第二十六話 「死に戻り その二」
次に意識がハッキリとしたのは街を出ようとしていたところだった。つまり、ミナバルトの入口、あの時と同じなのだ。
一度経験しているとはいえ、『死に戻り』と思われる能力に慣れたくもないと俺は思いながらため息をひとつ。
「またか……」
反省会をしよう。何が間違っていたのかを。
まず第一回目の戦闘、つまりは路地裏に入ること。ここは別に間違ってはいないと俺は思う。あの場面で死ぬならまだしも、ほとんど無傷で乗り越えられた。
次に二回目の戦い。あれも結局は勝利で終わった。みんなが成長したというようにあの戦いで俺は成長できたと思う。
だが何よりもその戦いで変わったことと言えば、人を殺めたということだろう。人外の存在、魔物であっても殺すことはしなかった。にも関わらず、結局殺してしまった。仕方ない、殺さないといけなかった。俺があそこでトドメを刺さないとあいつは間違いなく悲劇を巻き起こす存在だった。
となれば、残るのは犯人の男を殺す選択肢だ。あの話し合いの場で俺がみんなと同じ意見を持つと一体どうなるのか。これは俺の予想に過ぎないがやはり、あの分身ブラザーズが襲って来るだろう。
ジュラルが「襲撃を知っていた」と言っていた。その言葉が本当なら、殺る直前に来るだろう。となれば撃退――いや、また殺すしかないだろう。
俺は自身の両手を見た。
何の変哲もない、凡庸な手のひらだ。苦労して剣を振れるようになったタコだらけの手ではないし、人の倍大きく力のある手でもない。平均的な手のひらだ。
だが、この手は汚れた。無かったことになった、とはいえ俺の身体は、記憶には確かに刻まれた。人の命を絶つ瞬間の何とも言えない気持ち悪い感触。俺はもう普通の人間ではない。人を殺したことのある人間だ。
俺は今後誰にも言えない秘密を業を背負ったんだ。墓場まで持ち込まないといけない、俺個人のプライバシーシークレット。
「はぁ……」
もう一度大きく息を吐くと、隣にいたミユが心配そうに声をかける。
「大丈夫? 顔色悪いよ」
いかんいかん、自分の心配を他人に移すことが許されるはずも無い。俺はミユの脇腹に手を当て思い切り持ち上げた。
「わわっ! トーマ!」
純粋無垢な彼女の表情が柔らかくなる。太陽のように眩しく、明るい彼女の存在は本当に守りたいと思わせる力がある。
彼女の反応に俺も頬が緩んだ。業なんてずっと気にしてても仕方ない。今ある問題の方が深刻だ、まずは俺が死なずにこの危機を乗り越えなければ。
「さぁて、行きますか!」
肩車のようにミユを両肩に乗せて方向を反転した。街の外に出れば死が待ち構えている。それは一度目の『死に戻り』で学習済みだ。
「あれぇ、もっかい帰るのー?」
「うん、皆と先に合流しないとね」
今回も俺はミナバルトの入口を背にして歩き出した。
◛◚◛◚◛◚◛◚◛◚◛
結局俺は裏路地に入ることはしなかった。行動を変えるとしたら、主犯を即刻殺すことだったが、その過程に至るまでの戦闘で殺しが外せないと結論付け俺は路地裏に入るという選択肢を外した。
では、俺たちがどこに向かっているのか。それは、俺が先程死んだ場所だ。もっと言えば、合流地点にあったボロ屋敷のことだ。
先回りをすれば俺が犯人を捕まえるという未来に描き変わるが特に問題は無いだろう。
道は頭に叩き込んである。最短ルートかどうかは知らないが、とりあえず辿り着けられればそれで良い。
「着いた……」
本来であればワンジュとユジンが先に着き、捕らえているという未来だったが今回は違う。
「ここがどしたの」
俺はミユを下ろし、「しーっ」と口に指を当てた。「静かに」という合図だ。するとミユは耳を俺の方に向けた。流石だ、耳を貸してほしいと言う前に勘づいている。
「この中に犯人がいるかもだから、大声を出したらダメだよ。最悪は殺しちゃっても良いよ」
「うん、分かった」
俺たちはスパイのようにボロ家の壁に背を向け、顔を合わせる。心の中で三秒数え、ドアを蹴破る。トンっと軽く蹴ったはずなのだが、ドンッと音が聞こえた直後、ドアは外れバラバラに割れた。
勢いのまま中に入れば、耳に手を当てながら「ハイ、ハイ」と返事をしている男、いや俺を殺した中年の男がいた。音に気が付き、俺たちの方を見れば一瞬の動揺を見せたが、戦闘態勢に入った。手に短剣を握り、低く構える。
「帰るなら傷つけないが、どうする?」
「観念しやがれ、お前を引っ捕えてこの街の治安を回復する」
俺は『草薙』の柄を握った。蒼の鞘が暗闇を照らすように光る。同じくミユも魔法を放つ準備をした。
「でも見たところ、君たちじゃあ俺を捕まえられないかな」
男の言葉が開戦の合図になったのか、俺と奴は同時に踏み込んでいた。こいつは戦えるのか? そんな疑問が俺の頭を過ぎった。あの時見せた抵抗を考えれば油断は出来ないものの、かなり腕が立つというようにも見えなかった。
ハッキリ言ってその心配は杞憂に等しかった。踏み込みの速度は俺に劣り、攻撃の速度も俺の方が速かった。
取った――自身の両腕が大段上に落とされる剣を見ながら俺はほぼ勝ちを確信していた。しかし、男の口元が上がったと思えば、華麗な足さばきで攻撃を回避した。
躱した勢いで奴はミユと正面に向き合った。だが、男は依然として走っている。手に握る短剣を逆手に持ちながら空を走らせる。それに合わせるようにミユも氷魔法を放つ。
霰の雨をヒラリと軽いみこなしで避け、またしても男は笑った。
「――っ! ミユ!」
俺の言葉にミユが身構える。
そのまま彼女に短剣を突き刺す──ことはせず男はミユの脇を通り抜けた。
男が走る先にあるのは他でもない、粉砕されたドアが消えた玄関口。「俺を捕まえられない」、ようやくその言葉の意味を悟った俺は咄嗟に男の背を追った。
人気のない住宅街の道を二人の男が走る。
「ちくしょう、気づくのが遅れた!」
「もしあそこに手練の魔法使いが二人いたらキツかったぜ。だが、あんたのような無鉄砲剣士がいるお陰で楽に回避できた。感謝するぜ!」
煽りに煽られた言葉が俺の怒りを誘う。だが、この程度で怒髪天になるほど向こう見ずな性格ではない。奴の言う通り、計画性に欠ける行動だった。入口を塞ぐという行動をすべきだった。
地を蹴りながら俺は自分を戒めた。だが、ここで男を捕まえれば全て無に帰すのだ。
「――あん? あいつらは、まさか」
バツの悪そうに呟いた男。その視線の先には二つの影があった。一人は碧の髪を揺らし騎士服を纏った青年。その側に控える側近のような男は茶褐色の瞳で俺たちを捉えていた。
すると二人は何かに気がついたかのように武器を手にし、男の行く手を阻んだ。
「この先には行かせん。大人しく縛につくのだ」
「やっべぇ、ババ引いちまったか」
突然の出来事に男の足は止まり、額から汗が滴った。そこに俺も追いつく。もう油断はしない。前回と同じミスは許されん。
三人で男を追い詰めた時、男はまたいやらしく、怪しげに笑っていた。
次回 第二十七話 「再戦」
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