第三十四話 「地獄絵図」
何故だろうか、もの凄い怒りを感じる。これほどに怒ったことは無い。家族が殺されたわけでも、友が惨殺された訳でもない。危害を被った訳ではないのに、腸が煮えくり返るほどの怒気が込み上げてくる。
今すぐに何かに当たりたい。何かにこの怒りをぶつけたい。物を壊したい。ストレスが溜まりに溜まった時のように物に当たりたい。破壊の衝動が、どんどん込み上げてくる。
なぜ街人が、何もしていない人間が無差別殺人の対象にならなければいけないのか。なぜ邪悪な、禁じられた魔法を使う子供がいるのか。これも全て『昇神教』という組織があるせいか?
「ぁぁぁああ! ちくしょうが!!」
瓦礫の山を拳で殴る殴る殴る。もちろん素手で殴れば無事ではすまない。殴る度に骨が軋み、肉がはぜる。血が噴き出し、瓦礫を朱に染める。頭が沸騰したと思うほど熱を帯び、無我夢中で岩屑に怒りをぶつけるぶつける。
突発的に唸り声を上げながら岩を叩く様子を見ていた少女は微笑して言った。
「あれよあれ。あーんな感じの声が聞きたいのよ。もっと汚ったない悲鳴が聞きたいわ!」
「がぁああ! クソがっ!」
人前では怒りを表すことは嫌いだが、どうしても我慢できなかった。器に溜めていた水が溢れ返ったように爆発的に怒りが込み上げた。
この光景を遠くで見ていたミユは血相を変えて走ってきた。ジュラルの援護をするタイミングを伺っていたウリルは突如走り出した姉に声を出したが、彼女は聞こえていないように走り出していた。
「トーマ何してるの!」
彼女の心配する声にいつもなら反応したが、今回は届かなかった。怒りが五感を奪っているに等しいものだった。
右腕の痛覚が麻痺しているのか俺は瓦を割るように瓦礫を割り、剣を手に取った。右手は血の池に沈めたように紅に染まり、肉が裂けていた。静止するミユを押し退け、無理やり件の少女目掛けて構えを取る。
「ダメ! 手の傷が!」
「邪魔だ、退け!」
すぅーと息を吐き、鞭を縦横無尽に薙ぎ払う幼女の首。それを掻っ切る。この事だけを考えていた。いや、それしか考えられなかった。
刹那、礫が宙を舞った。怒りを乗せた爆発的な踏み込みは俺史上最速だった。瞬きひとつの間に、距離を潰していた。
「来たわね、待ってたのよ! シュピヘルム」
満面の笑みで勝利を確信したような表情を浮かべると右手をこちらに向けた。漆黒の魔素の塊が至近距離で放たれた。黒魔法「シュピヘルム」、当たれば精神と肉体のどちらか、あるいはその両方を蝕む拷問の魔法だ。避ける隙は無い、俺は咄嗟の判断で『草薙』を盾にした。
『草薙』は世界でも指折りの名剣。効力は五指に入るほど強力である。真っ青な鞘と金の装飾が施された『草薙』は見た目からしてただの剣ではないことは誰の目から見ても明らかだ。目の前にいる少女もそれは理解している。
だがしかし、まさか黒魔法すらも防がれるとは思っていなかっただろう――
燃えている物質を水に投げた時のようにジュワッと音がした直後、黒の塊は空気中に魔素として分解され、散った。
「何よそれぇっ!」
驚愕している暇など無い。
俺はもう剣の間合いに少女を入れている。込み上げている怒りに任せ、振るった刃は幼子の頭横を捉えた。ゴリっと鈍い感覚と共に、血を吐き散らしながらその場にうずくまる幼女を前にしても怒りは晴れなかった。
魔法が使えない俺にとって唯一の攻撃手段は近接戦闘。いや、使えたとしても俺は肉弾戦に持ち込んでボコボコに殴っていただろう。頭を抑え半泣きになっている女の子を見てもなお攻撃の手は緩めなかった。脚を大きく振り上げ、全てを粉砕するつもりで落とした。
「っぃぃい?!」
起死回生、彼女の体が小さいことが命を繋いだ。上下に短い体はやはり小回りが効く。なにより面積が小さい。小さな動作で攻撃の範囲から逃げ出せることができる。
「あぁ、っああ」
桃色の髪が赤に変色していく。馬鹿げた威力を放つ『草薙』が当たればどんな達人であっても無事ではすまない。
「死ね……ッ!」
気が収まらない俺は空気が爆ぜたと思うほど鋭い刺突を放った。今度こそ外さん、顔面を抉り取ってやる。必殺の意を込めた攻撃は彼女を穿つ、ことはできなかった。視界の端から真っ白な光が走ってくる。
直感で当たってはいけない、と悟った俺は脚を止めた。
家屋を突き破ったのと同じ、全てを消す魔法だ。あとほんの数ミリでも前に出ていたら顔が削れていた。
ワンジュらと戦っているもう一人の男が放ったものだ。相棒を守るために顔色変えて放ったに違いない。ちくしょう! あと少しだったのに! ちゃんと抑えておけよ!
