第三十八話 「最悪の放送」
埋葬した場所から数百メートル先の宿屋。訪問者専用の宿に向かった。昨日は外で一夜を明かしたが、『昇神教』という存在を確認したため街の中に止まる方が良いと判断したらしい。
到着する頃には既に日は沈み、月が夜空に浮かんでいた。所々が経年劣化した木造の宿屋の扉を開けると酒と肉の匂いがムワッと襲いかかった。円テーブルを囲み、盃を片手に談笑する人々で溢れかえっていた。
その中で、水の入ったボトルをゆらゆらとさせ俺たち二人に気がついた碧髪の眉尻の長い青年と目が合った。俺とジュラルはワンジュのいるテーブルに着座した。ミユもウリルもユジンも皆、夕飯が出来るのを待っているようだった。
俺が椅子を引き座った直後、隣の席にいたミユが俺の膝へと移動した。こちらに顔を向けるとニマっと笑う。
「既に君たちの分も注文済みだ。好みに合うかは分からないが」
「いえ、私なんかのために感謝いたします」
「ありがとうございます」
ガハハと笑い声が絶えない宿だ。キョロキョロと周囲を見てみれば変わった見た目の人もいる。トカゲのような人間や、狐やら馬やら鳥、獣族というやつだろう。ミユのように人間の見た目で、猫の特徴を持っている子は恐らく人間の血が濃いのだろう。
一方で獣族の血が濃いと、各々の種族の見た目をしているが人間と同じように二足歩行だし知能が高いし、という特徴を持っているんだろう。
背中に剣を携え、軽い胸当てをしている奴もいればローブや魔女の帽子を深く被り、近くに杖を立て掛けている人もいる。ここは冒険者御用達の宿に違いない。
「お待たさせしました。こちらご注文の品です!」
額に角を生やし、薄着の女性が料理を運んできた。肉の焼ける匂いと胡椒の風味が鼻の奥を刺激し俺は店員の異変に気が付かなかった。
一つ一つ丁寧に、手際よく料理をテーブルに運ぶ女性。全てを運び終わり、お礼を伝えようと彼女に視線を動かした時俺は何を言おうとしたか忘れてしまった。なぜか、人とほかの種族の混血はほとんどの場合、人の特性を受け継ぎ誕生する。
それは主に見た目であり、顔があって上半身があって下半身があって、手足があって、人と同じ臓器があって、ということなのだが人より亜人の血が濃い場合がある。そのもの達に共通することは、腕が四本あるということだ。
俺の目の前で、ニッと歯を見せてわらう女性がその例だ。脇の下にもう一組腕があるのだ。
「いやカイ〇キーじゃん……」
某ゲームに登場するキャラクターの名前が出てしまった。
というより、俺はまだこの世界のほんの一部しか見ることができてないみたいだ。
ここは異世界。俺がいた世界とは全く違うのだ。魔法もあるし剣もある。人間以外の種族が村を作ったり、立って言葉を話すこともあるのだ。それを考慮すれば腕が四本あることなど普通。
なんか、より異世界らしさを感じるようになってきたかもしれないな。
「ではいただこう。我らの食となってくれたもの達への手向けとして敬意を」
ワンジュが両手を合わせ軽く会釈をする。
これがこの世界の頂きます、か。
俺もワンジュの所作を真似し、目の前にあるステーキに感謝の意を示した。
でも……あの出来事の後に肉は、食いにくいな。
─────────
とりあえずなんとか食べ切ることが出来た。途中であの場面の一部がツギハギになってフラッシュバックしたが、それでも無駄にする訳にはいかないという精神で食べきった。
全員が食事を平らげた。テーブルを囲んだまま食後の余韻のようなものを楽しもうと杯を片手にしていた時、それは起きた。
『あー、あー。聞こえるかな? 聞こえてるー? やぁやぁ諸君、こんばんわー』
拡声器で声を通しているかのような声色。それが、街の隅々まで行き渡った。室内にいたとしてもその声量は衰えることなく隣で話されているような感じだった。
突然の放送に皆がざわつき始める。何せこのようなことは珍しい。災害でも起きなければ滅多に使用されることは無いのだろう。
『怪しい者じゃないですけどー、皆さんに質問があって放送させてもらってまーす』
言葉の節々に感じさせられる幼さ。子供、ではないだろう。
『本日仲間二人が殺されて僕は凄く悲しんでるんだー。二人とも優秀で、大事な大事な仲間なんだ』
仲間、となれば冒険者か。だが、冒険者が街全体に通ずるマイクを貸すだろうか?
