魔術と魔法と成り立ちと
……やぁ、君か。君も「私」と同じく、暇を持て余しているのかな?
しかしまぁ……そうは言ったものの、その「私」とて先程も述べた様に「今は」
他に何かする事がある訳でもないから、此処は一つ。……先日と同じ様に、君が持っている
「時間を対価」に、何か君に話をしてやろう。……あぁ、今回のは別に強制ではないよ。
拒否したかったらしてくれても構わない……が、君に「一つだけ」助言をさせて貰おう。
「私」が見たところ、君が「君の中」で飼っている「好奇心」は、腹を空かせて「エサ」を
欲している様に見えるんだ。……君は子供の頃に親御さん、あるいは――周りに居た大人達に
教わらなかったかね? ……何かを飼う際は、キチンと世話をしなさいと――
……今「私」の手の中には「そのエサ」がある。君が「時間」と言う「対価」さえ
支払えば、その「エサ」を君は「この場」で得る事が出来る訳だ。……さて、どうするね。
まぁ「このエサ」は、別に「私」から買わずとも、他にも「対価次第」で幾等でも
君に売ってくれる者は居るだろうからさ。……この判断は、君に任せるよ。
……それでは、私から「エサ」を買う気がある者からは「時間」を頂く事にしようか――
……この世界「アースグリーン」には「魔術」や「魔法」というモノがある。
その呼び方は「魔術」とでも「魔法」とでも、君の好きに呼ぶと良い。何故なら、
その呼び方はどちらであれ、世間的な認識は「どちらでも同じ」なのだから。
……むっ、そうだな。突然だが「良い事」を思い付いたぞ。話をすると言った手前、
「私」が、こうした事柄の解説をしなくてはならない所だが。……今日は趣向を変えて
「ある男」に、その役目を任そうと思う。……その方が、君も楽しめるだろうしな。
……しかしまぁ、とは言ったモノの。「ソレ」にも少しばかりの「制約」があってね。
その「制約」とは「ミルフィール」の事なんだ。……まぁ、この「制約」については。
今から「私」が話す事を、君に聞いて貰えさえすれば理解して頂ける事かと思うので、
このまま話を進めさせて貰う事にするよ。……君も誰かから話を聞いていて、既に御存知
なのかも知れないが、基本的に「私」や「他の御同業達」は「その性質」から考えると、
謂わば「君達の分身」と言っても差し支えない存在だ。なので「その性質」を利用すれば。
「私達」の方から「君達の精神」へと、直接「精神干渉」を仕掛ける事も出来るのさ。
今から「私」がやろうとしている事は「ソレ」を利用した事だと思って貰えると幸いだ。
……しかし「ソレ」にも、先程言ったように「制約」というモノがあってね。
「私達」から「君達」へ「精神干渉」を仕掛ける事が出来るのと同様に「彼女」からも
「私達」へ「同じ事が出来る」んだ。……何故なら「彼女」は「万物の創造神」という
「神」なのだから……ね。……で、先程述べた「制約」について、簡単に言うとね。
……余りにもおおっぴらに「ソレ」を「君達」へ仕掛けると、今度は「ソレ」に気付いた
「彼女」から「君達へ対してした事と全く同じ事」をされるんだ。そうなると「ソレ」は
「私達」にとっては、とても厄介な事になるのでね。……なので、その「精神干渉」を
使って、遠距離から君達を物理的にどうこうするとか、操るとかってのは出来ないから
安心してくれて良い。……精々、小一時間程「君達との会話」を愉しむ事くらいにしか、
その「精神干渉」は使えないんだ。……コレが、先程言った「制約」ってワケさ。
……あぁ、そうそう。「依り代」として君達の身体を得る場合は、この限りでは無いよ。
何故なら「自我を持たない物質」……まぁ、死体も同じ定義だね。「ソレ」とは異なり、
「自我の強い君達」の身体を「依り代」とする場合はね。君達自身の意志表示による、
私達との契約って言う形になるからなんだ。……契約というモノは「自己責任」に基づく
「君達の同意」があってこそ、その「効力を発揮されるモノ」なので「その場合」は。
先程話した「此方からの一方的な押し売り」とは違うから「彼女」は「ソレ」を
