第三十二話 「過程は違えど結末は等しい」
ジュラルに抱えられたまま連れていかれ、たどり着いた先はあの廃屋。入口付近でようやく下ろされた俺が言う。
「なんで止めたんですか。あと少しだったんですよ!」
「トウマ殿が街長を相手に何を訴えかけていたのかは知りませぬが、あの態度はだけは頂けませぬ」
「いやあれはあの人が――」
「言い訳は控えられよ。まさか貴殿は忘れているわけではないでしょうな。我々の正体がバレた場合、どのような被害を被ることになるかを」
ジュラルに諭された俺は先程のことを振り返る。
その上で分かっている、と言いたかったが先程の俺を客観視してみれば到底理解しているとは思えないだろう。
俺も同じ意見を主張するはずだ。カースト制度があるからではなく、自分たちの身を案じての一言だった。だとしても、あの老人の言い分には賛成できない。俺は自然と右手に力が入った。
「とりあえず事情は後に聞きますので、今は中に。皇子様がお待ちです」
「はい……分かりました」
先程まで煮えたぎっていた怒りを右手に集約し、表に出さないよう無理やり押さえ込みながら中に入った。その様子をウリルとミユは心配そうに見ていた。
「お待たせしました」
中に入ると埃が宙を舞い、壁に穴が空いていることであちこちから光が入ってきていた。椅子に腰掛けジュラルの挨拶を受け取るワンジュ、その後ろで佇むユジン。そして、彼らの前で縄に体を拘束された異様に冷静な中年の男。
「さて、始めるとするか」
ワンジュの一言で議論ムードになる。
普通なら車座になるところだが誰もその場に座ろうとはしない。廃屋が汚れていることは皆が承知している。
「この男は私とコハンで捕まえた。敵の襲撃に遭ったが返り討ちにし、情報を優しく尋ねたところ口を割ってくれた。間違いなくこの男がこの街で事件を起こしている主犯格らしい」
同じ説明を以前聞いたが、少し内容が違うのは何故だろうか。まぁ良いか、重要なところでは無い。
「本題に入ろう。この男、今すぐに殺すべきか否か。全員に聞きたい。ちなみに私は殺す一択だ」
ワンジュの言葉に呼応するようにユジンも賛成する。それが流れを作り、俺以外の全員が賛成した。その時、男がひっそりと笑っていた。
「ソウマ殿はどうなさるおつもりですかな」
ジュラルが俺に意見を求めた。
俺は反対、と前回は言い切ったが今回は違う。俺はこいつを生かす理由はない。『昇神教』と『正理機関』が絡んでいると分かった以上、生かしておくと逃げられる可能性が高くなる。
しかし、人を殺すことに賛成するのは少し緊張する。先程から心臓がドクドクとうるさい。手も少し震えている。俺は軽く息を吸って肺を絞られているように全ての空気を出した。
「殺しましょう。生かしておく理由がないので」
あっさりと言い切ると皆が目を丸くしていた。前回では「そう言うと思った」と言われたことの逆を口にしたのだからそうなるだろう。
「意外ですな、随分とキッパリ言ってしまわれるとは」
「理由を聞こう。正直私も殺すと断言するとは思わなかった」
理由、と言われてもなぁ。俺を殺すからなんていうことを伝えられる訳がないし。あれは俺の油断と傲慢さが噛み合ったから生まれた事故のようなものだ。しかし、結局は例の二つの組織が介入してくるに違いない。
「特に生かしておく理由が見当たらなかったので。それに、人を殺しておいて自分だけが生き残るのは胸くそ悪いので」
「君らしからぬ感情的な意見だ。いつもなら論理的に反対する君がまるでこの男に何かされたような」
「いつもならそうしていますが、惨劇を目の当たりにし被害者の憎悪が自分事のように感じたので」
半分はホントで半分は嘘だ。自分事のように感じたのは本当だが、怒りに飲み込まれるほどでは無い。
「なるほど」と納得した感を出し大きく頷いているワンジュとジュラル。二人をよそに、ミユはもう行動していた。
死刑を宣告された男の後ろに回って今か今かと執行を宣言されるのを待っている。皇子がミユに許可を下そうとした時、男が面を倒した。一見すれば諦めたようだが、やはり男は笑っている。しかも先程より大胆に……
「待ってください」
俺の一言で場の空気が変わる。ワンジュは「やはり意見が変わったのか」と聞いてきたが首を大きく振った。俺は男の元へと歩み寄った。垂れ下がっている顔を無理やり起き上がらせ、
「この男、不敵に笑っています。何か裏があるに違いありません」
