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おっさんの冒険録  作者: おっさん
記録者:桜葉一郎 「二日目」
19/58

緑の世界で単騎持ちっ!



「よおっ、レッド! 元気にしてっかぁ? エド! ジョン! おめぇらも元気か!?」


「ブルル……」「ヒヒィーン……」「フシュー……」


 ……今の時刻は、朝の六時半ってトコかな。起きたのは五時頃だったんだが……

ミルフィールと話し込んだり、朝から「ウン」の良い出来事に見舞われちまったりと、

ちっとばっかし時間を食っちまったせいで、少し予定より出遅れちまったが。いま俺は、

昨日置かせて貰ってた「背負子」を回収する為に満腹亭の馬小屋に来てんだ。


 んで、いま俺が挨拶した相手は人間じゃなくて「レッド」っていう名前の、

馬体が真っ赤で、身体も他の馬と比べて倍はデッケェ馬と……栗毛の、普通の馬体の

二頭の馬「エド」と「ジョン」っていう、名前の馬なんだ。この馬小屋にゃ、全部で

この三頭の馬がいるんだが……その中でも、この「レッド」って名前の馬はな。


 お忍びで諸国漫遊するのが趣味だっていう、人族の国王「リチャード・ギブソン」

っていう王様がよ、この世界に俺が来る半年程前に、リュック村へと立ち寄った際、

その日の晩に満腹亭で食事をとったそうなんだが……その時に、その王様。


 凄く、ダンナさんの料理を気に入ったそうでな。……んで、その件の数日後。

 その王様の使いの者が店に来て、何かと思えば……唐突に、この馬を下賜して

行ったそうな。普通は、そんなウマイ話は馬だけにありえねぇ話なんだが……

なんでも、その王様は変わりモンで有名な人らしくてさ。


 王様の癖に「宮中は辛気臭い!」が、口癖の人みたいでよ? 一年間の中で、

ほとんど宮中には不在で、年がら年中各地を巡察の様な具合に着の身着のままで、

旅して回ってるそうな。……しかし、その王様の政治的手腕は歴代の国王の中でも

特に秀でているらしくて、小さな村の用水路の修繕や農道の補修やら……

まぁ、普通なら地元の役人でも気付かずに見逃すような、そんな細かいトコ迄も

キチンと見てて対処してくれるような、そんな王様なんだってさ。だもんで、

民からの信望は厚く……皆が皆、その王様の統治の仕方には満足してるらしい。


 ……っと、まぁ。王様の紹介は、コレくらいにしてっと――



[すりすり……]


「しっかし、いつみてもデッケェよなぁ……おめぇ。

 ナニ食ったら、そんなにデカくなるんだぁ? ほれほれっと……」


 レッドを見ながら、その長い鼻筋を擦りながら、そんな事を考えていた時だった。


[ふんふん……] [すぽっ]


「……うおっ!? よ、よせっ!? レッド!!

 くすぐってぇってば!! あひゃっ!? うひゃひゃあっ!!」


 レッドは鼻を鳴らしながら、俺のシャツの中に鼻先を突っ込み「ふんふん」と

生暖かい鼻息を俺の胸板に吹きかけてきたんだ。……エドとジョンの他二頭は、

そんなにでもねぇんだが、コイツだけはなんか知らんけど俺に良く懐いてんだよなぁ。

 そんな具合に暫くの間、レッドとふざけあっていると、丁度ソコに飼葉の入った

バケツを二つ持ったダンナさんが現れた。なので俺は、ダンナさんと話す事にしたよ。


「ははは……おはようございます、イチローさん。

 レッド、エド、ジョンも……みんな、おはよう」


[すぽっ]


「ブルル……」「ヒィンッ……」「フシュシュー……」


 レッドは、ダンナさんに気付くと俺のシャツの中に突っ込んでいた鼻先を戻し、

ダンナさんの方を見て……返事のようにいなないた。エドとジョンも、レッドの後に続く

様な具合にさ? ダンナさんの方を見て、キチンと行儀良く返事してたぜ。


「あっ……おはようっ、ダンナさん。わりぃな、起こしちまったかな……?」


「いえいえ、私も馬達にエサをやる為に、丁度さっき起きて来たトコですから。

 しかし、イチローさんは馬と話せるんですか? 私に対してだとレッドはそんなに

 愛想良くはしてくれないのですが……仲が良いみたいで、羨ましいですよ」


「いやいや、流石に話せたりはしねぇんだが。なんとなく、馬の気持ちが分かる……

 ってぇのかなぁ? まぁ、こりゃ……俺が、加護者だからなのかも知れねぇがよ?」


「なるほど……メアリーさんが言っていた事は本当でしたか。

 それならば、納得出来ます。あ、イチローさん? ちょっと、前を失礼しますね?」


[ごとっ]


