第二十七話 「再戦」
笑っている。不敵に、怪しげに、何かを隠し持っているかのように。三対一のこの状況でなぜ笑う。先程からジリジリと壁側に追い詰めているにも関わらず男の表情は笑いが増すばかりだ。
俺は警戒を解かない。勝ちを確信はしない。その傲慢さが敗北に繋がることを身をもって体験済みだからだ。
そういえば、俺が戦うはずだった分身は一体どうなったのだろうか。俺という目的の敵を失った奴らは俺の事を捜して三千里中なのか。はたまた、未だに俺を待っているのか。
あるいは――
少しの疑念を抱えながら俺は切っ先を男に向ける。三人全員が飛び掛ろうとした時、男の右手が上がった。ヌルりと黒い影が俺たちを覆う。体を捻って確認すれば三人の長身白ローブ男が降りてきた。しかも既に刃を振り上げている。
ここで再戦。俺は剣で自身を守った。火花を散らしながら互いの距離が詰まる。パワーがあの時と同じ、やはり本体は俺に因縁を付けているのだろう。
だが、この間にせっかく追い込んだ男が逃げてしまう。すぐに振り払い拘束する必要がある。皆がその考えを持っていた。しかし、振り払い距離を取ってもスピードで再び距離を潰され同じ展開に持ち込まれる。
「それじゃああーばよ! 俺は昇天の儀に参加しねぇとだからよ!」
「ちっ! 待て!」
鍔迫り合いを制し、駆け出したが氷壁が俺達の周囲を覆った。どこを見ても青、青、青尽くし。周りの温度は一気に下がり冬のように冷え出す。これによってワンジュとユジンとも分断された。
前回より執念深く感じる。こんなことはしなかったはずだが……まさか、俺が一度戦わなかったせいなのか?
「あんた、俺が龍を傷つけたからキレてるんだろ」
核心を捉えた俺の問いにローブの男はうんともすんとも言わない。前回は待つことができず、自ら語ったのだが今回は心意気が違うのだろうか。
ともあれ俺のやることは変わらない。こいつをもう一度負かして逃げた奴を捕まえる。単純明快だ。
「――龍の血は高潔で清く美しい。最も忠誠があり、功の厚い忠臣に褒美として捧げられる玉と同じ。貴様のような人間が触れて良い代物ではない」
口を開いたと思えば出てきたのは狂信徒の言葉。そこには怒りが乗っておらず、あるのは注意を促しているような心意気。思っていたのと違う言葉に俺は何と返したらいいか分からなくなった。
「『聖杯』に注ぐ血液。『神和の鎧』に刻む爪。『クリスタル』に封じる魂。これら全てを持ちし時、我々は高次元の存在に化ける」
男は両手を大きく広げ、狂信的な怪しい光を瞳から零しながら続ける。
「六方神器は四柱の神が造りし聖遺物。残り二つ、『神和の鎧』と『クリスタル』を手にすれば全てが完成する……はずだった」
ピタリと動かしていた体を止め、俺をジッと見つめる男。口から語られる経典のような教えと動作を静観することしかできなかった。ピリッと緊張感の増した雰囲気に俺は剣を握る手に力を入れる。
「お前……もう一人いるな? お前の中に」
「――っ!?」
内側に秘めていること。俺が人に言えない秘密は三つ。『未来日記』と『死に戻り』と『クリスタル』それら全てを知っている唯一の人間、俺と肉体を共有しているあいつのことだろう。
「見える、私には見える。貴様がどんなに上手く取り繕い、隠そうとしても無駄だ。さぁ真実を話すが良い。そして、私と共に来るが良い。貴様なら龍の血を飲むに値する――」
前回俺が殺した相手はこんな穏やかな人格では無かった。殺すことに執念深かった奴が、俺を勧誘するなんて馬鹿げた話はない。考えられる可能性は一つ、目の前にいるのは別の人間だということ。
「なんのことだかさっぱりで、何と言ったら……」
「おやおや、可哀想に。貴様はもしかして自身が背負っている苦しみに気がついていないのか? 哀れな青年よ。貴様が背負っているもの全てが、貴様に災いをもたらしているのだ。
――おや? 何か勘違いしていることがあるのか。ではまず一つ、私から教えを授けて上げましょう。貴様が背負っている三つの業の内ひとつ。それは、貴様が背負っているものでは無い。他人が背負っているものだ」
「い、いや、だからなんの事だかさっぱりで……」
「いやいや、分かっているだろう? それとも私の口から三つ全て言おうか?」
