表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっさんの冒険録  作者: おっさん
記録者:桜葉一郎 「一日目」
13/58

酒は飲んでも呑まれるな「前夜」

 



「……ムグムグ、ハグハグ……こくんっ。ふぅ。……あっ、女将さんっ。

 次はコレっ。『キノコと御芋のコトコト煮シチュー』を、お願いしますっ」


「……おっ? 追加だねっ。はいよっ、ちょっと待ってなよ。えーと……

 『キノコと御芋のコトコト煮シチュー』っと。今、ダンナに言付けて来るからね」


「な、なんっ……だとっ……。ま、まだ食えんのかよ……」


 チェーンスモーカーならぬ、チェーンイーターっていう言葉は存在しねぇのかな……。

 目の前に出されていた食事を綺麗に平らげ、すぐさま次のオーダーへ入るエミリーと、

食器洗いをしていた手を止めて、そのオーダーを羊皮紙にスラスラと書き足す女将。

 ……で、残ったイチローさんは「どうしてんのか」と、言いますと。


 食欲旺盛な健啖家だったエミリーの正体を知って、俺は「再度」驚愕していた――




 ……エミリーの「お腹」に住んでいた「魔族」を、十分に観察し終えた俺は、あの後。

 俺達が居たトコから少し離れたトコの、草むらの中にあったエミリーの鞄を見付け

出してやって、ソイツを彼女へ持たせ……それから後は、俺の案内でな。


 彼女と一緒に森の中から街道へと出て、その街道をリュック村方面へと歩み、一路。

 リュック村の、南の方へ店を構える御食事処「満腹亭」へと、向かう事にしたんだわ。

 腹を空かせて「ヨロヨロ……」としか歩けなかった彼女を、魔族みたいな唸り声を

腹から出していたエミリーを、流石に見るに見かねて……な。


 ……あぁ、そういや言うのを忘れてたんだが。俺が「ベネッツォ」との闘いで負った

怪我の状態についちゃあ、別に何も心配は要らねぇよ。……腹部への浅い切り傷と、

身体の至る所への打撲、そして顔面にゃ……奴さんから口元に蹴りを貰ったせいで、

その際に唇を少し切ったくれぇの怪我、ってトコかな。


 んで、まぁ当然……ちゃあ……当然な流れの話になるワケなんだが。

 店に入って直ぐに、俺とは知人関係でもある此処の女将から、この怪我の事情を

当たり前に聞かれたりもした。……だけど、その時にエミリーの顔を見てたらさ。


 流石に盗賊なんかの話は出来なくてなぁ……なので、この怪我についてはよ。

「採掘中に山から転げ落ちた」ってコトにして「俺の自爆的な笑い話」みてぇな流れに

場の空気を変えて、取り繕っておいたわ。……エミリーの奴、そんときゃ鳩が豆鉄砲でも

食らったトキみてぇなツラしてたんだが。俺が「口裏を合わせろ」ってな具合の視線を

彼女へ向けたら、彼女は心細そうな表情で俺のシャツの裾を「ぎゅっ……」と、

掴んで来たよ。……彼女へ対しては、あの件の責任は俺が全て取ると俺は口にした。

 ……だからコレで良いのさ、嘘は嘘でも「吐いて良い嘘」ってのはコレだと俺は思う。


 ……んで、そんなエミリーの事はさ。街道で偶然居合わせた「旅の途中の娘さん」って

具合に女将へは簡単に紹介しといた。……しかし女将の奴、俺の予想を裏切らねぇ様な

返事をしてきやがって。……エミリーに、俺の事をな。


 「こんな熊みたいな男と、夜道でバッタリ遭ったりして……」ってな具合に、

ソコは面白おかしく茶化してくれやがってよ。だけどまぁ、そのお陰か……

エミリーも、そっからは明るさを取り戻してくれてな。今じゃ御覧の有様ってなワケさ。

 ……でも、ほんっと良く食うわこの娘。ギャルなんとかさんと、良い勝負だなこりゃ。


 でだ、すっかり落ち着いてくれたエミリーの事はソレで良いとして。

 その「盗賊の件」についてはよ、奴等の遺体にはエミリーの協力による「鎮魂歌」が

掛かっている事だし、盗賊の件についての関係各所へ対する報告等についてもさ。


 ……そりゃあ早ければ早いに越したこたぁねぇんだろうが、盗賊が大所帯だった場合。

 逆に「二人も返り討ち」にされてるんなら、モヤシから報告を受けたからって言って、