 ダンナさんは、俺に一言の断りを入れてから飼葉の入ったバケツをエサ箱の前に

置いて、そのバケツから飼葉をエサ箱に移しながら、馬達に声を掛けた。


「レッド、エド、ジョン、朝飯だぞー」


[バサバサ……]


 馬達は行儀良く、その飼葉を食み始めたよ。……レッドは、身体はデケェけどよ?

 それでエドとジョンを邪険に扱う様な、そんな事は絶対にしねぇ良いヤツなんだわ。


 ……俺は、馬達の食事の様子を暫く黙って観察する事にしたよ。


 しかし、馬は良いよなぁ。なんつーか、こう。見てるだけで、癒される……つーか。

 ……俺さ、そっちの世界にいる時によ。会社の旅行で東北に行った事があってな。

 んで……丁度、その時にさ。大河ドラマの撮影だったのかな、奥州藤原氏ゆかりの

歴史施設の中でよ、釣りバカの「あの人」と、不良高校生のハマリ役をやってた

「あの人」を、その施設の中で偶然見掛ける機会があってさ。その時に、そのドラマの

撮影の中で使われる馬に乗せて貰えるイベントも同時にやってたモンだから俺、

その馬に乗ってみたんだが……いやぁ、アレは楽しかった。


 競馬だと、俺みたいな体格のヤツは騎手にはなれないが、別に身体がデカくてもよ、

だからと言って……馬に絶対乗れないってワケでも無いんだ。その馬、俺みたいなのを

乗っけても、キチンと歩いてくれたり駆け足してくれたりしたんだわ。これ、マヂで。

 ……馬の乗り方や動かし方は、その時に教えて貰ったんだ。今でも、覚えているよ。


 まぁ、俺は柔道やってたから……最悪、振り落とされたとしても受身すりゃ良いか、

くれぇにしか考えてなかったから、そんな具合に馬へ対する恐怖心は殆ど無かったぜ。

 しかも俺は車の免許だけじゃなく、自動二輪の免許も持ってたしよ? それでさ。


 しかし、今なら……俺には「豪力」の加護があっから、もしかしたら自由自在に

「イケる」んじゃねぇのかな……。馬だけに、ウマく馬に乗れる……なんつって。

 ……はいソコ、疲れた顔すんなっての。ウマい棒なら幾らでも奢ってやっからよ――


 俺が、そんなコトを考えていると……ダンナさんが声を掛けて来たんだ。


「……レッドって、良い馬でしょう? 普通ならば、馬二頭で引く様な馬車でも……

 コイツなら一頭で軽々と引く事が出来るんですよ。ですが……コイツをこのまま、

 荷馬車を引く為だけに此処に置いておくのは少々、可哀想な気もしてましてね……」


 ……ダンナさんは、そう口にすると。どことなく寂しげな、申し訳無さそうな目で

レッドの事を「じっ」と見てた。……まぁ、言われてみりゃ確かにな。こんなにイイ馬

だったら、自動車やらバイクなんてねぇ世界だから……何処かへ旅行を考える際にゃ、

十分なパートナーとして旅を助けてくれると俺も思うわ。……と、その時だった――


「ブルルっ……」


「えっ……?」


 レッドがよ、突然エサ箱の中から顔を上げて俺の目を「じっ」と見つめて来たんだ。

 なんだろうな……なんか不思議な気持ちになったよ。……なあ、そこの君。

 確かよ……?「思い立ったが吉日」っていう、格言があったよな……?


「……よしっ! 決めたっ!!」


 なので俺はよ。心の中で「覚悟」を決めて、ダンナさんに話を聞いてみる事にしたよ。


「ダンナさん、ちょっと……聞きてぇんだけどよ。もし、レッドみたいな馬を

 馬商人から買おうとしたら、その相場ってのは……幾らくれぇするモンなんだい?」


「……えっ? レッドの様な馬をですか? そ、そうですねぇ、エドとジョンの場合は、

 それぞれ金貨五枚でした。レッドの場合は……うーん……幾ら位になるのやら……」


 なるほどな、この世界の相場だと普通の馬一頭で五十万円ってトコか。それならばっ!

