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おっさんの冒険録  作者: おっさん
記録者:桜葉一郎 「二日目」
16/58

譲れない意志「前編」





「そうねぇ……アレは……今から『1100年』程、前の話になるわねぇ……」


[ヒュウゥ……] 


「……。」


 ……夜の闇夜は終わりを迎え、その代わりに朝の夜明けへと移ろい行く刻を迎えた

アースグリーン。時折、肌寒い風が俺の身体を「そっ」と撫でて行く。そんな……

白み始めた薄暗い空の下。……先程迄の緩い表情とは打って変わって、真面目な表情で

俺の瞳を見据えるミルフィール。なので俺の方も、そんな彼女の蒼く澄んだ瞳を彼女と

同じ様に真面目な顔付きで見つめ返す事にした。……すると、俺の眼から俺の心情を

察してくれたのか……彼女はおもむろに、俺と交わし合っていた視線を「すっ」と外すと。


 その視線を俺の足元辺りへと移し、穏やかな口調で何かをゆっくりと語り始めた。

 なので俺は、そんな彼女の話を黙って真剣に聞く事にしたんだ――




 ……私の名は「エリカ・リバーサイド」

 今日も「私のせいで」数十人の仲間達がドラゴン族の犠牲になった――



「うぐぁ……お、俺の腕がっ……!? 俺の腕がぁあっ!? だっ、誰かっ……!!」


「……う、うぅ。こ、こんなのってひどいよおっ……。さ、さっき迄っ……! 

 ついさっき迄っ! い、一緒に話をしてたのにっ……。え、エルゥ……。

 貴女、来月結婚するって……わ、わたしに嬉しそうに言ってたじゃんかぁ……。

 な、なのにっ、こ、こんなのって……。ふ、ふえっ……う、うわあぁあぁあっ!!」


 ……今現在、私が立っている場所の周辺一帯には、鉄錆の様な匂いが充満している。


 ……此処は、緑豊かなエルフの里「グリーンフォレスト」というエルフ族の住む森だ。

「平時」であれば土や草、そして色鮮やかな花達の匂いを楽しげに運んでいる風達も、

今は……先程述べた異臭のみを運ぶ事しか許されず、何処と無く悲しげにそよいでいる。

 

 その異臭に嫌気が差したからと言って、今度は嗅覚から視覚へと意識を移す事に

してみても……その視界の先には何処を見ても必ず、私の仲間であるエルフ達の

傷ついた姿や遺体が、自分の意志とは関係なく嫌でも目に入る様になっている。


 ある者は、腕をドラゴンの強大な牙と顎によって食い千切られたのか、悲痛な表情で

のた打ち回っており、また……ある者は、身体だけを残してその首から上を無くし、

物言わぬ肉塊と化している。……それだけならまだマシな方だ。ドラゴン族の巨体に

よって踏み潰された者は、もはや「元」がなんだったかの存在ですら分からない状態だ。


 悔しい……やり場の無い怒りが込み上げてくる。何故、彼等だけが空を自由に飛べて、

私達エルフ族は空を自由に飛べないのだろうか。……確かに、私達も精霊の力を借りて

空を飛ぶ事は出来る。だが、空を飛ぶ精霊魔術と攻撃に使う為の精霊魔術の同時使用は、

使用者の命を常に脅かす程の魔力的負担が生じる。……それに、なによりも。


 魔力量だけで見るのならば、ドラゴン族よりも私達エルフ族の方に利があるのだが、

魔力は有っても、彼等の様な速度や高度で飛行するとなると……私達の場合は身体の方が

その精霊魔術の反作用について来れず、目眩や吐き気を起こしたり、場合によっては突然

意識を失う羽目になる。……私達の身体は彼等の様に強靭な作りをしてはいないのだ。

 ……それに加え魔力が尽きた際は、私達エルフ族の肉体的強度は他種族と比較した際、

その中でも最も脆弱な存在に成り下がってしまう。


 ……彼等ドラゴン族は、先程も述べた様に私達が歩いたり走ったりするのと同じく、

当たり前に空を飛ぶ事が出来る。その上、精霊魔術に頼らずとも……その強大で強靭な

身体さえあれば、それだけで私達にとっては十分な脅威となるのだ。


 ……この差は非常に大きい。せめてっ……! その差を埋めれる様にっ……!

精霊魔術使用時の魔力量の負担さえ、もっと軽減出来るのならばっ……! 


