第三十三話 「対価、それは巨大な力を使うために切り捨てるもの』
『死に戻り』という能力で得られる最高の恩恵といえばあらゆる事象に関する事前学習だろう。死んだとしてリセットされるのは周囲の記憶と時間。使用者は記憶を保持したまま特定の時間帯まで戻される。
人生のやり直しが何度でも出来るのが『死に戻り』という権能。だが、初見の出来事で一度も死ぬことなく乗り越えるのは難しい。トウマ・カガヤという人間は戦闘員の中でも下位層に位置している。その実力はまだまだ成長途中で半人前。安心して背中を預けることは難しい。
だが、彼には『未来日記』という未来視に近いことが可能になっている。『死に戻り』×『未来日記』という似ている要素の抱き合わせを持っている人間は世の中でもトウマ・カガヤという人間だけだ。
時間を遡り、別のルートを歩み始めても『未来日記』はその時間軸で発生する未来を記す。ここで、考えてみて欲しいものがある。『死に戻り』には発動条件がある。それは死ぬことだ。能力を使用するには一度死ぬ必要がある。
物を買うのにはお金が必要である。
お金を稼ぐには時間が必要である。
時間を増やすには他を捨てる必要がある。
これら全てには何かしらの代償がある。しかし、これらに限った話ではない。世の中何かを得たり、使用するには相応の物が必要である。それこそ、ゼロがトウマに力を貸す代わりとして五感を要求するように、この世界では対価が重要視されている。
では『未来日記』はどうであろうか。
トウマはこれまでこれといって大きなものを失っている訳ではない。彼が他人に中の内容を読ませないのは彼の善意によるものと、不審感を抱かれるのではと恐れているからである。
こんなにも代償を払うことに厳粛な世の中であるのに彼の持つ手帳はそれを見せていない。否――既に見せている。その事に気がついているのはただ一人、古代の戦士、トウマの肉体に住まう者。
ゼロはトウマの精神世界に住み込み、紅茶を片手に外の世界を眺めていた。熱々の紅茶を冷ましながら、ゆっくりと口に運ぶ。
「ボクがいるからというのもあるけど、『未来視』が出来るからという傲慢さが時折見られるね。あと、人格を徐々に蝕み始めている。それに気が付かなければ彼は本来の自分を見失うことになる」
これは決して全ての人間に共通して取られる代償ではない。使用者がトウマ・カガヤという人間なために発生している。中のページを拝む度に、未来を知る。絶対に知ることが出来ないはずなのに。そのために、性格が歪んでしまう。それが代償だった。
やがては自分を見失う――それは、彼の精神に住まうゼロとしてはややこしく避けたい問題であった。だから彼女はトウマに新しい権能として『死に戻り』を授けた。未来が見えずとも未来を変えられるように、人格が壊れないように。
ゼロが内側に宿っていることで彼女が持つ力を共有することが出来るのはもちろんだが、トウマの持つ『祝福』も関係している。
「一応釘は刺しておいたから、分が悪くなったら自害してやり直すなんていうことはしないだろうけど……心配だね」
我が子を遠くで見守る母のようにゼロは見つめていた。外では激しい戦闘が繰り広げられている。街の損害など気にしている暇もないほどに。
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「六対二かァ、めんどくせェ。お前五人な、俺一人相手するわ」
「はぁ? 何で私がそんな負担を被らなきゃいけないのよ。あんたが五人でいいじゃない。私は徹底的にいたぶりたいから大勢を相手にする暇はないのよ」
夫婦喧嘩のようにひたすらに擦り付け合い、罵り合いを続けていた。ピリついた緊張の糸は解かれ、呆れ顔をする六人。このまま平和に終わってくれるんじゃないか、そんな思考が全員に過ぎったがそう上手くいかないのが世の常である。
「だァーじゃあこれで良いだろ。同時に突っ込んで、正面に現れた人数を相手する。これで文句はねェだろ」
「結局運ってことね。いいじゃない面白いわ。アンタが五人相手しますようにーって祈っておくわ」
一通りの話し合いがついたのを確認した六人。相手が構えたのを見ると同時に、各々が武器を構えた。
ドッと砂埃が舞った。石畳を抉り、下の土を撒き散らすほどの衝撃で踏み込んだのだ。六人は例のグループに別れ戦いを始めた。二人と四人。普通であれば三人で別れるのが常石。
異様な離れ方を確認したローブ組も目を丸くした。男の方にはワンジュとユジンが、少女の方にはジュラルとトウマ猫耳姉弟組がになった。迷いは無かった、常にこの団体で行動していたからである。
「なァはははは! お前四人じゃァねェか!」
「ちっ! めんどくさいわね」