 ……俺は、もう一度。ダメ元で、ダンナさんに話を聞く事にした。


「……ダンナさん? もし良かったら……なんだが、レッドを俺に金貨十二枚で

 譲っちゃくれねぇか? 分割なんてセコイこたぁ言わねぇ、一括で払うつもりだ」


「えっ……? れ、レッドをですか? た、確かに……レッドを下賜して下さった

 国王様からは、生活費の足しにでもしてくれと言われて下賜された馬ですので……

 誰か他の人に売る事については、形式上、何も問題は無いのですが……うぅむ……。

 い、イチローさん? 少し此処で待ってて戴けますか? ちょ、ちょっと家内と

 相談して来ますっ! す、直ぐに戻りますからっ! そ、それではっ……」


[だっ……]


 そう言い残すとダンナさんは、駆け足で馬小屋を出て行ったよ。


 ……さぁて、どうなるかねぇ。今の、俺の全財産は……サイモン爺様から譲って

貰った家を除き、現金だけでみると……金貨十三枚「百三十万円」程と……

ソコに置いてある、背負子に括りつけてる、換金する前の採掘物くれぇなんだ。

 普通の馬の相場が金貨五枚、それよりちょっと良い馬だったら……金貨六枚って

トコじゃねぇのかなぁ。……まっ、俺の見立てではソレなんだが。どうだろうな。


 どちらにせよ、生活費を残した俺の全財産で出せる範囲は、金貨十二枚ってトコだ。

 だけどもし、この「運命的な直感」が合ってるなら、コレでいけるハズっ……!


[すりすり……]


「……なぁ、レッド。おめぇ……自由に野を駆けてみてぇって、そう思わねぇか?」


「ブルルっ……!」


 俺はレッドに近付くと……鼻筋を撫でてやりながら、そう聞いてみた。すると……

レッドからは良い返事が聞けた様な、そんな気がしたぜ。暫くすっと、ダンナさんは

女将を連れて戻って来たよ。……おぉ、女将の奴。何時に無く、真剣な顔付きしてらぁ。


「……イチロー? あんた、本気なのかい?」


「あぁ、女将。おりゃあ、本気だぜ。で、どうだい? 金貨十二枚じゃ足りねぇか?」


 俺は、女将の目を真剣な眼差しで「じっ」と見た。

 女将も、そんな俺から目を逸らす事無く「じっ」と俺の目を見返して来たよ。

 ……胆の据わった良い目をしてやがる。女にしとくにゃ、惜しい女性ひとだわな。


 そうこうしてたら……やがて、その女将が口を開いたんだ。


「……金貨十二枚、確かに悪くないねぇ。

 だけど……後、銀貨五枚。出せないかい? イチロー?」


「……むっ? 銀貨五枚……?」


「お、おいっ……お前っ……」


「アンタは黙ってなっ!!」


「は、はいぃ!!」


[びしぃ!]


 あーあ……ダンナさんは女将に一喝されて、直立不動の姿勢になっちまったよ。

 可哀想に……しかし、流石は女将。しっかりしてやがる。……だが、その金額なら!

 俺に、後悔なんてねぇぜっ!? よっしゃ!! コレでレッドは俺のモンだ!!


「ふっ……負けたぜ。流石は女将だっ! じゃあ金貨十二枚と銀貨五枚っ!

 それで買わせて貰うぜっ!! ダンナさんが証人だ! 女に、二言はねぇよなっ!?」


「ふふっ……文句なんてあるモンかね。まぁ、アンタが商売人みたいにセコっちく

 値切って来たりしたら、その時は断ってたが……しかし、そうじゃなかった。

 流石はイチローだねぇ、良い男っぷりだ。あたしの見込んだ通りの男だったよ」


[すっ……] [ぐっ……] 


そういうと女将は、良い顔付きの笑顔で微笑みながら右手を俺の前に差し出して

来たんだ。だから俺も、その女将の手を苦笑しながら、しっかり握り返したよ。

 ……コレは、商談成立って奴かな? ……と、思ってたら。その直後――


「……アンタっ!!」


「は、はひぃ!?」


「……イチローの家には馬小屋が無いんだから、イチローが村に居る間は、

 レッドは此処に置いてやるんだよ! 勿論、その間の世話もアンタがするんだっ!

