第二十五話 「誤ち」
襲撃者は死んだ、というより俺が殺した。男の口から分身という言葉は出なかったが、瓜二つの容姿と攻撃方法を俺は見ている。だから、分身と見積もって間違いはないだろう。
基本的に分身は本体を倒せば終わりだが、俺が殺した男が本体かは知らない。
緊張の糸を解きたいところだが、まだやるべきことが残っている。仲間がすぐ側で戦っているんだ。
俺は隣で仰向けで死んでいる男の傍を離れ氷壁の正面に立った。凍てつく吹雪を放ちながら、氷が勇者の剣のように『草薙』を掴んでいる。
恐る恐る柄を握れば壁にヒビが入り、ヒビが走ったと思えば次の瞬間には壁は粉末状になり塵と化した。そのまま剣を右手で握り、金属音や魔法が飛び交う家屋へ向かった。
俺がたどり着いたと同時にこれまで響いていた騒音は止んだ。中の様子を探れば皆呼吸を乱し、汗を流しながらその場に片膝をついていた。
「はぁ……はぁ……トウマ、か」
「残りの敵はどうなりましたか?」
剣を杖代わりに立ち上がろうとしているワンジュに尋ねると彼はこう言った。
「突然消えた。塵のように空気に混じって消えたよ。多分逃げられた」
「やっぱりさっきのが本体――!」
氷壁が粉となったように、分身も恐らくだがそのように消えるだろう。逃げたのではない、死んだのだ。
「トウマ殿の元へと救援に行きたかったのですが、敵が防御に特化していた故、駆け付けることが出来ませんでした。申し訳ありません」
ジュラルが謝る。俺は必死に謝る必要は無いと言ったがそれも騎士道なのか彼はひたすらに謝罪した。
「ところでトウマ。君の相手はどうした、先に逃亡したのか」
「いえ、殺しました。逃がすと後々厄介なことになりそうなので。人を殺めたく無かったのですが……」
すると、皆が驚きの声を上げた。聞いた本人はもちろんジュラルでさえ驚愕していた。
「老いぼれの目には、トウマ殿を襲った者の闘気が最も濃かったのですがそれを倒すとは!」
「凄いじゃないか、以前手合わせした時より格段に強くなったのだな」
二人の猛者から賞賛の声が上がる。俺は少し照れくさそうに頭を掻きながら「ギリギリでしたよ」と言った。
それでも尚、皆から感嘆の声は止まず俺は顔が熱くなっていた。だが、一つの懸念点を思い出した俺は少し慌てた様子で言った。
「ところで、犯人の男はどこに?」
すると二人の猫耳姉弟が部屋の隅、蜘蛛の巣がある所で「ここだよ!」と手を大きく振った。彼らの足元には意識が無いのか白目を剥き一切動かない男がいた。
「突然の襲撃にはどうしたものかと思ったが、皆無事で、男の意識が無いのは好都合だ。元から抵抗が無かったが、攻撃する心配はこれでゼロになった」
ワンジュは意識が無いうちに運び出そうと言った。彼の言葉に全員が頷いた。が、その前にとユジンが俺に近寄ってきた。
「傷が思ったよりも深い。殿下、止血しても良いでしょうか」
「もちろんだ。前にも私の許可はいらないと言ったろう」
するとユジンは回復魔法を俺の左腕に掛けた。と、言っても完治するのではなく出血が止まるだけだが。失血死する可能性が無いだけましか。
彼が術を施し終わると、それまであった激しい痛みが緩和され血の流れが止まった。
「傷跡はなるべく残さないようにしたが、もしかしたら残るかもしれん。許せ」
「いえ、ありがとうございました」
包帯を巻く必要が無いというのは便利だな。そもそも手術や縫合という概念がないからか。俺も魔法が使えたら良かったんだが。そんなことを思いつつ俺たちはボロ屋敷を出た。
「む、あれが例の死体ですかな?」
家を出た直後、ジュラルが俺に聞いた。「そうです」と俺が答えると彼は大きく頷きながら「大したものですな」と再び褒めてくれた。