「まず一つは」、そう言いかけた時、『草薙』が男のローブの端を切った。顔を狙ったはずなのだが、若干ズラされた。
この氷壁の向こうまで声が行き届いているか分からない。聞かれている可能性もある。もし、聞かれていれば俺はどんな目に遭うか分からない。口封じのためにも早く終わらせる必要がある。
「可哀想に、哀れで慈しむ必要があるな。今の一刀冷静さを欠きすぎだった。もっと私の話を冷静に――」
再びの斬撃。男はこれもまたヒラリと身をかわして避けた。だが、いつまでも避けられるものでは無い。氷壁がある以上、範囲が限られている。追い詰めれば勝機は俺にある。
だが、男は何事も無かったように話を続ける。
「例えばそのポケットの手帳とか、大事そうに持ち歩いているが人前で見せたことは一度もない。絶対共有した方が良いのに」
「ペラペラ語りやがって、戦いに集中しろよ!」
俺は剣を縦横無尽に走らせた。『草薙』が放つ剣圧は凄まじい、いつまでも回避は出来はしないはずだ。しかし、男はこれもまたヒラヒラと綿のように躱す躱す。
これ以上喋らせれば何を言うか分からないのに当たらない。この考えが俺を焦らせていた。
「安心してくれ、私は反撃しない。ただこの世界の人間ではない者と話がしたいだけだ」
「悪いが俺はそうとはいかない。お前の口から出る言葉一つで未来が大きく変わる可能性がある。何より、外には仲間がいる」
「へぇ、仲間がいるから話をしないのか。だったら先にアイツらを殺すとするか」
フワリと宙に浮き、上昇していく。俺も同じように飛ぶ、なんてことはできず見送ることしかできなかった。
「何者なんだ、あれはただの分身じゃない。自我を確立させた本体のような振る舞いは一体……」
そんなことよりもこの氷壁を破る絶好の機会だ。これを逃しては次は無い可能性がある。鞘ありの『草薙』で氷壁は破壊出来ないかもしれない。結局戦いが終わり、氷が溶けて剣を引き抜くことができた。
「抜くしかないか」
柄を握り、勢いをつけて刃を抜く。銀色の刀身が現れる。鞘ありでも人を殺すのに十分な力を発揮していた。抜き身の剣であれば、万物を切れそうだ。
両手でしっかりと剣を握り、氷壁に袈裟を落とした。山の噴火ように大地が、空気が揺れると氷壁は轟音を立てながら両断された。
「よしっ、切れた!」
囲いを突破し、二人の元へと駆けつけると既に決着は着いていたようだった。ただ戦いは凄惨を極めたのか、地面は抉られ、いくつもの家屋が倒壊していた。血があちこちに飛び散り、流血に沈む二人の男がいた。
「……は?」
碧の青年は胴体を切断され、黄色の青年は四肢を落とされダルマとなっていた。そこには「ふぅ」と軽く息を吐き、蒼く澄んだ髪をかき上げる男がいた。
「――ありえない。こんな、一瞬で」
「あ、そっちも終わったか。これでゆっくりと話が出来る」
炎のように赤い双眸は俺を真っ直ぐに捉えていた。俺は腹の底から込み上げてくる怒りを乗せて言った。
「お前は……お前は何なんだよっ!」
双剣についた血を振り払い落としながら、その男は言った。
「『昇神教』兼、『正理機関分派ミスリル=シェム』のヴァンデル・アーサー」
「アーサー、だと?」
「正体を明かすなと言われていたが、貴様なら良いだろう。ヘルメスが世話になったしな」
俺は知らなかった。アーサー家には二人の兄弟がいる。兄をヘルメス、弟をヴァンデルと言う。アーサー家の子どもとして二人とも凄まじい才能があった。だが、僅差、ほんのミリ単位でヴァンデルがヘルメスを上回っていた。力ある者が家を継ぐ、はずだった。
やがて、成人し、年功序列で兄のヘルメスが家督を相続し、当主になった。それと同時に下の弟は忽然と姿を消したのだ。
二人の関係は決して良好なものではなかった。表でこそ仲良く振舞っていた。だが裏ではヘルメスを当主に据えようとする父とヘルメスの暗殺計画を立てていた。それが露見したために、消えたのだと人々は言った。
そして、今自身の目の前にいる人物こそヘルメスの弟、家督を継げなかった悲劇の男なのだ。
次回 第二十八話 「対極にある二人」
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