第十八話 「計画の障害」
怪しいじいさんの元を急いで離れた俺とミユは救いを求めるように人のいる場所へ向かった。自分たち以外の誰かに会って安心感を得たいという欲求が俺たちを着き動かし、気が付けば先程の場所まで戻ってきていた。
「はぁ……はぁ……」
「あのおじちゃん、すごー強かった……」
『未来日記』に記されていた未来を招いた原因は間違いなくあの老人だ。手帳を読まない世界線の俺だったら口車に乗せられ、最悪の未来を歩いていた。
一つの選択肢をミスれば終わり。やり直しは効かない。毎度毎度、肝が冷える。
「ドカーンってしたほうが良かったかな」
「いや、それをやったら俺たちが終わるよ。やらなくて正解だったよ」
とりあえず、一時的な危険は回避した。しかし、逆を言えば絶好のチャンスを逃したとも言える。俺たちが探し求めていた人物から逃亡するという愚行が、今後裏目に出るかもしれない。
「フーッ、とりあえず落ち着くか」
息を整えようとした時――ゴゴゴと地面が縦に揺れた。それに伴って行き交う人々は足を止め、恐怖心に苛まれた。
「わわわ!」
「ミユ、俺に掴まって!」
俺は彼女を腕に抱え、その場にしゃがんだ。外で地震に遭遇したら、下手に動かない方が良い。地震大国日本では常識だ。
「全員動くな! 倒壊の恐れがあるものの近くには絶対行くな!」
未だに騒ぎあたふたしている人物達に向けて俺はそう叫んだ。だが、未知の恐怖に襲われている時に指示なんて届くわけがない。聞こえてはいる。だが、恐怖心がそれを聞こえてないようにしてしまうのだ。
「一体なんなんだ」
「トーマ、あれ!」
その時、ミユが虚空を指さした。彼女の指先が示していたもの、それを見た俺は目を疑った。
――青の龍が飛沫を飛ばし天へと舞い上がっていた
地震では驚かなかった俺でも流石にこれは手が震えた。これは夢では無いかと、何度も自身の目を擦ったが現実らしい。
「なんだ、あれ……!」
「昇り龍! 昇り龍だよ、トーマ!」
昇り龍って、鯉のぼりみたいに可愛いやつじゃないのかよ。流石に規格外すぎるだろ。あの時の、『暗黒竜』の比ではない。
「神話の生き物がなぜミナバルトに……っ!」
その時、俺の隣にいた中年の、歳を食った親父がそう言った。髪を高い位置で後ろで結った彼は、自身の無精髭を弄りながら苦悶の表情を浮かべていた。俺は思わずその人に尋ねる。あれは一体なんなのか、と。
「空想の生き物、なんてもう言えねぇがありゃあ伝説の生き物、『青天龍』だ。子供の絵本くらいにしか出てこねぇやつだよ。
原初の神でも高位の四人の神つまり、『四柱』が勢揃いしてやっと封印できたバケモンだ。殺したんじゃねぇ、封印したんだ。
当時の神でさえも手に余る化け物ってことだ。そんなやつの封印が誰かに解かれたっつーことよ。こりゃあ世界が滅ぶ可能性があるぞ」
ふむふむなるほど、つまりは世界が滅ぶってことね。いや、この人何恐ろしいこと平然と言ってんだ。呼吸するくらい当たり前のように言ってるぞ。
「そんな災害みたいなのが出たのに、よく平気ですね……」
俺がそう言うと、その男は顔色を暗くした。喉の奥から重苦しい声色で言った。
「妻が先日死んだからな、例の殺人鬼によって。俺にとっちゃあ、もうこの世界のことなんてどうでも良いんだよ」
「す、すみません! 知らないとは言え罪深いことを――」
「気にすんな、お前さんも隣にいる娘を大事にすることだぁな」
そう言って男はミユを見た。いや、違うよ? この子と俺付き合ってるわけじゃないんだけど。
「ふふーん、ミユが守ってあげるよ!」
「え、いや、ミユを守るのが俺の使命だから俺が守らないと」
「いやいや、ミユがやるー!」
「いや、俺が」
「フッ、羨ましいこったぁ、妻との日々が懐かしいぜ。それよりお前さんたち、今は浮かれてる場合じゃあ、ねぇぞ」
彼の言葉でハッと我に帰る。そうだ、厄災級の化け物が突如として復活したのなら由々しき事態だ。だが、どうする? 街の解決もある。しかし、あの怪物は一分もあれば百の人間を殺せそうだが。
「あいつ自体は何かしねぇが、あいつを崇拝するイカれた人間共が動き始める。そうなればマジでヤバいぞ。
この街の殺人事件なんて比じゃない。もっと多くの人間が死ぬぞ」
「――この街での事件が、『青天龍』復活のための生贄だと思いますか?」
「思いたかねぇが、心のどっかではそう思っちまってるよ。どんな最悪も、小さい火種から始まる。その火種はまだ大きくなり始めたばっかだ。お前さん、事件解決を試みてんだろ?」
「えっ、なんでそれを――」
まさかの返答に俺は言葉が詰まってしまった。すると、男の声のトーンが一段下がった。
「気を抜くなよ。殺人鬼はイカれてる。予想外のことをしてくるぞ。誰も考えない、一体誰が想像できたんだと言いたくなるほど狂った事をしてくる。