邪魔してきたりはしないんだ。「彼女」は「君達の意志表示」と「私達の意志表示」の
「合意」に基づく「契約」については、認めている……って事なのさ。……流石は、神。
公平だね。そのお陰で「私達」は、自我のある君達の身体を「依り代」に出来るワケさ。
……ある者は、永遠の命を得る為に「私達との契約」を考えた。また、ある者は――
復讐したい相手を亡き者にするが為にとか、絶対的な権力を欲するが為にとか……
まぁ、その動機はなんであれ「自らの意志」で「私達との契約」を考えるワケだね。
……たまに「その契約のリスク」を後になって気付いて、詐欺だの裏切りだのとゴネる
馬鹿も居るんだが。「私達」はね、そういう馬鹿には「情けを掛けない」事にしている。
何故なら「私達の力」を利用しといて良い目を見ておきながら、ソレでいざ「対価」を
支払う時になってゴネるとか……不公平じゃないか。……詐欺だの裏切りだのと後から
泣き言を言う位ならば、そもそもの話。その馬鹿は「欲」を出さなければ良いだけの話だ。
……老婆心ながら、君へ忠告させて貰うよ。そういう「欲」を出した者が君へ助けを
求めてきても、その場合は……絶対に助けたりしてはダメだ。逆に嘲笑ってやると良い。
何故なら、その馬鹿は「リスク」を承知した上で「契約」を結んだのだから。
そういう「欲」を出していない君が、そんな馬鹿の尻拭いをしてやる事はないさ……。
……それでは、本題に戻ろうか。
「彼」なら「君が支払った対価」に、見合うだけの働きをしてくれる事だろう。
「私」は「ある男」の事を思い浮かべると「すっ」と、右腕を頭上に伸ばし、次いで……
右手の親指と右手の中指を使い「音」を作った。固く澄んだ音が、一度だけ生まれた――
[……パチンッ!]
「うっ……。こ、此処は、いってぇ……ど、何処だ?
さっき迄、エミリーと一緒に森の中に居たハズなんだが……」
「俺」は、辺りを見回した。だが、俺の周りの景色は。まるで何処かの病院の、窓一つ無い
病室に突然放り込まれたみたいに全て真っ白でな。……先程迄、俺の視界に入っていた
森の木々や草木、そしてエミリーの姿も何処にも見当たらねぇんだわ。
……それでもなんとか状況を把握したくて、様々な方向へ自らの視線を向けていると、
いつの間にソコへ現れたのか。……俺から少し離れたトコに「真っ黒な背広」を
着た二十代後半くれぇの男が一人、佇んでいたよ。
その男は俺に気付くと、俺の方へゆっくりと静かに歩み寄り、俺から数歩離れたトコで
歩みを止めた。……顔造りから察するに、俺と同じ日本人。いや「この世界」の呼び名で
言うところの「ワノクニー人」ってトコか。身長は俺より頭一つ分低くて、何処にでも居る
ような黒い背広を着た、サラリーマン風の若い兄ちゃん……ってトコだわ。
今現在、自分の置かれている状況を把握したかった俺は、その男と話す事にしたよ。
「……よぉアンタ。此処は……いってぇ何処なんだ?」
……だが、その男は。ニヤ付いてる表情で俺の方を見てるだけで、俺の問い掛けには何も
答えようとはしない。……ヘラヘラしやがって、なんか癪に障る野郎だな。……分かった。
それならば不本意だが「お話」するとしようか……。俺は、そう気持ちを切り替えると。
その男の顔を睨み付け、ソイツと「お話」する事にしたわ。
「よぉ、オメェ……。葬式帰りかぁ……?」
まず俺は、奴の格好を見て小粋なジョークを一発かましてやった。
「ふふ……そうだね。確かに、そういう風にも見えるね。
君みたいな頭をした初老の男性が、御経を読んでいる場所に行った帰りかな……」
奴は、すかした態度で「ソレ」を受け流しやがった。
[ぷちっ]
……なるほどな、上等じゃねぇか。今の「返し」で、いつもは温厚なイチローさんの、
頭の配線が「ぷちっ」と、一本。どっかに飛んぢゃったぞ。……おーけぃおーけぃ。
こういう舐めたあんちゃんには……「きつーい御灸」を! 据えてやらねえとなぁっ!?
[……ダッ!!]
俺は右足で地面を蹴ると同時に! 奴に飛び掛った! ……ハズ、だった。
[ガッ!!]
