第二十八話 「対極にある二人」
アーサー家は古くから続く名家中の名家。初代当主、いわば『アーサー』の名を伝説的なものに仕立てあげたクラウド・アーサーは傾国の英雄として竹帛に名前が残っている。
それからクラウドのような大英雄が出ることは無くアーサー家の血脈は受け継がれていった。歴代当主の中にその地位の看板を汚すような者は一人として現れず、国に重用された。国と言ってもアーサー家は定期的に土地を移っており、現存する国全てに仕えたことがある。移ってはやはり帰ってくる、なんていうケースもあった。
だが、最終的に落ち着いたのがシュラーゲル王国であった。他の国と比べても凡庸な王が続き、秀でた部分が見受けられない場所に移住したのだ。それは、当時の当主が人々の期待に疲れ果て穏やかに暮らしたかったためである。
平凡な国、シュラーゲルではより一層期待が寄せられるのではと心配したが、やはり凡庸。国王はアーサー家に重要な地位を与えるだけで無駄な期待はしなかった。雑な扱いとも言えるが、それが当時の当主には刺さったのだろう。
アーサー家がシュラーゲルに家を移して百数十年後、ヘルメスとヴァンデルが誕生した。産まれは同じシュラーゲル、財産は幾らでもある。二人は順風満帆な生活を送っていた。
そんな生活を送ることができたにも関わらず、この男は――
「なんでヘルメスと同格の人間が、悪の手先になってんだ!」
「同格、か。貴様のような第三者目線から見ればそうであろうな。アーサー家の子どもは皆が優秀で優劣を付けるのが勿体ないと言われたほどだからな」
双剣を袖の中にしまい、俺に手を差し出すヴァンデル。
「トウマ、貴様も来い。貴様も私のように世界を変えよう。『昇神教』も『正理機関』も全ては革命のために創設された組織だ」
赤い炎の瞳に嘘はない。本気で俺のことを勧誘している。世界革命軍の一員になれ、彼はそう言っている。だが、俺の答えは決まり切っている。
「行くかよ。俺はやらなきゃいけないことがあるんだ」
「……異世界転移なんてバカげたことは考えていないよな」
「――っ!」
「嘘をついても無駄だと言ったはず。私に騙しは通じない。トウマ、貴様がどれだけ隠そうと私は奥深く、深層心理に必ず辿り着く」
俺の中にある業の根本である異世界人ということすらも見抜かれている。これが、アーサー家の人間の力とでも言うのか?
「よく考えろ。『異世界転生者排除法』なんて馬鹿げているだろう。無実の、何もしていない同じ人間が惨殺される。転移直後にそれを体験済みだろう?」
「そ、そこまで知っている、のか?」
「こんなもの序の口だ。その法に怯えながら貴様はこの世界を生きている。つまらない、そんな人生になんの価値がある。だから私は貴様を勧誘している。トウマ、絶対的な未来視と内に秘める力を持っている貴様は私たち側に立つべきだ」
「――」
「まだ奥深く、さらに深海に触れるとすれば……トウマ、貴様は全てが終わったら帰るつもりだろう? それが出来ないのであれば死ぬつもりだな」
「――お前っ!」
「貴様が人と深く関わろうとしていない理由がそれだろう。誰かを傷つけることを恐れ、いつでも自分を忘れやすいよう広く浅い関係を保ち続けている。
つまらん、下らん。貴様が異世界人だからという理由で自らに縄をかけ息苦しく生きている。反吐が出る生き方だ。だが、私たちの元に来ればそれは解消される。
誰もが人には言えない秘密を抱え、互いを傷つけるようなマネはせず、慈しみ合い、助け合い、共に生きる。
誰もが平等で、平和な世界を創造する。それが『昇神教』であり、『正理機関』の正体で根幹にあるものだ」
「嘘をつけ! その二つの組織は人を大勢殺し、不快にしている。そんなイカれた信徒どもと肩を並べて生きていけっていうのか! 俺は人を殺すのも嫌なんだ! 真っ当な人間として、地球人冬馬輝として死ぬんだ!」
これが話を聞いていた俺の本音だった。それを聞いたヴァンデルは赤の瞳を隠し、大きく息を吸って吐いた。
「どれも綺麗事だ。トウマ、貴様は本当に真っ当な人生を送っているのか。もう既にお前の手で何人の命が危険にされされたと思っている。もっと言えば、一度だけ人を殺しているだろう」
