澱みと魔族と精霊と。
「……ふむ。なるほどな……」
……ふと気が付けば「私」は、いつの間にか自我というモノに目覚めていた。
そしてそれに伴い、まるで記憶喪失か何かで今まで失われていたような、
そんな知識が一瞬で我が身へ戻った感覚も同時に経て、その知識を頼りに今現在、
何処かの塔らしき建造物の、最上階層の中に存在しているのも瞬時に認識した。
……私が得た知識の中にはソレしか無いのだから、他に説明のしようがないのだよ。
『下の階層へ向かえ……』
その知識が私へ何かを伝えて来た。この階層の、直ぐ下の階層へ今すぐ向かう様にと
指示を出してくる。上手く説明出来ないが、コレは誰かから言われているのではなくて、
そうしなければならない様な気持ちが私の中へ自然と湧いて来ているようなモノさ。
……やれやれ、面倒臭いモノだ。しかし、面倒臭くはあるが悪い気はしない。
他に何かをする予定がある訳でもない私は、その知識の指示に従う事にし、
目の前にある開け放たれた扉から見える、下の階層へと続く石造りの階段を見据えると、
フワフワと安定しない気体の様な身体を引きずって、下の階層へ赴く事にしたよ――
「……ふむ。人族の男性……だったモノか」
「……。」
下の階層へ赴いて直ぐに、丁度死んだばかりらしい人族の男性の遺体を見付けた。
年の頃なら二十代前半と言ったところか、その他の身体的特徴と言えば……
黒髪を短く刈り込んだ中肉中背、身なりは魔導士が着ているローブと剣士の装いを
合わせた様なモノ、そしてその遺体には、身体の部位損傷等も全く無かった。
「……精神力の枯渇による、『魂のみの死』か。いずれ、この肉体も……」
私の見立てでは、この人族の男性の死因は、どうやら己の精神力の極限を越えて
全ての精神力を使い果たした事による、自業自得的なモノだろうと思う。こうした
死に方をする主な要因は、精霊魔術や魔法を使用する際に文字通り「死力」を放つと
こうなるからさ。死力というのは、術行使に足りない精神力を己の命で賄う事だよ。
「……。」
石畳の床へ横たわる、物言わぬ人族の男性に興味を持った私は、
この後、彼が辿るであろう末路について物思いに耽る事にした。
……うーむ、そうだなぁ。このままこの遺体を此処に捨て置いていても、
その行き着く先は、私の「御同業」にエサとして全てを貪り食われるか、あるいは
「頭食鬼」という、タコみたいな魔族に脳へ寄生され、屍鬼と化すだけだろう。
神であるミルフィールの加護術「鎮魂歌」でも掛けられていれば話は別になるんだが、
この遺体にはそのような術は掛けられていない。掛けられていないのであれば
ソレをどう扱おうが、ソレは我等魔族の自由。その逆もまた然り……なんだがね。
魔族の巣で骸を晒すとはそういう事だ。さっきも言ったが「その逆」もね。
「グオォオォオオォ……」
[ミシミシッ……]
「あがっ……!? ぐっ……!! は、放せぇっ……!!」
……おや、その理に倣おうとしている者が向こうにも居るね。
とりあえずこの遺体の処遇は後にして、今から「ソレ」を見物するとしようか。
「ソレ」は、私が存在している場所から少し離れた開けた場所になるんだが――
……その場所には、美しい長い銀髪に端正な顔立ち、そして純度の高い澄んだ
エメラルドの様な碧眼と、異性を惹き付けるに十分な、魅力的な肢体を持った
うら若きエルフ族の女性が独り、彼女の体躯の五倍はあろうかと目測出来る、
頭は水牛、身体は人族の筋肉質な男性の見た目を持った、私の御同業の右手に
身体を掴まれて捕らわれて居るんだがね。その女エルフさん――
[グパァ……]
「あっ……あぁっ……」
御同業が大口を開くのと平行して、その端正な顔立ちを絶望の表情に歪めた瞬間。
[バグンッ!] [……ゴギベギィッ!!]
