表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

第三話:泥濘の衝突




 馬車は泥を跳ね上げ、闇夜を進む。



 荷台には、アルトとリィナの二人きり。



 御者台の兵士が急かす馬の蹄の音と、

車輪が軋む音だけが、耐えがたい沈黙を埋めている。



 膝を抱えるアルトの肩が、不意に大きく波打った。

 一度溢れ出した感情は、もう堰き止められない。


「…なんでだよっ!」


 絞り出すような声が、次第に激しい怒りへと変わっていく。


 アルトは顔を上げ、暗がりに座るリィナに向けて叫んだ。


「なんでだよ! なんで僕なんだよ!

 世界を救う?英霊? わけわかんないよ!

 僕はただ、学校に行って、畑の手伝いをして…」



 リィナは動かず、じっとアルトの言葉を浴びる。



「母さんに会いたい…父さんに会いたいよ!

 ここがどこかも、君たちが誰かも知らない!

 勝手に連れてきて、勝手に『できそこない』なんて、ひどすぎるよ。

 帰してくれよ、今すぐ僕を元の場所に帰せよ!!」



 アルトは泣きながら、リィナの肩を激しく揺さぶった。



 怒りと、恐怖と、耐えがたい孤独。


――たしかに、農民以外の未来を夢想することはあった。


 しかし、この現実は、十歳の子供には、あまりに重すぎた。





 やがて、アルトの言葉が尽き、その場に崩れ落ちる。


 すすり泣くアルトに、リィナは震える声で、静かに言った。


「……お母さんが、いて良いね」


 その一言に、アルトの心臓が跳ねた。



 見上げると、月明かりに照らされたリィナの頬には、一筋の涙が伝っていた。



 彼女は泣き声を上げることもなく、ただまっすぐアルトを見つめる。



「私のお母さんは、私が生まれてすぐ、魔族に殺された。

 …お父様もきっと、あのお城であいつらに殺される」



 アルトは、息を呑んだ。



「ごめんね。私が未熟だったから…

 あなたの幸せを奪ってまで、こんな場所へ呼んでしまった。

 あなたは何も悪くない。

 悪いのは、この地獄みたいな世界と……私」



 リィナは、弱々しく笑ってみせた。

 「神子」として振る舞う少女の、限界の笑顔だった。



「……」



 アルトは、何も言えなくなった。



 自分だけが被害者だと思っていた。

 けれど、目の前の少女は、自分と同じ、あるいは自分以上に、すべてを失おうとしている。



 馬車が大きく揺れた。



 暗くぬかるんだ道は、これからの未来を暗示しているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