Imagine(イマジン) maker(メイカー)
[キイィ……] [……パタンッ]
「……おーい、お二人さんっ? 風呂の支度が出来まし……あれっ? 居ねぇな?
二人とも何処行ったんだ? ってか……? あぁっ!? お、俺のツマミがっ……」
風呂の支度を終えた俺は、ソレを二人へ伝える為にリビングへ戻ってみたんだけど、
ソコにエミリーとマリーの姿はドコにも見当たらなかったんだ。なので、とりあえず
室内へ足を進める事にした俺は、何の気無しにリビングの中央へ位置するテーブルに
目をやったんだが。そしたら……そのテーブルの上に置いといた木皿の中にゃ、
先程迄は確かに存在していた干し肉とアーモンドの姿も、二人と同じく綺麗サッパリと
何処にも見当たらなかったわ……。
……さ、流石は北欧系人だな。彼女等には日本人みたいによ、居酒屋で何かを
頼んだ際、お皿に一つだけ食い物を残すというような、そんな概念は無いみたいだ。
まぁ……変に気を遣われて一つだけ残されるよりゃ、サッサと食い切って貰って
次の品物を注文した方が生産的だから、俺的にはコッチの方を推奨すっけどな。
俺は勿論そうしているぞ。「そういう時」の、最後の一個を食われて文句を
抜かす様な奴は、最初っからテメェが先に食えば良いだけの話って思ってるからだよ。
……ま、その辺の話は今は置いといてだ。そういやエミリーにゃ持ってきた
荷物とかの荷ほどきをヤル様にと言っておいたっけ。と、なると――
「ソレ」を思い出した俺は、庇の様に迫り出しているロフトの下に位置する寝室の方へ
目を向けた。すると寝室の扉が半開きになってて、ソコから明かりが洩れてたんだ。
……あぁ、そうか。こりゃ多分、寝室の中で二人揃って荷ほどきしてやがんだな。
着替えとかならキチンと扉を閉め切るだろうしよ、そうにちげぇねぇや。
ってコトで状況からそう判断した俺はよ、寝室に居るであろう二人に風呂の用意が
完了した事を伝える為、その半開きだった扉に歩み寄ってって、扉が半開きだったのも
あってノックとかもせずに、おもむろに、その扉を開けてみたんだが……
[キイッ]
「よっ! お二人さんっ! 風呂の用意が整いまし……」
「……えっ?」
「……んゆ?」
「あ、あれっ……?」
……そ、そんな俺の目に飛び込んで来たのは! な、なんとっ!
き、着替え真っ最中のっ! 無防備な姿のエミリーとマリーだったぁっ!!
え、エミリーの方は「薄い水色のタンクトップシャツと下着一丁の同色上下」でっ!
マリーの方は「純白色のタートルネックシャツと下着一丁の同色上下」っ……!
あ、敢えて言おうっ! 今だからこそ言おうっ! そ、そんな装備で大丈夫かぁ!?
……あ、丁度良い機会だから話しておくけど。この世界の女物の肌着ってのはな、
ソッチの世界で言うトコの下はあるんだけど、上に相当するモンがねぇんだよ。
だから女性はよ、上についちゃあエミリーみてぇなタンクトップシャツか、
マリーみてぇなシャツか、チュニック……つーのか、ソレっぽい感じの奴で、
ボタンかヒモで前を留めるタイプのシャツだな、ソレを肌着に着用してるんだわ。
まぁミルフィールみてぇによ、肌着を何も身に着けずにドレスを直に着てる様な奴も
居るんだけどな。……だから一口に肌着っつっても、色々とあるんだわコレが。うん。
……しかしまぁコレは事故だ。不幸な事故だ。出会い頭の正面衝突だ。
だから過失は半々だ。エミリーが丁度タンクトップシャツを脱ごうとしてた
時みたいだったから、偶然にも「アレ」が少し見えちまったのも……防ぎ様の無い、
仕方の無い事故だ。いやー、事故って怖いよなぁ。ホンッと、怖いモンだよなー。
「あぅ……」
[ササッ……]
俺の視線に気付いたエミリーは、胸の高さまで捲り上げていたタンクトップの裾を
慌てて元の位置に戻し、次いで俯きながら身体を「もじもじ」させてたよ……。
「……い、イチロー? い、今は、き、着替え中なので……
そ、その……あ、あの……と、とても……こ、困ります……」
[もじもじ……]
「うおっ!? す、すまんっ!? 直ぐに出てい……へっ?」
お、俺だってワザと覗こうとしたワケなんかじゃねぇんだからっ!?
そ、そりゃ、驚いたさっ!? な、なのでとりあえずっ! エミリーにゃ直ぐ様
謝罪して! そっから回れ右して速攻で寝室から出ようとしたんだけどよっ!?