直ぐにはソイツ等が動いたりはしねぇだろうさ。……まずは斥候みてぇな奴を出して、

二人をやった相手がどんな奴なのかを探らせに来るってトコだろう。何故なら――


 幾ら「村」だと言っても、この世界の「村」にゃ……その全てに城壁みてぇなモンも

あるし、衛兵だってキチンと配備されてるからなんだ。ましてや、今の時刻は夜間帯。

 この時間帯になると、その城壁の城門も締め切られ、警備も厳重になっからよ。


 この事から察して貰えれば分かると思うが、余程の馬鹿の集まりか、数百人規模の

大盗賊でもねぇ限りは、ゴリ押しすりゃ間違いなく多大な被害を被る相手へ対して、

短絡的な行動を取ったりはしねぇだろうさ。……まっ、その辺の事についちゃあ

今度機会があれば詳しく話すよ。


 ……あぁ、残りがモヤシだけの三人組だった場合は、更に全く心配は要らんわな。

 敵討ちを考えるくれぇの根性がある奴だったら、逃げずに俺へ向かって来てただろ。


 だもんで、この辺の状況や事情から考えて「盗賊の件」についての報告関係は、

明日の朝になってからでも大丈夫だろうと俺は判断した。その方が、奴等の遺体を

捜しに行ってくれる者にとっても、都合が良いだろうしな。


 ……そして、最後にもう一つ。リュック村へ向かう道中、エミリーから話を聞いた

限りじゃ、俺やエミリーがそれぞれのギルドから受けていた依頼についても、

特に急がねばならないような期限等は互いに決められていない種別の依頼だったのでさ。

 それで、まぁ……全てひっくるめて、この辺のゴタゴタしたこたぁ明日になってからの

報告でも大丈夫だと、俺は判断したんだわ。


 ……とまぁ、今現在に至った経緯についてはそんなトコだ。

 んで、それは良いとしてだ。今、ちょっと……取り込んでてなぁ――




「……ワシんトコの、ばーさんの若い頃に……よー似とる……」


「知的に見えるその容姿とは……似ても似つかぬ、この消費量……! か、可憐だ」


「ねー、ままぁ? あの、おねーちゃんも『そだちざかり』なのぉ?」


「ふふっ、『女』はね? 成長すると辛い事や悲しい事があった時は、ああやって……

 食べて飲んで、ソレを忘れる事が出来る不思議な力が、自然と身に付くものなのよ」


「へー、そうなんだぁ。じゃあ、あたしもっ!

 はやくおっきくなって、あの……おねーちゃんみたいになるぅ!」


 ……夕食時ってのも手伝って、只今の満腹亭の客席は、ほぼ満席状態。

 皆が皆、思い思いの食事を愉しんでるってトコなんだわ。だけど……この世界にゃ、

そういう時に眺める様な「四角い箱」なんてモンはねぇし、このリュック村は賑やかな

都会ってワケでもねぇからよ。このエミリーの「御食事風景」は、言ってみりゃ……

そういう娯楽の少ない村人達からしてみれば、格好の娯楽みてぇなモンになるんだわ。

 ……あぁ、周りの客の視線が痛い事痛い事。……やめてお願い、コッチみないで。


「はい、お待ちどう様っ。キノコと御芋のコトコト煮シチューだよっ」


[ごとっ]


 頭を抱えている俺なんかを構う事なく、エミリーが頼んだ「六皿目」がテーブルに

運ばれて来た。彼女は右手にスプーンをしかと握り締めて、臨戦態勢を整えている。

 

[ほわーん……] 


 シチュー皿から立ち上る、ほんのりと熱気を帯びた湯気が俺の鼻腔を擽った。


 ……シチューの良い香りがするぜ。だがこれは……空腹時の俺でもキツい量だ。

 彼女の手元へ置かれた、その皿の中身をテーブル越しにチラ見して確認してみると。

 肉は「鶏肉の細切れ」が入ってて、その他の具材は……某配管工の兄弟に見せたら、

まず間違いなく狂喜乱舞する位に豊富な種類のキノコ達、それと……どっかの環境保全

団体の名前がついてる小さな豆と、一口サイズに切り分けられたジャガイモ、ニンジン。

 んで、煮込む前にジックリ炒められてから煮込まれてるって事が分かる感じの、

程好く火が通っているタマネギが確認出来らぁ。


 それらの具材がシチューソースの大海で、イモ洗い場の様にひしめき合っている。


[ことっ……] [すっ……]


