第三十話 「相談」
人の行き交う通りを歩きながらミユの鼻がウリルの気配を察知するか、を求めて歩くこと数十分。彼女の足が止まり、スンスンと鼻を動かしたと思えばパァっと笑顔になる。
「見つけた見つけた! ミユ見つけたよ!」
俺は良くやったと彼女の頭を撫でる。発見できたとなれば後は単純、その香りを頼りに歩き合流すれば良い。少し心配なこともあるが、彼女はこう見えて猫耳族での成人年齢を満たしている。
「それじゃあね」
別れの言葉を告げると彼女はタッタッタと石畳の上を駆けながら人混みの中に消えていった。念の為、ミユが見えなくなるまでしっかりと見届けた。
俺は踵を返し、『死に戻り』の能力が発現した中、一度も開くことができなかった『未来日記』を開いた。
パラパラとページを捲り、拙い字で書かれた一文を心で読み上げる。
『街の治安を守るために仲間を募ったが、結局皆死んでしまった。街も人も草も木も、何もかもが失われた。今までで一番悲惨だった』
――どういうことだ。仲間をかき集めて街を救うのが本懐のはずなのに、逆効果になっている。今、俺がしようとしている行動が裏目に出て、敵の何かを刺激したということか?
今まで最も悲惨、か。仲間の死よりも最悪な結末。住民の中に紛れている『昇神教』と『正理機関』の人間が動いたとでも言うのか。敵勢力が膨れ上がるのを黙って見ているような連中ではないだろう。
最終兵器、ゼロでも使うか? こいつがいれば大抵の問題は解決出来そうだが、今までの苦労が水の泡になる。
「呼んだかい? ボクに話でもあるのかい?」
「げっ……呼んでねぇよ。肉体共有してると思考まで読まれるのかよ」
「違うさ、ただボクはボクの名前に反応しただけだよ。それよりどうするのさ。この街の事件は君が思っている以上に厄介で深刻だね。二つの組織が絡まり、がんじがらめな状態になってきつつある」
「分かってるつーの。だから、仲間を集めようとしてたんだが、日記には悲惨な結末が待ってるって書かれてるし」
まぁその最悪な未来を回避するために俺がいるんだけど。正直これ以上の打開策は思いつかない。正面からいけば逃げられるし、仲間を集めようとすれば数で圧殺される。
正直、街を見捨てて行く方がマシな未来に辿り着くんじゃないかな。
「早かったね、まだ早かった」
「早かったって、どういうことだよ。俺の行動力を褒めてるのか?」
「確かにその早さは良いんだけど、君自身やその周囲がまだ未熟過ぎた。ここで仲間を集めても連携は難しいよ。出会って一日も経っていない人間同士が共同作業が出来るわけがない」
「つまり、もっとぞろぞろ仲間を連れて来て俺自身が成長してから解決に動いた方が良かったってことか?」
「正解☆」
俺は直ぐに反論しようとしたが、今回ばかりはゼロの意見が正しい気がする。俺は未熟だ、ヘルメスに肉体を改造されたとはいえ世界的にみればどこにでもいる人間だ。無双やチート、最強の勇者でもない俺に何が出来るって話だ。
どうしたものか、本当に打開策が見つからない。仲間を集めても犬死になるというのなら集めたって意味が無い。
「なぁゼロ、俺をお前のいるところに招待してくれ」
「おや珍しいね。君からボクの元に来ようとするなんて。気が動転したのかい?」
「違ぇよ。ただこのまま突っ立て話すよりも対面して話した方がいい気がしてな。それに、このままだとずっと独り言いってる狂人になる」
「それはそれで面白いんだけど、良いだろう、トウマ。君をこちらに案内する」
周囲の景色が歪む。異空間に連れ込まれたように暗くなっていき、物理法則を無視し宙に浮いたような感覚に襲われた。
先程の深海のような感覚、あれに近しいものを感じる。深海……深海? あいつに言い忘れてたことがあった、
瞼を勢いよく開けると、純白の椅子にもたれ掛かり読書をしている幼い少女が目の前に現れた。七色の瞳がゆっくりと俺を視界に入れる。
俺は椅子から立ち上がり勢いよく指をゼロに向けて大声で彼女に言った。
「お前、俺が『死に戻り』した直後にあんなひでぇことするなよ!」
「うん?」と首を傾げとぼけるような素振りをした後、思い出したように「あー、あれね」と言うとクスッと笑った。俺を嘲笑うかのような反応に俺は苛立ちを覚えたが、ここで抑えなければ良いように手玉に取られ煽られるだろう。