 傷ついた仲間達、そして物言わぬ遺体を眺めながら、そんな事を考えていた時だった。


「エリカ殿……。心中、お察しする……」


「トールさん……」


 不意に視界の外から声を掛けられた。なので、其方の方を見遣ると……私の目の前に

身長百五十センチ位の髭面で、重厚な鋼鉄を幾重にも重ね合わせたプレートアーマーを

着込んだ男が立っていた。その男の右手には、軽く二十キロ以上はありそうな大槌が

握られており、その左手には鎧と同じく分厚い鋼鉄製の盾がしっかりと握られている。


 この男の名は「トール・フレイル」 ドワーフ族の族長で、一族の戦士達を引き連れ、

先代のエルフ族長である私の父との盟約により、私達エルフ族と共に「魔族」と化した

ドラゴン族と闘ってくれている男だ。


 ……その彼が申し訳無さそうな表情で、私に声を掛けて来た。


「ワシ等が、もっと役に立っておれば……すまぬな……」


「そ、そんなっ!? な、何を言われますかっ!? 貴殿方ドワーフの皆様には!

 感謝してもしたりないくらいに感謝致しておりますっ! 皆様のお陰で……」


[スッ……]


「……。」


「えっ……? あっ……」


 私がそう言うとトールは、先程の表情のまま無言で、私達が立っている場所から

少し離れた先にある、女エルフの遺体がある場所へ「チラリ」と目を向けた。

 ……トールの視線を辿ると、その場所の、その遺体の傍らでは遺体の友人らしき

茶髪のショートカットの髪型をしている小柄な女エルフが、その物言わぬ首の無い

遺体にしがみ付いて……ただ、ただ、その友人の名を叫びながらに慟哭していた。


 くっ……! 自分の無力さを感じさせられるっ……!

 私はっ……! 彼女を、護ってあげられなかったっ……!


 声には出さなかったが「その光景」を目にした瞬間、私も彼の思いを知る事となった。

 ……彼が無言だった理由は、こういう事なのだろう。その光景を見た私は、ただただ

己の無力さを感じ、歯噛みする他はなかった。すると、そんな私の悔しそうな表情から

察したのか、トールは私を慰めてくれるかのように……優しく、言葉を掛けてくれた。


「すまぬ……。ワシ等に出来る限りの事は、させて貰うでの……」


「トールさん……」


 私みたいな小娘に対し、深々と頭を下げるトール。……自分の非力さが腹立たしい。


 ……確かに私はエルフ族の族長だが、今はまだ昨年亡くなった先代から族長の役目を

引き継いだばかりの若輩者だ。そんな私なんかが、こうやって……トールさんの様な、

歴戦の戦士に頭を下げて貰う資格なんてある訳がない。……同族すらもまともに

護ってやる事が出来ず、加勢に駆け付けて来てくれたドワーフ族の族長にも

頭を下げさせる様な、そんな非力な存在で……! これでっ!! 何がっ……!!

「族長」だっ……!? 何故、こんな無力な私が「叡智」の加護者なのだろうかっ!?


[……ギュッ!!]


[たっ……たたっ……]


 握り締めた右手の掌から、血が地面に滴り落ちる。爪が掌に食い込む痛みよりも、

今は……心の痛みの方が大きい。自分自身の非力さに怒りを感じ、ただただ俯き、

地面を見つめ、地表へ落ちていく己の血を見ながら悔しさに身震いしていた……


 そんな――時だった――


[ガサガサッ……! バササッ!!]


「……おいっ!! 討ちもらしたドラゴンが一匹! ソッチへ向かうぞぉおぉおっ!!」


「……むっ。なんじゃと……?」


「……はっ。えっ、ドラゴン……?」


 ……私とトールが立っている、この開けた場所から目算にしておよそ百メートル程

離れた場所。その場所に生えている背の高い大木の木陰から、一人の男エルフが

必死の形相で草木を掻き分けながら、そして叫び声を上げながらに駆け出て来た。


 その男エルフの声に気付き「はっ」と、我に返った私とトールは、その彼に注目する。

 すると彼は、私達がいる開けた場所にまでは来ようとはせずに、この開けた場所へ

出る一歩手前に生えている大木の、木の根を飛び越えると同時に……その大木を背にし、

座り込み、此方の方を恐怖と怯えが入り混じった様な、そんな表情で見つめていた。


 ……私とトールは、そんな状態にある彼を視認した後、互いに無言で視線を交し合い、

意志の疎通が出来た所で彼がもたらした情報を元に今現在、自分達が置かれている状況を

把握しようと、静かに辺りを警戒する事にした。……すると、次の瞬間っ……!!