舌打ちをし、心で呟きながら、俺はサイドから放たれる魔法の弾幕を回避する。魔法陣が現れるところから無造作に放たれる弾幕はどれも当たれば死を意味する。時間稼ぎだ、あの幼女が回復するまでの時間稼ぎに過ぎない。
俺を相手にしながら俺たちの戦闘部族二人を相手するのは厳しいだろう。さらに俺の後ろには控えが三人いる。だが、誰にも譲らない。あの幼女は俺が斬りたい、痛めつけたい、怒りをぶつけたい!
「黒魔法すら防ぐことができた『草薙』はもう何でもできるはず……だなぁ」
あの幼女と同じようにニタァと笑う。俺は最も素早く迫る弾幕のひとかけらに剣を合わせた。すると結果は俺の予想通り。弾幕は真っ二つに切れ、地面に叩きつけられた。
それを繰り返し行うと周囲の地面や家やらはボロボロになったがどうでも良い、とにかくこの怒りを少女にいや、『昇神教』にぶつけたい、知らしめてやりたいんだよなぁ!
その時、神の思し召しか一つの奸計が俺に舞い降りた。
「あっ……いい事思いついたぁ」
俺は弾幕を足捌きと剣の力で切り抜けながら奥で回復をしているであろう幼女に向けて走った。前、右、左、後ろ、全ての方向から迫り来る魔法を防ぎ、回避しながら進む。
「やいっ! 止まりやがれってんだァ!!」
もう一人の敵が怒号を飛ばすが、そんなもの俺にやっている暇はない。その一瞬を突いて、ワンジュの剣技が唸りを上げた。それにより、俺への意識が途切れる。
「見つけたぁ!!」
俺はついに件の子を見つけた。小刻みに震える手で、頭に癒しを与えている。全てを掻い潜った俺を見つけた彼女は一瞬、絶望の貌を見せたが、次の瞬間には俺をゴミのような目で見始めた。
空いた片手を振り払うと黒の鞭が音速で迸った。俺は正面からそれを受け止める。またしてもジリジリと火花が散る。先程であれば互角、いや俺が負けたが今は違う。怒気を力に変換し馬鹿力を生み出している俺の力が圧倒し始める。そうなれば後は振り切れば終わりだ。
「――ッ! シュピヘ――っ?!」
既に眼前にまで迫っていた俺は喉輪をしながら思い切り上へと持ち上げる。
「かっ……かヒュ……!」
白く細い首だ、手のひら一杯に収まる。小さな喉。そこに思い切り力を入れたらどうなるんだろう。俺は思い切り、全身の力と怒りを乗せて首を壊すつもりで腕を隆起させた。
瞳孔が開かれ、口から涎が垂れ始める。
ジタバタと華奢な体を暴れさせ、振りほどこうとするが俺はさらに力を入れた。
「がっ……ごぉ……っぁぁ」
このまま殺す、という訳ではない。俺が持ち上げたのには訳がある。見せしめだ、わざと見せている。さぁ早く、早く来い。
次の瞬間、こちらの戦場の様子に気がついた男が血相を変え、唾を吐きながら叫ぶ。
「やめろぉぉぉ!! 妹を! ラミアを離せぇぇ!!」
「へぇ、妹なんだ。かわいそ」
怒りに任せた投げやりな攻撃を放つ。先程よりも数多い白の弾幕が雨のように降り注がれる。俺はそれをまたしても障害物を盾にしたり、剣で跳ね返したりをして防ぐ。その間も首を絞め続ける。
俺が一向に手を緩めず、攻撃が当たらないのを確認した兄は顔を真っ赤にし俺を睨んだ。
「同じ隙を見せるとは、舐められたものだ」
「鬱陶しいんだよォ! クソがァ!!」
これまでとは比較にならないほど規模が大きい業火の囲いを目の前に形成すると、ワンジュとユジンをその中に閉じ込めた。
だが第二波が兄を襲う。奇襲のタイミングを伺っていたジュラルがすぐさま剣を振るう。しかし、見透かしていたようにパッと躱すとジュラルを蹴り上げ、彼もその中に閉じ込めた。
「妹をォォ! ラミアを離せェェェァァァア!!」
余程に焦っているのか、魔法ではなく袖から短剣を取り出しそれを振り回しながら俺と距離が縮まる。一歩また一歩と近づく度に白のローブが風に靡かれ揺れる。
ついに目の前まで侵略した。兄の放った刃の影が肉体を貫通し、血が垂れる。思いのほか深く突き刺さった刃により、臓器が破損する。口いっぱいに血が溜まるが逆流してくる血に耐えられず口の端から赤の液体を滴らせ、石の上に落とす。
――だが、兄の剣が貫いたのは俺ではない。なんとも無情なことに、妹の土手っ腹を穿っていた。
