第十七話 「その手には乗らない」
夜が明けて、俺たちは手分けしてミナバルトを端から端まで見ることになった。街の地図を取り出し、三等分にし、昨夜のメンバーで見て回る。
「やっぱりミナバルトは広いな、開けた場所なんてどこにも無い」
俺が担当する場所は住宅街が八割を占め、残りの二割は塩の生産場と商店街だ。住宅街は広いから後回しにして、工場と商店街をと思い、行動したが案の定広い場所なんて無かった。
生産場を破壊すれば街の未来に関わる。商店街には店を出している人が住み込みで働いていることもあった。
となると、残された八割の住宅街に希望を託すしかないのだが……俺はその可能性を既に捨てている。闘技場でもあればいいのだが。
そういえば、昨夜のことが事実か確認するため、広場に向かってみたが家か何かある訳ではなかった。
「うーん、俺の地区は外れかな……」
「じゃあ、ドカーンってやってスペースつくろー?」
「それが出来たらいいんだけどね、皆街を出ていってくれればやりやすいのに」
今でもミユと手を繋いで人と人との間を縫うように抜けるのがやっとだ。とんでもない人混みなんだ。これを全部消す、なんてことは到底無理だ。
「自分で言い出したけど、めんどくせー」
まあ元はといえば、手帳の中を覗いたのが始まりだったけど。でも、あの時見てなかったら最悪の未来を招いていたな。
「ミユ、少し休憩しない?」
「うん、良いよー」
きっと彼女も表に出さないだけで飽きつつある。俺に関しては少し頭痛がしてきた。
俺たちは民衆の間を抜けて、薄暗い建物の間に入った。そこで、壁を背もたれに俺はその場に座り込んだ。その隣にミユも屈んだ。
「なんか久しぶりー」
「ん? あぁ、前にも似たような所を通ったね」
「うん、でももう行けないんだよね……」
普段明るい彼女の気分が右肩下がりなのを見た俺も少し気持ちが沈んだ。シュラーゲル王国は無くなった。元の領地は全てソンヨが作った親国に吸収されただろう。お尋ね者の俺たちが入れる訳がない。
「ミユまだトーマに贈り物してないのに」
贈り物、はて何か祝い事でもあっただろうか。誕生日、ではないし、記念日か何かでもない。彼女が俺に渡す理由なんて――いや、あったな。
あれは本当に最初だったかな。ミユと初めて会った時、「何か買ってあげるー」とミユが言っていた。
「ごめんね、トーマ」
悲しそうな声で言うミユの頭を擦りながら俺は彼女を宥めた。
「大丈夫、贈り物は君のお兄さんを倒して、ワンジュ皇子が王様になった時で良いよ。その時一緒に街を回って買いに行こう」
「うん、約束だよ?」
「もちろん、絶対破らないよ」
ていうか、ミユって猫耳族の年齢だと成人してたんだっけか。見た目や言動も相まってそうは見えないんだよね。
「さて、じゃあそろそろ行こうか。街を一緒に回れるようにするために、ミナバルトでやるべきことが残ってるし」
俺は再びミユの手を取ると、路地裏から抜け出した。
「地理って言ってもなー、なんかいい場所は」
「おや、お兄さん。今、地理と申しましたかな?」
路地を出て早々、俺たちに話しかける人がいた。振り返ってみれば、雪のように真っ白な眉と髭を蓄えたシワまみれの顔、腰を丸めて杖をつく老人がいた。
「フォッフォッフォ、地理という言葉が人生を表すもので」
厄介な爺さんに話しかけられたなと思ったが、どうせなら地元民に尋ねるのが吉だろうと俺はその人と会話を始める。
「地理が好きなんですか?」
「フォフォッ、そうじゃよ。儂が若い頃から好きでのぉ、世界の地形を本に記すことを夢見て大陸中を渡り歩いてきたのじゃ」
「そうなんですね、ミナバルトのことも知っているんですか?」
「もちろんじゃよ、この場所こそ儂の故郷であり、初めて出版した本もここに関するものじゃったからのぉ」
どうやら運が良いのか俺は、地理のスペシャリストに会えたらしい。どんな偶然なんだか……。
「なんじゃ、もしや其方も興味があるのか?」
「えぇ、まぁ。ミナバルトのことについて尋ねたいことがあるので」
「そうかそうか、ならば儂の店に来なされ。ゆっくりと話をしよう」
という訳で街で偶然出会った爺さんの店に案内されることになった。だが、ミユは怪訝な顔をし紫炎の耳を逆立てていた。
「トーマ、待って」
「どうした?」
「あのおじいさん、怪しい」
怪しい、か。もちろん俺も心の底ではそう思っている。地理という言葉に過剰反応するなんて言ってたがそんな人間がいるのかすら怪しい。
それも、出会って早々に家に招く。不審者の家に着いていくなと学んでいるが、いまさら断る訳にもいかない。
「じゃあこうしよう。出される飲食には絶対手を出さない。異変に気がついたら、直ぐに逃げる。最悪の場合は実力行使も仕方ない」
