⑥ 灼野の急襲
「……暑い」
一行は、広大な砂漠を進んでいた。
空は青を通り越して白く、地平の先では陽炎がゆらゆらと揺れている。
「暑い! なんなんだこの暑さは!」
「武智君うっさい! 暑いのはみんな一緒なんだからね!」
口を開けば不平不満を漏らす武智を怒鳴り付け、陽南は隣を歩く三明を振り返る。
彼は相変わらずの無表情だが、額には汗が光り、金の瞳は眩しそうに細められていた。
「三明だって……暑い、のよね?」
「あぁ」
三明の声はいつも以上に気怠げだ。
ふと顔を上げた彼は、最後尾から黒い背中に呼び掛ける。
「タケチ君。あんま頻繁に水術使ってると、一日保たね~ぞ」
「わ、分かっているとも!」
慌てて術杖を仕舞う武智。
そんな彼は結局、自分の荷物を自分で持っている。
過酷な砂漠の旅。陽南が効率重視を進言した所、あっさり承認されたのだ。
「大鳥さんの言う通りだ。実戦経験の多い君の意見は積極的に採用しよう」
ダメ元だったが、対等な口調で呼び合うことについても二つ返事で許された。
もっとも、華族特有の“上から目線”だけは相変わらずだったが。
「おい空見! 休憩はまだか!」
「あぁ」
「あぁ暑い! 僕は制服が黒いから人より暑いんだ!」
「あぁ」
「そうだ、お前も水が欲しいだろう? ならば僕が分けて──」
「いい」
素っ気ない返事。
砂漠の景色は延々と続く黄土色で、変化に乏しい。
「南燿地方は干ばつによる荒廃が進んでいると聞いていたが、ここまで砂漠化が進んでいるとはな……」
「そういえば、南西部は町も全然無かったわね」
地図を取り出して確認する。
朱子隊隊長・康志から渡されたものだ。
右下隅には彼の字で『南端の祠を経由し、お掃除してきてくださいね』と書かれている。
(仕事どころか雑用じゃないの!)
そのため、見る度にイラッとするのが難点だ。
「西側は、ここ十数年で盗賊の被害が相次いで、地図から姿を消した町が多いからな……」
武智の声のトーンが下がる。
だが陽南は、昨夜の会話を思い出していた。
亡き父と兄の話。母には詳しく聞いていないが、もしかしてこの辺りで亡くなったのだろうか。
「……あれ、サボテンかしら」
今、あれこれ考えても仕方がない。
ひとまず、話を逸らしてみる。
「あぁ、南下するにつれ群生地があるようだ。辛口仙人掌という品種で、高級調味料として重宝されているらしい。ちなみに今向かってる煮尽町では、辛党御用達の専門店が──」
南燿地方の旅行冊子を取り出し、怒涛の勢いで喋り出す武智。
あんたは観光客か、というツッコミはとりあえず飲み込んでおく。
「──だが群生地周辺では、辛口仙人掌を主食とする“砂漠ノ主”が出るそうだ。万が一出くわしたら……」
「……出くわしたな」
「「!!」」
三明が小太刀の柄に手をかけつつ呟く。
砂丘の向こう、真っ赤なサボテンの群生地を守るように、赤褐色の巨大な生物が立ち塞がっていた。
全長数十メートル。長大な百足の形をした妖虫は、ギシギシと不快な歯軋りを立てながら、上顎を剥き出しにする。
「た、対処法は!? 何かないの!?」
「ほ、本には『辛い物を与えて逃げろ』と……!」
「三明! なんかある!?」
「塩コショウが少々」
「隠し味かぁぁ!」
三明へのツッコミは、当然のように空を切る。
迷っている暇はない。
陽南は朱の双刀を抜き放つと、熱風を切り裂いて地を蹴った。
「危ない! 陽南さん、下がっ──」
「《紅蓮刃》っ!!」
燃え盛る二刃。
左で薙ぎ、右を振り下ろす。
鈍い衝撃が腕に伝わった。鋼のような甲殻に弾かれそうになるが、陽南は強引に刃を食い込ませる。
「っ武智君! 術士の出番よ!」
飛び退きながら叫ぶ。
呆然と見ていた武智は、慌てて術杖を取り出した。
「行くぞ。おれが囮に――」
「うるさい、僕に指図するなっ!」
続けて飛び出そうとした三明が、ぴたりと足を止める。
武智は早口で捲し立てた。
「あれくらい僕一人で十分だ、邪魔をするなよ!」
「…………」
ずかずかと巨大百足に歩み寄ると、武智は右手の術杖を掲げた。
「水よ、弾けろ! 《スプラッシュショット!》」
術杖の先から水が迸り、敵の顔面を直撃する。
「……え」
陽南は愕然とした。水術は確かに命中している。
しているの、だが。
「何やってんのよ! 顔でも洗ってやったつもり!?」
その威力は、軽い洗顔程度。
顔に水をかけられた敵も、怯むどころか怒りを露にして武智へと襲いかかった。
「うわあああぁっ!?」
「前、出過ぎ……っ」
頭を抱えて蹲る武智の前に、三明が滑り込む。
響く衝撃音。まとめて吹っ飛ばされた二人が、砂の上を転がっていく。
「三明っ!」
三明の腕力では甲殻を貫けず、武智の水術は論外。
絶望的な状況に歯を食いしばった時、背後で三明が立ち上がった。
「……姉御、逃げるぞ」
両手で小太刀を頭上に掲げる独特の構え。
「《光閃》」
爆ぜる光。
網膜に焼き付く白い輝き。
「行くぞ」
巨大百足が悲鳴を上げてのたうつ。
素早く身を翻した三明に続いて、陽南も走り出す。
(あっ……!)
前を行く三明の外套がはためく。
その左二の腕辺りが、大きく裂けていた。
じわり、と。
不吉なほど濃い赤黒い染みが広がっていく。
「三明、その傷――!」
「後だ」
短く答えた三明は、未だ砂地に転がる武智の元へ。
「タケチ君、走るぞ」
「っ待て空見、まずは肩を貸せ!」
「あたしが貸すわ」
陽南は素早く武智の側に駆け寄る。
「い、いや……大鳥さんの手を煩わせる訳には……」
「馬鹿! 三明はあんたを庇って怪我してんのよ!」
「!」
絶句する武智の腕を掴んで、強引に引き上げる。
後はひたすら、死に物狂いで走り続けた。
背後で聞こえていた地響きのような鳴き声が遠ざかり、やがて静寂に溶けていった。




