだろうから、コレを持って行くと良いよ」


「い、いえいえっ!? そ、そんなっ! お気になさらないで下さいっ!  

 馬車の事は、御主人のせいなんかじゃ……! ……えっ? これは……?」


 私からの返事を受けて、馬車の都合がつかなかった事に対し、申し訳なさそうな表情を

浮かべる御主人。その御主人をフォローしようと、慌てふためきながら言葉を返す私。

 ふと気が付くと、いつの間にか御主人の手により、カウンターの上に白い布で巻かれた

何かの包みが置かれていました。コレは……いったい、なんでしょう……。


[ジイッ……]


 あ、そうでした。まだお話していなかったのですが、私は眼が悪いので視力を補う為に

眼鏡を掛けていましてね。なので、その包みを眼鏡越しに凝視してキチンと確認する事に

したのですが……此処で私、その包みを見て「ある事」に気付きました! そ、ソレはっ。 


 先程、御主人が口にしていた言葉の中に、私にとってはとっても重要な事柄がっ……!


「……あっ!? そ、そうだ。わ、私とした事が……お弁当の事、すっかり忘れてた……。

 あ、あのっ!? お、お代は……!? お、お幾らでしょうかっ!? はうぅうぅ……」


 ……ま、参りました。全身から一気に血の気が引くような、そんな気分になりました。

 この気分……な、何かに例えるならば、そう……アレです。絶対に遅刻は赦されない

約束事を誰かと交わしている時に、朝起きて時計を確認すると、その時刻はっ……!?


 と、いうのと同じ状況下に置かれた際の気分ですね……こ、コレは。


「……ふふ、まだ若いんだから仕方ないよ。失敗をする事は誰にだってあるさ。

 それにコレは昨日の残り物で作ったモノだから、そう気に病む事はないよ……」


 御主人は穏やかな表情で落ち込んでいる私に、そう……声を掛けて下さると、

先程カウンターの上に置いたグラスを手に取り、ソレを再び磨き始めました。

 そしてグラスを磨きながら、そのグラスを見つめる表情と同じく温かみのある

穏やかな声で私に語り掛けて来たのです。私はご主人の御話に耳を傾ける事にしました。


「……お客さんへお酒を出している時にね、今の君と同じように何かで失敗をした

 お客さんから失敗談を聞く事もあるんだ。取り返しのつかない様な失敗談もあれば、

 そうじゃない失敗談もあってね。今の君の失敗は、取り返しのつく失敗なんだよ。

 だから私は、そういう失敗をしたお客さんへは……こう言うようにしてる」


「えっ……そ、それは……?」


 私は御主人へ言葉の先を促しました。この頃には先程よりも落ち着いていて、冷静に

御主人の話に耳を傾ける事が出来ていました。もしかして御主人は、慌てふためいていた

私を落ち着かせる為に、こうしたお話をして下さっているのかも知れません。御主人は

落ち着きを取り戻した私の眼をチラリと少し見ると、再びグラスに視線を戻し、グラスを

磨きながら先程の話の続きをして下さいました。


「……ふふ。『失敗は、経験のタネ』って、言ってね……まぁ本人に、失敗を省みる気が

 全く無ければ、その失敗は失敗のままでソコから何一つ変わらないんだが、失敗を省みる

 気がある者が何かで失敗した場合は『次は失敗しないぞ』って、気持ちに必ずなる筈だ。

 そういう考え方を出来る者の失敗は、タネの状態から『経験』というモノに少しずつ形を

 変えて行く。そうして育った『経験』というモノは、やがて『失敗を成功へ導く力』と

 なるんだ。今の君の失敗は、そういう失敗なんだよ」


「な、なるほど……確かに……。で、ですが、代金は御支払いしないと……」


 ……御主人の言葉を聞いて、私にも一つ思い当たる事がありました。


 ソレは、先程の「ロウソク」の事なんです。私って、そそっかしくて……眼が悪いのも

手伝って、ロウソクを使うと粗相してしまう事がよくあって、そうした事情から光球術を

使う事にしたんです。それからは、ロウソクの火で失敗をする事は無くなりました。


「あぁ、お代は結構だよ。エミリアさんは、私の料理をとても気に入ってくれてたしね。

 私としてもアレだけ美味しそうに食べて貰えたのなら、作り甲斐があったというモノさ。

 一人の料理人として、コレは……その御礼でもあるんだよ。まぁ残り物なんだけどね?」


「御主人……」


[……コトッ] [スッ……] 