あのまま殺していたら、男は死ぬ直前に切り札を切り仲間を呼んだはず。そうすれば俺たちは不意打ちを食らう。前回は運が良かったからという不確定要素のおかげで生き延びれたかもしれない。
であればその可能性を潰し、確実な未来に繋げる必要がある。だから俺は少し流れを変えた。
「私は見ていなかったため分からないが……」
ワンジュはチラッとユジンの顔を見た。ユジンの顔にも少しの疑問は浮かんでいるが「分かりません」と首を振った。彼が次に視線を移したのはジュラルだった。彼は手を顎に当てながら「恐らくですが……」と言い、
「私も笑っているような気がしました。ずっと見ていた訳では無いので分かりませんが」
「ミユわかんなーい」
「僕も分からないです」
二人の姉弟も知らないと言ったが、ジュラルというもう一人の仲間がいる。六人中二人が同じことをいえば見過ごせるはずは無い。ワンジュは今も後ろで刑の執行を待っているミユに「ひとまず離れろ」と言った。
「こんな時になぜ笑う、隠していることがあるなら包み隠さず言え。さもなくば楽には死ねんぞ」
皇子自らの脅迫。彼は剣をトントンと男の項に当てる。戦場を駆け巡り、殺しに慣れている彼に嘘はない。何か情報を得られるまで徹底的に痛めつける姿がありありと浮かぶ。
「い、いえ……何も知りません、笑ってなど」
「本当か? では私の仲間が嘘をついたと?」
「は、はい。私がこの場面で笑う余裕など――」
次の瞬間白人が男の項を捉えた。だが、血が飛び散ることはなく男が悲痛な声を出すだけだった。見れば剣は半回転していた。
「次は峰打ちなんて優しくない。何を隠している、本当のことを言え」
剣を大段上に構える。彼の瞳に嘘はない。次本当のことを言わなければ斬り殺す覚悟だ。男も彼の殺気を背中で感じ取っているはず。となれば、大人しく白状する――わけはない。
「ふふふ」と軽く笑ったのを皮切りに、「あははは」と狂気的な笑みを浮かべながら天に笑いだした。諦めた、という訳では無い。この手の男が簡単に終わるわけが無い。取り逃した時も同じように笑った後、あの分身が襲ってきた。
となれば、来る――
俺はサッと柄を握りしめる。同じく嫌な気配を悟ったのかワンジュも剣を手に取る。その場にいた誰もが構えを取った。
「さらばだ」
別れの言葉と共にワンジュが剣を振り下ろした。今度は峰打ちなどでは無い。剣は反転し、刃がある方で首を両断する、と思われたが、白の光線のような魔法がそれを遮った。
彼が離れたと同時、その場で正座していた男が立ち上がると逃走を始めた。無論、易々と逃がす訳がない。ジュラルが着流しに手を入れ、サッと振り払うと三本のクナイが投擲された。その先端には猛毒が仕込まれている。掠ったとしても死に至る強力な毒。
しかし男は一度振り返り、クナイの軌道と狙われた位置を特定し、不規則な足さばきでそれを回避した。
「なんと――っ!」
一方で壁を貫き現れた白の魔法を今際の際で避けたワンジュは『六大元素の祝福』を使用する。六つの光が彼の周囲に現れた。
「殿下!」
「大丈夫だ。それより、狭い家屋に全員がいるのは危険だ。出るぞ」
彼の言葉が放たれた直後、先程開けられた穴からパラパラと石が落ち始めた。やがてゴゴゴと揺れだし、家全体が震えているように振動し始めた。俺たちは命からがら外へ出ると、そこには二つの人影が、
「だァーなぁんで死なねぇかなァ。今ので死んでくれると楽だったんだがなァ」
「無理よ、むしろあの程度の魔法で誰が死ぬのって話ー。あの程度で死んだら悲鳴が聞こえないじゃない。退屈だわ」
両者ともに真っ白なローブを纏っている。一人は銀色の三白眼に鼠色の髪。もう一人は夏虫色の髪を高い位置で結い、桃色の瞳に殺気を宿した少女。
予想外、俺が思っていたのと違う奴らが現れた。口ぶりから察するに二人とも相当なやり手。情報ゼロの状態でやり合うことになるなんて……だが、数はこちらが優位だ。
「こいつらを殺りァ、金ががっぽりもらえんだろォ?」
「金なんていらないわ。悲鳴さえ聞ければそれで良いわよ」
男は退屈そうに欠伸をし、少女の方はいやらしく口をピンクの舌でなぞった。
また未来が変わったのか、ここでの戦いは記録に残っていない。誰が死んで生きるかは分からない、まずいぞ、もしかしたらだけど……
全滅って可能性も視野に入れないとまずいかもしれんな……。
次回 第三十三話 「対価、それは巨大な力を使うために切り捨てるもの」
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