表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第四話:老婆の家




 馬車が軋む音を立て、止まったのは、

王都から離れた深い森。



 荒々しい馬車の揺れに極度の緊張。


 目的地に着く頃には、二人とも気力が尽き、

ぐったりしていた。


 御者台の兵士が荷台の扉を開け、二人を降ろす。



 森の中には、ひっそり佇む小さな館があった


 蔦に覆われた壁、手入れの行き届いた庭。


 そこには戦火の気配など微塵もなく、

ただのどかな光が満ちている。



 数刻の後、木の扉がゆっくりと開く。



「おばあちゃん…」



 リィナの声が、幼い子供のように震えた。

 扉から出てきたのは、一人の老婆だった。


 リィナよりも少しくすんだ銀色の髪、

清潔感あるシワを頬に蓄えた、細型の女性。

年齢を感じるが、背中は曲がっておらず、

真っ直ぐと立っている。



 こちらに気づいた彼女は、

ゆっくりとこちらに歩いてくる。



 近づき、立ち止まり、静かに両腕を広げた。



「おばあちゃんっ!」



 リィナは髪を振り乱しながら、老婆の胸に飛び込んだ。



 神子として、魔法使いとして、

必死に張り詰めていた糸が完全に切れたのだろう。


 老婆の服を掴んで、リィナは声を上げて泣きじゃくった。



「…よく頑張ったねえ、リィナ。

 寂しかったろう、怖かったろう」



 老婆の静かな声が、辺りの空気を優しく鎮めていく。



 その光景を、アルトは少し離れた場所で、

居心地悪そうに見つめていた。



 (…いいな)



 胸の奥が、ちりりと焼けるように痛む。

 自分をなじった大人たちの顔。絶望的な戦場。

 そして、もう二度と会えないかもしれない両親の笑顔。


 馬車でのリィナとの会話が頭をよぎり、アルトは唇を噛み締める。



 老婆は、リィナを抱きしめたまま、

もう片方の手をアルトへと差し出す。



「お前さんも。こっちへおいで」

「え…でも、僕は…」

「英霊様だろうと、なんだろうと、関係ない。

怖かったろう。こっちにおいで。」



 アルトはゆっくりと歩み寄り、腕の中に引き寄せられた。


 干し草と、古い本と、温かな陽だまりの香り。


 母のそれとは違うけれど、たしかな温もりを感じる。


 枯れ枝のように細い手がアルトの頭を優し叩くたび、

強張っていた全身の力が抜けていく。



「ここは安全だよ。役目を終えた隠居の家さ。

もう大丈夫。

ゆっくり休んで、温かいパンとスープを食べよう。

話はそれからでいいんだよ」


 アルトは老婆の肩に額を預け、知らず知らずのうちに涙をこぼしていた。



 なじられた屈辱も、理不尽な運命への怒りも、

柔らかな抱擁の前では、ただの悲しみに変わっていった。





 しばらくした後、背後で兵士が低く、

乾いた声を漏らした。


「――では、これで。私は戻ります」


 その言葉に、アルトはハッとして振り返った。


 戻る?どこへ?

あの、炎と悲鳴が渦巻く地獄のような場所へ?



「…小僧。恨むなら、こんな時代に呼び出された自分の運命を恨め」


 兵士はアルトに冷たく言い放つ。


 リィナとの言い争いが聞こえていたのかもしれない。


 そうだとしても、自分勝手に呼び出しておいて、なんて言い草だ。

 アルトが言い返そうとした時、兵士はリィナに向き直り、一度だけ深く頭を下げた。


 「お嬢様、どうか、生き延びて。

 ここもそう遠くない未来に、

戦火が及ぶかもしれません。お気をつけて」


 その横顔が見えた瞬間、アルトは息を呑んだ。



 横に揃えた兵士の手は、隠しようもなく震えていた。

 瞳の奥には、今すぐ叫びだして逃げ出したいような、

圧倒的な「死」への恐怖が滲んでいた。



 それでも、彼は馬に跨り、走り去っていく。




(あの人は…死にに行くんだ)




 アルトに浴びせた「運命を恨め」という言葉。

それはアルトではなく、自分に言い聞かせる言葉だったのかもしれない。



 残酷な現実に押し潰されている人間が、

それでも毅然に放った想い。



 アルトの中で何度も反芻され、意味を変える。



 自分の恐怖なんて、あの人が抱えているものの足元にも及ばない。



 自分だけが不幸かのように思っていた。


 ずっと誰かのせいにしていた。


 


 自分のことばかりで、情けなくなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