「いただきます……」


 そんなシチューを目の前にして、一旦スプーンを器の手前に置いて「すっ……」と、

静かに胸元で手を合わせ、その所作と同時にエメラルドの様な碧眼も閉じるエミリー。

 凛々しいというか、神々しいというか……食事に対しての作法の例えとしては、

なんか変な例えなんだが。彼女の食前の作法は、万人にそう思わせる様な、

そんな感じの作法なんだ。……美人補正かもしれんけど。


 ……いやー、しかしこの娘。よく食うわー。ホンット、よく食うわー。

 器に口を着けての、ドカ食いとかじゃあないんだよ。ただ……「六皿目」なのに、

全く食事のペースが落ちねぇんだ。……スプーンやナイフ、フォークを動かす手、

料理を口に運び入れるペース。それらの全ての動作が、静かに繰り返されててよぉ……

一皿目の時と全く同じなんですよ。この……眼鏡っ娘おぜうさんは。


 次から次に繰り出されるスプーンによって、シチューが入っていた器の中身が着実に、

少しずつ減って行ってるぜ……。あ、シチューに付いてるライ麦パンを手に取った。

「もくもくもく……」ってな具合に、普通に食ってるよ……。


 ……えっ。あ、あぁ。お、俺か。俺は、とりあえずビールと厚切りローストビーフが

「5切れ」入った一皿と、色とりどりの野菜にクルトンとフレンチドレッシングの

乗っかったシーザーサラダが一皿に、トマトケチャップが小皿で少量付いて来る、

塩で下味を付けてあるフライドポテトを一皿、頼んだんだが……うーむ、こいつぁ。

 エミリーの食いっぷりを見てるだけで、もう腹が一杯になっちまった様な感じだよ。


 俺はフライドポテトを数本、皿から掴み上げるとソレを「アテ」にしてビールを

一口だけ飲んだ。エミリーはメガネの曇りを全く気にせずに、次から次にスプーンを

使ってシチューを口に運んでいる。……とは言っても、やはりレンズが曇ったままでは

見えづらいのか、たまにスプーンを動かす手を止めてメガネを外し、テーブルの小脇に

置いている白い小さなハンカチを取り出し、メガネの曇りを拭いている。


 ……木製のビールジョッキ片手に、エミリーの食事風景を静かに見守る俺。

 と、そんな俺からの視線に気付いたらしく、メガネを拭く手を止めて、

エミリーは俺の顔を「じっ」と見てきたよ。……彼女、眼鏡を掛けてる事からも分かる

ように目が悪いんだろうな。なので眼鏡を外すと、ああやらないと見えにくいのだろう。

 

 しかし、眼鏡を外したエミリーは本当に美人だなぁ。そんな相手から「じっ」と

見つめられた日にゃ、いい歳こいた「おっさん」だとしても……照れ臭いってモンだ。

 なので俺は照れ隠しに苦笑した。すると、そんな俺の表情を確認した彼女は

「ニコッ」と、俺に微笑み掛けつつ――


「……有難う御座いますっ、イチロー。このお店のお料理は、とっても美味しいですっ」


 ってさ、そう言うと。彼女はメガネを再装着し、スプーンを手にとってシチューの

続きを食べ始めたよ。彼女がスプーンを口に運ぶ度に、彼女の顔からは……この食事に

満足している事が、一目見て分かるくれぇの笑みが、自然と浮かび上がっているねぇ。


 ふっ、旨そうに食いやがって。そんだけ旨そうに食ってくれてるんなら、

俺としても奢り甲斐があるってモンさ。……あぁ、そういや言ってなかったっけ。

 今日の晩飯代は、先程の「エミリーのお腹に居る魔族の件」の時の「俺の非礼」を

侘びるのも兼ねて、俺が持つ事にしたんだわ。……え、何故、そうなったのかって?