先程の御同業に、首から上を瞬時に食い千切られてしまったよ。
頭部が存在していたハズの、彼女の首から上の部分からは、断末魔の叫び声の
代わりに彼女が生前、彼女に好意を寄せる男性から贈られた事もあったのであろう
贈り物と等しく、情熱的な紅い薔薇を思わせる様な鮮血を盛大に噴出している光景が
見て取れ、更にそのまま彼女の経過を観察すると、なにやら異臭を放つ黄金色の
液体を彼女は自らの意思に反して床へ垂れ流すという痴態を晒しながら、頭部を
失ったその美しい肢体を、御同業の右手の中で独り寂しく痙攣させているね。
……あーあ、折角の美貌が勿体無い事だねぇ。あぁなってしまえば「アレ」は最早、
食肉用の家畜同様、タダの肉塊だよ。しかしまぁ、そうなってしまったのも彼女の
自業自得というモノだ。死にたくなければこんなトコへ来なければ良かったのだから。
ソコのキミもよく見ておくと良い。分相応を弁えねば、キミも……あぁなるからね。
「グオォオォオオォ……!!」
[……ブンッ!] [……ドシャアッ!!]
女エルフを仕留めた御同業は、彼女の身体から溢れ出ている鮮血で己の身体を
紅く染め上げると、その場で一つ大きな咆哮を上げ、その後は……彼女の遺体を
私が居る場所から少し離れたところへある「何か」が山積みになっている場所へ
おもむろに投げ捨てた。すると、ソコで肉と肉がぶつかり合った様な湿った音がした。
その後、そうした音を立てた御同業はと言うと、今しがた自分が仕留めた女エルフの
遺体にはソレ以上見向きもせずに、先程から左手に握り締めていた大きな鉞を
空いた右手に持ち替えると、そのまま何処かへ行ってしまったよ。
で、その場に残された私はと言うと、先程耳にした湿った音に興味を持ったモノで、
その場所を注意深く観察する事にしたんだ。目を凝らして……と言っても、いまの私に
目があるのかは分からないがね。そんな私の視界に入ったのは、その女エルフの遺体の
他にも、屈強な肉体を誇る歴戦の戦士と言った風なドワーフ族や狼人種らしき獣人族の
男性の遺体、そして更に……その場所には、神官職の装備一式を身に纏った、
竜族らしき若い女性の遺体もソコへ折り重なっているのが確認出来たよ。
先程の湿った音の正体は、女エルフの遺体が「その山」に当たったから、だろうね。
「……なるほどな。先程の御同業に敗れし者達の、成れの果て……か」
目視を終えた私は、次にソコへ近寄って、ソレ等をよく観察する事にしたよ。
「……。」 「……。」 「……。」
女エルフの最後は看取れたので、ソレは省いて他の三遺体の状態を述べる事にするが。
……どれもこれも損傷の激しい状態だ。鋼鉄製の全身鎧を身に纏っているドワーフ族の
男性の遺体は、首と胴体こそ繋がってはいるモノの、本来ならばソコに揃っていなければ
ならない、他の四肢の全てが強大な力で捥ぎ取られたかの様な欠損状態に至っており、
鋼の肉体とも表現出来る上半身裸の筋肉質な獣人族の男性の遺体には、肩口から腹部へ
かけての鋭利な刃物傷……まぁあの鉞の仕業だとは思うが、ソレで一息に叩き斬られた
ような深い傷口が見受けられ、竜族の女性の遺体に至っては身体の四肢欠損や刃物による
斬り傷等は一切見受けられずに、一見、綺麗な状態の遺体ではあるのだが……
その首だけが、何かしらの強大な力で無理矢理、背中を眺められる位置へと
捻じられた具合にあらぬ方向を向かされており、まるで……最初からその位置に
首があったかのような状態にされ、口からは舌を出し、白目を剥いて絶命していたよ。
……まぁこのまま放っておけば、そのうち私の御同業か「この塔」自体の
自浄作用が働いて、こうした者達の成れの果てを綺麗に掃除してくれる事だろう――
「……ふむ、此処にあるのはどれも駄目だな。損傷が激しすぎて使い物にならん。
よし、ならば……丁度良い、先程の『アレ』を有効活用させて貰う事にしようか」
この階層へ降りて、最初に発見した人族の男性の遺体を「有効活用」する事に
決めた私は、遺体が折り重なって出来ている山を離れると、先程まで居た人族の
男性の遺体がある場所へと戻り、その遺体へ乗り移ると……塔の最上層へ戻る事にした。
[スタスタ……]
ふむ、悪くない。この足取り、借り物だが非常に良く私の意識と馴染んでいる。
まぁミルフィールの加護を遺体へ付与する「鎮魂歌」でも掛けられていたら、