「ラミ、ア……?」
「ゴフッ……お兄、ちゃ……ん……」
容赦なく、何の迷いもなかったことが相まって刀身が半分埋まるほど奥に刺さっていた。妹を刺し殺す心地ってどんな感じだろうなぁ。
兄が震える手を離した直後、俺は雑に妹を地面に投げ捨てた。既に回復していたとはいえ、強い衝撃による脳震盪と頭蓋骨陥没、そして急所刺しはあの体では到底耐えられないだろう。
すぐに兄は駆け寄り、抱き上げたが既にこと切れていた。冷たくなっている妹をギュッと力強く抱きかかえ、天に嘆きの雄叫びを上げる。ジロっと俺を激しく憎んだ目で見た。その目には憎悪の悪魔でも宿っているのかと思うほど黒く、とぐろを巻いていた。
「いいねぇ、妹が聞きたかった悲鳴ってこういうことかぁ、最高だなぁ。ラミアちゃん、生き返るといいねぇ」
妹の死を嘲笑うように見下した発言をすると、即座に魔法を発動し始める兄貴。大気中の魔力が彼の元に集まり、七色の、虹のような光を放ち始める。
だが、魔法が放たれることは終ぞなかった。両手が肩から消え失せ、血を雨のように撒き散らしながら宙を舞っていた。俺が鞘を抜き、銀色の刃で彼の両腕を落としたからだ。
「ぐぁぁあああっ!!」
灼熱の痛みに耐えられずその場で唸り声を上げる兄。近くで妹が見ているというのに情けないなぁ。これじゃあ兄貴失格だよ。
「ほーら、兄が強くないとラミアちゃんが困った時助けられないよ」
「うるっせぇんだよォ! お前がラミアの名前を――ガァァァッ!!」
会話の途中だったが、俺は彼の足首から下を切断した。いいねぇこの悲鳴、『昇神教』がこの声を出してくれるのは最高だなぁ。
しばらく悲鳴のような叫び声を楽しんだ後俺は顔を赤らめながら次の目標に焦点を合わせる。
「次はどんな悲鳴かな」
次も反対の足首から下を落とした。またしても似ている悲鳴が聞こえたが絶望の深さが違う。それが聞いていて心地良い。
また同じように悲鳴を楽しんだ後、次を切った。次、次、次、次、次はどんな悲鳴を聞かせてくれるのかなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ?!!!!
「グァァァア!!」
「ガァァァ!!」
「いってぇぇぇぇ!!」
「ァァァァ!!」
「ッ――――!!!」
「――――」
「――――」
「――――」
その後数十分かけて拷問していたら、声を上げなくなった。調子が悪いのかと思い触ってみればとても冷たかった。冷凍庫に手を入れたのと同じくらい冷たかった。鼻に手を当てれば呼吸していなかった。つまりは死んでいたのだ。
周囲には血の池が形成され、あちこちに体の一部が転がっている。皮膚に、筋肉に、骨に、足先とふくらはぎ、太ももに両腕、鼻に耳に、舌に、目玉に、絵に書いたような地獄絵図だった。
「あーあ、死んじゃったかぁ。まだ俺、怒ってるんだけどなぁっ!」
有り余った怒りを乗せ、二体の死体に剣を突き刺したり、抉ったり、開腹したりした。血なまぐさい臭いが鼻腔を刺激する度、気分が良くなった。痛めつける度に噴水のように血が噴き出し、血液や臓物やらが飛び出し、上半身と下半身を辛うじて繋げている腸を断ち切るとし尿が吹き出した。
まるで自分が医師になったようで、人の中身を見るのがとても面白かった。
兄が死んだことで魔法が解け、開放された三人がその光景に圧倒されていた。その更に後ろでは殺した二人とニタァ関係を持つ猫耳姉弟がいる。二人は腰が抜けたのかその場に座り込み目を覆っていた。
「な、なんと……」
「あれは……本当に、トウマか……?」
「…………やはり彼は……我々は勘違いしていたかもしれない、私たちが取り押さえるべき人物は」
俺は血液をいっぱいに含んだ服から血を滴らせながら、狂気的な笑みを浮かべ三人の方向を見た。
「――トウマ・カガヤ、あの男こそ抑えなければいけない人間だったのかもしない」
次回 第三十五話 「劇薬という蓋の役割」
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