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【未来日記で運命が変わる異世界物語】  作者: ねこラシ
三章 名無しの放浪者たち
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第三十九話 「夜に響く声色」

「くっ、離せ!」


「離すわけねぇだろ。お前を逃がしたら俺たちが死ぬ。恨むなら俺たちじゃなく、自分を恨め!」


 荒々しい声色でそう告げる男。

 肩に担がれた俺はジタバタ暴れてみたが俺を連れている大男の体格が人間のそれではない。ゴリラの体格に筋骨隆々のボディー、俺を掴んでる腕は丸太のように図太い。


 下手に動けば広場に着く前に圧死するかもしれない。この男が背中に携えている大剣でこいつを、なんてことを思ったが明らかに俺が振り回せる代物ではない。肉切り包丁を三倍の長さにしたくらいのそれを取ることすら困難だろう。


「ちっ! 先にを手出してきたのはあいつらだ。俺は命を守るために正当防衛をしたまでだ!」


 俺の必死の訴えに俺を担いでいる男は「んなことぁ分かってるつーの」と小声で言った。


 『触らぬ神に祟りなし』


 『昇神教』は文字通りそれということを誰もが理解している。仲間に手を出せば、死ぬまで追跡をする。身内も友人も、逃亡者と関係のある人間は皆が敵対視される。


 宿から広場まではおよそ十分くらい。

 だがこの男は歩幅が普通の人間よりも大きい。つまり、数分早くたどり着いてしまう。


 俺一人で抵抗は出来ないから仲間を頼る、ってことをしたいが後ろを見ても追ってくる気配が無い。たつまり、宿にいる他の連中に抑えられている。


「どうしたらいい……」


「諦めろ。あいつらに手ぇ出した時点でお前の死は決まってたんだ。しかも運が悪いことに幹部がいやがる。まともな殺され方されねぇぞ」


「うっ……マジか」


 ふいに頭に浮かんだのは兄妹を拷問死させたあの瞬間。殺せ、殺して欲しいと泣き叫ぶ兄の顔色。この世界のどの海よりも深い絶望の叫びを心地良いものと感じながら殺す俺。


 『死に戻り』という能力があるにしても死に慣れるという人間はこの世界にいないはずだ。殺され方にも楽なものと、壮絶なものがある。回数は少ないが、今まで楽に死んだことはない。なるべく死の回数は増やしたくない。


「そぉーら、もう二分くらいで着いちまうぜ。懺悔の時間だ」


 あと二分、あと百二十秒でほぼ確で俺の死が確定する。腰に帯びている剣には手が届かない。背中に背負っていれば抜けた。いや、抜いたとして俺はこのゴリラ男を殺せない。


 まずいまずいまずいまずいまずい。


 どうすれば、どうすればこの死を回避出来る。

 事前学習が出来ていたり、『未来日記』を拝む時間があれば変わったはず。だがいずれも出来なかった。こんな状況になるなんて誰が予想出来た?

 

 いや無理だ。俺が出来なかった時点で。惨殺だ。酷い殺され方をするはず。四肢を落とされる。皮を、爪を剥がれる。開腹される。目を取られる。花を削がれる。耳を落とされる。舌を切られる。


 あらゆる痛みが俺を苦しめ、やがてあの兄と同じように殺せと叫ぶはずだ。それをケラケラと笑いながら剣を脳天に突き刺すに違いない。


(神様仏様! 何か、何か打開策を俺に!)


 瞳を閉じて俺は両手を合わせ、力強く祈った。今の俺にできる最大限のことだ。


 

 ───────────


 

 祈った。神に、仏に、キリストに、観音様に。頭に思い浮かんだあらゆる神とそれに近しい存在であった方々に祈りを捧げた。しかし、運命は無慈悲だ。俺が次に目を開ければ広場に群がる真っ白なローブを纏った信者達だ。


 これには俺を担ぐ男もゴクリと唾を飲み、汗が吹き出した。ズカズカと人をかき分け、群衆の中央に行けばこちらに背を向け黒装束を纏い、特異な雰囲気を放つ男が一人。


「お、お連れしました」


 ゴリラ男が俺を下ろす。

 筋肉に圧縮されていた俺の体は久方ぶりの自由を喜んでいるようにあちこちが痛み出した。


 男は俺を下ろすといそいそと大衆の中に消えて行った。夜の星空の下、月の光が俺にスポットライトを当てる。今晩の主役はお前だ、と言わんばかりに。


「思いのほか早かったですね。僕の見立てではもう少しかかると思ったんですが」


 目の前にいる、黒衣の男がゆっくりとこちらを振り返る。真っ先に俺の目を奪ったのは、その顔。いやしいことがあるからなのか、はたまた醜いからなのかは知らないが、奴は白銀の面を被っていた。