 ……だって、彼女からは「見るな」と、言われたワケなんだが。

 「アレ」は、流石に……なぁ。そりゃ見ちゃうでしょ、とーぜん……。


 ……だもんで、そんな彼女の制止を無視して俺は暫くの間、エミリーの「お腹」を

「じっ」と、見てたんだが。そしたらよ、あの後。……エミリーの奴、頬っぺたを

「ぷくっ」とフグみたいに膨らませたまま、俺と目を合わさねぇどころか全く口すらも

利いてくれなくなってよ……なので仕方ねぇから――


「お、俺が悪かったって! な、なぁ、エミリー。

 今晩の晩飯は、俺が奢るから……ソレで機嫌直してくれって! 頼むっ!」


 って、謝ったら……急に「ころっ」と機嫌が良くなってな。


[……ぴくっ]


「……今の言葉、嘘偽りなんかではありませんよね。イチロー……? うふふふふ……」


 つぅワケでして、ソレで今現在の御食事に至る、ってワケなんだわ――




 ……まっ、女はソレくらいの愛嬌があってこそカワイイってモンだよな。うんうん。

 こりゃ男である俺の、男側からの意見として、参考迄に聞いて欲しいんだが。

 男と喧嘩して、いつまでもグズグズしてる女は損をするぜ。男は単純なんだからよ、

女の方が愛想だきゃあキチンと良くしとけば……相手の男が「へタレ」なんかじゃねぇ

場合に限り……だが、その男は「ソレ」に、ちゃんと責任感を持って応えてくれるさ。


 しかしなぁ……とは言ったモノの、一口に男と言っても十人十色な性格してるしなぁ。

 その男の性格が「へタレ」だった場合は……最悪だ。幾ら女の方が関係修復の為に

愛想良く振舞おうとしてても、ずっと不機嫌な表情してて何も喋らねぇだろうしな。


 更には、そういう性格の野郎はよ。そんな状態の時ってのは決まって……女の過去の

粗探しをし出して、ソレを指摘し出すだろうからなぁ……「足をすくう」ってヤツさ。

 まぁ、そんときゃ……そんな性格の男とは、幾ら話をしようとしても女側へ一方的な

譲歩を求めてくるだけで、まともな話し合いになんざならねぇから、そんな態度しか

女側へ示せない様な、器の小さな野郎とは……思い切って別れちまった方が互いの為だ。


 ……まぁ、コレは女側にだけ言える事でも無くて、男側にも同じ事が言えるんだ。

 まともな性格の男だったら自分が惚れ込んだ女に対してだったら、多少の無理をして

でも……女へ尽くそうとするよな。いや、実際に尽くすか。だけど……その女の性格が、

さっき話したへタレ男と同じ場合だった時はだ。そんな性格の女と、いざ喧嘩になると。


 そういう性格の女は、それまで男から良くして貰っていた恩を綺麗サッパリに忘れて、

自分の過失を棚の上に上げて、男が過去にやらかした過失を「くどくど」と攻めて来る

だろうな。男の中にゃあ、女へ対して幻想的なイメージを持ってる純粋な男も居るかも

知れんが、実際、現実には。そんな風に恩知らずで、恥知らずな女だっているんだ。

 ……そんときゃ、男も覚悟を決めろ。株に当て嵌めて言うんなら「損切り」って奴だ。


 そんな女は、いざ自分が責任を取らなきゃならねぇ場面に立たされたらよ、事情を何も

知らねぇ第三者に泣き言を触れ回って、悲劇のなんたら状態になっちまって……

そっから先は、自分の体裁を保つ事だけを考える様になって、責任から上手く逃げる事

しか考えなくなるからな。そういうスイッチが一旦入っちまった女は、もう二度と男の

元には戻っちゃこねぇよ。……そんな女を追っかける行為、ソイツを何かに当て嵌めて

例えるとしたら。……幾ら、大枚を突っ込んでも「当たり」の来ない、そんな状態の

「玉入れ台」に向かっている様な行為と同じなんだわ。泣きを見る前に、止めとけって。


 ……こりゃ「おっさん」の持論だがよ。


「女の嘘は黙って許せ」とか抜かしてるフェミニストに言いたいねぇ……。


「その女から嫌われたとしても、その女が吐いた嘘を女にダメな事だと教えてやるのが、

 本当の男じゃねぇのか? テメェ一人が自惚れんのは勝手だが、テメェのせいでよ。

 嘘はダメな事だと気付けないバカ女を量産してる事に対しては、どう思うんだ……?」


 ってな。そういうフェミニストが「全ての女性に対して平等に接している」のなら、

俺だってこんな事は言わねぇよ。だけど、そういうヤツに限って女を容姿で優遇差別

してんだろ。……ソコの君。ソコの君が、もし、そういう野郎を知っているのならば、

ソイツの行動を良く観察してみるといい。あからさまに美人に対しては良い顔して、