例え犯人を捕まえても油断するな。確実に裏には糸を引いている人間がまだいる。悪の根を除くその時まで、刃は振り上げたままにしろ」
そう言って男は立ち上がり、人混みの中に消えて行った。
同時だった。俺は突如として強い睡魔に襲われた。体がグラつき、意識が混濁する。まさか早速『青天龍』が牙を向いたのか、と思い耐え凌ごうとした。だが、徐々に強くなっていくそれには勝てずついに俺はその場に倒れ、目を閉じてしまった。
「え、どしたの、トーマ! と――――」
数秒後、俺は何も聞こえなくなった。
□■□■□■□
気が付けば俺は真っ黒な空間の、椅子に座っていた。しかも、対面には呑気に茶を啜る少女がいる。
「やぁ、こうして会うのは久しぶりかな」
「――んだよ、お前かよ」
「久しぶりなのに挨拶も無いのかい?」
「ゆうて一週間くらいだろ。で、何の用だ」
俺がそう言うとゼロは微笑し、カップをテーブルへと置いた。そして、自身の金色の髪を弄りながら、
「ちょっと見過ごせない事態になっちゃってね。流石にあれがいるとボクの夢が叶いにくくなっちゃうからさ」
「そうですか、そんなことのために呼び出したんなら早く帰らせてくれ。俺は今、猛烈に忙し――」
「ミナバルトで起きている事件は今君たちが追っている人間をどうにかして解決できるものではないよ。あの男が言ったように、背後に大きな盾があるからね」
「お前、まさか知ってるのか?!」
俺の問いにゼロは「もちろん」と首を縦に振った。
「あぁでも、早く帰りたいんだっけ? そっか、じゃあこの話は無かったことに――」
「待て待て待て!! 聞くから、帰らないから、久しぶりに沢山話すからさ」
俺が慌てるのを見てゼロは楽しそうに笑い、「そうかそうか」頷いた。こいつ、また勝手に何か妄想してやがるな。
「じゃあ、取引といこうか」
「え、取引?」
「当たり前だろ。ボクがやりたいこと、君が教えて欲しいこと。価値はトントンだ。乗るか乗らないかは君次第――」
「乗る乗る! 断る選択肢なんて眼中にねぇよ!」
こうなればゼロに見下されるのが当然。だが、仕方ない。これは取引だ、あいつが望むものを俺が渡す時マウントをとってやる……。
「港町ミナバルトで発生した『青天龍』は間違いなく封印が解かれた。方法は知らないけど、事件が関係しているのは間違いないだろうね。
そうなると、目的を達成した輩どもは街から姿を消すだろうね。今日中に追えばなんとかなるんじゃないかな」
「追うって、一体どこに?」
するとゼロは「フッ」と嘲笑すると、俺を指さした。いや、正確に言えば俺のポケット。なるほど、『未来日記』か。そこにヒントがあるのか。
では早速要望を無視して、早速帰る――とした時、「但し」と彼女が続けた。
「千の回廊、忘れてないよね。絶対に、油断しないことだね。真相を握る人物は『陰術』を完璧に使いこなすよ」
あぁそうだった。そんな記述があったな。未だに疑惑は晴れないが、とりあえずは『陰術』とやらに気をつければ良いだろう。ジュラルとかワンジュにも聞けばいいか。
「ありがとう、じゃあねー」
「フッ、そんなことだろうと思ったよ。帰れないよ。一度確約した取引は履行されるまで効力を発揮し続けるよ。だから、君がどう頑張ってもここからは出られないよ」
対策されてんのかよ。まぁ予想はされるだろうと思ったけど。俺は机に肘を置き、頬杖をかきながら話を続ける。
「――で、なんだよ。お前が欲しいものって」
「そう悪い話じゃないよ、記念すべき初回サービスを使う時がきたんだ」
ニヤニヤと嬉しそうに話すゼロ。初回サービスとは何ぞやとハテナが頭に浮かんだ。
「この会がお開きになった瞬間より数分、ボクに身体を明け渡して欲しい」
「――は?」
「は? ってなんだよ。別に悪いことをしようとしてる訳じゃない。言っただろう? 『青天龍』はボクにとっても邪魔なんだ。少し懲らしめないと災いが起こるからね」
「ほんとにそれだけか?」
「――さぁね、どうだろう?」
意地でも腹の底を見せないつもりだな。だが俺は退路を絶たれている。ゼロの言葉通りなら、取引完了が未遂だ。うん、と言わなければ永遠にここにいることになる。
俺の答えは初めから決まっていたんだ。
「あいあい、どうぞ。だがな、俺の仲間は絶対に傷つけるなよ。それだけは約束しろ」
「いいだろう。と、言っても元からそんなつもりは無かったけどね」
ゼロが席を立ち上がる。同時に暗闇の空間に光が差し込んできた。彼女は俺の横を通り過ぎ、光目掛けて歩いて行く。呆然と立ち尽くす俺の方を振り返り、
「ほら行くよ。早くしないと『青天龍』がどこかに行ってしまう」
「現実の時間流れてんのかよ!」
俺は先に行くゼロの背中を追って光を一身に浴びて空間を後にした。
次回 第十九話 「龍と古代の戦士」
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