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主人公の婚約者の身分が突っ込みどころあるかもしれないが勘弁してください
「嫌よっ!!」
ああ、またお姉さまの癇癪が始まったとわたくしは自室で本に集中するために耳栓をする。
お姉さまの声はよく響き、どんなに距離のある場所でも届いてくる。流石に外には漏れてはいないと以前侍女に確かめさせたから醜聞にならないだろうけど、それでもあの声が屋敷中に響くのは勘弁してもらいたい。
幾分かマシになったお姉さまの声の内容しか聞き取れないが、どうやらお父さまがお姉さまの婚約の話をしたら気に入らないと喚いているようだ。あくまでお姉さまの声しか聞こえないから憶測でしかないのだが。
自分の夫なんだから自分で見極めたい。お父さまの選んだ人物なんて信用できない。などなどと聞こえる。
「貴族令嬢の結婚なんて親の一存でしょうに」
ましてや、相手は伯爵家の入り婿だ。しっかり見極めているはずだ。
特にお姉さまは感情論で癇癪を起すから冷静に伯爵領を任せられるほどの人材でないと。
「嫌よっ!! 城勤めの役人とはいえ、マーシェル・フライヤって学者肌なんでしょう!! そいつの出した本が学園の教材にされていたけど、頭が痛くなるような分かりにくい内容だったわよっ。そんな変人ならきっと身だしなみを気に掛けていないみっともない奴に決まっている!! お父さまはそんな変人に可愛い娘を差し出すなんてひどいわっ!!」
遠くなのにかなりはっきり聞こえる内容。それはいいとして。
「読んでいて面白いけど」
とマーシェル・フライヤの書籍をめくる。
教材に使われるだけあって分かり易くて面白い。実際に試してみたいと思われる内容も盛りだくさんだ。ただし、それに関しての失敗談も書いてあるから試すことはしないが。
「学者なんて、がりがりに痩せているか全く動かないから肥満で隣にいたらわたくしが馬鹿にされるわよっ!! そんな相手と結婚させるなんて!!」
どうやら暴れているのか何かがぶつかるような音まで響く。
喧しいなと思いつつもあんなお姉さまと結婚させられる人の方が哀れだ。
「お姉さまの婚約者なら、会えると思ったけど」
あのお姉さまの様子なら婚約は上手くいかないだろうとは予想できた。
その数日後。わたくしは婚約者であるフィルガと中庭でお茶しようと向かっていた矢先でした。
「フィルガ。貴方ならわたくしを救いだしてくれますよね」
「ええ。ナチュアさま。必ず」
わたくしの婚約者とお姉さまが抱き合っているのが見えました。
お姉さま。音量を抑えるしゃべり方も出来たのですね。
わたくしの婚約者であるフィルガさまは商家の嫡男です。我が家の事情を考えての婚約でしたが、まさかお姉さまが彼に手を出すとは思わなかった。
(貴族でなくてよかったんですね……)
まあ、かなりの豪商なところの嫡男。それに加えてかなりの美形。お姉さまからすればわたくしにはもったない相手と思ったのでしょうね。
それにしてもフィルガさまもフィルガさまですね。婚約者の姉と不貞行為。婚約を破棄してくれと言うかのようです。
それとも商家の跡取りではなく貴族になれると思ったのでしょうか。
「サディサと話をするのが苦行で、どうして自分の婚約者がナチュアさまではないのかと日々呪っておりました」
「ああ。可哀そうなフィルガ」
まるで舞台の主役のように抱き合っている二人を冷めた目で見てしまう。
側には当然侍女も控えているし、給仕をするための従者もいる。
「お父さまに報告して」
報告をした後に二人の言い訳がどんなものになるのか楽しみだと悪趣味なことを考えてしまう。
そう思わないとこのふつふつ湧き出る怒りを抑えられなかったというのもあるが。
「俺は商人で終わるだけでの器ではない!! 貴族になれると思って婚約したのに商家に嫁入りする貴族令嬢なんて迷惑なだけの存在だろう」
「ただの役人がわたくしの夫に相応しいと思えません!! 自分の知識を満たすためだけに給金を使い込んで貧しい暮らしをするなんて真っ平ごめんですわ」
浮気をしていた二人の言い分はそうだった。
「フィルガ。お前がサディサ嬢と婚約したのはサディサ嬢が語学が堪能で海外展開を目指しているからだからと言わなかったか」
「貴族向けのモノは貴族の知恵。それもあったのだが……」
溜息を吐くフィルガのご両親。
「ナチュア。我が家は伯爵家だが、恵まれている土地柄ではないので、貴族同士の政略結婚よりも領地を発展させてくれる知恵を持つ方との婚姻が望ましいし、商品に融通を聞かせてくれる商家との婚姻がいいのだ」
「何よっ!! わたくしが伯爵家を継ぐのにわたくしには贅沢を一切させないで、サディサばかり贅沢してずるいわっ!!」
いつものように響く音量。
