第三十七話 「昔話」
遺体の埋葬を始めてから四時間が経過した。本来であれば火葬して埋葬なのだが、火葬に入るまで時間があまりにもかかってしまった。飛び散った臓物や肉片やらを集めきったと思えば、ひっそりどこかから現れたり、片目が無かったり、耳が無かったりと踏んだり蹴ったりだった。
同じ箇所を何度も探し回ることをやり続け、ようやく集めきったと思えば火葬が残っている。兄と妹、二人の死体を並べ火を灯した。肉が焼ける匂いとパチパチ響く赤の光はいつものように良い香りを届けてくれるものではない。死者を弔う重要な儀式だ。俺とジュラルは離れることなく、正面から向き合った。
全てを焼き終えた後、残ったのは原型を留めた妹の骨とあちこちが欠け死の直前に重症を負ったと分かる兄の遺骨。俺とジュラルはそれらを残すことなく壺の中に収めた。本来であれば専用の骨壺を用意すべきだったのだが、そんなものはこの世界に無かった。
そのため、二人の遺骨を入れることができるサイズの真っ白な壺を買った。つまんでは丁寧に入れを繰り返し、余すことなく納めると廃屋の隣にある空き地に埋葬した。本来であれば石碑に家名等々入れるべきなのだが、やはりそのような石は無かった。無名の、誰もしらない場所にひっそりと埋葬されたが彼らにはそれがあっていると思う。
兄妹の二人で仲良く成仏してほしい。と殺めた本人である俺が言うのはお門違いだと分かっているが願わずにはいられない。彼らの分も俺が真面目に生きていくしかない。それが殺めた側の人間としての責務だと俺は思っている。
空を見てみれば日は傾き、暗くなり始めている。やるべき事を終えた俺たちは並んで歩き始めた。足取りは決して軽いとは言えない。
「正しい工程を踏んでの埋葬は久方ぶりでした」
「以前どこかで行ったんですか?」
「ええ、自らの手で殺めた家族を、埋葬したのが最後でした」
タブーに触れてしまったと俺はすぐに謝罪をしたが、ジュラルはお気になさらずと宥めてくれた。彼は若かりし頃、最悪の出来事を経験している。騎士団壊滅の原因を作り、その報いを受けるかのように彼は家族と村を失った。
場の空気を表すようにさらに暗がりが広がる。
「自らの手で殺めたために私には孫がいません。故に、時折考えてしまうのです。もしも子が生きていたらどのような子に育ち、孫が産まれていたのか、と」
彼の瞳には後悔が映っていた。
なぜあのような決断をしてしまったのか。
なぜもっと考えなかったのか。
なぜもっと愛さなかったのか。
「ですので、時折トウマ殿を孫のように見えてしてしかたがない。危なっかしい挙動をみると、若かりし頃の自分を色濃く継いだ孫がいると不思議にそう思ってしまうのです」
「孫、ですか」
「トウマ殿には是非とも私と同じ道を歩んでもらいたくないのです。愛を誓った妻と血を分けた子、これらは隔てられるべきでは無い故」
「それはもう遅い」と言いかけたところで、言葉が奥に引っ込んだ。子と親の分離であれば、俺は既に二回経験している。
少し、自分の過去を振り返ろう……。
──────
俺は2003年、いわば平成15年に産まれた。
故郷は日本の某県の県庁所在地。割と裕福な家庭だったと思う。いや、違うかな。
俺は親の顔を覚えていない。父と母がどんな人で、どんな性格で、何をしていたのか、俺は一切知らない。むしろ、人生の途中まで自分は無から誕生した哀れな人間だと思っていた。
何故なら、実の両親、血の通った親は俺が産まれてすぐ俺を路上に置いて消え失せた。高貴な家柄で跡継ぎ騒動になるからなのか、はたまた貧しい家で育てることが出来ないからなのかは知らない。とにかく俺は、生後間もない状態で棄てられた。
その日は雨が降っていたらしい。幼児の体で、タオル一つに包まれた赤子がその寒さを凌ぐことなんて到底出来るわけがない。俺は助けを求めるように泣きじゃくていた。泣いて泣いて泣き喚いて、泣き疲れ、死が近づいた時、近くの建物から一人の大人がやって来た。
その人は俺を見た直後、何が起きているのか理解できずしばらく唖然としていたらしい。俺を抱き抱えるとすぐさま、出てきた建物に帰って行った。どうやらそこは児童養護施設だった。
俺はそこで伸び伸びと育ったが、毎日俺を抱える人が変わるため、どれが自分の親なのか認識出来なかった。
だが俺は良く遊び、良く笑う子だったと当時の従業員が語った。毎日毎日、いたずらをしては皆を困らせるやんちゃ坊主で手のかかる子供だったという。だが、それも俺が幼稚園を出るまでだった。
六歳になり、小学校に入る時になり親という存在を理解できたと思う。笑顔で大人と写真を撮る自分と同年齢の子供、どこを行くにも手を繋いで楽しそうに行く、子供が笑うだけで親も笑う。そんな存在がなんで自分にはいないんだと子供ながらに思った。