『あれ? まだ自覚が無い感じかなー?』
『今日二人の兄妹を殺した人、いるよね?』
「――っ!」
二人の兄妹を殺した。
この言葉を聞いた五人の視線が俺に集まる。
俺はその時、背筋がヒヤリとし呼吸のリズムが崩れ始めた。これは兆しだ、悪いことの、良くない前触れに相違ない。
『兄の名前をカミラ、妹の名前をラミアって言うんだけど分かるよね』
例の二人の仲間、となればこの声の主は『昇神教』と確定する。街の放送が乗っ取られたんだ!
『いやー酷いよね。あんな惨い殺し方。ちょっと許せないよ。それに、埋葬したら許されると思ってるんだろうけど、そのやり方が皮肉というか、敵意があると言うか、ねぇ……』
埋葬のやり方に疑問を持っている?
あぁ、当然か。遺体を燃やして埋葬するという火葬の方法はこの世界には無い。
もしかして火葬は禁忌に触れるとか?
この世界では手順とか、埋葬のやり方があってそれを無視して行ったことにキレているのか?
『火葬はさ、二度と生まれてくるな、っていう意味があるんだ。許せないなぁ許せないよねっ!?』
火葬というワードが出た瞬間、宿の中がざわつき始める。
「火葬って、なんでそんなことを?」
「最っ低じゃない!」
「そんな奴がこの街に……?」
それまでの楽しい朗らかな雰囲気とは打って代わり、空気は嫌悪に包まれた。
『僕は『昇神教』の幹部だ。僕たちの仲間を殺したってことは『昇神教』に弓引いたってことさ。トウマ・カガヤそこにいるよね?』
「――ッ?!」
ガタッと椅子から転げ落ちた俺に視線が注がれる。名前を知られている。しかも、そこ、という指示語は俺の居場所を知っているということ……?
すると俺ではないかとコソコソと話し始める。
『その男を差し出せば街に手は出さない。でも、その男を差し出さないのなら街を破壊する。僕たちは街の広場で待っているから、絶対連れてきてねーよろしくー』
ブツっという音を最後に声が消えた。
と、同時に皆が席を立ち上がり血相を変えて俺を睨み、
「早くその男を連れ出して!」
「広場に運ぶぞ!」
「あんな奴らに手を出しやがって!」
あちこちから投げられる罵声。
この場にいる誰しもがかの組織の恐ろしさを知っていた。
『昇神教』は『触らぬ神に祟りなし』とまで言われるほど厄介な集団なのだ。
俺は俯いて何も言い返すことができなかった。
あいつらが先に手を出して来た、殴ったら殴られる覚悟があったからそうしてきたに違いない。
俺が死んだらあいつらは調子に乗ってさらに人が死んでいたに違いない。俺があの二人を止めなかったら、この街の人はどんな目に遭っていたのか、それは俺を除き、誰も知らない。
バンっと机を叩き立ち上がった若い女戦士を筆頭に続々とガタイの良い男やらゴツイ武器を持った冒険者らが歩み寄ってきた。顔には憤怒を乗せて。宿の中は一転して最悪のムードになった。
他の五人はそれを落ち着かせようと反論したが、
「こいつを連行すれば死なないのに何言ってやがる!」
という豚と人間のハーフの言葉を浴び、何も言い返せなかった。理屈ではない。本当にその通りだ。俺を連れていけばみんなは死なない。
しかし、これはあまりにも惨くないか?
こちらとて命の危機に瀕していたために、反撃をしただけ。殺され方はまだしも、火葬がダメというのは理不尽にも程がある。本来であればあのような人間は墓を作られることすらないはずなのだから。
他の五人は波を作り始めている大衆に囲まれ行動不能となった。
「連れていけ!!」
女戦士の一言で俺は逃げる暇も無く、担ぎあげられそのまま広場へと連れていかれた。
次回 第三十九話 「夜に響く声色」
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