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おっさんの冒険録  作者: おっさん
記録者:桜葉一郎 「一日目」
10/58

死者への手向け「鎮魂歌」



「……エミリア、か。……うん、良い名前だな」


 彼女の微笑みに対し、俺もまた微笑みで応じる。彼女の名は「エミリア・フィールズ」

と、言うらしい。「エミリー」って呼び名の方は、多分マックと同じ愛称なんだろうぜ。

 ……日本人の俺から見ると、いかにも「異国の人」って感じの名前だわなぁ。


 ……あぁ、マックのフルネームは「マーク・マクドーウェル」って、言うんだが。

 アイツの場合は最初に会った際に「マック」っていう、あだ名で呼んでくれって、

気さくに言われたからそう呼んでんだ。マックも俺の事は「さん」付け無しの「イチロー」

って呼んでくれてるよ。そんな間柄なので勿論、お互いに「敬語」なんて使ってねぇ。

 なのでマックとの会話は気を遣わなくて良いので、話し易くて助かってるぜ。


 だが、皆が皆そうとは限らねぇだろうしよ。だから俺も、エミリアからフルネームを

名乗られたからには「キチン」としなきゃだ。……しかしまぁ、彼女もマックと同じ様に

愛称で呼んで欲しいみてぇだし、此処は一つ。彼女の事は、愛称で呼ぶ事にしようか。


「エミリーで、良いよな? すまねぇ、俺の方もキチンとした名乗りを上げさせてくれや」


 俺は、真顔に戻り……彼女の目を見て、そう告げた。


「あっ……。は、はいっ! わかりましたっ! ご、ごめんなさい!」


 エミリーは「びくっ」となって姿勢を正すと、なにやら慌てて謝りながらヘアバンド

みたいになっていたメガネを本来の位置に戻し始めた。……何故に謝る、おぜうさん。

 俺、そんなに怖い顔してたっけかなぁ? ……あぁ、そうか。この子、性根が素直で

真面目そうな子だから「礼節」も、キチンと考える事の出来る性格の娘なんだろうな。

 今時、こんな娘は……そうそう、そこら辺りにゃいねぇモンだ。


 俺は彼女の気構えに感心しながら、一つ小さく頷いた後、改めて名乗りを上げた。


「俺の名前は『イチロー・サクラバ』ってんだ。宜しくな。でだ、俺には「さん」付けは

 要らねぇ。気軽に『イチロー』って呼んでくれ。あ、敬語もナシな。ソレで頼んだぜ?」


「えっ……? で、ですが……」


「……俺がそうして欲しいから、そう言ってんだ。堅っ苦しいのは苦手な性分なモンでな。

 だから俺も、君の事は気さくに『エミリー』と呼ばせて貰う。ソレで良いよな……?」


 ……まぁ、彼女の困惑顔から察するに。性根の真面目な者が目上の相手へ対してキチンと

敬語を使わないと……って、思う気持ちは俺にも分かるんだが。どうにも俺は「敬語」で、

話されるのが苦手なんだ。俺は敬語なんて使われる程、自分の事は偉くはねぇと思ってる。

 だから……よ。俺は彼女の目を「じっ」と見て、自分の思いを視線に乗せる事にした。


 エミリーは、その視線を受けて「おどおど」しながら迷っていたが、

やがて意を決したらしく「おどおど」するのを止めて、返事をしてきたぞ。


「わ、わかりました……。で、では。い、イチロー……。 で、良いですか……?

 あっ……? け、敬語になってるっ!? あぅう……ご、ごめんなさいっ……」


 だが、なにやら一人で勝手にテンパってやがるみてぇだ。……チクショウ、この娘。

 イチイチ「やる事」の全てが可愛いな。しかしまぁ、あまり苛めてやるのも酷って

モンだ。だもんで、敬語じゃねぇと話せねぇってのなら、それはそれで勘弁してやるか。


「……名前だけは「イチロー」って、呼んでくれりゃ良い。後は、エミリーに任せるよ」


 俺は苦笑いしながら彼女には、そう伝えた。その途端、エミリーの表情が「ぱあっ」と、

明るくなった様に見えた。……敬語は、彼女の癖なんだろう。まっ仕方ねぇか。

 

 ……彼女と、そんな「やり取り」をしていた時だった。


「あ、ありがとうございます。では、イチロー。改めまして……」


[ガサッ……]


「むっ……?」


 ……エミリーが何か言おうとした際に、俺は自分の背後に殺気を感じた。コレも

「加護」の、お陰って奴かねぇ……。後を振り向かずとも、相手が誰だか分かったよ。


「……ラッツとベネッツォの仇だっ! 死ねぇ!」


[ビシュッ!!]