「トウマ・カガヤ。素性は全て知っている、と言いたいんだけど分からないことが多い。『昇神教』が持つ、あらゆる人間について書かれた書物を持ってしても分からない。君がそういう能力持ちなのか、ただ隠すのが上手なのか……」


 どちらでもない。なんてことは言えなかった。言えば俺の死亡確率は百パーセントを超える。『異世界転生者排除法』などという法令のせいで、命を追われる。


「君が僕たちを深く理解していないのか、知っていてやったことなのかは知らないけど。僕たちに弓引いて生きていた人間はいない。僕たちは面子を重要視するからさ」


「極道かよっ!」


 〇が如くという某ゲームに触発されたただの厨二病かと思ったが、こいつらは違う。一度だけ、『昇神教』の人間と会話をしたことがある。


 ヴァンデル・アーサー。奴の発言から推測するに『昇神教』は虐げられた人間や、他とは違う考えを持った人間が集まった組織。つまり居場所を失った人達の集まりだ。その結束は極道やマフィアよりも硬いかもしれない。


「ともあれ君は死ぬ。良い機会だ。僕たちに手を出せばどうなるかもう一度良く知らしめる必要があるからね。でも――」


「二人の殺し方と後処理を考えれば易々と殺す訳にはいかない。君にも同じ苦しみを味わってもらう」


 同じ苦しみ。となるとやっぱり俺は――そう思った時、男が手を振り払った。それは風よりも素早く飛んだ。俺がそれを不思議に見ていた時、既に俺の左手首より先が血を撒き散らしながら宙を舞っていた。


「――え」


「グァァァアッ!?」


 遅れてやってくる焼けるような痛み。のたうち回りながら出血部分を抑えるが血は止まらない。俺が左右に転がる度に血の溜まりが形成される。


「グゥゥゥゥ! ッァァァア!」


「まだ一回目。彼らが受けた苦痛に比べればどうってことは無い。これは開始の狼煙なのだ」


「ゴフッ!」


 男の足先が胸に突き刺さる。あまりの衝撃と鋭さに肋骨が軋む音が耳に入った。胃から逆流しそうになる液をなんとか抑えながら涎を周囲に飛ばす。


 胸と腕の痛みに俺は何度も絶叫を上げるが、その間も男は拷問の手を緩めない。踏んで蹴って、蹴飛ばして、殴って、殴り飛ばしてを繰り返し俺はあちこちが膨れ上がった。


 あの時の選択は、アイツらを惨殺するという殺し方は間違っていた。だが! 俺はあの二人を殺したことを今は後悔していない。むしろ殺して良かったと思っている。俺から少し離れ俺を蔑むようにフードの下で笑うイカれ信者達。あの中にあの二人も入っていたのなら俺は殺してよかったと思っている。


 だから俺は――間違えていない!


「俺が……何したってんだ……」


「俺は、間違ったことはしてないっ! 自分の命を、街を助けるためにやるべき事をやった……! 後悔は――」


 瞬間、再び強風が俺に当たりながら過ぎ去った。次に飛んだのは右腕だ。噴水のように血が吹き出し、即座に血の池を作り出す。


「グギァァァァ!!」


「君に許されたのはその悲痛な叫び。言葉を話すことは許可していない。君は黙って刑罰を受ければ良いんだ」


 声色は変化していない。だが言葉の節々には狂気と怒りのようなものを感じる。こいつは初め、同じように殺すと言った。それは俺が残忍な手段で殺めたからだ。と奴は言ったが、こいつは違う。


 この白銀の面を被った男は、殺すことを快楽として捉えている!


「グゴォッ!」


「まだ始まったばかり、それに夜もまだ浅い。これからだ。まだまだいくよ!」


 楽しそうに仮面の下で口角を上げ、狂気が服を着ているような男。その間も周囲の信者達もローブの下で笑っていた。


 黒いカーテンの上に散らばる星々の下。その夜は俺の悲鳴が絶えなかった。



次回 第四十話 「共に、戦おう」


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