「グォオォオォオーーーーンッ!!!!」


[ビリビリビリッ……!!]


 ……何処からとも無く響き渡るドラゴンの咆哮!! そしてっ……!! 

 その咆哮に伴って……身体に重く圧し掛かって来る、この大気の重圧感っ……!!

「奴等」だっ……!!「魔族」と化した、ドラゴン族だっ!! 間違いないっ!! 


[……ブォワァッ!!]


「ぐっ……!? この風圧はっ……!?」


「くっ……!? こ、これはっ……!?」


 その咆哮が響き渡ると同時に、私の頭上が一瞬だけ暗くなり……そしてっ!! 

 次の瞬間っ!! それに伴い、凄まじい強風が頭上から吹き下ろされて来た!! 

 ……突っ立っていては転倒させられてしまう程に強い強風だった為、私とトールは

その強風から身を護る為に、身体を少し屈める防護姿勢を取った。と、同時に――!!  


[ズズゥゥゥゥン……!!!!]


 私達の背後――! 先程、私とトールが見ていた場所――! 

 女エルフの遺体にしがみ付いて泣いている、小柄な女エルフが居る場所へ!! 

 質量、重量共に巨大なドラゴンが空より降り立ち!! そして立ち塞がった!!


「ゴァアァアァア……」


「えっ……? ヒッ……!? い、いや……。や、やだよぉ……」


 ……小柄な女エルフの前に立ち塞がったドラゴンは、低い唸り声を上げながら

彼女をその眼下に見下ろし、睨み付けている……! 一目見て誰にでも分かる、

この絶望的な状況……! ドラゴンが彼女へ向けている視線は、まさしく肉食獣が

獲物を見付けた際に見せる様な、そんな眼差しだ。


 ……生物であれば嫌でも本能で感じ取る事が出来る、己の身に迫る「死」の匂い。

 その匂いにあてられた彼女は、ただ、ただ、力なく、今から我が身に訪れるであろう

事柄に対して……拒絶の意を示す弱々しい呟きを、震えながらに洩らすのみ。

 この状況、このままなんの手も打たずに傍観していれば、彼女は弱肉強食の理に嫌でも

必然的に引き込まれ、従わざるを得なくなる事だろう。……だが、それはさせない。


 少なくとも、私の目の前では!! ……私が見ている前では!! 

 相手が何であろうと……絶対に阻止してみせる!!


「……ぬうっ!? いかんっ!! エリカ殿っ!! 話は後じゃ!!」


「……分かりましたっ!!」


[ダッ!!]


 打ち合わせをせずとも、互いの表情から「その決意」を確認し合った私とトールは、

ソレ以上の言葉を発する事無く、小柄な女エルフを助ける為、彼女の元へ急ぎ駆けた!


[ギョロッ……!!]


「あっ……あぁ……。だ、だ……れか……。た、た……す……け……」


 獰猛な肉食獣が獲物を狙う際の眼光……! その様な眼光に晒された状態の彼女は、

腰が抜けてしまったのか……その場から全く動く事が出来ずにいて、その愛らしい茶色の

大きな瞳の中に、涙を目一杯に浮かべたままドラゴンの眼を見つめ、その小柄な身体を

「ブルブル」と震わせながら……声にならない、かすれた様な声を出していた。


「グォオォオォオーーーーンッ!!」


[……ブォンッ!!]


「あ……ぅ……」


 その小柄な女エルフへ対して、ドラゴンは一つ大きな咆哮を上げると……!! 

 強大な、その身体を屈める動作と同時に……容赦無く、左手の鉤爪を走らせた!!

 鉄をも易々と切り裂くと言われている、硬質で肉厚なドラゴンの鉤爪……!! 

 その鉤爪は、異様な風斬り音を立てながら彼女の首元へと迫りつつあった!! 


 ……彼女が身に纏っている防具と言えば、胸元から腹部、それと背中から腰にかけての

上半身のみを護る革製の軽鎧。そして、肘と膝の間接部を護る簡易な革製の防具のみだ。

 そんな軽装備の彼女が、先程述べた様なドラゴンの一撃を喰らえばどうなるか――

 

 ……それは、彼女自身が一番良く分かっている事だろう。現に、彼女の表情を窺うと

「生きる事」を諦めた様な、どこか虚ろで瞳に生気が灯っていない表情になっている。

 ……だが、諦めるのはまだ早いっ!! ……その鉤爪が、彼女の身体へと迫る刹那!!