「えっ……?」


 何かが風を切り、此方へ向かって飛ぶ音と気配がする。エミリーは状況を把握出来ず、

何が起こっているのか分からないと言った風な呟きを一声、洩らすのみ。……ラッツ? 

 あぁ、小柄な男の事か。そりゃまぁ間接的になら殺ったのは俺になるんだろうが……

直接的にやったのは俺じゃねぇから、仇だのなんだのと言われてもなぁ。だがな……

「モヤシ」よ。俺を「ヤル」つもりなら……! 無言で「ソレ」を投げやがれっ!?


[……シュッ!] [ガシィ!!]


 俺は振り向き様に、俺の首筋を背後から狙って飛んで来た「ソレ」の「鍔」を

「左足の踵」で鋭く蹴り上げた。「空手」の「後ろ回し蹴り」っていう「蹴り技」さ。

「ソレ」は俺から蹴り上げられた事により、俺の身体には届かずに軌道を水平から垂直

へと強引に変更を余儀無くされ、クルクルと回転しながら宙を舞う事となった。


[ヒュンヒュンヒュン……]


「ばっ……!?」


 ……モヤシよ「バカなっ!?」って、言いたいんだろ。だが残念な事に、今の俺には

「あの人」の技が使えるんだわ。驚くのは……!! こっからだ……ぜっ!?


 俺は回転しながら落下してくる「ダガーナイフの刃先」が「地面に対して水平な向き」

になる瞬間を見計らって、柄側の鍔元の位置に柄に沿わせる様な具合に右足での

「足刀蹴り」を正確に放った!!


[……シュッ!!] [カツッ!!] [ヒュオッ……!!]


 ……俺から蹴られたダガーナイフは、大木を背にしていたモヤシの顔面の真横

スレスレを弾丸の様に飛んで行き、そしてその大木に……見事に突き刺さった!!


[……カッ!!]


「ヒッ……!? ヒィイイッ!?」


 ……モヤシは情けない声で悲鳴を上げると、その場で腰が抜けた様に尻餅を着き、

暫くの間なにやらジタバタしていたが。やがて這う這うの態を為すと、

そのまま何処かへ走り去って行きやがったよ。


 チッ……ハズしたか。……いや、まぁ「ワザと」外したんだけどな。

「あの人」だったら、問答無用で相手の眉間に容赦なく蹴り飛ばしていたんだろうが、

相手は「へタレ」だし、モヤシだし。センス無しだし。俺は其処までは……やらねぇよ。


 ……俺は、モヤシの姿が見えなくなったトコでエミリーの方へ向き直り、さっきの

会話の続きをしようとしたんだがよ。その「彼女の表情」は、口元を「ぴくぴく……」

と引き攣らせて血の気が引いた様な感じになっており、ソレに加えて「ぷるぷる」と、

その身体を震わせながらに、俺の顔を棒立ちになって涙目で見上げてたんだ。


「はうぅうぅ……」


 ……あ、なんかまた泣きそうだ。弱ったな……折角、落ち着いてくれたってのに。

 仕方ねぇ……「アレ」をやるか。「日本語」が通じるならば「イケる」ハズっ……!

