第十二話 「一夜を過ごす」
男衆三人と別れた後、俺は遠目に死んだ男性を見ていた。円形に空いた胸、そこから流れる赤。生気を失い冷たくなった顔。
人の死体を初めて見る俺にとって、それは被害者の妻とは別の苦しみがあった。数十秒眺めた後、限界が来て俺はその場を後にした。
昼間、晴天の空の下で凄惨な事件が起きたなんて考えられない。基本的に夜に行われるはず、という考えは打ち砕かれたのだ。
「手帳は犯人を教えてくれないし、誰が死ぬのかも書いてない」
時に粗末な扱いをしてくる手帳に時折苛立ちを感じる。だがしかし、未来を教えてくれる以上感謝はしないといけないのか。
「トウマ殿」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえた直後、ドサッと何かが俺に被さる。不意の衝撃に俺はその場に倒れ込んだ。
「元気してたー?!」
元気いっぱいの声は聞き馴染みがある。
宇宙を思わせるような青紫の髪には猫耳がついている。
「元気だよ。よっこいしょ」
俺はあぐらをかいて足の上にミユを乗せるとジュラルを見上げた。彼の顔は眉間にシワが寄せられ心配そうな顔をしていた。
「トウマ殿はあれをご覧になられましたか?」
聞かずとも分かる。あれしかないだろう。俺は一瞬、先程の家を見ると口を開いた。
「もちろん見ました。まさか白昼堂々とやるとは思いませんでした」
全く世の中物騒なものですよね、と続けようとした時ジュラルは首を振っていた。「いえ、そこではなく」と彼が続けて、
「遺体が置かれた家の隣のことです」
隣? それは見てないな。何せ、遺体を初めて見たから意識がそっちに全集中していたからな。隣家で一体何があったのかと、ジュラルに聞けば、
「袋詰めにされた大量の遺体と、氷漬けにされた被害者のものと思われる心臓です」
あぁ、そんなもの見たらリバースしてしまう。
話を聞いているだけで吐き気がしてくる俺が現場に入れる訳がない。
「見てないです、というより見たくないですし、見たら多分吐きます……」
左様ですかとジュラルが流す。
とはいえ、これで事件の幕を下ろせそうだ。犯人は隣の家の住人で間違いはないだろう。そうと決まれば早速、家主を特定して事件解決に――そう思ったところでジュラルが言う。
「残念なことに、誰が住んでいたのかは全く不明です。空き家を勝手に使っていた人間がいるようです」
――どうやらミナバルトには殺人鬼と空き家を勝手に使う手際の悪い人間がいるらしい。
空き家を勝手にって……誰も気が付かなかったのかよ。と思うがジュラルの雰囲気的に誰も気が付なかったのだろう。
「にしても怖いな、隣の家に殺人犯が出入りしてたなんて……」
俺はミユを抱えたまま立ち上がる。数秒の間その家を目に焼きつける。
何の変哲もない、中世ヨーロッパの家屋。だが、あの正面の扉を開ければ凄まじい異臭と恐怖に襲われることだろう。
「ところで兄上を見ませんでしたか?」
ウリルが俺の袖を引きながら言う。
ワンジュのことだろう。生憎と俺は裏路地でサボっていた、ではなく手帳の中を確認していたところ悲鳴が聞こえてきたんだ。
路地に入る前もそこへ向かう途中のいずれでもワンジュを見かけていない。
「俺も見てないんだ。あの人集りの中にもいなかった」
「そうですか……もしかしたらですが、兄上は街の外に行ったのかも」
となれば少し危ないんじゃないか――と言いたくなるがユジンという側近もいる。彼自身が強い上に味方もいるから大丈夫だろう。
「そういえば、一つ分かったことがありますよ」
俺はあの三人と話す中で得た情報をジュラル達にも共有した。
街の外に出ようとした人間が無差別殺人の被害者になっているということ。それ故に、夜中は絶対街の外に出るべきではないと言われたと。
「街の外に、それはトウマ殿が先程言った言葉と関係がありそうですな」
犯人は街の外にいる――俺が手帳で見たことを彼らに伝えた。
どうやら「街の外」というのがこの事件のキーワードとなりそうだ。犯人がなぜ街の外にこだわるのかは情報漏れを恐れていると説明できるが、他に理由がありそうな気がする。
「そういえばワンジュ皇子と会えないのなら、伝心貝を使えば良いんじゃ」
俺はワンジュとの唯一の連絡方法を思い出し、それを伝えたがウリルは首を横に振った。
ダメか、流石に一番最初に試したか。となると本当に行方不明か。あの人ってもしかして見た目に反して自由人なのか?
「では今夜早速動きましょう。情報収集に徹するだけで行動しないのでは被害者を増やすだけです」
「となると、宿か何か取った方が――」
俺の言葉にジュラルが反応し、「トウマ殿」と何かを悟らせたいかのように俺を呼ぶと何かを取り出した。
彼が取り出したのは小袋。それを渡された俺はポンと垂直に投げた。俺の手のひらに戻ったと同時にジャリっと硬貨の音が聞こえた。しかし、それはジャリジャリという大量の硬貨があることを示すものではなく、ジャリという質素な音だった。
あぁなるほどと俺は呟いた。
金だ、金が無いんだ。一人ならまだあったかもしれないが合計で六人だ。その人数で宿泊をするには足りない。もしも朝食を抜いていたらいけたかもしれないが、朝のエネルギー源を抜くわけにはいかなかった。
「よーしそれじゃあ、野宿するかー」
宿に泊まることを諦めて俺たちは今宵野宿することを決めたのだった。
☆★☆★
「うぅ……寒い」
そう言ってミユは昼間の時と同じように俺の足へと乗った。空を見上げれば田舎の夜空のように星が散りばめられている。手を前にかざせばパチパチと音を出しながら火を吹く焚き火。
俺たちはミナバルト近くの大木にもたれながら暖炉を取っていた。時間帯は俺の体内時計が狂ってなかったら十時くらいか。
「ジュラルさん、どれくらいに街へ戻りますか?」
「もう少しお待ちを、ワンジュ様と先程連絡が取れたので」
「兄上と!」
ウリルが嬉しそうに立ち上がる。ウリルはきっとお兄ちゃん子なんだろうなと思いながら俺は背中にある木をさする。すると、違和感を指先に感じた。木は大半、表面がゴツゴツとしている。だが、俺が触れた部分はツルッとしてる表面と凹みがある。
「なんだこれ」
暗い中、少ない炎の光を頼りに俺はそれを見た。
「五千七百六十……?」
5760という数字が漢字で書かれていた。漢字だ、漢字で書かれていた。
「は……? なんで漢字が」
おかしいのだ。漢字があることなど。この世界には独特の文字が存在している。漢字という文化はかの字も見られる訳がないのだ。
それだけでは無い。その隣にはカタカナでこう書かれている。
「フレッグ・フローレンステンイセイコウ」
人物名らしき文字とテンイセイコウという文字が刻まれていた。俺の名前ではない。だが、テンイセイコウは転移成功だろうか? だとしたら、この世界にも俺と同じ転移者が――
「トウマ殿、ワンジュ様は既にミナバルトに入ったそうです。我々も行きますぞ」
「わ、分かりました」
俺はミユと手を繋ぎ歩き出した。
漢字とカタカナが刻まれた一本の古木を眺めながらミナバルトへと向かった。
次回 第十三話 「一つの間違い」