 御主人はそう言うと、磨き終えたグラスをカウンターの上へ静かに置き、その代わりに

先程の包みを手に持ち、ソレを私の方へそっと差し出して下さいました。なので私は、

その包みを……いいえ、御主人の気持ちを有難く頂く事にしました。その後は御主人に

深く一礼し、御世話になった事とお弁当に対する御礼の言葉を述べてから、その包みと

交換する様な具合に部屋のカギを御主人へ返却し、一通りの挨拶を御主人へ済ませた後、

宿の出口へと向かうコトにしました。


 すると、そんな私が出口の扉の前へ立った際、不意に後から声を掛けられたんです。


「……良い旅を」


「……あっ。……はいっ、御世話になりましたっ!」


 微笑みながら私へ手を振って下さっている御主人と、その気持ちにお応えしようと、

満面の笑みで御主人へ笑顔を向けて、返事を仕返す私。


(……また、きっと。必ず来よう)


 宿の主人と宿泊客、その関係は一期一会なのが当たり前の事なのですが。

 この宿の御主人は、そう……私に思わせてくれる様な、とても素晴らしい方でした――






「……ふぅ、ソコの木陰で少し休憩しましょう。えぇと……水筒、水筒っと」


[ゴソゴソ……] [スッ……] 


「……水の精霊『アクアマリーヌ』よ、我に命の源たる、清き水を与えよ。『生活水ライフウォーター』」

  

[パァア……] [……チャポンッ]


「……これでよしっと。……こくっ、こくっ、こくっ……はぁ。……生き返りますねぇ~」


 ふぅ、此処まで来れば後少し……と、いった道のりでしょうか。あっ、今のはですね。


 私が扱える魔法の一つ「生活水ライフウォーター」という生活魔法なのですよ。使い方は応用次第でして、

お風呂の水を確保するのにも使えますし、大きな水瓶へ水の確保をするのにも使えますし、

濡れた洗濯物に含まれている水分を一瞬にして大気中へ霧散させ、洗濯物を乾かすのにも

使えますし、いま私が行った様に水筒を手に持って、その水筒が水で満たされている状態を

イメージしながら施術する事によって、空になっている水筒を水で一杯に満たしたりと……

その使い道は多種多様、とても便利な魔法なんですよ。


[……バサッ]


「さて、地図で確認すると……うん、リュック村はこの森を抜けた先にあるようですね。

 初めて向かうリュック村、どんな村なのかなぁ……。美味しいモノはあるのかなぁ……」


 街道脇に生えている、大木の根元にあった手頃な大きさの平たい岩に腰掛けた私は、

愛用の革鞄を膝の上に乗せてから開くと、その中から魔導士ギルドで持たされた地図と

自前のタオルと水筒を取り出し、まず手始めに額へ滲み出ている汗をタオルで拭いて、

役目を終えたタオルを革鞄の中へ詰め込むと、空になっている竹筒型の水筒へ生活水の

魔法を施術し、ソレで飲み水を確保する事にしました。お水を飲んで一息入れた後は、

地図を広げて独り言を口にしながらリュック村の所在地を確認し、少し休憩を入れた後に

再び荷物を革鞄へ纏め、引き続き街道へ戻って先へ先へと歩を進めます。


 人族とは異なる他の種族の方の場合は、私には分からないのですが、人族の足だと

一時間に歩き進める距離は、およそ四キロ程なんだそうです。私の場合は革鞄も持って

いますし、こうしてちょくちょく休憩もしながらの徒歩でしたので、一時間に歩けた

距離は……およそ三キロ程って所ですかね、下り坂ならばソレ以上だと思いますよっ。


 カラビナ村を発って、およそ半日――



「……うん、涼しくて歩き易いなぁ。だけど……」


[チラッ……]


 今現在、私はリュック村への入口とも言える様にして生い茂っている、そんな森の中を

歩き始めた所なんです。あ、でも……森の中と言いましても、街道らしきモノはキチンと

あるんですよ。その街道の広さは……そうですねぇ、大型の荷馬車が対向し合っても、

余裕を持った間隔で、すれ違う事は出来るくらいの広さは十分にありますね。


 ですが、そうして拓けているのは通り道くらいで、頭上は背の高い木々の枝と枝が

交差し合っていて、陽の光りを遮る様な具合に天然のトンネルとなっているので薄暗く、

更に付け加えますと……街道の両脇へと目を向けてもソコには人の手が入っていない

状態の、緑深い森の姿しか見えないのです。なのでいっそのこと、光球術を使おうとも

思いましたが、まだまだソコ迄は暗くないので我慢してこのまま進もうと思います。


 とは言うものの、この薄暗くて静かな森の中を独りで歩むのは、少々心細いですね……。


[カチャカチャ……]