 俺は「覚悟」を決めると、おもむろに自らの頭に巻いていた白いタオルを「さっ」と

取り去り、これ以上無い!って位の「男前な表情」を作り……エミリーに声を掛けた。


「……「毛」がは、ねぇか?」


[ぴこぴこ……]


 そう言うと同時に。「自らの頭」にエミリーの視線を注目させる為、右手の人差し指を

エミリーの目の前に突き出し、その人差し指を「そぉっと」自分の頭へ持っていく。

 そうすると、エミリーは「なんだろう……?」とでも言いたげな眼差しを浮かべながら

その人差し指を目で追って来た。その後は、その指を。今度は、尺取虫が動く様な具合に

親指も一緒に使い、綺麗に剃り上げられた頭皮の上で歩かせる。無論「男前な表情」は、

常に絶対に崩さずに「尺取虫」の方も見たりはせずに、ただ一点。エミリーの瞳だけを

真剣な眼差しで見つめて……だ。


 ……たまに「尺取虫」が、頭皮から滑り落ちそうになる「小粋なアドリブ」を、

入れるのも忘れちゃいけねぇ。……コレ、めちゃくちゃ大事だかんな。コレがねぇと、

サビの効いてねぇ寿司みたいなモンになるんだわ。……ソレを見ていたエミリーは、

文字通り固まった。俺の顔と俺の頭の上で「ぴこぴこ」動いている「尺取虫」を交互に

チラ見で見比べながら……な。……効果は、抜群だった。


「……ぶふうっ!? うっふっ……!? はっ……!? ふうぅっ……!?」


 エミリーは涙目になりながらも噴出しそうになってるのを両手で必死に口を押さえて、

なんとか笑うまいと懸命に笑いを堪えていた。……この技は「弟者」の娘である

「眼鏡っ娘」では無い方のセミロングで愛らしい「ありすちゃん(七歳)」に大好評

だった技だ。……よかったな、ありすちゃん。この、おねいさんの笑いのツボと、

君の笑いのツボは、どうやら全く同じみたいだぞ。


 エミリーは、一生懸命に笑いを堪えている。……やれやれ、我慢するこたぁねぇのに。

 おぜうさん……こんな時はよ……。我慢なんかせずに、笑えば良いと思うよ……。

 