自分の好みじゃねぇ女相手にゃ冷てぇハズだから。……俺からしてみりゃあよ、

そんな差別野郎が女の事を格好付けながらに語るのは……笑い話にもなんねぇよ。


 ……女を「泣けばなんでも許される」みてぇな存在にしちまうのも間違いだ。

 女にだってよ、俺のお袋みてぇに「テメェのケツはテメェで拭く!」って考え方の、

男なんかにゃ負けないくれぇの、強い意志を持った女性だっているんだ。だから極端に

女を甘やかしすぎるのはダメなのさ。……女が嘘を吐いた際、黙って許してちゃダメだ。

 女にもキチンと「テメェのケツはテメェ自身で拭かせる」様にさせなきゃ意味がねぇ。


 俺は男だから、男として言わせて貰うが。……男ってのはな、女がそう出来る様に

陰から支えてやるとか、とりあえず女が背負い込んでる問題を解決してやって、

その後で……その問題を曖昧になんかせず、キチンとソレを女に教えてやりゃ良いのさ。

 ……性根のしっかりした女なら、その時にソレを分かってくれらぁ。その逆に、ただの

甘ったれた性格の女だったら……男が、幾らキズだらけになって、身体を張って、

その女が抱えていた問題を解決してやろうが……なーんにも気付いちゃくれねぇよ。


 ……漫画やアニメの世界に出てくる様な女だったら、その辺に気付いてくれるがよ。

 現実世界の女を相手にする場合は、そう上手くは行かねぇ。その大半が、父親に

甘やかされて育って来てるから、ソレを相手の男にも求めようとするぞ。


 ……まっ、男にも「マザコン」って感じで言い表される様に、いま話してきた女とは

逆バージョンの、似たようなバカ男も居るけどな。……まぁ、男にも女にも色々な性格の

ヤツがいるが。結局、俺がナニを言いてぇのか、つーとよぉ。

 女は「愛想」だぜ。男は、その女の愛想に報いるだけの「責任感」を持つ事だ。

 どちらか一方に「ソレ」が欠けちまった時が「お別れの時」なんだろうけどな――




 おっと、すまんすまん。まぁ、おっさんの独り言だと思って聞き流してくれや。

 しかしまぁ……ここまでエミリーが大喰らいだとは思わなかったが、

旨そうに食ってる事だし、こりゃ悪い気はしねぇな。


 俺は、ローストビーフを一切れ口に運ぶと、ビールを一口あおった。


 ……傍から見ると俺達ってさ。歳の離れた妹と、飯を食ってる兄貴……ってなトコか?

 まぁ、俺は日本人だしエミリーは北欧系の人だしで……そりゃ無理がある話だけどな。


 旨そうにシチューを食べているエミリーを見ながら、そんな事を考えている時だった。


「……あっ!? あぁっ!? い、いちろぉー!? ぼ、ボクという婚約者が

 いるのにっ……!? ほ、他の子と二人っきりで食事なんて……ひ、酷いよ……」


[……ブゥー!?]


「……げほっ!? ごほっ!? うっ……ごほんっ! こ、この声はっ……!?」


「……?」


 不意に背後から聞き覚えのある声を発する娘からの、俺には全くそんな事を言われる

ような謂れのない、周囲に誤解を招く様な発言が聞こえたので俺は思わずビールを盛大に

噴き出した。エミリーは、スプーンを動かす手を「びたっ」と止めて、曇ったメガネの

ままで、俺の背後に居るらしき娘の方を無言で見ている。俺は、後ろを振り返りたくは

無かったが……仕方なく振り返る事にした。……振り返ると、ソコには――


 腰辺りにまで届きそうな位に長く伸びた、サラサラな銀髪のストレートロングな髪型、

エミリーと同じ様に宝石のエメラルドの様に澄んだ瞳。そして……その二つを合わせて、

可愛らしいという表現が最も良く似合う顔立ちをした、中学生位に見える北欧系の娘が、

今にも泣き出しそうな表情でその瞳を「うるうる」とさせながら、両手に作った握り拳を

その胸元の位置で「ぷるぷる」と震わせながら、突っ立っていた。


 その娘が着ている服装は、ミルフィール教会のシスター達が着ているのと同じ、

白地に錦糸で特殊な刺繍が施されている修道衣だ。暫く、俺とエミリーは「その娘」を

無言で眺めていたんだが……そうこうしてたらその娘がよ、この沈黙を破るかの如く、

俺の右隣に「ちょこん」と座って来てさ、次いで俺の右腕を自分の身体へと強引に

手繰り寄せるかの如く抱き抱える様にして……俺に「ぴったり」くっついて来たんだ。


 ……そしてその娘はエミリーの方を「きっ」と睨み付けながら、口を開いたんだ。


「き、キミがドコの誰だか知らないケドっ! い、いちろぉーはっ! ボクのなのっ!