[ザシャアァアァ……] [……ガシィッ!!]


「えっ……?」


 私の横を並走していたトールが、その走る勢いそのままで自慢の大槌を投げ捨てて、

ソレと同時にスライディングで彼女の傍へ滑り込み、彼女の身体を掴む事に成功した!!

 そしてっ!! 次の瞬間――!! まさに、その行動を終えた直後に――!!


[ガギィイィイィイィンッ!!]


 間一髪!! トールは重厚な鋼鉄製の盾で、その鉤爪の一撃を防いだっ!! 

 耳をつんざく凄まじい金属音と共に、鉤爪と盾の接点から撒き散らされる火花!!

 小柄な女エルフを狙ったドラゴンの一撃は、トールの手によって無事、阻まれた。


 ……流石は、ドワーフ族の中で「並ぶ者無し!!」と称される程の歴戦の勇士だ。

 あのドラゴンの一撃を防ぐとは……!! しかしっ……!! あの体勢では……!!


「……ぐうっ!? ぐぬあぁぁあぁあっ!?」


「……あがっ!? きゃあぁあぁあっ!?」


[……ズザザザザシャッアァ!!] [ドカァッ……!!]


「ぐふあっ……!? ぐっ……! ふ、ふぅ……。な、なんとか間に合うたわぃ……」


「あっ……? あうぅ……」


 ……如何に歴戦の戦士と云えど、流石に捨て身の体制だった為、鉤爪の一撃を

受け止め切る事は適わず、その場からかなり遠くへ弾き飛ばされはしたものの、

トールは女エルフを庇う様に抱き抱えて護り、大木にその身体を打ち付けながらも

窮地を凌いだ。一方、小柄な女エルフの方はと言うと……その際の衝撃を身体に受けて

気を失いはしたモノの、トールのお陰で大事には至ってないようだ。


 ……ドラゴンは目標を見失ったのか、辺りをキョロキョロと見回している。


 隙だらけだ……! 背後に居る私の存在にドラゴンは全く気付いていない……! 

 この好機、絶対に無駄にはしないっ……! 私は、そう決意すると……ドラゴンへ

駆け寄る速度は落とさずに、その状態を維持したままドラゴンの背後へ駆け寄り、

次いで……! 今の状況に最も適した、精霊魔術発動に必要な詠唱を行う事にした!


「……風の精霊エアリファルスよ、我、今、此処に願わん。汝と我の契約に基づき、

 その力を我に貸し与えよ。精霊界に集いし数多の風精霊よ、エアリファルスの

 名の下に我が意に従え。……風刃の刃を以て、我が敵の身体を切り刻まんっ……!」


風殺陣エア・デス・フィールド!!」


 私の詠唱完成と共に、ドラゴンの周囲へ徐々に「精霊力」を含んだ風が集いだす!!


[ヒュオォオォオ……] [ピッ……! ピピッ……!]