 ……俺自身は「大きな何か」を無くしたが、どうやらエミリーは笑いを得た事で泣く事

だけは、なんとか耐え切ったみたいだ。……だけど直ぐに俺に悪いと思ったのか、彼女の

顔付きは俺に対して申し訳なさそうな表情に変わったんだ。だがしかし……「ソコ」を

俺は見逃さなかった。……俺は「ある事」を思い出し「ソレ」をエミリーに伝える。


「確か、エミリーは「魔道士」だったよな。じゃあ「鎮魂歌レクイエム」って魔法は使えるよな?」


 ……俺は尺取虫を途中退場させ、真面目な顔付きを作って場の空気を換えた。

 俺に謝る事以上に重要な話題を彼女に振ってやりゃあ……彼女の意識は自然の流れで、

ソッチの方を向くってモンさ。……この技は、相手に謝らせちまったら失敗だぞ。

 ……まぁ、そりゃ置いといてだ。また、ちっと説明臭くなっちまうんだが。


 魔道士が扱える魔法には「鎮魂歌」と、呼ばれる魔法があってな。その魔法は最低限、

見習いでも「魔道士」を名乗るからには学ばされていると、俺はマックから聞いたんだ。

 ……何故、此処で「ソレ」が要るのかっつーと。早い話が「ソレ」を「死者」に掛けて

やるとな。その死者の遺体には「四足獣による食害」と「澱み」が「入り込むのを防ぐ」

効果が得られるんだ。獣による食害は、そのまんまの意味だ。「澱み」が入り込む方は、

そうだなぁ……? またいつか機会があれば話して聞かせてやろう。


 んで、その術。昆虫や微生物、その他の生物に対しては「対象外」になる様に術式を

組まれてるみてぇだから、その術を掛けられたとしても死者の遺体はキチンとやがて土に

還るように出来てんだ。だから「その辺りの」心配は、要らねぇよ。


「は、はい……扱えます」


 俺からの問い掛けに、エミリーは真剣な顔付きに変わると。俺の目を見てしっかりと

「扱える」と応え……次いで「ラッツ」という名前らしい小柄な男とベネッツォの遺体を

交互に視認した。……みなまで言わずとも、俺の言いたい事をキチンと察してくれたか。


「……わかった、ちょっとだけ此処で待っててくれ。準備してくるよ」


「は、はい……」


 ……エミリーから確認をとった俺は彼女にそう告げた後、彼女に背を向けて

「ベネッツォ」と呼ばれていた「存在」に歩み寄り「その状態」を「確認」した。

 ……目を見開いた状態で絶命している。……エミリーには「この状態」では「キツい」

だろうな。そう判断した俺は奴の首の頚動脈を触り、反応が無い事を確認した後、

奴の瞼を閉じさせた。次いで、奴の身体を抱きかかえて「ラッツ」の隣に奴を安置した。


 ソレを見ていたエミリーが、此方へ歩み寄ろうとしたんだが。まだ「準備」は完全に

終わっていないモンだったからよ。俺は「すっ……」と、左腕をエミリーの方へ向けて

突き出し、その左手を拡げる仕草で静止した。エミリーも、その仕草を見て無言で

「こくん」と頷き……足を止めてくれたよ。……良かった、エミリーは俺の言いたい事を

分かってくれたみてぇだ。……まだ「ラッツ」の「確認」が、終わってないからな。


 俺は先程「ベネッツォ」に対してやった手順と同じ手順を「ラッツ」に施すと……

奴が下げていたズボンを引き上げてやり、奴に「預けてた荷物」を脇にどかす事にした。

 荷物には少しだけ奴の血液の飛沫ひまつが付いていたが、まぁ問題は無い程度だ。

 次いで「ラッツ」には、俺が頭に巻いていたタオルを、その首に掛ける。

 ……多分、この首の傷口もエミリーにとっては正直なところ「キツい」と思う。


 ……なぁ、そこの君。俺って「これらの作業」を淡々とやってる様に感じるだろ。

 その「理由ワケ」を、君には特別に教えてやるよ。俺が「元の世界」に居た頃はな。

 俺の祖父の弟にあたる「大叔父さん」が猟友会に所属してて「狩猟」をやってたモン

だから……その兼ね合いで、俺は小さい頃から「こういうの」は見慣れてんだわ。


 そこの君はさ、死んだばかりの「イノシシ」「シカ」「カモ」「ニワトリ」を

「捌いた事」はあるかい? ……俺は、ある。大叔父さんに教えて貰ったんだ。だから

俺は「こういうの」を直に見てもなんとも思わねぇんだよ。ちょっと異常だよな、はは。


 車を使っている時に「小動物」が、たまに車に轢かれて死んでいるのを見掛けた時も、

俺は職業柄ってのもあるんだが、いったん車を後続車の邪魔にならない様に停めた後、

車から降りて、その遺体を抱えて道路端の路肩に寄せたりもしているよ。


 ……あぁ、変な誤解をされねぇ様に言っとくが。バイクの人の通行の妨げにもならない

様に、キチンと考えて配慮してやってる事だから安心してくれ。この世界に来る前は

「タヌキ」を、そうしてきたよ。……ベネッツォの首をヘシ折った事に対しても、

俺が平然としてられるのはよ。「ニワトリ」で「経験済み」だったから……さ。

 