 二頭世話しようが三頭世話しようが、別に変わんないだろっ!? 良いねっ!?」


「お、お前……。あ、あぁ、分かったよ。レッドの世話は、私が変わらず見させて

 貰うよ。望むところだ。イチローさん? イチローさんも、それで良いかい……?」


 ダンナさんは嬉しそうな顔で俺を見てきたんだけど、馬の維持費とかってのは

素人の俺にゃ分からねぇんだが、結構かかるだろうに……コレ、良いのかねぇ?


「……えっ!? そ、そりゃ……俺にとっちゃ願ったり叶ったりな話なんだが、

 い、いいのかよ? 女将……? それだと、赤字になっちまうんじゃ……」


 俺は、ダンナさんに対して申し訳ない表情で応対しながら、次いで、そのまま……

女将の顔を、ダンナさんへ向けてたツラと同じツラで見たんだ。そしたら、女将がよ――


「……なーに、ケツの穴のこまけぇことを言ってんのさっ!? 生娘じゃあるまいしっ!

 ……いいかい、イチロー。銀貨5枚ってのはね『その為』の追加ってワケっ!

 じゃ、あたしは今日の仕込みをやんなくちゃだから、後は『コレ』から馬具の付け方を

 聞くなり、代金の支払い方法を二人で打ち合わせるなりを、やっといておくれよっ!」


 そういうと女将は、踵を返して俺達をその場に残して、肩越しに手を

「ひらひら」と振りながら、馬小屋から出て行ったよ。……ウホッ、良い女。

 じゃねぇや、ありがとよっ……!! 女将っ……!!


[ばっ!]


 俺は、馬小屋から颯爽と出て行く女将の背中に向けて、深々と御辞儀したぜ。

 

「ははは……家内は、口は悪いのですが、あんな風にさっぱりした性格でしてね。

 ま、まぁ……私も、ソコに惚れたというか……いやはや、お恥ずかしい……」


「……ダンナさんも、有難うよっ!!」


[ばっ!!]


「……あ、いえいえっ! あ、頭を上げて下さい、イチローさん! ……私もね?

 レッドは、その方が良いと心から思うのですよ。イチローさんは冒険者だから、

 これから色々な所に向かわれる筈。……だから私からも、お願いします。レッドと

 共に、沢山の思い出を作って下さい。レッドに、色々な景色を見せてあげて下さい」


[すっ……]


「ダンナさん……」


 ……ダンナさんは、そういうと。女将と同じ様に良い笑顔を顔に浮かべながら

「すっ……」と、俺に手を差し伸べてくれたんだ。……ちくしょお、良い夫婦だよなぁ。

 この二人って。あ、やべっ……なんか目から変な汗が出て来やがった、くそっ……。


 ……とりあえず俺は、その変な汗を左手で拭いながら、ダンナさんの手を

握り返してから……ダンナさんへ一礼し、レッドの方へ歩み寄る事にしたんだ。

 レッドの目の前に立つと、レッドは長い舌を伸ばして来て、俺の顔を舐めて来たよ。


[ぺろぺろ……]


「うわっ!? よ、よせって……。うわっぷぷ……はははっ、宜しくな? レッド!」


「ブルルっ……!!」


 ……俺の目の汗を誤魔化す為に、舐めてくれたのかな。

 馬のクセに、可愛いトコあんじゃねぇか……コイツぁよぉ……。


 ……あ、そうそう。コイツ、身体はデカくても「メス」だからな。

 だから王様も、気軽にダンナさんへコイツを下賜してくれたんだろうぜ。


「ふふ……レッドも嬉しそうにしてますね。では、イチローさん。馬具の着け方を……」


「……あぁ! 宜しく頼むぜっ!!」


 ……この日、俺には新しい家族が増えた。まぁ、人じゃなくて馬だけどな。でも……

この世界に来て、初めて出来た俺の家族だ。だから俺は、コイツを大事にするさ――



 ……俺は、この後。ダンナさんから馬具の着け方を習ったり、ダンナさんとレッドの

代金の支払い方法等をキチンと話した後に、レッドと一時的な別れの挨拶を済ませ……

昨夜、置かせて貰っていた採掘物の詰まった背負子を背負い。



 ……レッドとの縁を喜びながら。一路、冒険者ギルドへと向かう事にしたのさ。





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