「うん、分かった。ドカーンってやる!」
俺とミユが案内されたのは街の隅にある古ぼけた屋敷。年季が入っているのか、木材は全て経年変化し焦げ茶色に変色していた。
扉を開ければギィっと今にも潰れそうな音を立てた。歩く度に軋む音が家に響き、ワンチャン壊すんじゃないかと少しひやひやしていた。
居間に案内された俺たちは椅子に腰掛けた。しばらくすると例のじいさんが、コップに飲み物を注ぎ出してきた。
本当なら有難く貰うが、今回はそうとはいかない。
「では早速、どんなことを聞きたいじゃ?」
「ミナバルトに広場はありますか? 周囲に人気のない場所なんですが」
「ほぉ、あるにはあるが、それを知ってどうするんじゃ」
俺は言葉を詰まらせた。言うべき……ではないな。このじいさんが敵の可能性を考慮すると言うべきではない。最悪ここの展開で未来が変わるかもしれない。これ以上の改変は面倒だ。
それにこのじいさんの目、年老いているのにギラギラと何かを滾らせているようにも見える。鋭く、熱い眼光だ。
「いやー、その、実は闘技場のようなものを探しているんです」
「フォッフォッ、闘技場か。儂が子供の時からそんなものはないのぉ。なんじゃ、お主闘士か何かなのか?」
「いえ、まだ半人前で夢追い中って感じですかね」
「フォッフォッ、そうかそうか若いのぉ。で、広場と言ったか。ミナバルトの中心地、あそこが一番最適じゃな」
チラッと何かを確認するように視線をズラすじいさん。やはり怪しい。
俺はその時、この人の言葉に引っ掛かりを覚えた。『未来日記』には街の中心地で魔法を使ったために最悪の未来を歩むことになった。
もしかするとだが、そうなったのはこの爺さんが原因。確定した訳では無いが、この人は何か隠し事をしている気がする。
「いえ、あそこだと民家が近く、迷惑になるのではないかと」
「なんと、あの広さでも足りぬと?」
「相手によっては広範囲攻撃の可能性があるので」
「広範囲じゃと? まさかこの街に戦火を生みたいのか?」
「いえいえ、そういう訳ではないんです。ただ無関係な人を巻き込む可能性があるので、ほらいるじゃないですか、時々周囲を顧みずやりたい放題する自己中」
「じゃが、あそこ以外に広い場所は無いぞ? 儂が結界でも貼ってやろうかのぉ? フォッフォッ!」
高笑いをする爺さん。その光景を見て俺とミユは疑惑の念を深めずにはいられなかった。先程からミユは俺の袖をギュッと握っている。
俺たちが求めているものを出してくれているのは理解している。この人は間違ったことはしていない。だが、未来を知っている俺にとってこのじいさんは悪人に見えてしまう。
だって、言われた通りに広場で戦いを行えば殺人鬼を倒せる。だが、結果的に俺たちは最悪の汚名を着せられ、ワンジュの身分回復が出来ない。
「ほんとに、広場以外の良い場所は無いんですか?」
「無いのぉ、数十年住んでいるがあそこが一番適している。あそこなら、どんな魔法でも大丈夫じゃよ」
魔法、攻撃とは言ったが俺は魔法とは一言も言っていない。やはり怪しい、このじじい何か企んでやがる。
「どうじゃ? 今から早速、儂とともに結界を張り巡らせにでも――」
俺の脳内危険信号が赤を出す。これはダメだ、この爺さんはやはり――
「いえ、大丈夫です。自分で出来るので」
「ほんとかのぉ? 見る限り、お主結界術の基礎すら習得できておらぬが」
「……ッ!」
「意地を張る必要はなかろうて。老いぼれに任せておけば――」
「いえ、仲間がいるので大丈夫です」
そう言って強引に俺はミユの手を引き、玄関へと向かった。すると慌ててじいさんが追ってくる。俺とミユは走る速度を上げた。
「街で起こっている事件には十分気をつけるのじゃぞ!!」
「――っ!」
本心で、心配して言っているのか、それとも俺を煽っているのか。遠く離れたじいさんの表情を見ることは出来ないから分からない。だが、俺はその時、気が付けばこう言っていた。
「ミユ、あいつに向かって魔法を打て!」
「わ、分かった!」
大気中の魔力がミユの手に集約する。ものの数秒で綺麗な火玉を形成し、それを放つ。だが、それがあの人に届くことは無かった。勘なのか知らないが、じいさんは素早く防御魔法を展開していた。
「危ないのぉ、最近の若者は喧嘩っ早いんじゃから」
そんな言葉が奥から聞こえてきた。軽口を叩く余裕すらある。老人になったら衰えるんじゃないのかよ。あのじいさんは危険だ、直ぐに逃げる必要がある。
「逃げるよ! あれは手練だ」
「う、うん! 行こー!」
数分しか滞在していなかったが、俺たちは古ぼけた屋敷を後にした。
次回 第十八話 「計画の障害」
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