第十三話 「一つの間違い」
宵闇のカーテンに紛れ込み、俺たちは再びミナバルトの土を踏んだ。毎夜発生する事件解決のため、引いては被害者を出さないため今宵犯人を捕まえなければならない。
街の外には絶対に出るなと言われたが、その逆、街の内に入るなとは言われてないからやっても問題ないだろう。
俺は腰に帯びている『草薙剣』の柄をしっかりと握る。非常時にはこれでぶん殴る。死なれるのは困るが、気絶程度なら問題ない。
建物の影や人気のない裏路地を通るのかと思ったが、ジュラルは堂々と月光の当たる場所を行く。夜の街を歩くというあまり無い機会に少し興奮してしまう。
「二手に別れた方が良さそうですな」
先を行くジュラルが足を止めて言った。
その方が効率的であることは否定しない。俺もその方が良いと思う。俺はジュラルの意見に頷いた。
「じゃあじゃあ! ミユはトーマと行くー!」
俺は咄嗟にミユの口を手で覆った。雄叫びのような声では無かったが、一応念の為だ。扉を勢いよく開けて怒号を浴びせられる、ということは無かったがこの子の元気さにはちと注意が必要だな。
ともかく剣士と魔術師との一人ずつに分けたグループで捜索に当たることにした。そして、もし見つけたら空に魔法を放つ、という決まりを確認した俺たちは二手に別れた。
「見つけたら空にドーン、だってー」
「俺は出来ないからミユよろしくねー」
戦えるようになっても魔法は使えないというのは少し不便だな。魔術師がいないとこういう場面では不利になってしまう。
様々な店が立ち並ぶ商店街を夜、星空を仰ぎ、月光を浴びて二人きりで歩く。それは肝試しのように感じられた。
「静かだな、事件なんて嘘みたいだ」
俺はぐるりと周囲を見渡しながら言う。特に細い路地や家屋の屋根には意識を集中させた。
ミユは藤色の耳をピンと立てながらそれを聞いていた。そして、俺の服の袖を引っ張りながら
「トーマ見てあれー」
と、赤子のように興味津々な様子で正面を指さした。俺は少し待ってねと言って縦横に視線を向けていたが、ミユが何度も繰り返すので正面を見た。
「どうし――ん?」
俺たちが歩いている街道は海に一直線に繋がっている。つまり正面に広がるのは青黒い海だ。夜とはいえ、月の光を水面が反射しているため時折キラッと輝く。
俺は初め、ミユがその景色が綺麗だと伝えたいのかと思った。だが違ったのだ、彼女の指先が捉えていたのは海をバックに佇む人のような輪郭だった。
白って二百色あんねんとはよく言ったものでその他の色についても同様に言える。目の前にある黒も濃さが違うため、浮いて見えるのだ。
まるでコ〇ンの犯人のような見た目をした人物。手には煌びやかに光る銀の短刀。それは十手のように小さな刃がある。
「ねーねー、ドーンってやっても良い?」
俺が気がついたことを確認したミユが空に火炎を打ち上げたいとうずうずしている。
だかしかし、あれがワンジュ、もしくはユジンの可能性がある。俺は「ちょっと待ってね」とミユを待たせると、
「そこにいるのは誰だ」
アクション俳優の気分になってそう聞いた。実は少し言って見たかったんだよね。カッケー! じゃなくて――返答が無いことに俺は警戒度を最大限に引き上げる。
もう良いだろう。そう思った俺はミユに目配せをした。するとミユは「やった!」と無邪気に喜び、手のひらを空へと向ける。みるみるうちに大気中のエーテルが彼女の手に集まり、炎を形成する。それを見届けた俺は正面に向き直りいざ、発射――と思ったその時だった。
「――っ!」
正面にいたはずの男が消えていた。
暗闇であろうがさっき説明したように濃淡で分かる。いない、いないのだ。では一体どこに、いや、そんなものは決まっている!
俺は『草薙剣』を握り締め、ミユの方へと向き直る。すると、そこには墨のように真っ黒な身体をした人間がいた。しかも、既にミユの頭上で刃を振り上げているではないか。
殺気を煙のように身体から放つ人間を俺は正確に捉えた。それだけは何としても防ぐ、彼女を守ることが俺の仕事でもある。俺は全身全霊をかけて刺突をそれ目掛けて放った。
だが、俺の刃がその人物を穿つことはなかった。当たった、と確信させるほどまで引き付け突如として無に変化したようにフッと消え失せたのだ。
「なに!?」
感触は無かったが、俺の目では確実に胸にヒットしていた。だが現実はそれを否と叩きつけた。ゲームのラグかよと台詞を吐きながら俺は周囲を見渡す。しかし、やつは完全に姿をくらましてしまった。
「ミユ、大丈夫か?」
「うんだいじょぶ」
ミユに怪我がないのならば問題ないだろう。すぐさま火急の知らせを届けなければならない。俺はジュラルが言った言葉を思い出す。
『全ての可能性を想定し、疑いをもつこと』
俺は視界に入る全てに気を配る。建物の中も、木も植物も、何もかも全て。ミユが再び合図を送ろうとした時だった――
(空気が歪んだ!)
再び漆黒の人間が現れたのだ。しかも今度は下段の切り上げ。微塵の違和感を逃すまい、という意気込みで構えを取っていた俺。空気の異変を感じた時から刃を振るっていたのだ。
真夜中の静寂に包まれた街に金属音が響き渡る。その衝撃で黒の人間は後ろへと飛んだ。今度は当たったのだ、人体ではないが刃に触れることができた。
そのままミユが火球を空に飛ばす。ボワッという音とともに数十メートル上空まで立ち上る。そして時間差でドンっと大きく弾けた。
よし、そう思った直後――ミユと同じ火球が東の空に現れたかと思えば空で弾けた。
「なんで……」
敵は目の前にいる。俺が吹き飛ばしたやつが目の前に。にもかかわらず何故ジュラルたちの方でも同じことを?
それはもちろん犯人と思しき人間が夜道を彷徨いていた。となると、俺は大きな間違いをしていたことになる。殺人犯がたった一人だという思い込みをしてしまっていたのだ。
「トーマ、いまのって――」
「間違いなくジュラルさんたちのものだろうね、でもここにもいる。つまり敵は二人だ!」
ミナバルトでの事件は二人、共同でやっていたという訳か。そうなれば二手に別れたことは正解だった。同時に仕留めることが出来れば晴れて事件解決だからな。
黒の人物が立ち上がり、ゆっくりとこちらに向けて歩を進める。
突っ込みたいが、突然消えるのが厄介だ。もしも消えてミユの隣に現れて、斬られるというのが最悪の展開。つまり俺は下手に動けない。ミユを攻めにして、俺は彼女を守るタンクにならないといけない。
「ミユ、魔法はどのくらい使えそう?」
「今日ぜんぜん使ってないからたくさん!」
よしよし、そうとなれば俺の作戦は上手く進むこと間違い無しだ。俺はミユに作戦を伝えた。彼女が攻めて、俺が守る。隙があれば迷いなく突っ込む。ミユは頷いてくれた。
「よし、じゃあ――」
そう思った時、西の空から赤の玉が空に上った。先程は東、今度は西。残る一人のワンジュも敵に遭遇した、という報告だった。
次回 間話 「魔法の塩」