「くあっ……!? な、なんだこりゃ!?」
俺の跳躍は「何かに」よって阻まれてしまった。……手を伸ばしてみると「ソコ」には
何も無いハズなのに……。まるでコンクリートの壁を触った時の様な冷たくて硬い感触が、
俺の右手を通して伝わってくる。
……どうやら何かの「見えない壁」が、俺と奴の間にはあるようだ。
「残念だったね、イチロー。悪いけど……君は、ソコから先には進めないんだ」
奴の言葉が耳に入ると同時に、俺は右手の掌にやっていた視線を外し、奴を見た。
すると奴は、両腕を広げ……よく異国人がやってる様な「呆れた」って意味を示す際に
使うような、そんな仕草を披露していた。……奴の取る態度の全てが、一々俺の癪に障る。
「……あぁ? イチローだと……?『さん』を付けろよ、このデコ助野郎がっ……!」
俺は、奴の身体的特徴を突いて口撃したんだが……此処で、俺は「はっ」とした。
……何故、コイツは俺の名前を知ってんだ? いや、それは良いとしてもだ……。
この周りの景色、意味不明な壁、そして奴の余裕……まさかっ!?
俺は、思い付いた「ある事」を口にした。俺の予想が正しければ、きっと奴は……。
「おい、まさか……テメェは『魔族』って奴か?」
奴は、俺からの問い掛けに……今度は応じた。
「……さて、どうだろうね。まぁ仮にそうだとしても、今重要なのはソコじゃない」
「……あ、そうだ。会話を円滑に進める為に、ちょっと失礼するよ。
なにしろ時間が限られているからね。『コレ』なら、君も素直に協力してくれるだろう」
[すっ……] [……パチンッ!]
奴は、何かを思い付いたらしく……次の瞬間、自身の右腕を頭上に掲げて「パチンッ!」
と、その指を鳴らした。……奴がその指を弾くと「何かの重い物」が、まるで……
コンクリートで出来た床へ落ちた時の様な、そんな重い音も同時に俺の耳へ届けて来た。
[ゴトっ……]
……いつの間に「現れた」のだろうか。俺は奴が頭上に掲げていた腕を見ていたんだが。
奴が「指を鳴らす」と同時に気付いたら……奴の足元には「黒い箱」が出現していた。
その大きさや姿かたちは、米軍の放出品等を販売している店等によく置いてある様な、
弾薬のケース「アーモ缶」って奴だ。……物好きな人は、ソイツを小物入れとかに使うよ。
普通なら「ソイツ」は、緑色してるハズなんだが。その箱は普通のモノとは異なり
「真っ黒」に塗りつぶされていた。……もっとよく目を凝らして「その箱」を眺めると、
その「側面」には白いマーカーらしきモノで「版銅鑼」って、書かれていたわ。
……うん? なんか、どっかで見た事ある様な箱だな……。
「ソイツ」に見覚えのあった俺は、記憶を辿ってみる事にした。
……あっ!? お、思い出したっ!! そ、ソレはっ!! ソレわあぁああぁ!?
……奴は俺の狼狽した表情を確認すると、ニヤついた表情で「ソイツ」を手にとった。
そして「ソイツ」を興味深そうに観察している。「その箱」を、一通り観察すると……
奴は此方の方へは目もくれずに、その視線は「その箱」を見据えたままで口を開いたよ。
「……なぁ、イチロー。君は『魔術』や『魔法』について、マック君から詳しく話を
聞いているよね。良かったら、その話を僕にも分かり易く詳しく話してくれないか?」
「あ、あぁ……? ま、魔法だぁ……? そ、そんなモンっ!『有機溶剤』でも、
ビニール袋に突っ込んで『ぼじって』りゃ!! だ、誰だって使えるだろうがっ!?」
……突然の、奴の「その言葉」が、何を意味しているのかは理解出来なかったが。
この場の空気を察するに、自然と。……嫌な汗が、俺の頬を伝って行くのを俺は感じた。
……奴の言葉から、どうして奴がマックの事とかを知っているのか? っていう疑問も、
俺の中には少なからずあるにはあったんだが……この際、ソレはどうでも良い。うん。
……ヤバいんだよ、マヂで。そんな疑問が霞んじまう程、奴が持ってる「箱」はヤバい。
……やばいやばいやばいっ!! その箱は……ヤバイっ!!
捨てたハズなのにっ……!! 捨てたハズなのにぃいぃっ!!!!