落ち着けと自分に言い聞かせながら俺は着座した。すると彼女は驚いたように目を丸くしながら微笑する。その胸中にはきっと「分かっているじゃないか」とにやけているに違いない。
「で、ボクにどんな用事なのかな」
「分かってるだろ。解決案が見当たらないんだ、時間逆行と未来視っていう強力な補助能力はあるけど、主となるに足る力が無い。良案を思いついても辿り着くのは死、時間を遡ってまた初めに戻る。
行き詰まってるんだ、力を貸して欲しい」
「へぇー、力を貸して欲しいか。それはボクが君に成り代わって戦うのか、ボクの知恵を必要としているのか。どっちだい?」
正直言って俺は代わりに戦って欲しい。龍を相手にあんなこと出来る奴だ。それに戦いの中でも余力を全然残していたように見える。そんなゼロならこの状況を容易に解決できる。
しかし、その選択を選べば俺という人間は何も進化していない。強さが足りないと諭された俺がそんな選択を選ぶのは愚策も良いところだ。
「その顔から察するに、知恵の方だね。ボクの出る幕は無いみたいだ」
「当たり前だろ、未来視が出来る俺が自分の未来を見据えてない訳がない。こうなることが今後無いようにしなきゃならないんだからよ」
すると彼女はつまらなさそうに口をへの字に曲げた。ゼロとて、俺の肉体を使ってやりたいことがあるからな。自分の目的を後にして、他人を優先するのは歯がゆいだろう。
「まぁ良いよ。ここで君に死なれるよりはマシさ」
「死んだとしても戻れるけどな」
瞬間、彼女の顔から表情が消えた。下等生物を見るような眼差しを俺に向け、微細な怒気と殺気が入り交じった雰囲気を纏った。様子の変化を感じ取った俺は少しの緊張をおぼえた。
「その思考は辞めた方が良い。終わっても次があるという考えは君を弱らせる。『死に戻り』があるからとあまり舐め腐った言動は控えてもらいたいね」
「お、おう……すまん」
軽はずみで言った言葉を詫びるとスっと怒気と殺気は収まり、調子はいつも通りになった。
「で、本題といこうか。君が以前訪ねた地理にうるさい爺さんを覚えているかい?」
「あぁ覚えてるよ。怪しいから攻撃しちゃったあの爺さんだろ? あの人がどうしたんだ?」
「もしボクがあの人を凄腕だって言ったら君は信じるかい?」
「いや、信じ無くはないけど……だってあの人、防御してたし歳不相応の実力がありそうな雰囲気だったからな」
彼女がパチンと乾いた音を指で鳴らす。「その通りさ」とでも言いたげな表情だ。彼女はクリーム色の髪を指で弄りながら、
「あの人実はすごーく強いんだって。若い時に冒険者をしてるだけあってそこら辺の冒険者たちよりも強いよ。多分、君の仲間の誰よりも強いんじゃないかな」
「はぁ?! あの爺さんそんな強いのか?」
「そこが甘いのさ。それを感じ取れない君はまだ半端者。まぁ卓越した魔力制御だったから難しかったかもだけど」
魔力制御か、魔力なんて俺から一番遠いものだし感知する事は到底無理だと思うんだが。だが、それも試さないと分からないか。
「まぁその人を軸に行動することだね。やり直しが効かない一度きりだと思って動くこと。次ボクを怒らせたら、君の権能を取り上げるから」
「え……それって、お前が俺に『死に戻り』を」
「さぁね、誰だろう。目的は果たされたさぁ行った行った。強くなるんだったら力を磨く事ばかりに時間を割くんじゃなくて、精神面の発達にも当てると良いよ。
あとは……やっぱり、諦めないことかな。当たり前でよく言われることだろうけど、君がそれを失ったら価値は無いに等しいからね」
「お前は俺の母親かよ!」
「ボクが君の? 冗談はよしてくれ、こんな子の母なんて誰がしたいのさ」
「はっ、そうかよ。まぁ色々ありがとな。なんとかやってみるわ」
話に区切りがつき、彼女が「頑張りたまえ」と口にした直後に再び視界が歪んだ。異空間へと放り出され、現実世界に引き戻されていく。ゼロは虹色の瞳でそれを見届けていた。
次回 第三十一話 「似て異なる者たち」
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