「アガッ……?」


 鉄の武具位なら易々と弾き返してしまう位に強度のある、ドラゴンの皮膚を

「何か」が浅く斬り付けた。ドラゴンは訝しげに、その「何か」を気にしている。


 ……だが、もう遅い。その「切り傷」を受けた以上は、最早「手遅れ」なのだ――



「風殺陣」――この魔術は、風の精霊エアリファルスとの契約に基づき、術者の精神力――

 要は「魔力」をエアリファルスに捧げ、その「対価」としてエアリファルスより

風属性の精霊達を使役する事が赦されると言う、風属性系最高位の精霊魔術だ。


 その分、消費魔力も多くなるが……エルフ族である私の魔力量であれば最大で六発。

 エルフ族に次ぐ魔力を持つドラゴン族であれば最大で四発。その他の種族であれば……

個体差にもよるが、平均的な術者の魔力量からすれば二発が発動限界と言った所だろう。


 ……で、だ。先程、私が口にした「手遅れ」とは正に「そのままの意味」だ。

 この「風殺陣」を発動させると、対象者には手始めに「印」が付けられる。

 その「印」とは先程、ドラゴンの身体に付けられた「浅い切り傷」の事だ。


 ……此処まで話せば「この魔術」の仕組みを粗方分かって貰えた事だろう。


 私から「魔力」を受け取ったエアリファルスは、その「対価」として精霊界に住む

風精霊達に「指示」を与える。その「指示」とは、私とエアリファルスとの間で結んだ

契約に基づき、取り決めを行った「行動」を風精霊達に起こさせる事だ。

 この「風殺陣」に於いては、その「行動」の初手が先程の「浅い切り傷」となる。


 ……エアリファルスを「王」に例え、風精霊を「兵士」に例えると理解し易いだろう。

「一番乗り」を果たした精霊には、エアリファルスより「褒美」が与えられる。

一番乗りに遅れたとしても、その後に続き結果を出せば、やはり「褒美」が与えられる。

 その褒美とは、私がエアリファルスへ渡した「モノ」の「分け前」と言う事だ。


 ……なので精霊達は荒れ狂う。「分け前」に、ありつく為に。

「その傷」を「目標」にし「その目標の付いた対象」には決して容赦をしないっ――!!



[……ビュオォオォオォオッ!!!!]


 ……術の発動時は「そよ風」程度だった微風が、徐々にその勢いを強めて行き……!

 ドラゴンの身体を中心にして、その身体を何時の間にか碧色の強風で包み込んだ!!

 その光景を何かに例えるのであれば、ドラゴンの身体が巨大な碧色の竜巻にでも

包み込まれている様な光景と言ったところだ。……ただし、その竜巻には。


 普通の竜巻とは異なり「刃物」の様な切れ味を持った「風刃」が含まれている。

 ……そう、それこそ「鉄並みの強度」を誇る、ドラゴンの皮膚さえも……!!

 そんな事など、なんのお構いも無しに切り裂いて行ける程の――なっ!!


[……ザシュ!! ザシャ!! ザグッ!! グシャ!! ドシャッ!!]


「……グッ!? グォオォオォオーーンッ!!!!」


 ……先程迄は碧色だった竜巻も、ドラゴンの悲鳴とも受け取れる咆哮と共に、

今現在はその色を紅く変え、紅色の竜巻となっている。竜巻の色を変えたのは、

風刃によって斬り刻まれた、ドラゴンの身体から流れ出た大量の血液だ。

 じきに「ソレ」を目の当たりする事になるだろう。……まぁ、見ていると良い。


[……バシャッ!! ビシャッ!!]


 紅く染まった竜巻の中から噴き出したドラゴンの血が、辺り一面に飛び散った!!


 ……精霊達が動くのに邪魔な血液を、外へ放り出していると言ったところだ。

 その際に、少しだけ竜巻の密度が弱まるので中の様子を確認する事が出来る。

 ドラゴンは、その竜巻の中で頭を護る様に両腕で頭部を抱えてのた打ち回っていた。


「……弓隊っ!! 構えっ!!」


[ザッ!! ザザザザザッ!!!!]


「むっ……? アレはっ……」


 ……巨大な体躯の持ち主であるドラゴンへ放った「風殺陣」は、その体躯に比例して

巨大な竜巻に形を変える。なので、遠く離れていても目立つソレを目印にしたのだろう。

 何時の間にか、先程の男エルフが居た場所辺りに仲間のエルフのボウガン弓隊が

駆け付けてくれていて、ソコから援護射撃を行ってくれる準備を整え始めてくれていた。


 総勢三百名程で編成されているエルフ弓兵が指揮官の号令の元、一糸の乱れも無い

統制の取れた機敏な動作で各々ボウガンを膝台に、あるいは上空に向けて一斉に構え、

紅く染まった竜巻の中でのた打ち回っているドラゴンに対し、狙いを付ける!!


「……。」


 指揮官は、私の精霊魔術が収まる頃合いを見計らっている様だ。


[……コクッ] [タタッ……] 


「……風の精霊エアリファルスよ、我、今、此処に願わん。汝と我の契約に基づき、

 その力を我に貸し与えよ。精霊界に集いし数多の風精霊よ、エアリファルスの

 名の下に我が意に従え。……蒼風を以て我が身を包み、我が身を護りたまえ……」


蒼風壁ウィンド・シールド


 弓隊の指揮官と互いに視線を交わし合う事で「ソレ」を察した私は「彼」へ対して

一つ小さく頷いて見せると、次いで急いでドラゴンの近くに放置されている女エルフの

遺体に駆け寄り、その場で風の精霊魔術の一つ「蒼風壁ウィンド・シールド」を使い、風の防御壁をその場に

作る事にした。……こうせねば「彼女」も、仲間の援護射撃に巻き込んでしまうからだ。


 その防御壁の中で、私はトールに視線で合図を送る。


 トールは私の視線に気付いてくれて、次いで弓隊の方を一瞥すると、小柄な女エルフを

抱き抱えて大木の裏へ移動し、その大木を背にして鋼鉄の盾を傘の様に頭上へと掲げた。

 友軍の援護射撃から身を護る為の回避行動を終えたトールが、視線で私に合図を送る。

 

 その合図を確認した私は、勢い良く! 弓隊の指揮官へ向けて右手を振り下ろした!!