明らかに動揺している俺を尻目に、奴は「その箱」を「くるり」と、その手の中で
回転させると。次いで「もう一つの側面」を、興味深そうに観察しながら口を開いた。
「……うん? なになに……何か、書いてあるねぇ。……えーと、読んでみるか。
『この箱の中には『希望』など無い。この警告を無視してこの箱の中を見た者には……』
……こ、これはっ。……ぶふっ。アイタタタ……こ、これは痛い。もの凄く痛いね……」
「……ぐあぁっ!? よ、よせっ!? や、やめろぉ!! 読むんじゃねぇえぇえ!!」
……奴は、狼狽しながら必死になって静止を掛けている俺の方を「チラリ」と見やると、
「ニヤ」と、その口元を厭らしく歪めた。……そんな奴の微笑みを感じ取った俺の顔には、
いつの間にか無数の嫌な汗が、玉のように浮き上がっていたよ……。
こ、コイツっ!? た、楽しんでやがるっ!! この状況をっ……!!
……くうっ!?「人質ならぬ箱質」を、とられちまってる以上は……!!
こ、此処は奴に従うしかねぇ……!! お、俺の「名誉」を護る的にも考えてっ!!
俺は、抵抗する事を諦めて……その代わりに、奴の「望み」に従う事にした。
「……チッ! わ、わかったよ! そん代わり! テメェの『望み』を叶え終わったら!
俺を元いた場所に戻して『その箱』はっ! 直ちに廃棄しろっ! い、いいなっ!?」
「……うん、それでいい。君は、物分りが早くて助かるよ。イチロー」
奴は、そう口にすると満足げな表情に変わり「その箱」を、椅子の様にして腰掛けた。
箱を椅子代わりにした奴は、次いでその体勢からその口を、俺に向けて開いて来たんだ。
「……安心してくれ、イチロー。君が此処に居る間の時間はね。
君が元の場所に居た時間の『一秒』にも満たない、刹那の時間だから……さ」
奴は、そういうと……今度は、子供が昔話を大人に話して欲しがる時に浮かべる様な、
そんな表情で俺の目を見つめて来た。ソレを受け、仕方なく俺は「魔法」について、
奴に「マックから聞いていた話」を、詳しく話してやる事にしたよ。
「……分かった、まずは『精霊魔術』からだ。俺は頭がわりぃから難しい用語は省くぜ?」
「……あぁ、構わない。一つ、それで頼むよ」
奴は、両腕の手を組んで股の間に「だらん」と下げてリラックスしてる感じだ。
やけに素直になりやがったなコイツ……なんか調子狂うぜ。
俺は、まず手始めに「精霊魔術」の事から奴へ話す事にした。
「……アースグリーンには精霊族の力を借りて、その力を具現化させる魔術がある。
その魔術……まぁ、呼び方は『魔術』でも『魔法』でもどちらでも構わねぇんだが。
専門的に細かく分類するとなりゃぁ、精霊の力を借りて扱う方は『魔術』な?」
奴は「うんうん」と、頷きながら黙って俺の話を聞いている。
区切りの良い所でソイツを確認した俺は、奴へ話の続きを話す事にした。
「……なんでも、精霊魔術を行使する際にゃあ……その使用者はよ。テメェの精神力を
精霊魔術行使の対価として精霊に食わせるっていう話だ。……それでだ、ソコに話を
持っていく迄の段取り。……要は『魔術』を扱える様にする為の『精霊族との契約』に
ついては。エルフ族が住んでる『グリーンフォレスト』ってトコに生えてる『霊木』に
触りながら、そういった精霊達と会話する様な具合に、直接交渉するんだとさ。」
「まぁ交渉っつっても、そんなに難しいモンでもねぇらしい。……その方法は、簡単だ。
『精霊魔術を使わせて欲しい!』って念じながら、その霊木を触るだけで精霊との契約は
完了なんだと。……でだ、その契約は誰でも出来る。『生物』ならば、誰でもな。
……だが『ソレ』にも決まりはあってな。『無計画に扱うと死ぬ羽目』になるんだぜ?」
此処で俺は奴の表情を窺った。奴は真面目な表情で俺の話を聞いている。
俺は、話を続ける事にした。
「……まぁ簡単に例えるならよ。『一本の蝋燭』を思い浮かべてくれや。
その『蝋燭本体』が『術者の身体』で、火が着いてる部分は『術者の精神力』を現す。
んで……蝋燭の周りに『吹いてる風』が『精霊魔術』って具合に置き換えてみてくれ」
「……さて、此処までは良いか? その置き換えが済んだら……お次は『実践編』だ。
弱い風を蝋燭の火に吹きつけたらどうなると思う? まぁ……弱い風なら蝋燭の火は
