③ 君を連れてゆく
金髪の背中が、屋根の向こうへ消える。
その先を目指し、陽南は大通りを駆け抜けた。
夕刻前の王都は人で溢れている。
露店の呼び声、馬車の軋み、子供の笑い声。
「──っ、邪魔……!」
人々の間をすり抜け、荷車を避け、布屋の軒先を掠める。
(速い……でも、まだ見えてる)
屋根や塀の上を滑るように走る三明に比べ、地上の陽南は圧倒的に不利だ。
それでも視界の端に、淡い金が消えない。
不思議だった。
必死で追っているのに、追いかけている感じがしない。
むしろ――導かれているみたいだった。
(……なんなのよ、あの子)
そう思った瞬間、路地の出口で足が止まった。
(──いた!)
「……止まれ」
路地の出口で、三明が静かに立っていた。
白く細い刀身の小太刀を抜き放ち、正眼に構える。
それだけで、空気が変わった。
逃げ込んできたスリが、思わず足を止める。
眠たげな金眼。覇気のない顔。なのに、隙がない。
逃げ道も、間合いも、すでに塞がれていた。
「ひっ……!」
男が怯んだ、その瞬間。
「もらったあぁぁっ!」
背後から飛び込むと、陽南は鞘入りの双刀を全力で振り抜いた。
強烈な鈍音。
スリは悲鳴も出せず、その場に崩れ落ちた。
「安心しなさい、峰打ちよ!」
「鞘だろ」
倒れ伏した男を見下ろしながら、僅かに顔を引きつらせる三明。
「……てか、生きてんの?」
「え? 大丈夫よ、多分」
「多分かよ……」
ぴくりとも動かない犯人を前に、三明は小太刀を収めつつ、小さく嘆息した。
◇
スリを夕輝士団に引き渡したあと、路地には静けさが戻った。
「……ふぅ。これでよしっと」
陽南は腰に手を当てて一息ついた。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに、風だけが通り抜ける。
陽南は何となく、小太刀の位置を直す三明を見ていた。
(……この子、ほんと何者なんだろ)
そこで、ふと思い出す。
「あ、そうだ! 串代!」
財布は自分が持っている。
彼の所持品は、外套と小太刀しか無かったはずだ。
「あんた、どうやって払ったの?」
一瞬きょとんとした三明は、軽く頭を掻く。
「……あ〜、忘れてた」
そして、何事もなかったように差し出してきたのは。
「ハイ」
「……え?」
長年使い慣れた、陽南の財布だった。
「……」
間。
「――あんたもスったんかいっ!!」
反射的に手が出る。
だが、ひらりと軽く身を引かれて、空振り。
「あっ、もうっ!」
苦し紛れの二度目も、躱される。
「また避けられた!」
「だって、当たりたくね〜し」
「そこは素直に殴られなさいよ!」
「フツ〜にイヤだろ」
気怠げな声のわりに、動きはやけに身軽で。
陽南はむっとしながら財布を鞄に仕舞い、溜め息をついた。
(……屋根の上でも、そうだったけど)
妙に距離を取り、手渡しでも指先すら触れようとしない。
近付こうとすると自然に離れ、間合いを取られる。
避けているというより――反射的に逃げている、そんな感じだった。
「……ま、いいわ」
陽南は気を取り直し、笑みを浮かべる。
「助かったのは事実だし。ありがとね、三明」
すると一度こちらを向いた顔が、ふいと逸らされる。
「……まぁ」
頭の後ろで手を組んで、空を仰ぐ。
「ついてきた以上、少しは役に立たね〜とな」
独り言のような呟き。
聞き流すのは何となく嫌で、陽南は口を挟んだ。
「はぁ? そんなの、どうだっていいわよ」
「?」
不思議そうな視線に、強気な笑みで返す。
「あんたのお陰で、一人旅が二人旅になったんだから。もっと気楽に構えて、一緒に楽しみましょ?」
「…………」
「何よ、嫌なの?」
僅かに迷う素振りを見せた三明は、やがて小さく首を横に振った。
「……イヤ、じゃねぇ、けど」
「よろしい!」
笑顔で彼の隣に並び、眩い陽光に目を細める。
「それじゃ──改めてよろしくね、三明!」
「……了〜解」
晴れ渡る青空の下、二人は揃って一歩を踏み出したのだった。