[サッ!!]


「……放てぇー!!」


[ビシュ!! ビシュシュシュシュン!! ビシュン!!!!]


 私の合図を確認した指揮官の号令の元、一斉に弓隊のボウガンから矢が放たれた!!

「斉射」なんて生易しいモノではない、まさしく「矢嵐」とでも表現出来る大量の矢が!

 上空から! そして真横から! 縦横無尽に此方の方へと飛来するっ……!!


[……パチンッ!]


 私は指を鳴らし、ドラゴンを取り巻いていた「風殺陣」を解除した。……その瞬間!!


[ザアァアァアァッ!!!!!!]


 一斉に!! 辺り一面に!! 激しい夕立に見舞われた様な具合に!!

「雨」では無く「矢」が、降り注いだ!! 風の防御壁を張り巡らしていても、

その音が空気の壁を突き抜けて聞こえて来る位の……大量な矢の雨音だ。


[ドスッ!! ザスッ!! ガスッ!! バスッ!! ドカッ!! グサッ!!]


「アォオォオォオォン……!!!!」


 普通、ドラゴンの皮膚は鉄で出来た武具等をアッサリと弾き返してしまう程の強度を

常に備えているモノなのだが、今は私の「風殺陣」によって既にその皮膚をズタズタに

切り裂かれている為、このドラゴンには、この矢嵐を防ぐ手立ては無い事だろう。

 

 私はドラゴンを見据えたまま、風の防御壁に意識を集中させた。そのまま奴の状態を

確認してみると、私と弓隊指揮官の予測通り、ドラゴンは皮膚の裂け目から次々に

飛来する矢の鏃を身体に沈み込ませ、悲鳴にも似た唸り声を上げている。

 そのドラゴンの姿を何かに形容するとすれば、その姿は……そう、まるで仙人掌サボテンだ。


 矢が全て降り注ぎきった……丁度、その時だった――



「……ゴライアス長槍隊っ! 前へーー!!」


おうーーーー!!!!!!」


[スチャ! チャ! チャ! チャ! チャ……!!!!]


 風結界の外から、ときの声らしき気勢を察した。なのでドラゴンへ向けていた視線を外し、

周囲を見渡してみると……我がエルフ弓隊が展開している真横に、何時の間にか長槍を

携えた新しい一隊が現れていた。……あの兵装、間違いない。あの一隊は、ドワーフ族長

であるトールさんの副官「ゴライアス・バールズ」殿の率いるドワーフ長槍隊だろう。

 

 ……その長槍隊の指揮官である「彼」の掛け声の元、百余名程で編成されている

らしき隊列の中から、二十名程の屈強なドワーフ族の戦士達が更に一歩前に出た。

 そして……!! 三メートル以上はあろう長槍を、裂帛れっぱくの気合の入った掛け声と共に、

錬度の十分さが窺える機敏な動作で、ソレを一斉に……ドラゴンの方へ向けて構えた!!


 ……百余名全員では、一斉にはドラゴンへ取り付けないからだろう。


「突撃ィィィィィィィ!!!」


「応ーーーーーーー!!!!!!」


 副官ゴライアスの掛け声と共に! 一斉に足並みを揃えて横一列になってドラゴンへ

向かって突進するドワーフの戦士達!! 他のドワーフと比べてみても一際、体格の良い

ゴライアスは、その列の中央で槍を握っている!! ……何かの兵法書で見た事がある。

 確か……彼等が行っているこの戦法は「槍衾やりぶすま」と呼ばれる集団戦法だ。


 一矢の乱れも無い隊列、そして、その勢いと気迫。……確かに見た目の数は少ないが、

ドワーフ族の戦士であれば、個々の武量はそれぞれが人族の戦士十名程に値すると聞く。

 ……ドラゴンを目の前にして、威風堂々たる行進。……敵には回したくないな。


 ……その精鋭達が今まさに! 矢を受けてハリネズミの様になっている

ドラゴンの元へ到着した! ……その瞬間、間髪入れずに一斉に繰り出される、

ドワーフ族の職人達が精魂篭めて鍛造した……二十本の、鍛え抜かれし長槍っ!!