消えたりはしねぇよな。だけどよ、強い風を一気に。その蝋燭の火に吹き付けたり
したら……どうだ? ……その蝋燭に灯っている火は、いったいどうなると思う……?」
俺は、奴に問い掛けを行った。奴は、真面目な顔付きでソレに答えて来る。
「……火が消えるね。つまりは、術者の身体は健在でも、術者の精神力は空になる、
それは……魂が抜けてしまった状態である『死』を意味するって事だね?」
[……こくっ]
……正解だ。俺は、奴に無言で頷き……話を続けた。
「精霊魔術は、強大な力を発揮できる。だが……それには『リスク』が伴うってワケだ。
だから遊び半分で『精霊と契約』しようなんて、物好きは居ないってワケだな。
しかし、その力は捨て置くには惜しいモンだ。そこで、その『リスク』を解消したモンが
ある時、一人の『生物』によって生み出された。……それが『魔法』ってワケだ」
奴の表情が明るくなった。「早く、続きを!」とでも、言いたげな眼差しを俺に向ける。
……俺は冷静に、その続きを奴に説明する事にした。
「……かつてエルフ族の中に、ミルフィールから『叡智』の『加護』を授かった女が居た。
その女の名前は、確か……『エリカ・リバーサイド』って名前だったかな。
精霊魔術を扱う際の『リスク』を軽減させた『魔法』は、その女が編み出したんだ」
「……そのエリカは『ある所』に目を着けた。ソレは『奇跡や癒し』を司り、なおかつ
精神力の負担が軽くて済むミルフィールの力を行使する神聖魔術と精霊魔術の合成術を
作れるかどうかって部分……にな。要は、簡単に重要な部分だけを纏めるとよ。
精霊の力を行使する際の負担を、ミルフィールに肩代わりさせるっていう話なんだわ」
「素晴らしいっ……!」
奴が、感嘆の言葉を口にする。俺は、その奴には構わず話を続けた。
「……まぁ、もっと簡単に例えるならアレだ。術者は財布の中に銀貨を一枚持っている、
としようか。……で、その術者は精霊が売っている銀貨一枚の対価を必要とする大根が、
欲しくてたまらないワケなんだが。……その大根を買ってしまうと、その術者は大根を
なんとか手には入れられるが……他には、何も出来なくなって困るって話になる」
「……そこで登場するのが『ミルフィール』ってワケだ。術者が精霊と直接交渉すると、
ビタ一文すら負けては貰えなかった、銀貨一枚の対価を必要とする大根だったワケだが。
ミルフィールに買い物を頼む事によって、なんと銅貨10枚で買う事が出来るのさ」
「……なるほど。此処で言い表される『銀貨』は『術者の精神力』であり『大根』は
『術者が扱いたい精霊魔術』であり、ミルフィールは『術者と精霊の間に立つ仲介人』。
その『仲介人』を噛ませる事によって、術者は十分の一の負担で済む様になるんだね」
「……御名答。そういう流れを一つの体系に纏め上げたのが『魔法』ってワケだ」
奴の言葉に相槌を入れてやった俺は、次の流れへと向かう為の話に切り替える事にした。
……魔法ってのは、今話した事柄だけで成り立ってるモンじゃねぇからな。
「……エリカは精霊との契約の手間や、ミルフィールとの兼ね合いを一つに纏める為に、
特殊な文様の書式を凝らした『契約陣』ってのも編み出した。まぁ、それが……
魔道士ギルドの中にある、契約の間に使われてるってワケさ。んで、その『契約陣』は、
エリカの要望により……魔道士ギルドのみに、敷設されるのが決まりなんだそうな」
「へぇ……。流石は『叡智』の加護を授かった者だ。合理的な事を考えるモノだね」
「……そうだな。確かに、そのお陰で『霊木』のトコ迄行かなくても済むわ、
精神力の消費も抑えられた精霊魔術も使えるわで、こりゃ合理的なモンになってるわ。
まぁ、彼女からしてみりゃ……叡智の加護がありゃ造作もねぇ事だったのかも知れんが、
いやはや……こうして改めて考えてみっと、凄ぇ女だ。エリカっていう、女エルフはよ」
俺は会った事はないんだが、その女エルフの事を改めて考えてみた。
しかしまぁ……それはいいんだが、そろそろ疲れて来たなぁ……。
「……。」
俺の、そんな表情を察したのか……奴は、面白くなさそうな表情を俺に見せた。
そして、また……先程と同じ様に「パチンッ!」と、指を鳴らしやがった。
[……パチンッ!]
