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Crescent Quest 〜陽光ノ道標〜  作者: Soji
第一章 朱陽ノ出立
3/7

② 月影の邂逅


「HAHAHA! さすが瑞希ちゃんの娘さんだ、なかなか腕が立つね!」


 金髪男は額から血を垂らしたまま、平然と食卓に戻ってきた。

 そのまま湯気の立つ椀を手に取る。


「……あれ? この味噌汁、ちょっと鉄の味がしない?」


「気のせいだと思いますよ」


 確実に違うけれど、突っ込むと食欲が失せるので黙っておく。


 何より、彼の作った夕飯は本当に美味しかった。

 母と二人きりのときには、どう頑張っても“食べ物っぽい危険物”になる大鳥家の食卓だが、今日はちゃんと“夕飯”だ。


(悔しいけど、美味しい……!)


 複雑な気分で箸を進めながら、陽南は金髪男を横目で見た。


 顔はやたら整っているが、態度も軽いし、女癖も悪そうだ。

 しかも隠し子付きの、指名手配犯。


 男勝りだ何だと周囲に言われようが、曲がりなりにも年頃の娘。

 恋に恋する陽南にとって、こういうチャラついた男はかなり苦手な部類だった。

 

「……で、その子はどこにいるんですか」


 話題を変えるように尋ねる。


「ああ。屋根の上で、空を見てるはずだ」


 屋根。

 外は夕焼けの名残が見える頃だ。

 でも、わざわざ上って眺めるほどの景色だろうか。


「ほんっと可愛い息子でね! 今年で十七になるんだけど、僕似の綺麗な金髪と白い美肌で、正に天使のような――!」


「ママ、本当にこの人と友達なの?」


 騒々しい親馬鹿発言を無視し、母に尋ねる。

 

「そうよ。昔は告白されたこともあるわ」


「え!?」


「でもレオ君、どこかの人妻に手を出しちゃったらしくて……」

 

「えぇっ!?」

 

 えへへと照れ笑いを浮かべる指名手配犯。

 こんな最低男が元夕輝士団のトップだなんて、開いた口が塞がらない。


「ま、息子だけは死ぬ気で隠し通したけどね!」

 

 無駄に自信満々な男を、背後からぐさりと刺してやりたい衝動に駆られる。

 だが仮にも母の友人、ここは我慢だ。

 

「……ママ、あたしその子に夕飯持ってくわ」


 クールダウンも兼ねて告げれば、瑞希はふっと微笑んだ。

 

「……そうね。お願いするわ」

 

 それに、隊長室で言われた地方視察の話も、今は頭から追い出したかった。


「お茶とお味噌汁、こぼさないようにね」


「うん」

 

 手渡された盆を見下ろす。

 温かいご飯と味噌汁。


 受け取った盆を持ち上げ、歩き出す。


「しっかりしてる子だねぇ。母娘で助け合って暮らしてきたのがよく分かるよ」

 

「レオ君こそ、父親と息子の二人きりで大変だったでしょう?」


「まぁ、僕はまだ一年そこそこだし……」


 廊下に出ると、背後から親同士の会話が聞こえてきた。

 

「……そうだ、僕いいこと思い付いたよ! 僕と瑞希ちゃんが一緒に暮らせば、両親揃ってバランス良──ぐはぁぁっ!?」


「今すぐ一億に換金されたいの?」


「すび、ばぜんっ……!」

 

 どうやら、母の鉄拳制裁が炸裂したらしい。

 陽南は盛大に嘆息し、そっと玄関の戸を閉めた。


 

 

 

 庭へ出ると、夜風が頬を撫でた。


 頭上を仰げば、屋根の天辺に膝を抱える人影。


 月を背負って座るその姿は、影絵のようだった。


「あのぉ、すみませーん!」


 声を張ると、人影がゆっくりこちらを振り返る。


 逆光で顔は見えない。ただ、こちらを静かに見下ろしているのが分かる。


「…………」


(……わっ!?)


 次の瞬間。


 その影は、軽やかに屋根を蹴った。


 音もなく、ふわりと庭へ降り立つ。


 (……あ)


 思わず、息を呑む。


 現れたのは、金髪の少年だった。


(……そこそこ可愛い顔、してるけど)


 陽南より少し背が低く、年頃は少年と青年の間くらい。


 半開きの瞼に、やや眠そうな無表情。


 “天使”というよりは、ただの気怠げ不良少年だ。


 けれど。


(……髪、ふわふわしてる)


 父親よりも淡い金色の猫っ毛が、夜風に柔らかく揺れる。


 そして何より。


(金色の……瞳?)


 月を映したような双眸が、静かにこちらを見ていた。


「……。アンタって、さ」


「っ、え?」


「……いや。やっぱ、いい」


 途中で言葉を切り、金の瞳がふいと逸れる。


 しばしの沈黙。


 陽南は咳払いして、お盆を持ち直した。


「えっと……夕飯、持ってきたんだけど」


「……ワザワザ、ど〜も」


 差し出すと、彼は素直に受け取った。


 踏み台を引き寄せ、正座して背筋を伸ばす。


「いただきます」


(ここで食べるの!?)


 思わず内心で突っ込む。


 だが箸の持ち方も、姿勢も妙に綺麗だ。


 無造作な見た目と違って、所作が整っている。


(……変な子)


 少し見入っていると、不意に声がした。


「……なぁ」


「え、なに?」


「アンタ、おれより年上?」


「あたし? 十九歳だけど」


「そ〜か。じゃあ、姉御だな」


 落ち着いた声。間延びした口調。


 穏やかな空気に、つい微笑みが漏れる。


「まぁ、好きに呼べばいいわ。……あたしは、しばらく家を空けるけどね」


「……?」


 味噌汁を飲んでいた彼が顔を上げる。


 金髪が、ふわりと揺れた。


 じっと見られると、なぜか落ち着かない。


「えっと……その……特別任務なの! あたしの力量を見込んで、隊長から直々に──」


 勢い任せで虚勢を張ってしまい、余計に凹む。


 彼は何も言わず、ただ静かに見つめてくる。


 まるで、何もかも見透かしているように。


「……な、何よ」


 夜風が冷たい。


 髪を押さえながら、陽南はわずかに身を震わせる。


 こちらを見上げていた彼が、ゆっくり瞬きをした。


「……なら」


 静かな、声。


「おれも、ついてくよ」


「……え?」


 間抜けな声が漏れる。


「アンタの仕事、手伝う。……ダメか?」


 淡々とした、あまりに自然な言い方。


 考えるより先に、口が動く。


「……別に、いいけど」


「ん。じゃ、ヨロシク」


 あっさり頷く彼。


 食事を終えて立ち上がり、ふとこちらを振り返る。


 そして――


「あ、えっ……!?」


 彼の外套が、ふわりと投げられる。


 咄嗟に受け止めれば、ほんのり温かかった。


「寒い中、待たせてゴメン。昼間、洗ったばっかのヤツ」


 野良着一枚になった彼は、また屋根へ向かおうとする。


「あ、ちょっと!」


「?」


「あなたの名前。教えて?」


 月光を受け、金の髪と瞳が透ける。


「──三明。空見三明ソラミ・ミツアキだ」


 そう告げた次の瞬間。


 彼は一歩で宙へ跳び、屋根の向こうへ消えた。


 まるで最初から、そこにいなかったみたいに。


 (…………不思議な子ね)


 陽南は外套を握りしめたまま、しばらく空を見上げていた。

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