「どうおぉおぉおぉりゃぁあぁあぁっ!!!!」


 ……ゴライアスの大声が、此方にまで飛んできた!! 

 彼の武量は族長であるトールさんを除き、ドワーフ族の中でも他に並ぶもの無し! 

とまでも称された、怪力無双な豪傑だ!! その彼の槍が……ドラゴンへと迫るっ!!


[ヒュボッ……!!]


[ドカアッッ! ドスッ! バスッ! ドスッ! ドシュッ……!!!!!!]


「……ギャッ!? ギャォオォオォオォン……!!!!!!」


 ……ドラゴンは長槍にその身を貫かれ、断末魔の叫びを上げた。そして――



「アォオォオォオォン……」


[ズズゥゥゥゥン……]


 ドラゴンは、その身体を大地に横たえ……それっきり動かなくなった――






「とりあえずは、一段落……と、言った所かの?」


 テーブルに所狭しと山の様に置かれた料理と酒。乾杯の音頭を執るのは……

私から頼んで、その様にして頂いたドワーフ族の長、トールさんだ。


「トール様っ! 本当に、ありがとうございましたっ!」


 そのトールさんに酒を注いでいる、小柄な女エルフの姿も見える。

 茶髪のショートカットが愛らしい、エルフどし15歳の娘ミーファだ。

 彼女は、先程トールさんに命を救われている。なので……そのお礼なのだろう。


「ふっ……礼には及ばん、御主が無事で……ソレで、なによりじゃて……」


「トール様……」


 トールさんは、ミーファから酒を注いで貰いながら安堵の表情を浮かべていた。

 ミーファは、その瞳を「うるうる」とさせながら、トールさんの顔に見入っている。

 本当の強者とは、ただ強いだけではなく……トールさんの様な戦士としての強さ、

そして、優しさも兼ね備えた智勇兼備な勇士の事を指すのだろう。


「……んー? トールの旦那が要らねぇってのなら、俺が……その姉ちゃんから

 御礼を貰おうかな。どうだっ、姉ちゃん!? まだ初めてみてぇだけどよ!?

 優しくすっから! なぁに、いてぇのは最初だけだって! だから俺と、いっぱ……」


「……えっ!? ええぇっ!?」


 ……そのトールさんとは対照的に、片時もジョッキを手放さずに次から次に

酒を呷っている体格の良いドワーフもいる。トールさんの副官である、ゴライアス殿だ。

 彼の言や表情から察すると、どうやらミーファの事が気に入ったらしい……。


[ドカアッ!!]


 あ、トールさんが無言でゴライアス殿の後ろ頭を殴った。


「……いっ!? いってぇえぇ!? だ、旦那!? あ、頭は殴っちゃダメだって!!