もちろん、俺にもそんな人がいなかった訳ではない。施設の人が代わりに引率してくれたが、彼らのように真心を込め、本心から笑ったり、遊んだりはしてくれなかった。
その時になってようやく理解した。
――俺には両親がいない。自分は他の子と違うことに。
それを理解した時、俺は今までにない不安と悲しさで泣きじゃくった。式典なんて関係ない、ただ辛くて、悲しくて、悔しくて、羨ましくて、ただただ泣いた。
俺には両親がいない。それを知ってから毎日が億劫に感じるようになった。今思い返せば、そんなに落ち込んでいたかなと思うが、子供にとって親とは空に輝く太陽であり、地面であり、服のような存在だったと思う。
それらがあるからこそ毎日安心して生活できるように、両親がいるからという理由で子供はなんでもできる。子の喜びが親の喜びであるように、逆も然りである。
小学校に入ってからというもの、人と話すことが激減した。これまでの性格や言動を考慮して異常とも言える生活をしていたと思う。何せ、昨日まで水道管を詰まらせたり、屏風に落書きをしたり、あちこちを走り回ってた子が、部屋の隅で一言も話さず死んだ目をしていたのだから。俺が病気ではないかと、施設の職員は疑い病院に連れていかれたが、病気ではないのに病気だと診断されることは無い。
やがて、職員は俺を疎ましく思ったのかいない存在のように扱い始めた。むしろ、うるさかった子が自然と落ち着いたのだから彼らにとってはこの上ない幸運だったのかもしれない。俺も理解していた、あの人たちはあえて俺を避けていると。
子供は良く大人の真似をしたり、言われたことを良く覚えている。生きるためには未熟すぎるために、よく観察したり、よく記憶しておくという器官が発達している。職員が俺を避ければ子供も同じように避ける。まぁ中には俺を遊びに誘う心優しい子がいたが、大体そういう子は怒られる。
「あの子と遊んではいけない!」
「話しかけたらダメって言ったでしょ!」
と、怒られているのを目にしたこともある。だから、俺も話しかけてきたら追い払ったり無視をするようになった。
そんな対応をしていても学費や食費など必要不可欠なものは払ってくれた。国が決めた法律があることや、時折行政の観察がある。概ねそんな時、俺は平然を装ったり、トイレに逃げたりしていたが。
六年後、つまり俺が小学校を卒業したその日、珍しく笑顔で向かってくる職員がいるなと思いきや俺に話しかけた。その内容は、
「里親が決まったから、今週中に出て行ってほしい」
との事だった。里親、こんな俺を引き取ってくれる家庭があるものかと初めは疑ったが、俺の荷物をまとめ出した職員や俺を引き取ってくれる人の名前を良く口にする職員を見て、本当なんだと悟った。
どんな人だろうか。怖い人か、優しい人か。だが、どんな人であっても皆のように血の繋がっていない親には変わりない。
そしていざ顔を合わせてみると、顔のシワが多く、髪のほとんどが真っ白なおばあちゃんだった。車の窓から顔を覗かせる男性も、おばあちゃんのように歳をかなり食った老人だった。
まさかの老夫婦に引き取られることになるとは、俺の値打ちはそんなに低いのかと内心自分と職員を恨んだ。
「お名前は?」
と笑顔になりシワの増えた顔で優しく問われたが、俺は自分の名前を伝えなかった。会話能力が欠如した、という訳ではない。ただ単純に、この人も最後には俺を見捨ててしまうのだと思っていたからだと思う。
赤い軽自動車に乗せられ、移動している最中もおばあちゃんは俺に質問をしてきた。
好きな食べ物や好きな色、好きな遊びに好きな本、色んなことを聞かれたが一切答えなかった。それでもおばあちゃんやおじいちゃんは嫌な顔せず、俺が心を開くのを優しく待ってくれた。
そして俺は――
「トウマ殿、どうなされたのですかな?」
「えっ? あぁ、いや、物思いにふけっていただけです。すみません」
俺より数十歩も先を行っているジュラルに名前を呼ばれ俺の意識はこの世界に戻ってきた。空を見上げれば、砂を撒き散らしたように点々とし、輝く星々が見えていた。体はここにあるが、意識は過去に飛びすぎていたみたいだ。
「行きますぞ。皇子様方がお待ちです」
「はい、急ぎましょう」
俺は駆け足でジュラルの後を追った。
また今度続きを話すとしよう。
俺はなんとしても元の世界に帰らないと行けない。俺の心の扉を開けてくれたあの二人にまだ恩が返せていない。人生をかけて親孝行をしなければいけないんだ。
次回 第三十八話 「最悪の放送」
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