④ 草原に差す光
眩しい朝の日差しで、陽南は目を覚ました。
「んー……朝かぁ」
入口から差し込む光に目を細め、大きく欠伸をする。
周囲を見回すと、天幕の中に三明の姿はなかった。
「あれ?」
もぞもぞと毛布から這い出し、外に出る。
そこには、雲一つない爽やかな五月晴れが広がっていた。
草原に寝転んで空を見上げる、金髪の頭がひとつ。
「おはよ、三明」
「あぁ」
隣に腰を下ろすと、三明は目だけを動かして応じた。
「朝飯できてるけど、いる?」
「あ、うん。いただくわ」
彼に続いて立ち上がり、陽南はふと空を見上げる。
太陽以外は何もない、どこまでも広がる空。
正直、ずっと眺めるほどの面白味はなかった。
◇
「……美味しい! ちょ、あんた天才?」
三明の作った朝食は、野営とは思えない出来だった。
「こんなちゃんとしたご飯、久しぶり……!」
「大袈裟だな。ただの握り飯と味噌汁だろ」
三明は肩を竦め、自分の椀に汁を掬う。
その手元を眺めながら、陽南は出発時の光景を思い出していた。
『三明くん、陽南ちゃんをよろしくね』
『了〜解です』
『いや普通、逆よね!?』
母・瑞希に突っ込んだ直後、寝巻き姿のレオナルドが騒々しく飛び出してきた。
『待ってくれマイ・サン! せめて別れのハグを──へぶぅっ!?』
『……親父が色々メ〜ワクかけて、スミマセン』
突撃してきた父を音もなく避け、淡々と歩き出す三明。
柱に激突したレオナルドを一瞥し、瑞希はくすりと笑っていた。
『……しっかりしてるわよね。誰かさんとは大違い』
「本当、できた子だわ……」
「?」
「何でもない。──ごちそうさま! ねぇ、また作ってくれる?」
「別にい〜けど」
「やった!!」
はしゃぐ陽南を、眠たげな金眼が静かに映していた。
◇
のどかな平原を歩きながら、陽南は地図を確認する。
予定通り進めば、日が傾く頃には目的地に着くはずだ。
「……姉御」
ふと、三明の声のトーンが下がった。
「なんかいる」
「え?」
目を凝らすが、見えるのは微風に揺れている草原だけ。
「距離八百。狐っぽいのが三体」
「はっ!? 八百ぅぅ!?」
普通は二、三百メートル見えれば十分だ。
半信半疑のまま進んだ、その時――。
赤い毛並みの妖獣、《赤衣狐》が三体、草むらから躍り出た。
「本当に合ってる! なんで見えたの!?」
「別に、目がい〜だけだ」
そんなレベルじゃない。
だが敵は待ってくれない。陽南は双刀を抜き放った。
「はぁっ!」
炎を纏った刃が一体を切り裂く。
だが残る二体が、左右から同時に迫ってきた。
「左は任せる」
迷う間もなく声が飛ぶ。
咄嗟に左の攻撃を受け止め、背後に三明の気配を感じた。
「振り返んなよ」
「え?」
直後――
背後から、網膜を焼くような閃光が炸裂した。
「グゥォォォ!」
光を浴びた妖獣たちが悲鳴を上げ、のたうち回る。
「ちょ、三明、今のは――」
「ただの目潰し。さっさと止め刺さね〜と、すぐ復活するぞ」
陽南は頷き、双刀を十字に構えた。
「『火斬十字!』」
力を込めて一閃。
妖獣はそのまま沈んだ。
「……すげ〜な、一撃か」
三明も残りの一匹を仕留めたらしく、小太刀を鞘に収めて歩み寄ってくる。
「……ねぇ。さっきの光、何よ?」
「術だな」
「はぁ!? あんた戦士適性じゃないの!?」
小太刀を差しているから、完全にそう思っていた。
「あぁ。一応おれ、術剣士」
人は通常、「戦士」か「術士」に分かれる。
両方の素質を持つ者は極めて稀だ。
「使えるのは目潰しと、術を跳ね返す程度だけどな」
「へぇ……確かに、サポート向きかも」
だから援護に回ると言ったのか、と合点がいく。
「それにしても、随分戦い慣れてるのね」
「……まぁ」
三明がちらりと視線を投げる。
「親父と、似てたし」
「……え」
「正面から突っ込むトコとか。なんも考えず、力で押し切る感じとか」
レオナルドと同列扱いはショックだが、否定できない。
陽南はどんよりと項垂れた。
その視界に、彼の靴先が映る。
「──ただ、」
反射的に見上げると。
青空を背に、陽光を受けた淡い金髪が煌めいていた。
「おれは、キライじゃね〜けど。何事にも全力で、真っ直ぐな人」
眠たげな無表情。
けれど声は、どこか温かい。
「……それはどうも。お褒めにあずかり光栄です、ってね!」
照れ隠しに肩を竦め、陽南は双刀を収めた。
風が草原を渡り、焦げた獣の匂いを攫っていく。
三明は再び空を仰ぎ、小さく息を吐いた。
「……も〜すぐ、町が見える」
「え?」
しばらく歩くと、地平線に城壁の影が浮かび上がった。
「あ……見えた! 町だわ!」
「予定通りだな」
三明は淡々と答え、小太刀の位置を直す。
陽南は一度だけ、その横顔を盗み見る。
(……案外、悪くない旅ね)
二人の足取りは、出発の時よりも少しだけ軽くなっていた。