 頭が悪くなっから! コレ以上、頭が悪くなっちまったら、俺っ! まずいって!?」


「ほぅ……知っておるか、ゴライアス。鉄は叩けば叩く程、その強度を増すそうじゃ。

 不純物が外に出るからの。どれ……お主の頭も、ワシが直々に鍛え直してやると……」


 トールさんに殴られては、さしものゴライアス殿とて平気では……いられまい。

 ゴライアス殿は必死になって殴られるのを避けようと、弁解しようとしているが……

トールさんは、まだまだ、ゴライアス殿の頭を殴り足りないと言った感じだ。


「ははは……。トール様、それくらいでゴライアス殿を御許し下さい。

 ゴライアス殿、コレはエルフの里の最上級酒です。ささ、どうぞ一献……」


 礼節を重んじるトールさんとは対照的に、教養に欠ける所があるゴライアス殿の

仲を仲裁をしようとしている優男がいる。この男は、私の副官を任せている弓隊隊長の

サージュと言う者だ。先程のドラゴンとの一戦で弓隊の指揮を執っていたのも、

このサージュだ。容姿に優れ、頭も切れ、皆からの人望も厚い。私には、過ぎた男だ。


「あぅう……え、エリカ様ぁ……。こ、怖かったよぉ……」


 サージュが機転を利かせてくれたお陰で、ミーファは涙目になりながらも私の傍へ

移動する事が出来た様だ。……私は、そんな彼女へ対して微笑を向ける。……確かに、

ドワーフ族には援軍として働いて貰った恩もあるにはあるが、それとコレは別だ。

 ミーファにも、相手の男性を選ぶ権利というモノがある。ソレを分からぬ私では無い。

 だが、このままでは武名を誇るゴライアス殿の顔が立たなくなってしまうので、

私もサージュを見習い、ゴライアス殿の擁護に一役買って出ることにした。


「ふふ……ゴライアス殿も、本気でお前をどうこうする気はないでしょう。

 酒の席の戯れだと思いますよ。ねぇ、ゴライアス殿……?」


 私は、私の傍で涙目になっているミーファの頭を撫でてやりながらゴライアス殿へ

声を掛ける事にした。丁度、そのタイミングに合わせた様に、サージュがゴライアス殿の

ジョッキへと、絶妙なタイミングでエルフの里の良酒を「なみなみ」と注いでくれる。


「っと、とと……わりぃな、サージュ! お? おぉ! そ、そうだぜっ! エリカっ!

 その通り! ってなワケだ、旦那っ! い、いやぁー! この酒、うめぇなぁー!!」


 サージュからの酒、そして私の言葉、更には……隣に座っている、トールさんからの

物言わぬ威圧感のある視線。流石のゴライアス殿も、ミーファの事は諦めてくれた様だ。


「まったく、こやつは……」


 それでも、トールさんはゴライアス殿からは監視の目を離さない。ゴライアス殿は、

戦場に於いては頼れる存在だが、やはり教養に欠ける部分がある。……なのでだろう――




 今、私達は加勢に来てくれたドワーフ族の方々の労をねぎらう為、そして……

死者の魂を慰める為に、酒宴を開いている最中だ。……あの後、私達は。

 ドラゴン族の手によって、命の灯火を消されてしまった者達の遺体を収容し、

その者達の御霊をミルフィールの元へ送り、怪我人の手当てを行ったんだ。

 今回の襲撃で現れたドラゴンは三匹。……そのドラゴンは、どうなったのかと言うと。


「澱み」に取り憑かれたドラゴン族の遺体は、骨格や皮膚等を残し、そのほかの肉体は

大地へと腐り落ちていった。「澱み」に取り憑かれるとドラゴン族の場合は「そういう」

消え方をする。平時であれば彼等も言葉を話せ、人型に自らの姿を変化させる事の

出来る神聖魔術をも使役出来るのだが……「澱み」に取り憑かれてしまった以上は、

彼等は只の凶暴な「魔族」と化す。……なので彼等に「供養」の必要は無いんだ。


 いや……供養となる、別の方法はある……か。


 彼等の残した遺物を使い、ソレ等を皆の役に立てる道具として加工し、「魔族」に

成り下がった存在の彼等を新しく生まれ変わらせる事が、なによりの彼等に対しての

供養となるのかも知れない。この「供養」の方法については、こうなる以前に

ドラゴン族の方からも、その様に申し付かっているんだ。


「魔族」という不名誉な存在のままで最後を迎えさせるよりは……という、彼等なりの

同族へ対する考え方であり、配慮なのだろう。なので、ソレ等の素材はドワーフ族に

譲るつもりだ。手先の器用な彼等なら、私達エルフ族よりも上手に、その素材を活かし

「魔族」という不名誉な存在から解き放たれるだけの、皆の役に立てる道具を作り出して

くれるからだ。現に、ドワーフ族には鍛冶職に就く者が多くいる。私達エルフ族は、

薬草や魔術の研究に特化している為か、その他の事は……ほぼ、疎かになっている。

 なので、彼等とは軍事的な同盟協力以外にも交流があって、互いに不足している

技術的な部分での協力の面でも、私達は友好な関係を築いているんだ。


「サージュ、すまないが……少し席を外す。後は、任せた」


「はっ、お任せ下さい」


「……ん? なんだぁ? 便所か、エリカ? まったく……しょーが……」


[ゴキッ!!]


「……ぐげっっ!?」


「しょうがないのは、お主の方じゃ。まったく……すまぬ、エリカ殿。

 このバカに代わって謝るわい……。こやつの粗暴、申し訳ない……」


「ふふ……御気になさらずに。少々……夜風に当たって参ります」


 私はそう断って席を離れ、宴席の場を後にした。その後は、このグリーンフォレストの

中央を流れる川沿いを散策する事にしたんだ。……あぁ、ゴライアス殿の件とは全く

関係ないぞ。此れは、私が自ら望んだ事なんだ。何故なら……「あの人」に逢いたいから。

 逢って、私が考えた「魔法」の事を「あの人」に伝えたい気分になったから――



 私は、そう思いながら……ミルフィールの事を思い浮かべた。





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