[トコトコ……] [ニコッ]
そ、そんな俺にっ! マリーの奴が歩み寄って来たんだ! し、しかもっ!?
な、なにやら、にこやかな満面の笑みを浮かべながらでだ!? な、ナニコレっ!?
な、なんでこの状況下でコイツ笑顔なのっ!? 嫌な予感がするんですけどー!?
「……ねぇ、いちろぉ? 婚約者であるボクのは見ても構わないけど、いま……
えみりーの見たよね? ……はぁ。仕方ないか……ボクはシスターだからさ、
い・ち・お・う、キミからの懺悔の言葉があれば聞くんだよ。ナニか言いたい
コトは……! いや……言い残したコトは……!! あ、あるのかなぁ……!?」
[ずぉおぉおっ……!]
こ、これはっ……!? さ、殺気!? い、いや、闘気っ!?
ち、小さな体躯に見合わぬ……な、なんという……! こ、この威圧感っ……!?
「い、いや、そ、その、あの……」
「……どうしたのいちろぉ? 口籠もるなんて、いちろーらしくないんだよ……?」
[ニコッ]
……くっ!? ひょ、表情は笑顔なのに……な、何か籠ってやがる笑顔だぞっ!?
よ、よぉし! わ、わかった! 俺も男だっ! だから言い訳なんかしねぇよ!?
なので、正直にっ! 俺はマリーへ見たまんまの感想をキッチリ言う事にしたっ!
「お、おう……す、凄く……き、綺麗で、か、形も良くてマリーより大きかっ……」
「うん、わかった。ジャッジメントなんだよ。……ふーん? そうなんだぁ……?
なるほどねぇ……? ぼ、ボクよりも……!? む、むきぃいぃいぃいぃっ!!」
[ガブリっ!!]
「……我が生涯に、一片の悔い無しっ……!!」
[ガジガジっ……! ギリギリっ……! ゴリュリュっ!! ミシミシっ!!]
……あぁ、いてぇ。とてつもなくいてぇ。ミルフィールの言葉遣いくれぇいてぇよ。
だがしかし……此処は男なら甘んじて噛まれてやらなくちゃいけねぇトコだ……。
マリー、オメェの気が済む迄、思う存分に噛み付いてくれや……受け止めてやるっ。
今のは……俺が完全にわりぃんだ……。すまぬっ……! すまぬっ……!
マリーに頭を噛まれた俺は、薄れ行く頭髪……じゃねぇや、意識の中でそう思った。
「……ばーかばーかっ! いちろーの! ばーかっ! ハゲちゃえ! ハゲちゃえ!
今以上にぃ! もっとハゲちゃえ! 浮気者はぁ……ソレ位の目に遭って然るべき
存在なんだよっ!? ……みたいのなら、ボクのをみれば良いでしょーがー!?」
「ま、まぁまぁ……イチローも悪気があってした事では無いのでしょうし、
私達もキチンと扉を閉めていなかったワケですから、私達にも落ち度が……
ま、マリー? そ、ソレくらいで、もうイチローを許してやっては……」
「……ふ、不幸だ」
……と、とりあえずマリーから制裁を受けた俺はよ。一旦、寝室から出て
リビングのテーブルに腰掛けて、二人の着替えが終わるのを待つ事にした。
んで、着替え終えて寝室から出て来たマリーの指示に従って、二人が風呂に
入ってる間中、俺はずっとリビングの床上で正座させられていたってトコさ。
でだ、二人が風呂から戻って来た後、エミリーは俺を許してくれたんだがよ。
マリーの方は、怒り冷めやらず状態ってなモンで……板の間に正座してる、
そんな俺へ対して、さっきからずっと説教してくんだよ……
だ、誰か、いい加減、助けてくれって……
「……いちろーは、ボクの婚約者なんだからねっ!? だから浮気なんかしちゃ
絶対にダメなんだよっ!? わかってるのかなぁ!? ……おぃ、てめぇ!?
あ、間違ったかも。……こほんっ。いちろぉ!? ちゃんと反省してるっ!?」
おぉう……いま「おぃ、てめぇ!?」って聞こえたけど、気のせいだよな……
「……まったくキミってヤツはっ! ほんとぉにぃ……」
……ガミガミ! クドクド! と、説教を続けるマリー。
その嵐が通り過ぎるのを、正座状態で、ひたすら待つ俺。
苦笑いしながら、その状況を見守るエミリー。
と、そんな時だった。
[ぐぎゅるるる……]
何処かで聞いたコトある様な聞き覚えのある轟音が、その場に鳴り響いたんだ。
こ、この音源は、まさか……
[チラッ]
その音源の主に心当たりのある俺は、正座状態で項垂れていた頭を上げて、
マリーの背後に立っているエミリーの顔を「チラッ」と、見たんだけどな。
[ぶんぶんぶんっ!]