こう上手くは行かなかっただろうがね。アレは、私達「魔族」の手に負えない力なんだ。
アレを掛けられている状態の遺体を無理に有効活用しようとすると、私達自身の存在を
たちどころ無に還されてしまうからね。私の様に状態の良い遺体が手に入る事は稀で、
最悪、こうした依り代が見付からない場合の御同業は、そこ等の無機物か小動物か何かに
とりあえずの憑依をして具現化し、ソコから少しずつ力を付けて行くと言う遠回りな方法
しか無いのだが、ソレがこうしてなんの苦労もせずに手に入るとは……ツイていたな。
さてと、とりあえず具現化を果たす事は出来たし、今から何をすべきか。
……あぁ、そうだな。ソコに居るキミに面白い話を一つ聞かせてやろう。
何、ただの暇つぶしだ。対価としては、そうだな。キミの時間を少し戴こうか。
キミに拒否権は存在しない。まぁ、こうなってしまったのも自己責任と思ってくれ――
「澱み」とは「魔族」の「元になる存在」の事を指す。
創造神ミルフィールがアースグリーンを創った創世記には、この世界の何処にも
そうした「澱み」という存在など存在していなかった。しかしそれは、この世界が
出来てから直ぐの、最初の頃だけの話だ。というのも、ミルフィールが創り出した
「生物」と言う存在は、その生命を維持する為には「食糧」という形で必ず、植物なり
動物なりの、他の命ある存在の命を自らの糧として食わねばならなかったからだ。
……どんな奇麗事を抜かしても、その事実だけは曲げられない、生物である以上は。
その際に「澱み」は着実に生まれ、積み重なって行ってしまっていたのだ。
澱みと言うのは、放っておくと……その存在や性質を魔族へと変化させる。
なので、その事に気付いた創造神ミルフィールは、命を奪われてしまう割合が
最も多い、食物連鎖の最下位に位置する動植物達に「恩恵」を与える事にした。
ソレは何故かと問われれば「澱み」の存在を減らす為だ。で、その「恩恵」とは。
先程述べた、食われる側にある命を持つ動植物達の御霊を、幾度かの輪廻転生を
終えた後に、食われる苦痛の輪廻から解放される「精霊族」へと転生させる事だった。
では此処で「精霊族」についての話をしたいと思う。
この世界「アースグリーンの世界」を構成するにあたって、創造神ミルフィールは
「土属性」「水属性」「火属性」「風属性」「氷属性」「雷属性」「光属性」「闇属性」
という「八属性」要素を作り出し、その八属性を自らが創り出した「精霊界」という
場所へ置いていた。簡単に分かり易く例えるのであれば、精霊界と言うのはアース
グリーンの世界を作る為に必要な、材料を詰めておく材料箱のような役目を果たし、
八属性というのは、その材料箱の中に納まっている材料そのもの、だという事になる。
その精霊界の中は広く、まだまだ余裕があったために、ミルフィールは此処へ自らの
住まいと御霊達の居住区をそれぞれ創り、食われる輪廻から解放させた動植物達の御霊、
そして先程の、動植物達を食っている側の一般的な生物達の御霊を区分けして精霊界に
住まわせる事にした。一般的な生物の御霊達と、食われる輪廻から解放された御霊達の
違いは、その魂の穢れ度合いの差で区分けされている。こうした区分けを行った時から、
食われる輪廻から解放されし御霊達、としか呼ばれていなかった存在の御霊達は、
ミルフィールから「精霊」もしくは「精霊族」という名で呼ばれる様になり、
それまでの存在から「新しい種族」へと転生される様になったのだ。
で、先程解説した一般的な生物の御霊については、放っておいてもそのうち輪廻転生の
輪に戻る様になっているのだが、精霊と化した動植物達の御霊はそうはならない。
なので、ミルフィールはそうした体系を作り上げると、今度はその穢れなき魂を持つ
精霊族達にも存在する意味を与える為、彼等彼女等に適した仕事を与える事にした。
それは、先程話した「八属性」を管理させる仕事である。
その仕事を与えられる迄は、ただ漠然と悠久の時を遊んで過ごすだけの存在であった
精霊達は、その仕事を与えられる事によって自分達の存在している意味が持てる事を
大いに喜び、それぞれの好みによって、いずれかの属性地に振り分けられて行く事を
受け入れた。それぞれの属性地にある程度の精霊の個体数が集まると、やがて精霊達は