 ……いけね、また話が脱線しちまった、ごめんな。


 全ての準備が整った後に、俺はエミリーに此方へ来る様に手招きをした。その所作に

気付いてくれたエミリーは俺の傍に歩み寄ると、俺の目を真剣な顔付きで見据えて来た。

 俺もその目を真剣な顔付きで見据え無言で頷いた。すると……エミリーが口を開いたんだ。


「……イチロー。それでは、これより鎮魂歌を行います。私と位置を代わって下さい」


「……あぁ分かった、任せたぜ」


 エミリーは俺と立ち位置を入れ替わると、二つ並んだ遺体の足元に屈みこみ、

右膝を地面に着けた片膝着きの体勢となり……そして両腕の手を組んで、瞳を閉じ

「一般的な教会等」で、よく見られる「祈り」の姿勢をとった。


「ミルフィールよ……」


 エミリーの「鎮魂歌」が始まったのだろう。彼女の詠唱が始まると共に、

何処からともなく優しげな風がそよぎ出し、その風が辺りの草木や俺の頬を撫でて行く。


「……死者の魂に、安らかな眠りの一時ひとときを。

 そして、その身体には貴女の御力で護りを与えたまえ……」


鎮魂歌レクイエム


 エミリーの「鎮魂歌」の言葉と共に「二つの遺体」が淡い光を発し始める。

 その光景から察するに、エミリーの「鎮魂歌」は成功したのだろう。


 ……これは、俺の勝手な解釈だが。この世界「アースグリーン」では「死者の魂」は

「無に還る」のではなく「転生」されるそうな。なので詠唱の一文には「眠りを」だけで

締め括るのではなく「眠りの一時を」なのだろう。「死者の魂」が「転生」するのに、

どれくらいの年数を要するのかは、俺には分からないが……それは「魂の洗濯」が

終わった後になるだろうと、俺は考えた。穢れの無い魂は、転生に至るのが早いと思う。


 だが…その逆であれば。その魂の転生の時期は、そのままの意味になるだろうな。

「因果応報」って、奴さ。……二つの遺体から出ていた光が「すうっ」と、消えた。

 先程まで辺りにそよいでいた風も、一緒に消えたみてぇだ。ソレと同時に「すっ」と、

エミリーは立ち上がり、俺の方を向いて「笑顔」を見せてくれた。

 

 だけどよ……なんで「笑顔」なのに……。おめぇ……「泣いて」やがんだ……?

 

 ……エミリーは、口を開いた。


「……魔道士として初めて鎮魂歌を扱ったのですが、何事も問題なく無事に成功しました。

 彼等もミルフィールの元で等しく平等に転生の時を待つ事になりましょう。ですが……」


 エミリーは、言葉を続ける。


「……私を慰み者にしようとした者達であっても、死者は死者……。

 だから私は、この二人には敬意を払って鎮魂歌を使わせて戴きました」


「……だっ! だけどっ!?」


 エミリーの瞳から大粒な涙が、零れ落ちた。


 ……俺には「エミリーの言いたい事」が痛い程に分かったよ。……最初から、なんでも

上手く完璧に出来る奴なんざ、そうそう居ねぇモンさ。しかも「今回みてぇな場合」の時は、

特に……な。相手は、自分に危害を加えて来た輩。……もういい、お前は「頑張った」よ。


 ……エミリーの瞳から、次々と大粒な涙が溢れ出す。


「……相手は! 亡くなっているのだからっ! その罪を……!

 私はっ! 許してやらなければならないのにっ! な、なのにっ……!」


 ……相手は既に死んでいるのに、そんな相手の罪を許せない。そんな自分が許せない

「自己嫌悪」って、奴かね。俺が見立てた感じじゃあ、彼女は魔道士としての使命感と、

私情の板挟み状態に陥ってやがるってトコだろうな……。こりゃあ……。


 エミリーは、俺の顔をすがる様な目付きで見つめてきた。


「……いっ、イチロー!? ねえっ!? わ、私はっ……!?

 わ、わたしは……! こ、こういうとき。い、いったいどうすればっ……!?」


 俺は、返事に迷ったが……意を決してエミリーに、こう伝えた。


「……気が済む迄、泣きやがれ。そうすりゃ「スッキリ」すらぁ」


 俺は、言葉を続けた。


「いま、オメェが『思っている事柄』は、俺が『その二人』に対してさっきやった事柄に

 比べりゃ……屁でもねぇこった。なぁエミリー? その二人へ対して、オメェよりも

 ヒデェ事してる奴がよ、オメェの目の前に居るんだぜ……? ……オメェはキチンと

 ソイツ等を弔った。魔道士としての使命も、人族としての道徳的な事も果たしてんだ。

 立派な事だと俺は思うぞ。でも、人族なんだから感情ってモンがあらぁな。だからよ?

 ……そんなオメェを責める奴がいりゃあ、そんときゃ俺がソイツと話をつけてやるさね」


「うっ……!? うぐぅうっ……!! うわあぁああっ!!」


[たたっ……!]


 ……俺は駆け寄って来たエミリーを抱き止めると、彼女が泣き止む迄の間。



 ずっと、彼女の傍に居てやる事にした。





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