「それは……あいつが、生きていたら人を大勢殺すからで、俺はその未来を回避するために仕方なく――」
「それだよ、仕方がなかった。人間は最終的にここに辿り着く。全ての事象を説明し、追い詰められた時に全員が通る道だ。
あの時の最適解がそれだった、だから仕方ない。私たちも好きで殺しをしている訳では無い。理想の社会を、世の中を作るためには一定の犠牲は必要だ。犠牲の無かった世の中は無い。
もう一度言う、トウマ。俺の手を取れ、そうすれば全く新しい世の中を見ることができる」
その時脳裏に過ぎったのはこの世界で関わった人々の顔だ。皆が俺に、異世界人であるという秘密を隠しているのに暖かく接してくれた。
人の温もりを感じて生きて来られなかった俺に、友達や家族のような愛をくれた。そんな人たちを裏切って、自分一人の理想のために彼らに背を向けることなんてできない。
「行かねぇよ、俺はお前のように弱くない。自分と同じ悩みを抱えた人間を寄せ集めて革命だなんて馬鹿げたことをして生きたくない。死んだヘルメスに合わせる顔が無くなるからな」
「――そうか。トウマ、お前はもう二度死んでいる。この先、いや、この街で貴様はあと何回死ぬと思っている。少なくともここで私の手を取らねば貴様は無限に死に続ける。この街にいる『昇神教』と『正理機関』は私だけではない。お前が思っている以上にがんじがらめな事件だ」
「関係ねぇよ、俺は俺のやりたいように生きる。救えるなら何度でも未来を書き換えて、何度でも死ぬさ。目の前で大事な人が死ぬくらいならな」
「自分を大切に、なんて言葉は不要か」
「当たり前だ。この世界に召喚された理由は常々考えた。『未来日記』なんていう無双も、俺TUEEEEが出来ないヘボな物を与えられたが、寧ろそれが俺の役割なんだと思う。
いくつもの最悪な未来を変えながら皆が笑っていられる世界を作る。お前たちとは対極の、違うやり方で」
「そこには大量の犠牲が出るだろう。誰かを救うためには何かを切り捨てる必要がある。今後はそういう決断を強いられる。本当に崖っぷち、瀬戸際での選択を――」
「元よりこの手帳を手にした時から覚悟していた。なんで『死に戻り』が与えられたかは知らないが、それでも俺のやることはひとつだ。変えたい未来は変えて、その他はそのままに。あんたにいつか教えてやるよ、その道が間違ってたって。その時は俺から勧誘してやる、俺の所に来いって」
一通りの会話のキャッチボールが終えた。そう思った時、ヴァンデルは俺に背を向けた。
「かつて、我々『昇神教』の幹部を数名殺し逃げた人間がいた。名をラダール・トラヴィス。追っ手を放ったが放つ度に全員死ぬか、負傷して逃げ帰ってくる者ばかりだった。奴は幹部殺しの悪名で我々の間で一躍時の人となった。トウマ、お前もそのようになる必要はない。最後に、本当にもう一度聞く、本当に良いのか?」
「何度も言わせんなよ。俺は手を取るつもりはないし、むしろ俺が未来でお前に手を差し出すつもりだ」
「…………トウマ、一つだけ忠告しておく。貴様の『死に戻り』は『死に戻り』であってそうでない。いつでも自由に発動できる優れものではないのだ。特定の条件下で、高度な術式を組まないと発動できない。まさに理から外れるほどに、な」
「それはどういうことだ。神様がわざわざ俺のために苦労してくれたってことか?」
「さぁね、それは自分で見つけると良い。『死に戻り』と思っていたそれが、幻覚で何も変わっていませんでした。なんていう残酷な未来だったとしたら、同じ台詞を言えるだろうか」
「何も、変わっていない? おい、ちょっと待てそれは――」
「楽しい問答だったよ。目的の半分は達成された。貴様はここで死ぬが、ここでの私は生き永らえる。次会う時の私は全てを見透かして貴様に話しかけるだろう。貴様が業について嘆く姿を楽しみにしている、さらばだ」
そう言った直後、俺は視界が反転した。上下左右逆さまになり、体の感覚が消えた。声を出そうにも出来ず、地面に転がり落ちた。
ドサッという何かが倒れ、赤の液体が流れるのを見た時、俺はようやく分かった。
──ヴァンデルに殺された、と。
次回 第二十九話 「応援要請」
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