令嬢として問題ある行動かもしれないが、耳を抑えお姉さまの暴音に耐える。
「家の都合ならどちらでもいいじゃない。わたくしがフィルガと結婚するわ」
「そうだよ。父さん。俺が貴族になれば楽に……」
「――サディサ。急な話だが、お前が後を継いでくれ。グランベル。今回の婚約だが」
「分かっております。うちの次男に継がせます。もともと語学に堪能なサディサ嬢と年齢が釣り合っているから長男を跡継ぎにしていたので」
「お父さま。どういうことよっ!!」
「父さんっ!?」
困惑している当事者を放置して、
「長女には責任を取って別宅でフィルガくんと結婚させましょう」
調べたら出るわ出るわの浮気の証拠。フィルガがお姉さまに贈るために自分の店の商品を着服している事実も発覚したのだけど、それが表に出たらどちらも信用問題が地に落ちるので内々で片付けることにしたのだ。
「ここまで温情を……」
「なあに、娘が迷惑かけたのはこちらも同じなので」
貧しい領地で商人のおかげで民が暮らしていけている現状。恩で民を守れるならいくらでも頭を下げる。
貴族としての誇りはないのかと他の貴族らに言われるが、そんな状況ではないのが現状だ。
二人は引き摺られるように別宅にまるで荷物のように送り届けられる。
「別宅を売り飛ばす計画を立てる前でよかったな」
維持するのもやっとだったから売却する物のリストに入れてもよかったのだが、なんとなくやめておいてよかった。
「サディサ。マーシェル・フライヤ殿との婚約はお前に変更だが……」
「分かりました。ですが、相手は納得するでしょうか?」
「納得してもらうしかないが……」
我が領地の問題には彼の知識が必要だ。実際に実地で使えるかどうかは来てもらわないと何とも言えないが……。
「それで婚約者の交代ですか?」
マーシェル・フライヤさまは、事情を聴いて困ったように、
「そこまで期待されるなんて……僕はただの風土記専門の役人なのに」
マーシェル殿は姉の想像しているようながりがりでも肥満体形でもなかった。
日に焼けた筋肉の付いた身体つき、研究のためにどんな未曽有の地でも行けるように身体を鍛える必要があるから。状況によっては不衛生になることもあるとは自己申告されているが、美形の血を混ぜ合わせて代々美形が生まれる可能性の高い貴族令息。もっとも兄弟が多いから爵位が継げなかったから役人になった。爵位がもらえないからと言う理由で貴族子息は平民になるか騎士団に入団するか国家試験を受けて役人になるか……役人になったいう時点で彼の優秀さは折り紙付きだ。
優秀な人材なのに実家が手放した理由は彼の得意分野が実家の家業に役に立たないと判断されたからに過ぎない。
貧乏伯爵家に婿入りするのには上等な部類の方なのに姉は学者肌とか役人と言うだけで相手を馬鹿にしていた。
学園の教材に使われる書籍がある時点で察してもおかしくないのに。
「婚約の話が無かったことにされたらどうしようと思いました」
「いえ、僕の方こそ。この古代遺跡のある領地で調査と言う名目での遺跡との共存をしての発展を目指すという難問に挑戦させてもらえるなんて……」
ワクワクしている様は流石学者と言うところか。
貧乏伯爵家。
数代前はそこまで貧乏ではなかった。そこそこの領地でそこそこの暮らしをしていたが、それが崩れたのは新たに土地を開拓しようとしたことがきっかけだった。
開拓しようとした場所に古代の遺跡が発見された。
見なかった振りをすれば大丈夫だったかもしれないが、それを当時の当主は正直に国に報告をした。
当然、開拓しようとした作業は中断され、開拓用の費用は契約した業者に違約金として使われることになった。
国からの研究家も次々と現れて、遺跡の維持に費用が嵩む。もしかしたらそこ以外にも遺跡があるかもしれないと住民から土地を買い取る出費。
それによって農作業にも影響が出る。
遺跡を見付けなければこんな事態にならなかった。
(商人の品物を融通を利かせてもらい。ついでに観光に力を入れるために商会との縁組。専門家がいれば遺跡の維持と観光と領地の運営にアドバイスをしてもらえるかもしれないという期待での婿探し)
そのために大事なことだったのにお姉さまと来たら。
(まあ、でも)
ずっと書籍を読んで憧れていた方が目の前にいる。
そんな方が自分の婿になる喜びに想いを馳せてしまうのは仕方ない。
(サインを強請ったら引かれるかしら……)
そんな悩みを抱えながら新しい婚約者を見つめる。
(思い込みの激しいお姉さまへ。貴方のおかげで憧れの方と婚約できました)
ありがとうございますと皮肉めいたことを別宅で幽閉されているお姉さまに心の中で報告するのだった。
某地図職人がいまだムキムキで原点にして頂点をしているなとふと作りながら思った。