それほど彼の目に映ったあの男は強かったのだろう。俺は自然と口角が上がり、ニヤニヤが止まらなかった。
顔を逸らし隠そうとしたが、それを見ぬいていたのかジュラルは少し昔語りを始めた。
「私が若い頃は貴方のように出来たものではありませんでした。自らの力を過信した傲慢者で、冷静さを保てないダメ人間でした。それに比べ貴方は素晴らしい。若い頃の私もそうでありたかったものです」
現在のジュラルは全てその反対を行っている。力を過信することなく謙虚で自分を「老いぼれ」と言い、的確な判断をする。
彼がそうなったのは若かりし頃の最悪、騎士団を壊滅させたのは自分の非だと思っているからだろう。
「若い頃は皆そんなものですよ、俺だってたまに自意識過剰な時がありますし」
「そのようには見えませんな、隠すのが上手いのでしょう」
他愛もない話を交わしながら通路を歩いていた。その時、後ろで男を連れて歩いていたユジンとミユが声を上げた。
何事かと振り返ってみれば、あれほど大人しかった男が急に取り乱していた。それを取り押さえんとユジンが手刀を放ったが男は足さばきだけでそれを回避した。
逃げられる――全員がそう思い、男を囲んだ。
「俺は、俺は死にたくねぇ!」
「どうしたんだこいつ、今更じゃないか」
「恐らく、襲撃を知っていたのでしょう。我々は奴らに勝てない、そう思っていた故にあれほど冷静だったのです。しかし、戦いの中で意識を失い覚醒すれば自分が連行されていると気がついた」
なるほど、もはや居ないんじゃないかと思うほど静かだったのはそれか。だが申し訳ないな、男の希望は俺が砕いた。
俺は一歩前に出て、それを告げた。
「分身の本体は俺が倒した。もう誰も来ない、諦めろ」
男は下を向き涙を流し始めた。本当に今更だなこいつ。人がいちばん絶望するのは上げて下げられる時だからな。仕方ない。
「■■■■■」
男がブツブツと何かを言い始めた。怨念のように低く唸る声が響いた。いい加減に――俺がそう思った時、空間が切り裂かれ異空間から短剣が飛び出した。
「死ねぇぇぇ!!」
刃は俺目掛けて放たれたが、俺はヒョイっと余裕を持って躱す。だが、通り抜けたと思った刃は反転に背後から再び襲いかかった。
(弾いて、落とす!)
俺も体を反転させ剣を振りかぶった。つまりは、男に背を向ける形になった。もはや成長した俺にそんな攻撃は通じない――その場にいた誰もがそう思った。故に皆、油断していたのだ。
たった一人を除いて……。
俺が剣を振ろうとした時、背後で影が動いた。予想だにしない行動に警戒を解いていた皆が反応に遅れた。それは、俺も同じだった。ブチブチという縄を解く音が聞こえた、そう思った時には遅かった。
ドスッと乾いた音が鼓膜に届いた時には俺は心臓から剣が突出していた。
「ゴフッ……?!」
逆流した血が口内に溢れかえり、血が抜けていくのを感じた。俺は脚の力が抜けていき、全身から体温が失われていくのを感じながら倒れた。
「貴様っ!!」
激昂したジュラルが真っ先に剣を抜き、男の首を飛ばした。同時に俺が落とすつもりであった剣も地へと落ちた。
「……ゴホッ!」
自らの体から溢れ出る血溜まりに沈みながら俺は思う。
(やっぱり……その場で殺しておくべきだった、のか? 人を殺すのは非人道的で人間のやることでは無いと考えたのは間違いだった? ちくしょう、また、初めから、かよ……)
「トウマ殿!」
「「「トウマ!!」」」
偽名を呼ぶことすら忘れ皆が俺に集って来たが、時すでに遅し。俺は既に死んでいた。
次回 第二十六話 「死に戻り その二」
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