 わかったかなっ!? だからキミにはあげないからっ! ……ねー、いちろぉー?」


「……。」


 そう言うとその娘は、俺の顔を下から嬉しそうな表情で覗き込む様な具合に見てきた。

 突然の事に俺は何も言えず固まっている。一方、その娘からそんな事を言われた

エミリーは、無言のままで眼鏡を曇らせたまま、静かに「麦茶」を口に運んでいた。


 な、ナニ、この空気。ってか、そ、ソレは……こ、怖いって、お、おぜうさん……。

 ……ソコの君。何故、エミリーと初めて会った時と、この娘へ対しての俺の反応が

違うのか疑問に思うだろ。同じ様に「くっつかれて」いるのに……だ。


 だって、この娘。俺からしてみればさ、自分の娘だとしてもおかしくはない位の

年齢なのよ。当然、エミリーには「あるモノ」が、この娘には「無い」ワケでして。

 そ、そりゃまぁ……確かに、同年代の娘と比べてみりゃ、この娘の容姿は飛び抜けて

端正な顔立ちしてるとは思うし、後数年もすりゃ間違いなく美人になるんだろうが……

俺は「青田買い」はやらねぇ主義だ。……ってか、こんな子に手ぇ出したら犯罪ッスよ。


 ……俺は冷静になって状況を判断すると、いつもの如くその娘を引き剥がす作業に

移る事にした。……エミリーが目の前に居る手前、早くなんとかしねぇとな。


「……おぃマリー、オメェの気持ちは嬉しいんだがよ。俺とオメェとじゃ歳が

 離れ過ぎてるって、いつも言ってるだろう。だから俺なんかを婚約者にするよりも、

 オメェはもっと現実を見て、オメェと歳の近い同年代の男とだな……」


 あくまで女性として扱う。そうじゃなきゃ……この子、泣くんだよ……。

 俺は「この子」こと「マリー・クレアレンス」を、いつもの様に窘めようとしたんだが

「今日」のマリーは、いつもと違った。いつもなら、ここで離れてくれるんだが……。


「むぅ!? と、歳の差なんて関係無いよっ!? それに男のハートは!

 髪の毛の量で決まる物じゃないって! ば、ばっちゃが言ってたんだからぁ!?」


 マリーは俺に「ぴったり」とくっついたまま、なにやら必死な面持ちでそういった

口上を述べると、またエミリーの方を「きっ」と、険しい表情で睨んだ。


 ……嬉しいこと言ってくれるじゃないの。だけどよ……人を見た目で判断しない、

こんな性格の良い娘なら、俺みたいな「おっさん」なんかよりも、もっと若くて

イケメンで、高収入な良い男と将来的には必ず一緒になれるってモンだ。


 俺はマリーからの言葉に嬉しさを覚えつつも、やはりマリーの将来の事を考えて、

もう一度。マリーを引き剥がす作業に戻ろうとしたんだが……その時だった。


[がたっ……]


 エミリーが、メガネを曇らせたまま無言で席を立った。……よく見ると彼女の、

空になったシチューの器の隣には、さっきまでは無かったハズの、ハーフサイズの

ガラス製のコップがあり、そのコップの中には琥珀色をした液体が少しだけ入っていた。


 此処で俺は「はっ」とする。あっ……!? そ、ソレはっ!? さっき俺が頼んだ……

こっちの世界に来る前に、俺のお気に入りだった酒っ!? ……ウイスキーの中でも、

比較的クセが少なくて飲み易い部類の、あのウイスキーに味が似てる奴じゃねぇかっ!?

 まさか……エミリーは、ソレを麦茶と間違えて……。


 ……席を立ったエミリーは、無言のままで「つかつか」と歩き、そのまま俺の左隣に

腰掛けた。そして、あ、あろう事か。「むにょん」とでも、効果音の付きそうな

「二つの山」を有する、そ、その身体で……! 先程のマリーと同じ様に、俺の左腕を

自身の身体に抱え込む様にしてくっついて来たんだわ……。


 お、おぜうさん!? こ、コレは、い、いったい!? ど、どうしちゃったの!? 


