第三十六話 「誰にも言えない秘密」
異次元に飛ばされるような視界を捉え、瞳を閉じた後に目を開けると俺を覗き込む五人の顔が見えた。中でもひと際、顔を近づけ匂いを嗅いでいる女の子が目に入った。こっちの世界では一瞬、じゃなくて時間が経過している。
「あぁ! 生きてる生きてる!」
「大丈夫か?」
橙色の瞳を細くしながら心配の念を溢すワンジュに対し大丈夫と返答する。馬乗りになっているミユを降ろし俺は起き上がる。少しクラっとする頭を抱えながら周囲を見てみれば家やら地面やらが抉れているし、無残な姿で放置される死体が二つ。
あれは俺が……なんてことを。肺の中に溜め込んでいた空気全てを吐き出す勢いでため息をついた。
「今はどっちだ? まだあの君なのか、いつもの君なのか」
「えぇと、いつもの俺です……」
怒りを身を任せ人を殺すトウマではないと伝えると全員が安堵する。俺もホッと胸を撫で下ろした。戻ってこられた、大丈夫だよね。
「一体急にどうしたんだ。トウマ、君は本能であんなことをしたわけではないだろう?」
「はい、もちろんです。俺が望んでいた訳ではないんですが、そういう衝動が最近出るようになって抑えるのが難しいんです」
「それは持病のようなものか?」
ワンジュによる診断が始まった。医師としての知識は無いだろうが、ある程度の推測は出来るのだろう。隣には知恵の眼を光らせ、老人の経験と知識を発揮できるであろうジュラルがいる。
「そんな感じだけど、違うような……。生まれつきではなくて最近症状が出る、みたいな感じです」
「症状、それは先程のように怒りに身を任せ暴れることで間違いないだろうか?」
「概ねそんな感じです。感情というものが溢れかえって異常な行動をしてしまう、って感じですかね」
「うーむ」と考え込んでしまうワンジュ。彼は戦場に長らく身を置いている。戦場は傷や病気と縁を切れないものであり、兵士として出陣している彼はある程度の予備知識を蓄えている。その彼を持ってしても不明ということだ。
それも無理はないだろう。俺は決して病気になった訳ではない。俺が持つ未来視の副作用のようなものであって、病ではない。どこの書斎を漁ったとしても掲載されていないものだ。分かるはずなど――
「そういえばこのようなことを聞いたことがありますな」
思い出したように、長らく目を閉じていたジュラルが口を開いた。彼は脳の奥深くに眠っていた記憶を呼び起こし、言った。
「かつて、何でも未来を見透かし、自分の望む未来にするために動く神がいたと。その神はあらゆる事象の遠い未来を可視化出来る代わりに感情を制御出来なくなったと。周囲からみれば突如として人格が変わり、全くの別人になったようだった、と」
「ゴクリ……」
この人何者だ……?
一体その知識はどこから得たものなんだ。神はまだしも他の条件は全て一致している。未来が分かることも、望む未来にするため生きること、人が変わったような人格。俺に投影しても整合率は七割は越える。間違いなく俺もその例に当てはまる。
「あくまで神話の中での話でしかございませんが……」
「なるほど、そんな事例があるのか。空想の話とはいえ、可能性も捨てきれない。だが、そうだとして治療法が確立されている訳でもない。すまないが私たちとしては治すことに尽力を注ぐことは不可能に近い、許してくれ」
「いえ、そんな滅相も無いです。むしろ似た例が分かっただけでも有難いくらいです」
その神も俺と同じように『未来日記』のようなものを持っていたのだろうか。その内容を元に、救いたい命を拾って生き抜いたのだろうか。
だとしたら、その神も『死に戻り』が出来たのだろうか。いや、それは無いか。時間逆行の権能はゼロが与えたものであって生まれつきではない。
「とりあえず、ここにいては危険だ場所を変えよう」
リーダーのワンジュの言葉で皆が移動を始める。その中俺はただ一人あるものを見つめていた。俺が殺した二人だ。言葉にするのも嫌だが、四肢を切断され、人間としての原型を留めていない肉の塊に近いものを放置するのはどうだろうか。
俺が殺したとはいえ、あまりにもむごい。あんな姿を敵味方関わらず、晒されたままにされるのは嫌だろう。せめて、殺した人間として最後までやるべきことは全うする必要がある。
俺はみんなを呼び止め、その事について説明をした。すると皆が了承してくれた。ジュラルを除く四人は魔法で済ませればすぐに終わると言ったが、俺は首を振った。
「死んだら誰でも仏になるから雑に処理するべきじゃない。ましてやこんな酷いことをした俺が全ての責任を持って埋葬まで行う必要がある」
仏という単語に引っ掛かりを覚えながら、二人を丁寧に埋葬する必要はない。彼らだって同じようなことをしてきたはず、とワンジュは言った。それでも尚俺は引き下がらなかった。私情も入っているものの、やはりあんな姿を街の一角に放置して消えるのは良くない。
俺は反対の意見を主張していたワンジュを振り切り、一人で彼らの元に歩み寄った。
「では私たちは先に安全な場所に避難しておく、君もそれが終わったら戻って来てくれ」
俺を置いて皆は先に行った。ミユは一人残る俺に着こうとしたが、『昇進教』による追撃の可能性がある安全な所に行く必要があると家族愛を優先した。