 ……静かな環境だから、普段は気にならない音も余計に気になってしまいます。


 今の音は、カラビナ村を発つ前に皆さんにもお見せした護身用のサーベルから出ている

音なのですが、こ、コレ……実は、古道具屋さんの中で見つけて購入した、見掛けだけの

研ぎ減りの激しい中古のサーベルでして、その価格はなんと、お手頃価格の銀貨一枚っ。


 と、まぁ……ある意味、その様な業物なのですよ。とてもじゃないけど、本来の役目は

期待できそうにありません。しかしまぁ、そのような実用には向いていないコレを、

なぜ私が身に着けているのか、そしてソレをどの様に使っているのかと申しますと――


 薬草採集依頼を引き受けた際に、通り道の邪魔になる草木を斬ったりだとか、

蛇を追い払う際に使ったりしているのです。なので、誰かと斬り合いをやる為に

所持しているモノでは無いのです。このサーベル、軽さだけが売りの中古品ですので、

もし誰かと斬り合いなんてやったら……その時は、たぶん一合と持たずにポッキリと

刀身が逝っちゃう事かと思いますよ。うん、間違いありません……。


 あ、でも私、剣を全く扱えない素人というワケでも無いのですよ。


 幼少期に冒険者を生業としている叔父から剣の手解きを受けていた事もあって、

基本的な構え方や扱い方くらいなら、そこそこには見れる程度には扱えるんです。


 そうですねぇ……その腕前を、何かに例えるのであれば。


 衛兵詰所に配属されたばかりの新兵さんと真正面から一対一で試合をして、かろうじて

勝てる程度の腕前……と、いったところでしょうか。そんな腕前なので、魔導士の道を

選んだ私としては剣をアテにはしていないのです。と、言いますか、剣を扱うにあたって、

別のトコにも大きな問題があってですね、その問題とは……私自身の視力の問題なんです。


 ……書物ばかり読んでたせいか、剣士として大事にしなきゃならない視力も悪いですし、

それに、しっかりとした剣を買うともなれば……その際は最低でも金貨一枚と銀貨五枚程の

出費は覚悟しないと、まともに他者と打ち合える剣なんて買えないのですよ。


 お金がソレだけあれば、私だったら美味しいモノをお腹一杯食べる方を選びます。

 ええ、間違いなく。だって剣は折れたらソレ迄ですが、美味しいモノなら――



 ……と、その時でした。私が、そんな事を考えながら森の中を歩いていたら――



[ザザッ!] [ザッ!]


「……へへっ、何処へ行こうってんだぁ……?」


「……ヒヒヒ、良いモン見つけたなぁ……おぃ」


「えっ……!?」


 カラビナ村方面から歩いて来た私の前方、リュック村方面へと続く街道脇の草むらの

中から男が二人、私の進路を塞ぐ様な位置に、彼等は突然飛び出して来ました。


「くっ……!?」


 その二人を見て、私は小さく息を呑みました。身なりから察するに、多分彼等は盗賊か

山賊の類でしょう。一人だけなら相手を出来るかもしれませんが、二人も居るとは……

いま来た道を引き返したとしても、此処からだとカラビナ村迄の道中には、途中に無人の

休憩小屋が幾つかあるくらいの、人家も何も無い街道のみの道が広がるのみ。


 彼等を撒こうとして、この街道をリュック村方面へ強行突破したとしても、先程地図で

確認した様に、この森を抜け切らない限りは、まだまだ……リュック村は先のハズだから、

途中で彼等に追い付かれてしまうかもしれない。追い付かれたら、どうなるのか……。


 ……と、なれば。今の私に出来る事は――!?



[キョロキョロ……]


『この先、リュック村……』


(……あっ!? アレは……! ……よしっ!)


[……ザッ!]


「……あっ!? おぃテメェ!? 待ちやがれっ!!」


「……チッ、手間ぁ掛けさせやがって……!」


 私は意を決して街道から森の中へ飛び込みました。

 しかし、何も算段なく飛び込んだワケではありません。


 ……目に映ったのです。この森の先に「鉱山があると記されている看板」が。


 今はまだ日暮れ前、上手く行けば……鉱山で採掘をしている作業者の方と出会えて

助けを求められるかもしれない。また、出逢えなくても木々の木陰を利用して、彼等を

森の中で撒けるかも知れないからです。だ、だけど、なんで私がこんな目に……。


 ……い、いけないっ、とにかく今は考えている暇などないのです。

 彼等から安全な距離を取る為に、森の中を鉱山へ向けて走らなくては――!



[タタッ……!]