自主的に納得し合うかの如く、その存在を互いに融合し始めて一つになって行った。
これが「属性管理者」の誕生である。コレを知り、喜んだミルフィールは、
その属性管理者へ対し、それぞれに名前を授ける事にした。
「土の管理者=アースファクト」 「水の管理者=アクアマリーヌ」
「火の管理者=フレアシールズ」 「風の管理者=エアリファルス」
「氷の管理者=アイスブレイズ」 「雷の管理者=ボルディアンぺ」
「光の管理者=ミルウォーカー」 「闇の管理者=ダークブラッド」
これ等が、精霊界の八属性を管理する者達の名前である。彼等彼女等を呼ぶ際は
「管理者」「守護者」「精霊」好きな様に呼ぶと良い。名前さえ変えなければな。
姿形も特に定まっておらず、如何様にもその姿を変化させる事が出来る存在だ。
それでは、精霊族についての話を粗方終えた此処で、お次は「属性管理者」と
その「属性地」についてもっと詳しい話をしようと思う。精霊達が住む様になった
属性地には餓えの概念が無い。何も糧を取らずとも、常に満たされた状態で居られる。
しかし、そのような精霊族とは言え「好物」という物は存在するのだ。
その好物を味わう為に、属性管理者達はミルフィールと相談し、彼女から承認を
得た後「精霊魔術」という自分達が取り扱っている属性の力……要は、生物から
「魔術」と呼ばれている力を「対価次第」で生物に提供する様になった。その魔術を
扱う為の方法としては、どうやらエルフの里に生えている霊木が手掛かりとなって
いるようだ。その精霊魔術を扱う際は、使用者は己の精神力を精霊に食べさせる事で、
食べさせた量に見合った精霊の力を借りる事が出来る。先程述べた精霊族の好物とは、
まさしく「コレ」の事なのだ。それは生物が「生きる為に必要な力」とも言える。
精霊は生物の、その生きる為に必要な活力を何よりもの好物として気に入っている。
だが、己の身に蓄えられた以上の「生きる為に必要な力」を精霊に食わせると、
その使用者は「絶命」に至る事態を招く事になる。今、私が借りている身体の
持ち主の様にな。何故なら、生きる為に必要な力を全て使い果たす事になるのだから。
とは言ったものの、無論、精霊の方とて使用者が一人も居なくなっては「好物」を
二度と味わえなくなるのだから、使用者が簡単に絶命しないようにと一応の「制限」は
設けてくれているのだがね。しかしまぁ、その「制限」を越えるかどうするかは、
最終的には使用者の意志次第にも出来るのさ。そういう「契約」らしいんだ。
……この身体の持ち主が、何の為に己の命を投げ打ってまで術を行使したのか、
その理由は私には分からないが、そこ迄の「覚悟」を出来る者に、私は敬意を払うよ。
それでだ、此処までの話を聞いて貰って、この輪廻転生のシステムについて疑問を
抱いた者も少なからず居ると思うので、今度はその辺の事について少々話すとするが。
いま話して来た精霊族を除き、人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族、ドラゴン族は
生物である以上、等しく平等に老いを迎え、必ず「死を迎える」時が来る。だが、
これらの種族達は死を迎えたからといって「動植物達」へ「転生」はしない。
動植物達に転生は出来ないのだから、精霊族にも転生出来ない。何故なら――
いま名前を挙げたそれらの者達は、動植物達よりも多く……他の存在の命を、
自らの命を長らえさせる為だけに、一方的に奪って生きてきたのだからね。
ある者は、その「死」に抗おうとし、他者の命を自分の命にする為に非道の限りを
尽くし、他者を虐げた。また、ある者は他者の財を力ずくで奪おうとしたり、その他
以外の目的でも、己の欲望を満たす為だけに他者を虐げた。全ては、己の身に宿る
「欲」の赴くままに。これでは穢れ無き魂である精霊族への転生等、土台無理な話と
言うモノだ。この様に生物という存在は、生きて行くだけでも、その存在自体が
食物連鎖の最下位に位置する動植物達とは異なり、罪深き存在なのだ。
「欲」と言うモノは、ただ「その言葉のみ」をみると、不必要なモノなのかも
しれないが「欲」が無ければ「生物」は、己の生命を維持しようとする事にすら、
その興味を持たなくなる。なので「生物」が「生きる為」には「欲」は必要不可欠
