① 朱、駆ける
「待てぇぇぇっ!!」
怒号と共に、王都中央の大通りを朱毛の女が駆け抜けた。
通行人が悲鳴を上げ、露店の串焼きが宙を舞い、荷車の御者が慌てて手綱を引く。
「待てって言ってんでしょぉぉ!!」
両腰に差した双刀が、走るたびに金属音を鳴らす。
夕輝士団・朱子隊所属――大鳥陽南。
長身に長い脚、きっちり束ねた朱毛は風に暴れ、獲物を追う視線は捕食者そのものだ。
追っているのは、逃走中のスリ犯。
革袋を抱えた小男は、人混みに紛れて必死に逃げていた。
(よーし! もう少しで追い付──)
犯人の背中が迫る。
双刀の柄に手を伸ばしかけて、はっとする。
「あっ、串代!!」
陽南は慌てて首を巡らせた。
串焼きの露天は、もう遥か後方だ。
「どうしよ、これじゃ食い逃げに──」
「払っといた」
背後から、気怠げな声が飛んでくる。
振り返ると、いつの間にか並走する金髪少年がいた。
眠たげな半開きの瞼と、無造作に揺れる猫っ毛。
(本当、できた子よね)
「ありがと、このまま回り込める!?」
「……了〜解」
面倒臭そうに応じながらも、彼の足取りに迷いはない。
塀を蹴り、屋根へ跳び、先回りする。
その背中に向かって、陽南も全速力で疾走した。
――この時は、まだ知らなかった。
偶然知り合った年下の少年が、
自分の人生を百八十度ひっくり返す“相棒”になることを。
◇
夕陽に照らされる、夕映王城。その敷地内で一際高く聳え立つ天守閣こそ、王国治安維持組織・夕輝士団本部である。
赤く染まる白壁の中、朱子隊の隊長室に一人呼び出された女隊士──陽南は、背筋を伸ばし、緊張の面持ちで立っていた。
机の向こうで優雅に紅茶を飲んでいた赤司康志隊長は、開口一番言った。
「あなたに地方視察を命じます」
「……え?」
間の抜けた声が漏れる。
康志はにこやかな笑みを浮かべ、眼鏡を指で押し上げた。
「期間は一ヶ月程度。多少長引いても構いません。南燿地方を中心に、治安状況の現地調査をお願いします」
「南燿地方って……一人で砂漠越えですか!?」
「ただでさえ人手不足ですし」
あっさりと言われ、陽南は目を剥く。
「……特別手当、出ますよね?」
「財政難ですからねぇ。先日の農場修繕費も相当でしたし」
「……うっ」
一昨日の光景が脳裏に蘇る。
山賊軍団を叩きのめした際、陽南は勢い余って農具庫と倉庫をまとめて破壊。
その光景に牧場主は唖然とし、康志も報告書を見て額を押さえていた。
康志は静かに立ち上がり、柔らかな笑顔のまま、すっと己の喉元を指でなぞる。
「これが最後の温情です。――次はありませんよ?」
にこり、と。
首を切る仕草が、妙に現実的で、妙に怖かった。
◇
王都・落燿郊外の林道を、とぼとぼと歩く赤毛の女隊士が一人。
(……事実上の左遷、よね)
頭上で束ねた朱毛が揺れ、腰の両側に差した鞘が歩調に合わせて鳴る。
亡き父の双刀を握り、ただがむしゃらに走ってきた。
その結果が「厄介者扱い」だなんて、悔しくて堪らない。
――けれど。
(凹んでる場合じゃないわ)
脳筋上等、猪突猛進上等。
地方視察だろうが何だろうが、成果を叩き出して昇進材料にしてやる。
無理やり自分を納得させ、陽南は勢いよく玄関戸を開けた。
「ママー、ただいまー! お腹すいたー!」
ふわりと漂う、見慣れないほど良い匂い。
(……え?)
編み上げ靴を脱ぎ捨てて上がると、食卓の前には母・瑞希が行儀良く座っていた。
「あら、陽南ちゃん帰ってたの? おかえりなさい」
「ねぇ、この匂いどうしたの? 今日の晩ご飯、は――」
首を巡らせた瞬間、陽南は固まった。
台所に立っていたのは、お玉を片手に爽やかな笑顔を振りまく金髪碧眼の男だった。
「おぉっ! 君が瑞希ちゃんの娘さんか! ハロー! キュートなレディ、ナイストゥーミーチュー!」
「……は?」
彫りの深い異国風の顔立ち。
筋肉質な体躯。
そして――母が普段愛用しているピンクの花柄割烹着。
ギャップが酷すぎて事故を起こしている。
「あ、あんた誰……!?」
瑞希が困ったように微笑んだ。
「昼間、勝手に友達が押しかけてきちゃって」
「……友達!? この人が!?」
「ええ。あなたも知ってるでしょう? 夕輝士団の前総団長、レオナルド=スカイライト君よ」
「――ええぇぇっ!?」
脳裏に浮かぶ、本部入口の手配書掲示板。
そして、懸賞金一億映の文字。
「ちなみに瑞希ちゃんは当時の副団長でね」
鼻歌交じりに煮物を盛る男。
大根、人参、里芋、油揚げ。彩りも香りも完璧だ。
「わぁ美味しそう……じゃなくて! 賞金首がなんでうちにいるの!?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました!」
花柄割烹着のまま、胸を張るレオナルド。
「僕が危険を冒してここへ来た理由。それは――」
碧眼が一瞬、真面目になる。
「実は――」
溜めて、
バチン、と派手なウインク。
「隠し子、預かってほしいんだ。えへ☆」
室内に吹き荒れるブリザード。
(……は?)
そして陽南は。
「滅べ女の敵ぃぃっ!!」
「ぎゃあああぁぁっ――!」
渾身の回し蹴りを繰り出し、元総団長を廊下までぶっ飛ばした。
こうして左遷予定のお転婆女隊士は、帰宅五分で賞金首制圧という功績を叩き出したのである。