 そう決意した私は、一切背後を振り返る事はせずに森の中を走る道を選択しました――








「……や、止めて下さいっ! ち、近寄らないで下さいっ! だっ、誰かっ……」



 ……どうしてこうなってしまったんだろう、誰にでも出来る簡単な仕事だと言われ、

魔導士ギルドから届け物の依頼を受けて、リュック村に向かっていただけなのに……。



 今、私の前には三人の盗賊らしき身なりをした男達がいる。その中の一人は、

いつの間にか途中で合流して来た仲間の様だ。皆一様に下卑た笑みを浮かべ……

内輪話をしながら、私の方へ歩み寄ろうとしている。


 その中の一人、小さな細かいチェーンを幾重にも編み込んだ様な服を着た、丸刈りで

体格の良い髭面の男が、私を見据えながらその口を開いた。この男が合流してきた男だ。


 首には、スカーフの様な黄色い布が巻かれている。


「……お頭から言われてリュック村の偵察に出てみりゃ、こいつぁ思わぬ拾いモンだぜぇ。

 小汚ぇ身なりの農民とは違う、金を持ってそうな……おっ、なんか持ってやがんな。

 そのサーベルで俺とヤルかぁ? まぁソレならソレで……そんときゃ『俺のヤリ方』で、

 ちょっくら楽しませて貰うだけだがな……? ククク……」


 その丸刈りの男の腰には、簡素な作りのロングソード拵えと長く使い込まれた事が

窺える、手入れの行き届いた革鞘拵えに大振りなナイフが収まっているのが見えた。


「お、おいっ! 待てよっ! 俺が、最初に見付けたんだぜ!?

 幾らアンタだからって……! そ、そりゃあねぇよっ!?」


 丸刈りの男に向かい、その横から詰め寄る様な具合に慌てて静止を掛けている男がいる。


 黄色いバンダナを頭に巻いた、痩せぎすで長身な男だ。その男は丸刈りの男とは異なり

簡易な服装で、腰にダガーナイフらしき刀身の形をした、革鞘拵えのみをベルトの金具に

括り付けている。


「……たっ! たまらねぇ! こんな上玉ぁ……久し振りだぜぇ! ひゃっはー!」


 私の身体を、舐め回す様な勢いのある汚らしい視線で見ている男もいる。


 申し訳程度に残った頭髪に、痩せぎすな男と同じく頭に黄色いバンダナを巻いた

小柄な男だ。身なりは先程の痩せぎすな男と同じ、簡素な物を身に付けていた。


「へっへっへ……」


[ゴソゴソ……]


 その男達の中で最後に言葉を発した小柄な男は、そう口にすると……おもむろに

穿いていたズボンを下げ始め、自らの下半身を私に見せ付ける様な具合に露にした。


 な、何故こんなコトを平気で出来るのだろうか……。


「……ひっ!? い、いやぁ!?」


[サッ!]


 私は反射的に小柄な男から目を叛けた。私の、その仕草を見ていた丸刈りの男が、

ズボンを下げた小柄な男をニヤけながら小バカにする。自分の置かれた立場を次第に

理解してきた私は、ただ呆然とコトの成り行きを見守る他はなかった。


「おいおい、ナニ焦ってんだテメェ。……テメェがそんなんだから嫌われちまったぞ。

 此方のお嬢様はなぁ、テメェがブラ下げてる様な粗末で小汚ねぇモンは『イヤ』だとさ。

 ……んっ? なんかクセェな。……オマケにクセェと来たモンだ。……ふははははっ!」


 ソレを聞いた痩せぎすな男も、今しがた言葉を発した丸刈りの男に調子を合わせる。


「……ははっ! ちげぇねぇや……。おいっオメェ、ちょっとだけ聞いても良いか?

 最後に風呂へ浸かったのは……何年前だったっけかぁ……? あっはっは!」


[プルプル……]


「う、うるせぇえっ! お、俺をっ……! ばっ! バカにすんじゃねぇえっ!?」


 鼻を摘む仕草をしながら、痩せぎすな男はズボンを下げた小柄な男をバカにした。


 二人からバカにされた小柄な男は、その両肩を「ぷるぷる」と、小刻みに震わせながら

激昂している。私から視線を外し、痩せぎすの男を睨み付けながら必死に反論していた。


「ううっ……」


 ……怖い。ただ、その一言に尽きる。魔導士としてまだ駆け出しの私は、日常生活の中で

使う様な初歩的な生活魔法しか扱えない。この腰のサーベルにしたって、三対一ではなんの

役にも立たないどころか、下手にコレを抜けば彼等を刺激する結果になるだけだろう。


 打つ手が無い状況だ。いま話した様に、私にはこの状況を打破する力なんて無いのだ。


(助けて欲しい……! だ、誰でも良いからっ……! お、お願いっ……!)


[ギュッ……!]



 まぶたを固く閉じ、私は強く……そう、願った――。





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