開戦してなお余裕を崩さない二人に全員が警戒をさらに高めた。
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〈トウマ視点〉
突然現れた『昇神教』と思しき二人組。俺が相対するのはミユのように幼い幼女だ。だが、口ぶりからして花を摘むことに勤しむ可愛げな女の子像は浮かばない。寧ろ、旦那を尻に敷く鬼妻像に近いものがありありと浮かぶ。
「さぁ苦しんでちょうだい!」
手を振るうとその挙動にやや遅れ黒い柔軟性のある鞭が襲いかかった。鞭は音速を超えるソニックブームを生み出すほど恐ろしい破壊力を放つ武器だ。
先頭を行くジュラルは身を屈め、回避しながら進む。一方、後ろに控えていた俺は剣で防ぐので手一杯だった。鞭であれば瞬間の破壊力がトップで、その後は大したことが無いのが普通であるが、この幼女の鞭は違った。
「――くっ!」
剣同士の鍔迫り合いのように火花を散らし始めたのだ。一向に跳ね返せる気がしない。しかもこの鞭、たぶん俺よりも力がある。ジリ貧で耐えているもののいずれは飛ばされてしまう。
ジュラルの方へ目をやれば鞭が止まったことを確認すると、さらに加速し幼女の懐に侵入していた。
「失せぇい!」
ザンっと剣が走った。しかし、幼女は小回りの効く体格を活かしひらりと花弁が宙を舞うように交わす。完璧、ではない。彼女の髪の毛の端が切れた。
「じじい! レディは大切にって習ってないの?!」
「私の知る女子とはかけ離れているので知りませんな」
幼女が距離を取る。それを逃がすまいとジュラルがまた詰め寄る。そして再びの斬撃。下からの振り上げにも彼女は反応し、バックステップ。だが、今回は髪の代わりに艶やかな卵のように繊細な頬に赤の液体が走った。
「じじい! 気色悪いんだよ!」
童顔に怒りを写し、華奢な体全体を使って鞭を振り抜いた。現在の攻撃で精一杯にも関わらず、勢いに拍車がかかれば防ぎようがない。俺は弾き飛ばされ、ソニックブームのような激しさで家に叩きつけられた。全身がハンマーで打たれたような衝撃が走る。骨のあちこちが軋み、悲鳴を上げる。
一方でジュラルは音速の速度で後ろから飛んでくるのを分かっていたが、到底避けることなど出来るはずもなく鞭の餌食となった。背中に命中しバチンと高く乾いた音が響く。衣服が破れて肉が裂け、血が噴き出すと思われたが、ジュラルの背中に異変はない。
「老いぼれながら筋肉には自信がございましてな。密度を上げればどんな衝撃でも耐えられるもので」
『筋力増強の祝福』を使用し、背中に分厚い肉の層を形成していた。『祝福』の力を使い、左手に筋肉を集約させ彼の言葉に呆気に取られていた少女の顔を容赦なくぶん殴るジュラル。地を二、三回転がりながら弾ける少女を見ながら左手を弄るジュラルは唸りながら、
「未だに慣れませんな。早く馴染むことを祈るばかりです」
シュラーゲルの存亡をかけた戦い中、彼は左腕に傷害を負い使い物にならなくなっていた。片手が使えない生活は不便であり、それを憐れに思ったワンジュがユジンに仮の義手を造らせていた。右腕と比べても遜色のないリアルな腕だ。
「じじい、ぶっ殺す……」
鼻から血を垂らしながらフラフラと立ち上がる少女。彼女の目が妖しく光った直後、どす黒い閃光が空を走った。防御と思ったが、何かを察知した彼はサイドに避ける。
「これは……黒魔法……!」
「アタシにこの技を使わせるなんて、相当に死にたいんだねぇ。あんただけは絶対殺す、殺して皮を剥いで、肉を噛んで、骨を削って、目玉を抉って、耳を落として、舌を切って、醜い、汚ーい悲鳴を聞かせてもらうわ」
妖魔のように不敵に笑う幼子。
対するジュラルは俺たちに号令を出す。
「魔法には絶対に当たってはなりませぬ! 当たれば即死ですぞ!」
黒魔法、かつて闇の魔法使いが編み出した禁忌の魔術。未だに解明できないことの多い、最悪の魔法。命を狩るのもお手のもので、拷問としても使われる。本来であれば生涯触れることのない魔法。だが、あの幼女はそれを知っている。
これも全て『昇神教』があるせいだ。あの組織があるせいで、禁術にまで手を出して人を苦しめる人間が生まれる。
「絶対に、許さん……」
額から鮮血を垂らしながら俺は立ち上がる。
『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』『昇神教』
一人でも多く潰して解放してあげないと、ね。
『未来日記』の副作用による弊害が生まれ始めつつあった。
次回 第三十四話 「地獄絵図」
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