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Crescent Quest 〜陽光ノ道標〜  作者: Soji
第一章 朱陽ノ出立
2/7

① 朱、駆ける


「待てぇぇぇっ!!」


 怒号と共に、王都中央の大通りを朱毛の女が駆け抜けた。

 通行人が悲鳴を上げ、露店の串焼きが宙を舞い、荷車の御者が慌てて手綱を引く。


「待てって言ってんでしょぉぉ!!」


 両腰に差した双刀が、走るたびに金属音を鳴らす。

 夕輝士団・朱子アカネ隊所属――大鳥陽南オオトリ・ヒナ


 長身に長い脚、きっちり束ねた朱毛は風に暴れ、獲物を追う視線は捕食者そのものだ。


 追っているのは、逃走中のスリ犯。

 革袋を抱えた小男は、人混みに紛れて必死に逃げていた。


(よーし! もう少しで追い付──)


 犯人の背中が迫る。

 双刀の柄に手を伸ばしかけて、はっとする。


「あっ、串代!!」


 陽南は慌てて首を巡らせた。

 串焼きの露天は、もう遥か後方だ。


「どうしよ、これじゃ食い逃げに──」

「払っといた」


 背後から、気怠げな声が飛んでくる。


 振り返ると、いつの間にか並走する金髪少年がいた。

 眠たげな半開きの瞼と、無造作に揺れる猫っ毛。


(本当、できた子よね)


「ありがと、このまま回り込める!?」

「……了〜解」


 面倒臭そうに応じながらも、彼の足取りに迷いはない。


 塀を蹴り、屋根へ跳び、先回りする。

 その背中に向かって、陽南も全速力で疾走した。




 ――この時は、まだ知らなかった。


 偶然知り合った年下の少年が、

 自分の人生を百八十度ひっくり返す“相棒”になることを。





 夕陽に照らされる、夕映王城。その敷地内で一際高く聳え立つ天守閣こそ、王国治安維持組織・夕輝士団本部である。

 赤く染まる白壁の中、朱子隊の隊長室に一人呼び出された女隊士──陽南は、背筋を伸ばし、緊張の面持ちで立っていた。


 机の向こうで優雅に紅茶を飲んでいた赤司康志アカシ・ヤスシ隊長は、開口一番言った。


「あなたに地方視察を命じます」


「……え?」


 間の抜けた声が漏れる。


 康志はにこやかな笑みを浮かべ、眼鏡を指で押し上げた。


「期間は一ヶ月程度。多少長引いても構いません。南燿ナンヨウ地方を中心に、治安状況の現地調査をお願いします」


「南燿地方って……一人で砂漠越えですか!?」


「ただでさえ人手不足ですし」


 あっさりと言われ、陽南は目を剥く。


「……特別手当、出ますよね?」


「財政難ですからねぇ。先日の農場修繕費も相当でしたし」


「……うっ」


 一昨日の光景が脳裏に蘇る。

 山賊軍団を叩きのめした際、陽南は勢い余って農具庫と倉庫をまとめて破壊。

 その光景に牧場主は唖然とし、康志も報告書を見て額を押さえていた。


 康志は静かに立ち上がり、柔らかな笑顔のまま、すっと己の喉元を指でなぞる。


「これが最後の温情です。――次はありませんよ?」


 にこり、と。


 首を切る仕草が、妙に現実的で、妙に怖かった。


 



 王都・落燿ラクヨウ郊外の林道を、とぼとぼと歩く赤毛の女隊士が一人。


(……事実上の左遷、よね)


 頭上で束ねた朱毛が揺れ、腰の両側に差した鞘が歩調に合わせて鳴る。


 亡き父の双刀を握り、ただがむしゃらに走ってきた。

 その結果が「厄介者扱い」だなんて、悔しくて堪らない。


 ――けれど。


(凹んでる場合じゃないわ)


 脳筋上等、猪突猛進上等。

 地方視察だろうが何だろうが、成果を叩き出して昇進材料にしてやる。


 無理やり自分を納得させ、陽南は勢いよく玄関戸を開けた。


「ママー、ただいまー! お腹すいたー!」


 ふわりと漂う、見慣れないほど良い匂い。


(……え?)


 編み上げ靴を脱ぎ捨てて上がると、食卓の前には母・瑞希ミズキが行儀良く座っていた。


「あら、陽南ちゃん帰ってたの? おかえりなさい」


「ねぇ、この匂いどうしたの? 今日の晩ご飯、は――」


 首を巡らせた瞬間、陽南は固まった。


 台所に立っていたのは、お玉を片手に爽やかな笑顔を振りまく金髪碧眼の男だった。


「おぉっ! 君が瑞希ちゃんの娘さんか! ハロー! キュートなレディ、ナイストゥーミーチュー!」


「……は?」


 彫りの深い異国風の顔立ち。

 筋肉質な体躯。

 そして――母が普段愛用しているピンクの花柄割烹着。


 ギャップが酷すぎて事故を起こしている。


「あ、あんた誰……!?」


 瑞希が困ったように微笑んだ。


「昼間、勝手に友達が押しかけてきちゃって」


「……友達!? この人が!?」


「ええ。あなたも知ってるでしょう? 夕輝士団の前総団長、レオナルド=スカイライト君よ」


「――ええぇぇっ!?」


 脳裏に浮かぶ、本部入口の手配書掲示板。

 そして、懸賞金一億映エイの文字。


「ちなみに瑞希ちゃんは当時の副団長でね」


 鼻歌交じりに煮物を盛る男。

 大根、人参、里芋、油揚げ。彩りも香りも完璧だ。


「わぁ美味しそう……じゃなくて! 賞金首がなんでうちにいるの!?」


「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました!」


 花柄割烹着のまま、胸を張るレオナルド。


「僕が危険を冒してここへ来た理由。それは――」


 碧眼が一瞬、真面目になる。


「実は――」


 溜めて、


 バチン、と派手なウインク。


「隠し子、預かってほしいんだ。えへ☆」


 室内に吹き荒れるブリザード。


(……は?)


 そして陽南は。


「滅べ女の敵ぃぃっ!!」


「ぎゃあああぁぁっ――!」


 渾身の回し蹴りを繰り出し、元総団長を廊下までぶっ飛ばした。


 こうして左遷予定のお転婆女隊士は、帰宅五分で賞金首制圧という功績を叩き出したのである。


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