そのエミリーは、口で言えば済む事なのに……なにやら慌てふためきながら
「私じゃないですよ!?」って言いたげな表情してて、顔をブンブン左右に振ってた。
……ってこたぁ、つまり――
俺はエミリーへやってた視線をよ、正座してる俺の前に「仁王立ち」してる
マリーの「お腹」へ移し、ソコを観察してみる事にしたんだよ。
すると、ソレと同時に――
[ぐぎゅうぅうぅっ……]
ってさ……マリーの「お腹」から、物凄い音が聞こえて来たんだ。
こ、コイツ……さっき食ってた干し肉は……い、いったいドコへ消えたんだ……。
次いで俺は、そのままマリーの顔を見上げた。するとよ――
「にへへ……」
……さっき迄は、ほっぺたをフグみてぇに「ぷっくり」と膨らませながら
怒ってた表情だったハズなのに、いつの間にかソレは笑顔に変わってたんだ。
あ、このパターンの笑顔はアレだ。マリーと付き合いのある、俺には分かる。
この笑顔はな、マリーがお腹をメチャクチャ減らせてる時に自己防衛本能として
食欲を満たす為に、自分の視界に入った者へ「ごはん」を、おねだりする時に
魅せてくる笑顔なんだわ。……この笑顔、なんて形容したらいいんだろ。
……犬とか猫好きな人なら分かるかなぁ? 腹を空かせたソイツ等と対面した時に。
「メシくれぇ食わせてやるよ!」
と、相手に思わせる様な、そんな愛らしい笑顔なんだわ。
……天使の微笑み? いやいや、ソレじゃ役不足な形容詞だ。
この轟音の持ち主に対して、そんな在り来たりな形容詞じゃ失礼に相当する。
何故なら、この笑顔と出逢った者は「財布の中身に翼を生やされる」という、
天使ならではとでも言える様な加護を、強制的に授けられちまう事になっからな……。
だから、俺が名付けてやろう。
マリーの、この笑顔の名称は!「暴食天使降臨」だ!
そ、ソレがっ……! 今、まさにっ……! く、来るっ!?
[ニコッ]
「……おなかいっぱい、ごはんをたべさせてくれると、うれ……」
[ぎゅるるるる……]
言葉を最後まで言い切るよりも早く、マリーのお腹から凄まじい音が飛び出した。
「……。」
その音に小首を傾げた状態からの笑顔のままで固まって、言葉も中断するマリー。
おぉう……!? こ、こんなケースは初めてだぞっ!?
い、いったい! こ、この後! な、ナニが起こるんだっ……!?
「ゴクリっ……」
……笑顔のままで、そして無言のままで俺を見つめているマリーの瞳を、
これまた無言で真剣な顔付きになって、生唾を飲み込みながら見つめ返す俺。
一秒が数分にも感じられる場の空気。だが……その均衡は、唐突にマリーの
口から出た「一言」によって、アッサリと破られた。
「……てゆーか、なんか食べたい」
「……略式簡素化っ!?」
「あ、あはは……」
……と、まぁ何だ。このチャンスを活かせば説教地獄から解放されると踏んだ俺は、
まだ風呂にゃ入ってなかったんだが、マリーの機嫌を取る為にソコで満腹亭へ食事に
行く事を皆へ提案し、この場を上手く納めるコトに成功したのさ――
「……だいたいねぇ? いちろーは、がさつすぎなんだよ?
ちょっと考えればボク達が着替えてるのくらい、分かりそうなモノなん……」
「ま、まぁ、そう言わずに……これから美味しい御飯を食べに行く事ですし……」
「ブルルッ……」
「……。」
天の時を得た俺は、上手く場の流れを掴み、なんとか説教地獄からは解放されたよ。
……んで、そんな今現在のイチローさんがどうしてるのか、つーと。
レッドを引いて歩く俺の真横にはマリーが居て、そのマリーの隣にゃエミリーが
居るってな感じの、そんな横並びで満腹亭へと向かう道を皆で歩いてるトコなんだわ。
……だけどなぁ、マリーの奴。まだブツブツとエミリーによ、俺へ対する不平不満を
さっきから愚痴ってやがんだよ。エミリーは、ソレを苦笑いしながら聞いてらぁな。
……あー、しつこい。ったく、よく喋る「お口」だ。ちったぁエミリーみてぇに
愛想良くしろっつーのっ! 我慢の限界に達した俺は、家を出る前に用意しておいた
「とある秘策」を、マリーへ実行する事に決めたよっ!!
よろしい、ならばっ……!! 文字通り「コイツ」でも食らえぃっ!?
[パラッ……]
「いいぜ……? マリー? オメェが、その愚痴を止めないってのなら……!!