 事の事態を飲み込めず、突然のエミリーの行動に激しく狼狽する俺。そんな状態で、

エミリーの表情を窺うと……エミリーは相変わらずメガネを曇らせたままだったが、

その口元には微かな微笑が浮かんでいた。次いで彼女は、左手だけでメガネを外し、

ソレをテーブルの上に静かに「そっ」と置くと……無言で、マリーを見た。


 ……その表情は、まさに。「約束されし勝利の微笑」とでも形容出来る様な表情だった。


「なぁっ……!? ぐっ……ぐぬぬっ……!? こ、コレは勝てないかもっ……!?」


 その微笑を受けたマリーが、なにやら悔しそうな声を上げている。な、なるほど……

コレが噂に聞いていた「女の闘い」って奴か……お、恐ろしいモンだぜ……。

 場の空気に呑まれちまった俺は、二人のやりとりを眺めながら、ただただ呆然と

「ドン引き」してた。……そんな俺に対し、エミリーが声を掛けてきた。


「……フッ、小娘では私の相手にならぬよ。ところでイチロー、なんだこの小娘は。

 お前の側室か? まぁ、私は正室の座を誰にも譲る気はないが、男の事は多少なり

 とも理解しているつもりだ。お前がこの小娘を側室という事にしたいのであれば、

 ソコはまぁ……お前の行動次第で、特別に許可しようではないか……?」


 エミリーは艶めかしい視線で、俺の目を見据えながら言葉を紡いだ。それこそ、

彼女の温かい吐息を間近に感じられる位に迄、彼女の方からその顔を、俺の顔の方へと

「すっ……」と、近付けて来て……な。……こ、この娘。こんな表情も出来るのな……。


 お、おぜうさん……。あ、アンタぁ……ど、どぎゃんしたつかね……。

 あ、アンタぁ……性格っちゅうか……じ、人格が変わっとるとよ……。

 はっ……!? い、いかんいかんっ!! ナマってる場合じゃねぇえぇえっ!?

 早く俺がっ! 良識のある大人の俺がっ! こ、この場をなんとかしねぇと!! 

 

 俺は気を取り直し、とりあえずマリーよりも先にエミリーを引き剥がす事にした。


「……え、エミリア。そ、その、アレだ。お前は、いま酔ってんだ。だから、今は……」


 彼女の事を、いつもの愛称ではなくてキチンとした名前で呼ぶ俺。

 真面目な話をする際は、こっちの方が良いと判断したからさ。だ、だけどよぉ……


「どうした……イチロー? 私では役不足なのか……? 私は、こんなにも

 お前の事を想っているというのに……。私では……お前の正室にはなれぬのか……?」


 ……な、なんだこりゃ。ふ、雰囲気が普段のエミリーとは全く違うぜ……。

 俺は、慌ててエミリーから目を逸らす事にした。……な、なんだ。この高貴な雰囲気の

漂うエレガントなオーラは……ど、どうする俺? こ、このまま逝っちゃう……?


「今の状態」の、エミリーは目に毒だ。なので俺は、マリーの方を見る事にしたよ。

 ……だ、だがっ!! そこにも「おもわぬ伏兵」がっ!? きょ、挟撃だとっ!?


「……い、いちろぉー。ぼ、ボクだって……こうみえても『女』なんだよ……。

 そ、そりゃ……い、今は、まだ子供だけどさ……。絶対に、いちろぉー好みの女に

 なってみせるから……。だ、だからっ……それまでは、ボクだけを見ててよ……?」


 清純、純真無垢と言った「想い」の全てが篭められたマリーの瞳が、

俺の目を通して、その気持ちを一生懸命になって伝えてきやがるっ……!!

 おいおい……マリー、オメェホントに中学生か……? な、なるほど……把握した。

 こ、これが「ピー」に走る者達の「気分」だと言うワケか……。


 さて……どうするかねぇ。前門のエミリー、後門のマリーと来たモンだ。

 ……余裕そうに見えるだろ、だけど「コレ」やばいんだぜ……。


 どちらを選ぶかの選択肢を、某青春野球の一節風に変換してみたものの……

 ダメだ!! 俺には、どちらか一方を選ぶ事なんて出来っこねぇ!!!!


 そう……思い悩んでいた時だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