第十六話 「変化する未来」
ミナバルトの街を出る時は注意しろと言われたが、特にこれといって変事は無かった。俺たちは、街に入る前に集まっていた場所へ戻った。
「――ッ!」
俺はおかしなものを見た。あったはずのものが無い。あの古木が、漢字とカタカナが彫られた木が消えていた。
「どうなされましたか」
「ここに、一本の古木がありましたよね?」
だが、ジュラルは何を言っているんだと首を傾げた。夢か? 俺は夢を見ていたのか? 現実と夢の区別がついていないのだろうか。
「それより、『陰術』を破る作戦を考えますぞ」
炭ばかりの上にもう一度焚き火を作り、それをグルリと囲うように全員が座る。まぁ、ミユは俺の上にいるが……。そんな中、口火を切ったのはワンジュだ。
「使用者は確実に近くにいる。だが、物陰に潜んでいるだけでは済むまい」
「ですな、何かに擬態をしている可能性も捨てきれません」
「街の外におびき出すことが出来れば良いんですがね……」
ウリルも会議へと混じる。彼は幼いながら頭がキレる。ミユとは正反対の性格だな。
「街の外に誘うのは厳しいでしょう。逃げる我々を追うようなことはしてこなかったので」
ジュラルの言葉に「そっか」とウリルが考え込む。ならばとワンジュが意見を上げる。
「街の外、ではなく中で誘導するのはどうだ。術式範囲の広い魔法を使っても被害が出ない場所に誘う」
「なるほど、名案ですな。しかし、追わせるためにはどうしたら良いのでしょう」
議論が熱を帯びる。それを静観することしか出来ない俺が伸びをした時、不意にポケットに手をやった。そこにはこの世界に来てから陰の相棒とも言える『未来日記』がある。
俺はミユを下ろし、その場に立ち上がる。
「どしたのトーマ」
「すみません、少し考えたいことがあるので」
「それはここでは不可能なことなのか?」
ワンジュの質問に俺は「はい」と答える。すると彼は詰め寄ることはせず、「行ってこい」と背中を押してくれた。
「ありがとうございます」
俺は誰の目もつかない場所へ向かった。
見つけたのは一本の大木。消えたあれほど古風ではないが、樹齢は軽く数百年はありそうな年季の入った大木。
風がそよぐ度に、葉が揺れザァーっと音を立てる。それを下から見上げていた俺はいつの間にか木登りを始めていた。あっという間に幹にまで迫り、枝分かれしていた部分を背もたれにしていた。
そして、ゆっくりと手帳を取り出す。暗くて読めないかもしれないと思ったが案外そうでもない。中を開き、ミナバルトでの事件をなぞっていると、新しい記述を見つけた。
『街の中心部で大魔法を使った結果、犯人を殺せた。だが、同時に市民の怒りを買ってしまった』
俺は手が震え、胃が氷漬けにされたように冷たくなるのを感じた。
「何やってんだ……なんで中心部で魔法なんか……!」
まさかの結末に俺は驚愕した。無関係な人間を巻き込むなんて言語道断。これではワンジュの名誉回復なんてできるわけが無い。
『ミナバルトを起点に指名手配され、俺たちは行き場を無くしてしまった』
「たかが一つの街、と言いたいけどミナバルトは人口が多い。そうなる可能性は捨てられないな」
作戦を練っている彼らが街の中心部で大魔法を行使する、なんてことは考えられないが手帳の記述にある以上、そうなる未来もある。
だとしたら、次に俺がすべきことは中心部での魔法の使用について否を唱える必要がある。人手不足、戦略不足、という訳ではない。一騎当千に近い者もいるし、今は時間をかけて策略を張っている。
時間……あ、時間だ!
「なるほど、そうか!」
一流の策略家はただ地図を見て謀略を巡らせるのではない。実際にその場に訪れ、自身の目で見て判断をする。
いつかの歴史漫画で得た知識がここで役立つとは!
俺たちに足りていないものはまさしく地理の知識。ミナバルトの中心部が一見、広く、周囲に家屋が無いといえども見てみなければ分からない。
俺たちは今日限りでの解決を望んでいるから、どこかで焦りを感じている。だからいけないんだ。戦略の基盤があまりにも不安定。まずは明日の朝、一日をかけて街の地理を頭に入れる。その後に、どこに誘い込むか、が重要だ。
そうとなれば早く知らせないと!
急がないと不完全な作戦で大失態を起こすかもしれない。
俺は大木から飛び降りると、地面を蹴った。早くこのことを伝えたい。その一心で俺は走った。
俺は焚き火の光を目印に向かうと、そこには今まさに突撃をかけるため準備をしているみんながいた。
「あー! トーマ!」
ミユの一声でみんなの視線が俺に集まる。
「トウマ殿、一体どこに」
「思いつきました、この状況を打破する方法を」
「ですが、策はたった今完成致しましたぞ。ミナバルトの中心部、人の最も少ない場所に誘い広範囲の魔法を使う」
手帳通りの展開に進みつつあったらしい。急いで戻ってきて良かった。
「ダメです、それだけは絶対にダメです」
「それはどうしてなんだい」
ジュラルではなく、ワンジュが異を唱えた。その問いに俺は口角が上がる。自信ありげに俺は話し出した。自分たちに足りていないのは時間であり、今日解決しなければいけないという考えが焦りを生んでいる。自身の目で全て確認しなければ策の基盤が出来上がっていない、と。
「――なるほど、言われてみればその通りですな」
「確かに、僕たちはミナバルトの地形を知りませんね」
ジュラルとウリルの二人は首を縦に振った。だが、ワンジュだけは何か思うところがあるのか俺に言う。
「こんなことを思っていたのなら、何故先程言わなかったんだ?」
「あぁ、それは、一人になった時に思いついたので……」
「なるほど、そうか」
もしかして、俺を疑っている?
いや、違うな。ワンジュに限ってそんなことは無いだろう。怪しい要素は別にない。一人で考えた時に何かを思いつく人間は普通にいるだろう。
「と、なれば作戦を大きく変える必要がありますな」
「ですが、今宵も誰か殺されるんじゃ……」
「いや、俺たちが現れて牽制したからその心配はしなくても大丈夫だと思う」
その保証は出来ないが、俺は分身に蹴りを入れている。自分で言うのもなんだが、それが大きな抑止力になっていると思う。
「となれば、今すぐに行くべき、と言いたいが」
ワンジュがスーッと視線を移す。彼の目が捉えていたのは先程からコクッと倒れそうなミユだ。時間が時間ということもあるが、俺は少し彼女に無理をさせてしまったことが大きいだろう。
「今夜は私とユジンが動く。他のみんなは休んでてくれ」
「私も共に――」
「いや、ジュラルはここで待っていてほしい。魔物の出没という危険もある」
ワンジュの言葉にジュラルは渋々頷いた。皇子が行くなら私も共に、ということだろう。どこまでも忠誠心の厚い人だなぁ。
そうして俺たちはワンジュとユジンを見送り、一夜を明かすことにした。
次回 第十七話 「その手には乗らない」
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