……今度は、奴の手元に「鶏肉の煮物」みたいな料理が突然現れた。
そして奴は、ソレを普通に食べ始めた。……な、なにしてんだよ、コイツ……。
「おいおい……。ワケの分からん事をするのも大概にしてくれや……。いきなりナニ、
食い初めてんだよ……。メシの時間か? それなら俺も、いい加減帰らせてくれや……」
俺からの問い掛けに対し、奴は鶏の骨をしゃぶりながら、そして腰掛けている黒い箱を、
鶏の骨を持っていない方で「ぽんぽん」と軽く小突きながら、俺に何かを言ってきた。
「……鶏肋、鶏肋」
……なるほど。この鶏の骨は、肉がなくなっても「しゃぶっていれば」味がある。
だから「捨てるには惜しい」って、オメェさんは言いてぇワケなんだな……ってぇ!?
おいぃっ!?「その黒い箱」は!! しゃぶっても味なんて全くしないから!!
分かったよ……!! 分かりましたよ!! 最後迄、キチンとしますよっ!?
俺は、仕方なく最後の話となる「魔族の力を借りた魔術」の事を話す事にした。
「……はいはい、分かりましたよ! じゃあ、次の話をしますから聞いて下さいなっ!?
『魔族の力を借りた魔術』ってのも、使えるには使える。だけどよ、その場合は……
分かり易く例えるなら、先程のミルフィールを仲介人にした話と逆の発想になるんだ」
「魔族自体は『澱み』を使い放題使える。高位魔族なら高位術を、低位魔族なら低位術を、
それこそ『生物』が扱える『魔法』と同じ効果を持った『魔族魔術』をな……」
「……うーん、もっと分かり易く『生物』が『魔族の力を借りた魔術』を扱う際の事を
何かに例えて言うとだな。こっちの世界にも商都みたいなトコへ行けばあると思うが、
オークションとかで、お目当てのモノがめちゃくちゃ安く買えたとしてもだ。
……問題は、その『商品の送料』が『商品の購入金額』の、軽く10倍はするらしい。
そんな『詐欺』みてぇな商品の正体が……『魔族の力を借りた魔術』なんだわ」
「……その契約方法は誰にでも直ぐ簡単に出来るらしいぞ。そこら辺の小動物を殺して、
その『生き血』を体中に塗ったくれば、もれなく魔族との交渉が可能になるってさ」
……そんな危ないモン、使おうっていう物好きが居たら見てみてぇモンだぜ……。
俺は呆れた顔で「全ての説明」を終えた。それを聞き終えた奴は、満足そうな笑みを
浮かべて……それまで腰掛けていた「黒い箱」から腰を上げると、次いで右腕を「すっ」
と自身の頭上に掲げ「パチンッ!」と指を鳴らした。それと同時に、奴の周りにあった
「黒い箱」と「鶏肉料理」が消えて行く。……その後、おもむろに奴が口を開いて来た。
「……楽しい一時だったよ、イチロー。どうもありがとう。
それじゃ『約束』通り……君を、エミリア君の元へ戻すとしようか」
「……。」
……奴は、言葉を続ける。俺は、奴の言葉の意味を理解出来なくて黙っている。
「……あぁ、ついでに『此処に居た間の記憶』も消してあげよう。その方が良いだろうし。
まぁ安心したまえ、ソレ以上の事は『制約上』出来ないからさ。それじゃ、また会おう」
奴は、そういうと……また指を「パチンッ!」と鳴らした。
その「音」が俺の耳へ届くと同時に、俺は軽い目眩に襲われた。
「……あぁ? 記憶を消す……? お、おいっ? ちょっと、まっ……うっ……」
……ソレと同時に、俺の視界は闇に包まれた。