して、残った俺だが……一体何から手をつけるべきか。雑に放棄された死体からは骨が露出し、周りには飛び散った肉片と臓物、目や耳、舌などがある。グロ系は別に問題ないが、流石に人の中までは頂けない。
まず、移動すべきだろうか? 道のど真ん中で人通りが少ないとはいえ、やがては人が来ることだろう。だが、移動するとなれば全てを抱える必要がある。全てだ。血はまだしも、生きている時に人体を支えた器官らを完璧に拾い、移動する必要がある。そんなもの無理に決まっている。
俺が右往左往していると、ザッと一つの影がさした。その人物は草履独特の音を出しながら俺に歩み寄り、声を掛けた。
「私も手伝ってよろしいでしょうか」
貫禄とまではいかないが老いを感じさせる声色。振り返って見れば、着流しを着用した初老の男性、ジュラルがいた。「なぜ貴方が」と呟くと、心配だったと彼は言う。次に地面に転がる人間であったものを見つめると、
「凄まじいですな。近くでみると、こんな風になっていたとは」
「俺も、本当に自分がやったのか疑っています。ですが、現実は嘘をつかないみたいです。今も俺の両目には涙を流し、殺せと懇願する二人の姿がありありと浮かびます」
少し前の戦闘、その記憶を辿っていた時にジュラルは言う。
「かつて『昇神教』の幹部を数名殺し逃亡した人間がいたと。奴らに手を出して生きていた人間はいないとか。ラダール・トラヴィスを除いては……。トウマ殿、もしかしたら貴殿も――」
「大丈夫、大丈夫です。その時は何とかしてみます。絶対に俺は逃げますよ。奴らなんかに捕まってたまるもんかってね」
「左様ですか」と少し引き気味にジュラルは言う。そして作業を始めた。始めると思った以上にキツかった。やはり飛び散った肉片を全て回収する。簡単なようで難しかった。あの時の俺が後処理を考えていたらどれだけ楽だったか。
始まってから数十分後、突如ジュラルが口を開いた。
「トウマ殿、これは完全に私の予想、見解でしかありませんが貴殿は人に言えぬ秘密を抱えているのではありませんか?」
脳みその中を直接見られたような感覚に俺は肝を冷やした。俺は言葉を濁しながら、早く片付けようと彼に諭した。
「何かをお隠しになっているのであれば、表に出ぬようしっかりと墓場まで持っていくことです」
「はい、すみません……」
それが出来たらどれだけ楽だろうか。秘密を誰にも共有せず死ぬことができれば、その秘密は迷宮入りの謎となるだろう。だが、俺にはそれが出来そうにない。むしろ、共有しないと別の秘密が守れない状態なのだ。
「と、言ったものの若者にはその荷は重いでしょう。トウマ殿、その秘密を悩みとして私にお教えくださりませんか?」
「もしかして、それが目的で戻ってきたんですか?」
彼は「違います」と首を振りながら否定した。俺からすれば彼の言動から推測するにそれしかないと思える。彼は続けて言う。
「私の故郷でも死なば仏という言葉があります。トウマ殿がどこで知ったかは存じ上げませんが、私も同じ考えを持っていたためここにいるだけです」
嘘は、無い。彼の黒の瞳には一点の曇りもない。彼は真心で、本心でそのように主張しているのだ。この人になら、この秘密を共有して良い……そんな気がする。だが、それでは等価交換にはならない。この人とて、以前から秘密を隠しているに違いない。
「教えてもいいのですが、俺も一つジュラルさんの秘密を知りたい」
ジュラルは「なんなりと」と続ける。
「ジュラルさん、貴方の故郷はどこですか。以前から気になっているのですが、貴方は頑なにその服装から変えない。そして、その靴。この世界のどこの文化とも一致しない。ジュラルさん、貴方は本当にこの世界の住人ですか……?」
俺はあえて日本や着流し、草履という単語を伏せた。だいぶ前からこの人も俺と同じ世界からやってきた人間なのではないかと思っている。
着流しという服装はジュラル以外に着用している人物を見たことがない。加えて彼は仏という単語を知っている。仏教でも普及しているならまだしも、そんなものは存在しないのが異世界。
しかし、それらを知る人物がいる。総称にはなるが、異世界人だ。俺と同じ別の世界からやってきたまがい物。でなくば、辻褄が合わない。
ジュラルは先程から沈黙を貫き通している。まさかそのようなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。これではまるで俺が老人を虐めているような風景だ。俺は段々といたたまれない気持ちになり、
「すみません、踏み込んだことを聞きすぎました。今のは無かったことに」
「構いませぬ。この老いぼれこそ少し度が過ぎました。申し訳ありません」
なんとも不可思議な雰囲気になってしまった。俺は場の空気感を変えるため、すぐに埋葬しよう、と彼に伝えた。「そうですな」と頷いてくれた。
――否定しなかった。つまり、その可能性が大いに有り得るということだ。あるいは、言葉が詰まって何も出てこなかったか。
いずれにせよ、この世界にいる異世界人は俺だけと考えない方が良いみたいだ。俺と同じように異世界人であることを隠して生きている人間もいるだろう。それが、善人であればいいんだが…………。
次回 第三十七話 「昔話」
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