なのである。最も多くの「命」を奪われる動植物達には「精霊族」への「転生」
という形で「澱み」を抑える事が出来るが……「人族」「獣人族」「エルフ族」
「ドワーフ族」「ドラゴン族」には「その救済」が、無い。
そうなると、それら種族の「澱み」は……いったい「何処へ」行くのか。
「澱み」とは「欲」でもあり「生物」が抱える「負の感情」でもある。
お分かりいただけただろうか。そう……この「負の感情」こそが「魔族」なのだ。
「魔族」とは「人族」「獣人族」「エルフ族」「ドワーフ族」「ドラゴン族」
「生きとし生けるもの全て」そのものの写し身なのだ。
「生物」が「存在する以上」は、決して無くならない存在。それが「魔族」である。
……かれこれ、もう千年は昔の話になるのだが。
過去に人族出身の、とある天才錬金術師が居た。その錬金術師が生きていた頃は、
アースグリーンの各地で自我の乏しい動植物達、そして自我を持たない様々な物質の
身体を依り代にする事で、魔族は容易に具現化出来ていた。澱みとは、そうして
魔族として現世へ具現化する。時には、自我の強いはずの人族、獣人族、エルフ族、
ドワーフ族、ドラゴン族にも澱みは取り憑き、その依り代を魔族と化した。
自我の強い種族に澱みが取り憑いた際は、必ず「異種族間の戦争」が起こった。
アースグリーン各地に様々な形態のギルドがあるのは、その魔族に対抗した結果の
産物ってトコだ。……自業自得が元とは言え、私からすれば滑稽な話に感じるよ。
……こうした状況を打開する為、天才錬金術師は「ある事」を考えた。
「ならば、この『澱み』を封じる手立ては無いものか?」と。
その天才錬金術師は、多種族の長達の力を借り、自らの持てる知識全てを費やし、
澱みを封じる為の塔を作った。その塔の名は「セブンス・ダークネス」
人族の王都である「ブレイブハーツ」の、外れに聳え立つ、七階建ての塔である。
この塔が出来たと同時期に、天才錬金術師は何処かへ姿を消した。それ以降、
澱みはこの塔に吸収されているらしく、アースグリーン各地で魔族が具現化する事も
急激に減る事となった。とは言ったものの……如何に天才錬金術師が作った、
澱みを吸収するセブンス・ダークネスと言えど、その吸収力には限界がある。
その「目安」を、どうやって知るか。その方法は容易である。
それは「魔族」が、大量に「具現化」しだした時だ。
塔が吸収出来なくなった澱みが、行き場を失い自我の乏しい存在に。
そして……自我が強いハズの種族にも澱みが憑依しだした時なのだ。
先程少し話した「ギルド」の中でも、一番古い歴史を持つ冒険者ギルドは、
そういった流れを防ぐ為に、異種族間の戦争が起きない様にする為に、
セブンス・ダークネス内に潜む魔族の掃討をギルド登録者達へ推奨している。
塔の中に潜む魔族を倒せば倒す程、戦争が起こる可能性は低くなるからだ。
何故なら、倒された「魔族」は「無」の存在へと還るからね……。
この塔が出来た当初は、なんの変哲もないただの塔だったのだが、次々に生まれる
澱みを吸収し始めてからは、その影響からか……あるいは魔族の仕業に拠るモノか、
その内部構造に変化が起こる様になった。まるで、塔自体が生きているかの様にね。
……興味があれば、一度此処へ来て直に自分の目で「ソレ」を確かめてみると良い。
まぁ、先程の女エルフのような末路を辿る事になっても私は知らないがね。
そういう変化を遂げた、このセブンス・ダークネスは、今現在。
最も登録者の多い冒険者ギルドで確認が取れている進捗状況としては、六階層迄は
どうやら踏破出来ているらしい。先程の者達が、そういった手合いなのだろう。
私の「知識」が教えてくれる限りは、七階層目は未だ「前人未到」の領域の様だ。
……その「私の知識」が教えてくれたが、どうやら「この世界」以外の異世界から
何者かが、この世界に来ている様だね。彼の名は「イチロー」か、興味深いモノだ。
彼が、この世界「アースグリーン」に来た時から遡ると、セブンス・ダークネスは
建造から約千年の節目を迎えようとしている。異世界からの訪問者イチロー、そして
ソレが何を意味するのかは、現時点では私にも全く分からないが。
この塔内、そしてこの世界「アースグリーン」の各地に満ちている澱みは、着実に。
「その時」を、待っている様だ。