まずは、その『お喋りなお口』をっ!!『コイツ』を使って差し止めるっ!!」
「……はぇ?」
俺は小脇に抱えていた「秘密兵器」に巻いていた布を静かに取り払うと、
マリーをコッチへ向かせる為の口上を述べて、マリーの気を引き振り向かせた
直後にっ……!「ソイツ」を迷わず隣を歩いていたマリーの口へ突っ込んだ!!
[……すぽっ!!]
「……もがっ!? ひひほぉ!? ひひはひ、はひふふんはほっ!?
うん? ほへは……? もくもくもく……もっきゅもっきゅ……」
「わっ!? ええっと……? い、イチロー? 今、マリーに何を……?」
「……心配するなエミリー、見ての通りパンを食わせただけだ。コレで静かになる」
「ぱ、パンですか……? あ、確かにフランスパンですねぇ……な、なるほど」
……ふぅ、持ってて良かった「焦がしチーズ乗せフランスパン」
先見の明を持つ、このイチローさんを甘く見て貰っちゃ困る。
まぁ、明日の朝飯用だったソレを失ったのは手痛いが……背に腹は変えられん。
明日の朝早く起きて、また出来たてを買いに行けば良いだけの話だ。
エミリーを少々驚かせてしまったみたいだが、説明したら彼女は納得してくれたよ。
ってか、こんな説明で納得してくれるエミリーって、割とノリが良いんだな……。
「……もくもく、もきゅもきゅ……んふふ……」
……ふっ、さっき迄は口煩かったマリーだが、こんな具合に何か食ってる時はよ。
満面の笑みを浮かべながら、歳相応の子供っぽくなるから……可愛いモンなのさ。
……あ、んでな。さっきのパンも、ただのパンなんかじゃねぇんだぞ。
今、俺がマリーへ食わせたパンの正体はよ、リュック村で村一番との評判で有名な
パン屋「幻想的なパン屋さん」っていう店名のトコの、とっても美味しいパンなんだ。
そのパン屋の店主曰く――
「このパンを食した者は、その幻想的な味に魅了され邪念の全てを忘れる事が出来る」
ってのが、そのパン屋の謳い文句なのさ。……あぁ、ちなみに。その店の店主の
名前は「トーマス」さんって言って、更に他の特徴も加えると……恰幅の良い体格の、
整えられた鼻髭が良く似合う、気さくな性格の五十路のおっちゃんなんだわ。
愛称は確か「トーマ」だったっけ。なんでもパン職人の間じゃ有名なパン職人らしく
「神の右手を持つパン職人」と呼ばれてるそうだ。パン職人界隈で付いた通り名は、
巧みな右手の捌きで幻想的な味のパンを作る事から尊敬の念を込めて――
「Imagine maker」って、呼ばれてんだとよ。
こりゃ、余談になるが……マリーは、そのおっちゃんの作るパンが好きなのでさ。
たまに「とーま、とーま、パン食べたい!」って言いながら、そのおっちゃんを
村の中で見かける度に、いつも追い掛け回してるぞ。まぁ、子供好きな人だからさ、
その時は、焼く時に形が崩れて売り物にならなくなっちゃったパンとかをタダで
マリーにあげてるみたいだけどな。パンの耳が余ってる時は、わざわざマリーの為に
砂糖をまぶして揚げてくれて、ラスクにして持たせてくれたりもしてるらしいんだわ。
マリーが大人しくなったのも、そのおっちゃんが作ったパンのお陰だろう。
あのおっちゃんが作るパンは、謳い文句そのままに食べた者の邪気を払い、
幸せな気分にさせてくれるパンなんだ。……ま、そんだけうめぇパンだってこった。
……おっと、そうこう話してたらもうすぐ満腹亭に到着だ。
なので俺は、エミリーに声を掛けて段取りを伝える事にしたよ。
「おう、エミリー? マリーを連れて先に中へ入っててくれ。
俺はレッドを馬小屋に連れて行ってから、その後でソッチへ行くからよぉ」
「あ、はいっ、わかりましたっ。では、マリー? 行きましょうか?」
「うんっ! さぁて! お腹一杯、食べるんだよっ! いちろーも早く来てねっ?」
「あぁ、先に中へ入って食っててくれや。俺も用事を済ませたら直ぐ行くからよ?」
……ふっ、どうやらおっちゃんのパンが効いたみてぇだ。
マリーの奴、さっき迄とは打って変わってすっかり上機嫌になってらぁ。
美味いモン食えば、ある程度の邪気は吹っ飛ぶってトコかねぇ。
と、まぁ……そんなワケで、二人と満腹亭の前で別れた俺は。
そこから満腹亭の馬小屋へと向かい、レッドを馬小屋へ戻した後に。
タバコを一本灰にしてから二人の元へ向かう事にしたぜ。