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第十五話 「違和感」

 実体のないものを捉えた時の感触を言葉にするのは難しい。空気を掴もうとしてもそこにあるのは「無」で何かを握った、という自覚は無い。だがしかし、そこには確かに空気がある。


 つまり、微細すぎて神経が自覚していない、と言うべきだろうか。


 「――!」


 前蹴りがまともに入ったことに俺は驚きを隠せなかった。だが、それは俺だけではない。敵とて同じ、と言いたいが顔を見てもそこにあるのは虚無の黒顔。のっぺらぼうを墨で塗りたくったような顔があるだけだ。


 「入った……?」


 攻撃の手を緩めたミユも後ろでそう呟く。

 だがいつまでもその状態でいてくれる程優しい敵ではない。


 剣を掴んだ手をグイッと自分側に寄せ、反対の手にある『草薙剣』を振り下ろす。ゼロ距離でこれは外せない、そう思っていた。俺の剣は確実に奴を貫いた。勝利を確信していたが、今度は『陰術』が作用する。


 塵と化して大気中に散布する。


 「二度目は無い、か」


 俺は悔しげな台詞を吐くと、背後にいるミユを真っ先に確認する。彼女の安全が第一なのだ。


 ミユの周囲に分身は見えない、とりあえずは一安心といったところか。俺は視野範囲を広げる。どこかに潜伏はしていないかと、よく確認する。


 だが、どこにもいない。目に入るのは明かりの消えた家屋ばかり。耳を澄ましてもシーンと静まり返っている。


 「今度は隠れんぼか、子どもかよ……」


 だが、舐めるなよ。俺は独りでいることが多かったんだ。一人隠れんぼは得意なのさ。人の心理を読み取り、意表を突く。マイナーだからこそ見落としてしまう、


 「テーブルの下!」


 俺は緑黄色野菜が並ぶテーブルの下に視線を移す。だが、そこにはいない。奴さん、どうやら手馴れているようだ。俺はよくテーブルの下に潜んでいたが、向こうの方が上手らしい。


 ならば、と次の予想地に振り返ろうとした時――


 「トウマ殿!」


 視界の端に着流しを来た初老の男性と猫耳の男の子が走ってくるのが入ってきた。


 ジュラルとウリルだ。二人は別方角で戦っているんじゃ、と思っていた時ジュラルが口を開いた。


 「一度撤退します、計画を練り直しますぞ」


 「えっ、どういうことですか?」


 「とにかく、一度退きますぞ。今は分が悪いのです」


 何が何だか分からないが、一度街を出るということだろう。あと少しの所までいけたんだが、彼が言うのならば仕方ない。


 「姉様! 無事でしたか」


 「むーっ、ミユとトーマすごー頑張ってたのにー。ウリルは来なくてもトーマと倒せたよ」


 「相手は『陰術』を使うんですよ、流石に正面突破は難しいですよ」


 『陰術』ってなんだ。いかにも平安時代の陰陽師に関係ありそうは流派だな。


 「でもでも、トーマすごいよ! 頭も良くて、めっちゃ速くて、ズバーっと斬って」


 うんうん、嬉しいな。そうやって自分の功績を人に伝えてくれるなんてミユは本当に良い子だ。ジュラルとウリルも少し呆気にとられている。まさか俺がそんな活躍をするとは思わなかっただろう。


 「でね! トーマが蹴りがすごくて避けられずに()()()()の!」


 すると、これまでの徳を賞賛するミユの言葉に無反応だった二人がピクっと反応した。


 「当たった? 『陰術』は分身、当たることなど……」


 「うーうん、ちゃーんと当たったよ!」


 ミユの言葉にジュラルは血相変えた。彼は急いで俺に駆け寄ると詰問をし始めた。


 「その敵は今どこに、どこに行かれたのですか!?」


 「し、知りません。それを捜している時にお二人が来たので……」


 するとジュラルは「ぐぬぅ」と悔しそうな表情を浮かべた。一体どうしたというのだろうか。俺が取り逃したことを嘆いているのなら、俺は悪くない気がするのだが。


 「もしかしたら、姉様たちが遭遇した敵は『陰術』を使う者ではないのかもしれません」


 「その通りですな」


 ジュラルとウリルの話についていけない俺とミユは顔を合わせて首を傾げた。


 「『陰術』って何なんですか?」


 俺が疑問を投げかけるとジュラルは『陰術』について語り出した。そこで一番驚いたのは呪術的なものとは一切関係ないということ。


 どうやら分身のことらしいな。だが、矛盾があるな。


 「ですが俺とミユが戦っている中、確実に消えるということがありました」


 分身でないならば、消えることなくまともに攻撃が通るはず。だが、俺とミユが戦った敵は消えたし、当たった……ん? なんだこれ。


 その事実に全員が頭を悩ませていると、二つの影がさした。


 「それはトウマの攻撃が特殊だったのでは?」


 家屋の影からゆっくりと歩き出てきたき騎士服を纏った二人の人物のうち艷めく翠の髪を揺らす青年がそう呟いた。


 「ワン――スレイ様!」


 「兄上!」


 ワンジュの後ろに控える向日葵のような髪に、栗色の瞳を輝かせるのはユジンだ。

 

 「トウマ、その時の蹴りを私に放ってみてくれないか?」


 ワンジュは自身の腕を軽く叩きながらトウマを見つめていた。


 突然、蹴ってくれなんて言われてもな……。それに、あの時は特別、変わった術を使っていた訳ではない。本当に普通の蹴りだ。


 「私の心配はいらない。思い切り頼む」


 彼が言うのだから問題はないのだろう。俺はワンジュを信じて、少し前の記憶を辿る。あの時、変わったことは無いと言い切りたいが、あるとすれば唯一の光明を逃がすまいと必殺の意を込めたくらいか。


 だったら最も鋭く、最も重く、最もしんどい攻撃をする。


 ―トウマの右脚が跳ね上がる―


 俺の右脚がワンジュの腹に突き刺さる。弾け飛ぶ、ということはなくワンジュはその場で踏みとどまった。


 「威力は中々だが、複雑な術式が込められている訳ではないな」


 何事も無かったかのように立ち尽くすワンジュ。確実に腹を捉えたと思った蹴りはワンジュの腕に挟まれ防がれていた。


 なんか悔しいな。結構自信があった蹴りなんだけど。上げて下げられるなんて。


 その時、ワンジュが手を口に当て何かを考えていた。眩い光を放つ橙の眼は俺を見据えていた。徐々につり目となっていき、まるで俺を疑うかのような瞳になっていた。


 「とりあえず、今宵はもう厳しいかと。一度休暇をとり、再戦する必要があります」


 ジュラルの意見に全員が頷き、街を後にする。

 しかし、ワンジュだけは足取りが遅かった。彼は未だに何かを考え続け、モヤが晴れなかった。


 「やはり、あの人の言葉が引っかかりますか?」


 ワンジュの側近、ユジンだけがその場に残っていた。彼の言葉にワンジュは「その通りだ」と首を縦に振った。


 『トウマという使用人はただの人間ではない』


 「愚兄の言ったことを信じる訳では無いが、今回のことといい謎が多い人物だ。私は半信半疑だが、彼を仲間だと信じたい」


 「ですが、万が一の時は――」


 「当然だ。危害を加えるつもりはないが、手を出されたらやり返す」


 ワンジュは俺が普通でないことに気が付きつつあった。


 



 

 

 


 

次回 第十六話 「変化する未来」


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